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砲撃のパラディン大佐隊編(【05】の裏)
66【異動編15】訓練二日目:タイム計測
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【パラディン大佐隊・旗艦〈オートクレール〉ブリッジ】
パラディン
「エリゴール中佐がいない……」
モルトヴァン
「そりゃいないでしょう。今日は一班の班長艦に乗っていますから」
パラディン
「寂しいよう。隣にいるのがおまえじゃつまんないよう」
モルトヴァン
「私だって好きでここに立っているわけじゃありません」
パラディン
「じゃあ、今すぐここにエリゴール中佐を連れてこい」
モルトヴァン
「無理ですし、それをエリゴール中佐に伝えたら、本気で嫌われますよ」
パラディン
「うう、わかってるよ。言ってみただけだよ。……やっぱり、出撃するときにはエリゴール中佐に同乗してもらいたい……」
モルトヴァン
「では、今日の訓練が終わったら、エリゴール中佐と直接交渉してみてください」
パラディン
「今すぐ交渉したい……」
モルトヴァン
「無理には止めませんが、交渉前に決裂しますよ。きっと」
***
【パラディン大佐隊・第十二班第一号ブリッジ】
ザボエス
「エリゴールの奴、あれきり電話ひとつ寄こしてこなかったな……」
ヴァッサゴ
「それだけ本気で元ウェーバー大佐隊の一員になろうとしてるってことじゃないのか?」
ザボエス
「たった二日で、どこまで元ウェーバー大佐隊を〝改造〟できたのかねえ……」
ヴァッサゴ
「さあ……それより、うちはあの十一班の悪魔に罵倒されないだけのタイムを出さないと」
ザボエス
「そうだな。そっちのほうが切実だな」
***
【パラディン大佐隊・第一班第一号ブリッジ】
パラディン、全班に一方向映像通信。
ちなみに、モルトヴァンはその横で、カメラに映らないようにアシスタントをしている。
パラディン
『それじゃ、訓練始めるよ。まずはタイム計測ね。本来なら十一班の〝模範演技〟の後、一班、二班……と計っていくべきなんだろうが、それでは面白くないので、こちらでランダムに順番を決めることにした』
ハワード
「訓練で面白くないって……」
フィリップス
「そういえば、今日はちょっと態度が投げやり?」
ハワード
「何か嫌なことでもあったのかな」
エリゴール
「……元ウェーバー大佐隊は、パラディン大佐には理解があるな」
フィリップス
「いや、若くて美形だから」
エリゴール
「……そうか。それだけで許せるのか」
パラディン
『今、この箱の中には、〝一〟から〝十二〟までの数字が書かれた小さなボールが入っている。……こんなふうに』
ハワード
「あれ、わざわざ用意させたのか?」
フィリップス
「そのまま抽選会に使えそうだな」
パラディン
『この箱の中から、今から私が一個ずつボールを取り出していく。そのボールの数字がすなわち〝班番〟で、出た順番どおりにタイムを計測する。各班、メモの用意』
ハワード
「今日は本当にやる気がないな……」
フィリップス
「今日の〈オートクレール〉は見てるだけだからかな」
エリゴール
「……そうだな。たぶんきっとそうだろう」
フィリップス
「元四班長……大佐と何かあったのか?」
パラディン
『では、まず一個目……』
***
ハワード
「七、六、三、八、九、十、二、十二、四、一、五、十一……何か、狙って引いたような順番だな」
フィリップス
「っていうか、何で十一班、最後にさらっと再登場してるんだよ。前もって抜いとかなかったのか?」
パラディン
『とまあ、以上のような結果になった。十一班に関しては、偶然とはいえ最後に引けたので、もう一回やってもらう。ただし、採用するタイムは二回のうち悪いほうだ』
フィリップス
「これは……十一班にとっては有利なのか不利なのか?」
ハワード
「どうなんだろうなあ。二回目にいいタイム出しても、採用されるのは一回目だし、かといって一回目にいいタイム出しても、二回目悪かったらそっちが採用されるし……結局、十一班は一回目も二回目も、同じくらいいいタイムを出さないといけなくなったってことだよな?」
フィリップス
「もしかして大佐、俺たちにハンデくれた?」
ハワード
「いや、逆に十一班との出来の差を、俺たちに思い知らせるつもりかもしれない」
フィリップス
「うおお。そっちのほうが可能性ありありだ!」
エリゴール
「とにかく、十一班のタイムがボーダーラインになることは変わりない。十一班の変形、しっかり撮影しておけよ」
クルーA
「了解しました!」
フィリップス
「理想としては、大佐の〈オートクレール〉の位置で撮影したかったな」
ハワード
「それはそうだが、今日は〝御前試合〟みたいなもんだからな。当然、大佐が特等席だ」
フィリップス
「十一班の〝蝶〟、何十秒でできるかねえ……」
ハワード
「少なくとも、〝蛇〟で追いつける範囲内に留めておいてもらいたいな」
***
【パラディン大佐隊・第十一班第一号ブリッジ】
ロノウェ
「大佐……俺らにいったい何の恨みが……あんなに〝お礼〟もしたのに……」
レラージュ
「恨みというか……大佐のあのやさぐれた様子だと、今日は〈オートクレール〉に元四班長は乗艦していないんじゃないですか?」
ロノウェ
「え? エリゴール……よく許してもらえたな……」
レラージュ
「許されなくても、元四班長は元ウェーバー大佐隊の底上げのために異動したんですから、今までのように〈オートクレール〉に乗艦するわけにはいかないでしょう」
ロノウェ
「それにしても、こっちはとんだとばっちりだ。たまたま最後にならなくても、大佐は最初っから俺らに二回やらせるつもりでいただろ?」
レラージュ
「班長……賢くなりすぎです」
ロノウェ
「おまえ……今までどんだけ俺を馬鹿にしてたんだよ……」
***
【パラディン大佐隊・第一班第一号ブリッジ】
パラディン
『じゃあ、十一班。準備して。準備できたら、そっちの好きなタイミングで始めていいよ。動き出した瞬間から、こっちで勝手に計測始めるから』
フィリップス
「大佐の投げやり度がさらにアップした」
ハワード
「そんなものアップされてもな……こっちのやる気がダウンする」
フィリップス
「元四班長。大佐の機嫌を直す何かいい方法はないのか?」
エリゴール
「そんなこと、何で俺に訊くんだ?」
フィリップス
「ほんとはまだ〝親衛隊長〟だろ?」
エリゴール
「別に大佐の機嫌が悪くても、こちらが困ることは何もない」
フィリップス
「親衛隊長にあるまじき発言……」
エリゴール
「そもそも、俺はそんな役職についた覚えはない」
***
フィリップス
「覚悟はしてたが……はええ……」
ハワード
「しかも美しい……さすが、あの副長のいる班……」
エリゴール
「関係ないだろうと言いたいが、関係はあるな」
フィリップス
「え?」
エリゴール
「あそこの副長は負けず嫌いだ。タイムが悪かったら容赦なく班員を責める。そして、それを班長が止める」
フィリップス
「だから強いのか、十一班……」
ハワード
「やっぱり、副長も若くて美形でないと……」
フィリップス
「悪かったな。どっちも該当してなくて」
エリゴール
「で、タイムは?」
ハワード
「こっちで計ったのは五十七秒〇五だが……公式タイムは〈オートクレール〉が計測したのになるんだろうしな。……まさか、いくら大佐の機嫌が悪くても、それは発表してくれるよな?」
フィリップス
「つーか、〝蝶〟で一分切ってるのか!?」
ハワード
「よかった……〝蛇〟に変更しておいて……」
フィリップス
「元四班長。これは十一班のベストタイムか?」
エリゴール
「ベストではないな。俺が知ってるかぎりでは、ベストは四十八秒台だ。ただし、そのときは形にはあまりこだわらなかった。きれいな〝蝶〟を作ろうとすれば、それくらいの時間はかかるのかもしれない」
フィリップス
「今回は形も審査対象に入るのか?」
エリゴール
「もちろん。完全な護衛隊形になるまで、ストップウォッチは押してくれないだろ」
フィリップス
「ひええ!」
パラディン
『十一班、お疲れ様。今のタイム、発表するよ。……五十八秒三二』
フィリップス
「やっぱそうだ。厳しーっ!」
ハワード
「いったいどこから計ってどこで止めたんだ……」
フィリップス
「何はともあれ、これが今回のボーダーラインだ。……運がよければ越えられるって感じだな」
エリゴール
「いや。これはまだ仮だ。十一班の二回目はこれより遅くなるかもしれない。いずれにしろ、このタイムを上回れれば、十一班の二回目の結果を待たずに〝勝ち〟は確定するがな」
フィリップス
「あ、そうか。十一班はもうどんなにこれよりいいタイムを出したとしても、採用はされないんだった」
ハワード
「何か、希望が出てきた」
パラディン
『じゃあ、次は七班。準備して』
***
【パラディン大佐隊・第十一班第一号ブリッジ】
ロノウェ
「おい、今の五十八秒三二もかかってたか?」
ザボエス
『うーん、俺らも今、再生して計ってみてるんだがな……五十八秒はかかってないと思うんだよな』
レラージュ
「……班長。さっきの映像、そのままこっちに送信するよう十二班に言ってください」
ロノウェ
「レラージュ?」
レラージュ
「俺が自分で分析します。……そのほうが早いっ!」
ロノウェ
「……聞こえたな」
ザボエス
『ああ。しっかり聞こえた。ただちに送信する』
***
【パラディン大佐隊・旗艦〈オートクレール〉ブリッジ】
モルトヴァン
「大佐……審査基準、厳しくないですか?」
パラディン
「どこが? 少しでもまだ動いていたら、完成したとは言えないだろう」
モルトヴァン
「それはそうですが……」
パラディン
「それでも、一分以内にあの完成度はすごいよねえ。護衛時代のダーナ大佐隊並みかな」
モルトヴァン
「一分の壁ですか」
パラディン
「護衛はそれを標準時間にしていたが、砲撃には長すぎる。……と、エリゴール中佐やレラージュ副長はわかっているはずだけどね。レラージュ副長にはまだできない、エリゴール中佐の〝割りきり〟が楽しみだ」
***
【パラディン大佐隊・第十一班第一号ブリッジ】
七班、予定どおり、〝蛇〟で護衛隊形に移行。
ロノウェ
「……あんなんありか?」
レラージュ
「別に方法は指定されていませんでしたからね。最後にちゃんと護衛隊形になっていればありでしょう」
ロノウェ
「……エリゴールだな? あれ考えたの、絶対エリゴールだな?」
レラージュ
「当然でしょう。あんなせこいこと、元ウェーバー大佐隊に考えつけるはずありません」
ロノウェ
「せこい……」
レラージュ
「せこいけど、あれはものすごく砲撃向きなんです。熟練すれば砲撃しながら変形できるし、砲撃隊形にも簡単に移行できます」
ロノウェ
「もしかして……おまえ、知ってたのか?」
レラージュ
「はい。〝護衛だったらこれは恥ずかしくてできねえな〟って言ってました」
ロノウェ
「〝護衛だったら〟か。……レラージュ、おまえ、二回目も〝護衛〟でいくつもりか?」
レラージュ
「もちろん。うちの軍艦は護衛艦ですから」
ロノウェ
「……きっと、それもエリゴールに計算されてるな」
レラージュ
「班長……それ以上賢くならないでください」
ロノウェ
「何でだよ」
パラディン
『七班、お疲れ様。タイムは……五十八秒五九。あとコンマ二八で越えられた。……惜しかったね』
***
【パラディン大佐隊・旗艦〈オートクレール〉ブリッジ】
モルトヴァン
「大佐……あれも護衛隊形として認めるんですか?」
パラディン
「過程はどうあれ、最後はちゃんと護衛隊形になってるじゃないか。何か問題あるかい?」
モルトヴァン
「いえ……ただ、これまで積み重ねられてきた護衛の歴史が、根本から否定されてしまったような衝撃が……」
パラディン
「モルトヴァン。私たちはもう護衛ではない。砲撃だ。エリゴール中佐は今の元ウェーバー大佐隊にできる最適な方法を選択しただけだよ」
モルトヴァン
「最適な方法……ですか」
パラディン
「たとえばこの軍艦が『連合』だったとしよう。変形にかかった時間は十一班のほうが七班よりわずかに短いが、その間、うちから攻撃されたらひとたまりもない。だが、七班のほうは変形しながらでも砲撃できる」
モルトヴァン
「しかし、敵前でわざわざ護衛隊形をとらなければならないことなどありますか?」
パラディン
「まあ、普通はしないけど、以前、うちの〝いい子たち〟は、演習でやってみせてくれたじゃないか」
モルトヴァン
「まさか……〝ファイアー・ウォール〟……」
パラディン
「考えようによっては、あれも砲撃隊形の一つだ。移動隊形からいつもの砲撃隊形へ移行するよりは時間がかかるだろうが、それを差し引いても、あの隊形には多くの利点がある。……あれにも名前はあるのかな。あるならぜひ教えてもらいたいね」
モルトヴァン
「……大佐がエリゴール中佐の退役願を受理しなかったのは、寂しくなるからだけじゃなかったんですね」
パラディン
「何を言う。やはり寂しいからだよ。こんなに私を楽しませてくれるあんなにいい男、そう簡単に手放してやるものか」
パラディン
「エリゴール中佐がいない……」
モルトヴァン
「そりゃいないでしょう。今日は一班の班長艦に乗っていますから」
パラディン
「寂しいよう。隣にいるのがおまえじゃつまんないよう」
モルトヴァン
「私だって好きでここに立っているわけじゃありません」
パラディン
「じゃあ、今すぐここにエリゴール中佐を連れてこい」
モルトヴァン
「無理ですし、それをエリゴール中佐に伝えたら、本気で嫌われますよ」
パラディン
「うう、わかってるよ。言ってみただけだよ。……やっぱり、出撃するときにはエリゴール中佐に同乗してもらいたい……」
モルトヴァン
「では、今日の訓練が終わったら、エリゴール中佐と直接交渉してみてください」
パラディン
「今すぐ交渉したい……」
モルトヴァン
「無理には止めませんが、交渉前に決裂しますよ。きっと」
***
【パラディン大佐隊・第十二班第一号ブリッジ】
ザボエス
「エリゴールの奴、あれきり電話ひとつ寄こしてこなかったな……」
ヴァッサゴ
「それだけ本気で元ウェーバー大佐隊の一員になろうとしてるってことじゃないのか?」
ザボエス
「たった二日で、どこまで元ウェーバー大佐隊を〝改造〟できたのかねえ……」
ヴァッサゴ
「さあ……それより、うちはあの十一班の悪魔に罵倒されないだけのタイムを出さないと」
ザボエス
「そうだな。そっちのほうが切実だな」
***
【パラディン大佐隊・第一班第一号ブリッジ】
パラディン、全班に一方向映像通信。
ちなみに、モルトヴァンはその横で、カメラに映らないようにアシスタントをしている。
パラディン
『それじゃ、訓練始めるよ。まずはタイム計測ね。本来なら十一班の〝模範演技〟の後、一班、二班……と計っていくべきなんだろうが、それでは面白くないので、こちらでランダムに順番を決めることにした』
ハワード
「訓練で面白くないって……」
フィリップス
「そういえば、今日はちょっと態度が投げやり?」
ハワード
「何か嫌なことでもあったのかな」
エリゴール
「……元ウェーバー大佐隊は、パラディン大佐には理解があるな」
フィリップス
「いや、若くて美形だから」
エリゴール
「……そうか。それだけで許せるのか」
パラディン
『今、この箱の中には、〝一〟から〝十二〟までの数字が書かれた小さなボールが入っている。……こんなふうに』
ハワード
「あれ、わざわざ用意させたのか?」
フィリップス
「そのまま抽選会に使えそうだな」
パラディン
『この箱の中から、今から私が一個ずつボールを取り出していく。そのボールの数字がすなわち〝班番〟で、出た順番どおりにタイムを計測する。各班、メモの用意』
ハワード
「今日は本当にやる気がないな……」
フィリップス
「今日の〈オートクレール〉は見てるだけだからかな」
エリゴール
「……そうだな。たぶんきっとそうだろう」
フィリップス
「元四班長……大佐と何かあったのか?」
パラディン
『では、まず一個目……』
***
ハワード
「七、六、三、八、九、十、二、十二、四、一、五、十一……何か、狙って引いたような順番だな」
フィリップス
「っていうか、何で十一班、最後にさらっと再登場してるんだよ。前もって抜いとかなかったのか?」
パラディン
『とまあ、以上のような結果になった。十一班に関しては、偶然とはいえ最後に引けたので、もう一回やってもらう。ただし、採用するタイムは二回のうち悪いほうだ』
フィリップス
「これは……十一班にとっては有利なのか不利なのか?」
ハワード
「どうなんだろうなあ。二回目にいいタイム出しても、採用されるのは一回目だし、かといって一回目にいいタイム出しても、二回目悪かったらそっちが採用されるし……結局、十一班は一回目も二回目も、同じくらいいいタイムを出さないといけなくなったってことだよな?」
フィリップス
「もしかして大佐、俺たちにハンデくれた?」
ハワード
「いや、逆に十一班との出来の差を、俺たちに思い知らせるつもりかもしれない」
フィリップス
「うおお。そっちのほうが可能性ありありだ!」
エリゴール
「とにかく、十一班のタイムがボーダーラインになることは変わりない。十一班の変形、しっかり撮影しておけよ」
クルーA
「了解しました!」
フィリップス
「理想としては、大佐の〈オートクレール〉の位置で撮影したかったな」
ハワード
「それはそうだが、今日は〝御前試合〟みたいなもんだからな。当然、大佐が特等席だ」
フィリップス
「十一班の〝蝶〟、何十秒でできるかねえ……」
ハワード
「少なくとも、〝蛇〟で追いつける範囲内に留めておいてもらいたいな」
***
【パラディン大佐隊・第十一班第一号ブリッジ】
ロノウェ
「大佐……俺らにいったい何の恨みが……あんなに〝お礼〟もしたのに……」
レラージュ
「恨みというか……大佐のあのやさぐれた様子だと、今日は〈オートクレール〉に元四班長は乗艦していないんじゃないですか?」
ロノウェ
「え? エリゴール……よく許してもらえたな……」
レラージュ
「許されなくても、元四班長は元ウェーバー大佐隊の底上げのために異動したんですから、今までのように〈オートクレール〉に乗艦するわけにはいかないでしょう」
ロノウェ
「それにしても、こっちはとんだとばっちりだ。たまたま最後にならなくても、大佐は最初っから俺らに二回やらせるつもりでいただろ?」
レラージュ
「班長……賢くなりすぎです」
ロノウェ
「おまえ……今までどんだけ俺を馬鹿にしてたんだよ……」
***
【パラディン大佐隊・第一班第一号ブリッジ】
パラディン
『じゃあ、十一班。準備して。準備できたら、そっちの好きなタイミングで始めていいよ。動き出した瞬間から、こっちで勝手に計測始めるから』
フィリップス
「大佐の投げやり度がさらにアップした」
ハワード
「そんなものアップされてもな……こっちのやる気がダウンする」
フィリップス
「元四班長。大佐の機嫌を直す何かいい方法はないのか?」
エリゴール
「そんなこと、何で俺に訊くんだ?」
フィリップス
「ほんとはまだ〝親衛隊長〟だろ?」
エリゴール
「別に大佐の機嫌が悪くても、こちらが困ることは何もない」
フィリップス
「親衛隊長にあるまじき発言……」
エリゴール
「そもそも、俺はそんな役職についた覚えはない」
***
フィリップス
「覚悟はしてたが……はええ……」
ハワード
「しかも美しい……さすが、あの副長のいる班……」
エリゴール
「関係ないだろうと言いたいが、関係はあるな」
フィリップス
「え?」
エリゴール
「あそこの副長は負けず嫌いだ。タイムが悪かったら容赦なく班員を責める。そして、それを班長が止める」
フィリップス
「だから強いのか、十一班……」
ハワード
「やっぱり、副長も若くて美形でないと……」
フィリップス
「悪かったな。どっちも該当してなくて」
エリゴール
「で、タイムは?」
ハワード
「こっちで計ったのは五十七秒〇五だが……公式タイムは〈オートクレール〉が計測したのになるんだろうしな。……まさか、いくら大佐の機嫌が悪くても、それは発表してくれるよな?」
フィリップス
「つーか、〝蝶〟で一分切ってるのか!?」
ハワード
「よかった……〝蛇〟に変更しておいて……」
フィリップス
「元四班長。これは十一班のベストタイムか?」
エリゴール
「ベストではないな。俺が知ってるかぎりでは、ベストは四十八秒台だ。ただし、そのときは形にはあまりこだわらなかった。きれいな〝蝶〟を作ろうとすれば、それくらいの時間はかかるのかもしれない」
フィリップス
「今回は形も審査対象に入るのか?」
エリゴール
「もちろん。完全な護衛隊形になるまで、ストップウォッチは押してくれないだろ」
フィリップス
「ひええ!」
パラディン
『十一班、お疲れ様。今のタイム、発表するよ。……五十八秒三二』
フィリップス
「やっぱそうだ。厳しーっ!」
ハワード
「いったいどこから計ってどこで止めたんだ……」
フィリップス
「何はともあれ、これが今回のボーダーラインだ。……運がよければ越えられるって感じだな」
エリゴール
「いや。これはまだ仮だ。十一班の二回目はこれより遅くなるかもしれない。いずれにしろ、このタイムを上回れれば、十一班の二回目の結果を待たずに〝勝ち〟は確定するがな」
フィリップス
「あ、そうか。十一班はもうどんなにこれよりいいタイムを出したとしても、採用はされないんだった」
ハワード
「何か、希望が出てきた」
パラディン
『じゃあ、次は七班。準備して』
***
【パラディン大佐隊・第十一班第一号ブリッジ】
ロノウェ
「おい、今の五十八秒三二もかかってたか?」
ザボエス
『うーん、俺らも今、再生して計ってみてるんだがな……五十八秒はかかってないと思うんだよな』
レラージュ
「……班長。さっきの映像、そのままこっちに送信するよう十二班に言ってください」
ロノウェ
「レラージュ?」
レラージュ
「俺が自分で分析します。……そのほうが早いっ!」
ロノウェ
「……聞こえたな」
ザボエス
『ああ。しっかり聞こえた。ただちに送信する』
***
【パラディン大佐隊・旗艦〈オートクレール〉ブリッジ】
モルトヴァン
「大佐……審査基準、厳しくないですか?」
パラディン
「どこが? 少しでもまだ動いていたら、完成したとは言えないだろう」
モルトヴァン
「それはそうですが……」
パラディン
「それでも、一分以内にあの完成度はすごいよねえ。護衛時代のダーナ大佐隊並みかな」
モルトヴァン
「一分の壁ですか」
パラディン
「護衛はそれを標準時間にしていたが、砲撃には長すぎる。……と、エリゴール中佐やレラージュ副長はわかっているはずだけどね。レラージュ副長にはまだできない、エリゴール中佐の〝割りきり〟が楽しみだ」
***
【パラディン大佐隊・第十一班第一号ブリッジ】
七班、予定どおり、〝蛇〟で護衛隊形に移行。
ロノウェ
「……あんなんありか?」
レラージュ
「別に方法は指定されていませんでしたからね。最後にちゃんと護衛隊形になっていればありでしょう」
ロノウェ
「……エリゴールだな? あれ考えたの、絶対エリゴールだな?」
レラージュ
「当然でしょう。あんなせこいこと、元ウェーバー大佐隊に考えつけるはずありません」
ロノウェ
「せこい……」
レラージュ
「せこいけど、あれはものすごく砲撃向きなんです。熟練すれば砲撃しながら変形できるし、砲撃隊形にも簡単に移行できます」
ロノウェ
「もしかして……おまえ、知ってたのか?」
レラージュ
「はい。〝護衛だったらこれは恥ずかしくてできねえな〟って言ってました」
ロノウェ
「〝護衛だったら〟か。……レラージュ、おまえ、二回目も〝護衛〟でいくつもりか?」
レラージュ
「もちろん。うちの軍艦は護衛艦ですから」
ロノウェ
「……きっと、それもエリゴールに計算されてるな」
レラージュ
「班長……それ以上賢くならないでください」
ロノウェ
「何でだよ」
パラディン
『七班、お疲れ様。タイムは……五十八秒五九。あとコンマ二八で越えられた。……惜しかったね』
***
【パラディン大佐隊・旗艦〈オートクレール〉ブリッジ】
モルトヴァン
「大佐……あれも護衛隊形として認めるんですか?」
パラディン
「過程はどうあれ、最後はちゃんと護衛隊形になってるじゃないか。何か問題あるかい?」
モルトヴァン
「いえ……ただ、これまで積み重ねられてきた護衛の歴史が、根本から否定されてしまったような衝撃が……」
パラディン
「モルトヴァン。私たちはもう護衛ではない。砲撃だ。エリゴール中佐は今の元ウェーバー大佐隊にできる最適な方法を選択しただけだよ」
モルトヴァン
「最適な方法……ですか」
パラディン
「たとえばこの軍艦が『連合』だったとしよう。変形にかかった時間は十一班のほうが七班よりわずかに短いが、その間、うちから攻撃されたらひとたまりもない。だが、七班のほうは変形しながらでも砲撃できる」
モルトヴァン
「しかし、敵前でわざわざ護衛隊形をとらなければならないことなどありますか?」
パラディン
「まあ、普通はしないけど、以前、うちの〝いい子たち〟は、演習でやってみせてくれたじゃないか」
モルトヴァン
「まさか……〝ファイアー・ウォール〟……」
パラディン
「考えようによっては、あれも砲撃隊形の一つだ。移動隊形からいつもの砲撃隊形へ移行するよりは時間がかかるだろうが、それを差し引いても、あの隊形には多くの利点がある。……あれにも名前はあるのかな。あるならぜひ教えてもらいたいね」
モルトヴァン
「……大佐がエリゴール中佐の退役願を受理しなかったのは、寂しくなるからだけじゃなかったんですね」
パラディン
「何を言う。やはり寂しいからだよ。こんなに私を楽しませてくれるあんなにいい男、そう簡単に手放してやるものか」
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