無冠の皇帝

有喜多亜里

文字の大きさ
上 下
166 / 169
【06】始まりの終わり(下)

15 副官が優秀なので残業しました

しおりを挟む
 ――〝ゲート〟を潰す。
 それが、ドレイクが司令官に上申した〝対応策〟だった。

「こう言ったら何ですが……」

 大雑把だがわかりやすいドレイクの説明を聞いた後、イルホンは困惑して物申した。

「それだと、対応するのは大佐ではなく、殿下ということになりませんか?」
「まあ、そうなるね」

 対面のソファで、ドレイクは他人事のように同意した。

「でも、俺は『対応策を考える』とは言ったけど、『自分ができる対応策を考える』とは一言も言ってない」
「あっ……」

 イルホンは声を上げ、ドレイクはニタニタと笑った。
 確かに、ドレイクは自分が対応するとは言っていなかった。しかし、あんなふうに言われたら、たいていの人間はドレイク自身がその対応策を実行するのだと思うはずだ。

「あの七班長が大佐を〝大魔王〟と呼ぶ理由が初めてわかった気がしました……」
「失礼な。俺が本当に〝大魔王〟だったら、言ったことでも言ってなかったことにするよ。それができないから最初から言わないんじゃない。小心者なんだよ、俺は」
「本当に小心者だったら、そんな言い逃れはできませんよ……」
「それに、殿下も〝対応策〟としては認めてくれたよ。ただまあ、対応できるかどうかは明言しなかったけど」
「それはそうでしょう。護衛艦隊は任務の一つとして〝ゲート〟の監視はしていますが、それ以外のことは陛下の許可や命令がなければできません」
「陛下ねえ……確か、殿下は陛下の後見人してるんじゃなかった?」
「してますけど、それを笠に着て〝ゲート潰し〟を強行したら、皇帝軍の幹部たちから総スカンを食らうと思いますよ。たとえ司令官が元皇太子でも、護衛艦隊は皇帝軍より格下ということになっていますから」
「あー、そういやそうだったか。ややこしいねえ」

 ドレイクは苦笑いすると、徳用チョコレートを口の中に放りこみ、ガリガリと噛み砕いた。

「今さらだけど、イルホンくん。イルホンくんはあの〝ゲート〟についてどれくらい知ってる?」

 本当に今さらだが、そうとわかっていながら問うのだから、何かしら理由があるのだろう。
 イルホンは膝の上で両手を組むと、言葉を選びながら慎重に答えた。

「そうですね……恥ずかしながら、専門的なことはほぼ知りません。ただ、あれは自然発生したワームホールではなく、何者かによって作られたワープトンネルではないかという仮説は聞いたことがあります。根拠は……『宇宙船が無傷で往復できるワームホールなど存在するはずがない』」
「あ、それ。俺も聞いたことあるな」

 はたして、イルホンの回答はドレイクの期待に添っていたのか、満足げににやにやした。

「まるで根拠はないけど、その仮説は個人的に支持してる。あの〝ゲート〟はあまりにも人間に都合がよすぎる」
「ということは……あれを作ったのは人間なんですか?」
「うーん。それは何とも言えないね。いつからあそこにあるのかすらわかってないんだから。ちなみに、ザイン星系の調査船が〝ゲート〟を〝発見〟したっていうの、あれ、大嘘だよ。無人状態の〝ゲート〟は感知できないから、知らずに中に突っこんじまって、見知らぬ力に引っ張られるまま前進していたら、あらまあ、なんということでしょう、無事に〝ゲート〟の外に出られてしまいました、っていうのが真相」
「それは知りませんでした……『連合』では誰でもそうと知っているんですか?」
「いーや。『連合』でも〝発見〟したことになってるよ。俺が読んだのは『連邦』で出版された暴露本。歴史に関してなら、『連邦』の本のほうがおおむね正しい。『連合』の都合のいいように改竄かいざんしてないからね」
「よく読めましたね」
「まあね。その気になれば、手立てはいくらでもある」

 ドレイクはにやりと笑うと、口直しのようにコーヒーを飲んだ。

「そんなわけで、あの〝ゲート〟は謎だらけで、『連合』も『帝国』も使い方しかわかっていない。でも、『帝国』は独立した後、あの〝ゲート〟を監視するだけで、『連合』のように利用してはいなかったんだよね。どうしてだろうって不思議に思ってたんだけど、こっちの教科書を読ませてもらって腑に落ちた。『帝国』では、あれは〝地獄の門〟と呼ばれて忌避されてたんだね。言い得て妙だ」
「あ、はい……壊そうとした皇帝も中にはいたらしいですが……」
「今日、殿下が言った理由で諦めた……っていうわけか」
「そうらしいですね。でも、俺も不思議には思っていたんです」

 ドレイクにつられて、イルホンは今まで胸のうちに隠していたことを口にした。

「〝ゲート〟は宇宙船が中にいる間だけは目視もできるようになるそうですね? だから、うちの艦隊はいつも同じ座標ばしょに現地集合して布陣できる」
「うん、そのとおり。俺も不思議だけど、あの〝ゲート〟はそういうふうにできてるよ」
「それなら、『連合』が出てくるまで待っていなくてもいいんじゃないかと思ったんです。『連合』が〝ゲート〟の中にいる間に、こちら側から無人突撃艦群を突入させて自爆させたら……」

 そこまで言いかけて、イルホンは思い出した。司令官に採用試験を出されたドレイクが、のちに〈孤独に〉と命名された軍艦の中で、〝死刑場〟をなくす方法を考えていると話したことを。
 〝ゲート〟が使えなくなれば、今ほど頻繁に攻撃もしかけられなくなる。〝ゲート〟潰しはその方法の一つではないのか?
 ついドレイクの顔を見つめると、ドレイクはイルホンが自分の発言を後悔していると思ったのか、気にするなとでもいうように微笑んでみせた。

「うん。俺も同じことを考えていたよ。ただ、〝ゲート〟はこの艦隊が管轄している第一宙域と外縁の境界区域にある。つまり、〝ゲート〟の中にいる間は第一宙域に侵入したことにはならない」
「それは確かにそうですが……こちらを攻撃するために来るとわかっているのに……」
「そうだよね。馬鹿馬鹿しいよね。でも、そこがとっても『帝国』らしいとも思うよ。自分たちで決めたルールは絶対厳守しようとする」

 ただし、司令官は〝全艦殲滅〟というルールは厳守できていない。一度目はドレイクに〝告白言い逃げ〟され、二度目はドレイクの部下の乗った脱出艇を見逃した。
 見事に全部ドレイクがらみだ。イルホンはぬるく笑いそうになるのをこらえ、真顔でうなずいた。

「でも、無人の状態で〝ゲート〟を潰すなら、ルール違反にはならないと思うんですが……」
「俺もそう思うし、殿下も思ってると思うよ。そもそも、確実に潰せる方法がわかっていれば、『帝国』は二百年前に真っ先に潰してただろ」
「本当に……誰が何の目的であんなものを作ったんでしょうね……」

 深々と溜め息をつくと、何が面白かったのか、ドレイクはくすりと笑った。

「もしかしたら、特に目的はなかったのかもしれないよ」
「え?」
「作れるかどうかわからないから、遠く離れた宙域で試作してみた。試作品だから、三〇〇〇隻っていう上限があるし、瞬時に移動もできない。でも、わざわざ壊す必要もないから、そのまま放置した」
「そんな、無責任な」
「もしかしたらの話だよ。もしかしたら……作ったのは殿下の遠い遠いご先祖様かもしれない」
「それは……しそうですね。実験好きですから」

 思わずイルホンは噴き出してしまった。不謹慎だが、妙に説得力がある。
 ドレイクはにっこり笑うと、そろそろ帰ろうかと切り出した。

「〝ゲート〟潰しをするかしないか、決断するのは殿下のお仕事。編制の見直しをするかしないかも殿下のお仕事。殿下の忠臣たる俺たちは、ただ粛々と命令に従うのみ」
「大佐は時々逆らってるじゃないですか」

 我慢できずに突っこんだイルホンに、ドレイクはすまして反論した。

「だって、この艦隊じゃ俺しかできないことでしょ? 俺は殿下にならいつ殺されてもかまわないと思ってるし。ただし、部下を殺せと命令された場合を除く」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥
恋愛
エリザベートは六歳の公爵家の娘。 国一番のフェアレディと呼ばれた母に厳しく礼儀作法を教え込まれて育てられている。 母の厳しさとプレッシャーに耐えきれず庭に逃げ出した時に、護衛の騎士エクムントが迎えに来てくれる。 エクムントは侯爵家の三男で、エリザベートが赤ん坊の頃からの知り合いで初恋の相手だ。 エクムントに連れられて戻ると母は優しく迎えてくれた。 その夜、エリザベートは前世を思い出す。 エリザベートは、前世で読んだロマンス小説『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』で主人公クリスタをいじめる悪役令嬢だったのだ。 その日からエリザベートはクリスタと関わらないようにしようと心に誓うのだが、お茶会で出会ったクリスタは継母に虐待されていた。クリスタを放っておけずに、エリザベートはクリスタを公爵家に引き取ってもらう。 前世で読んだ小説の主人公をフェアレディに育てていたら、懐かれて慕われて、悪役令嬢になれなかったエリザベートの物語。 小説家になろう様、ノベルアップ+様にも投稿しています。

どうして、こうなった?

yoyo
BL
新社会として入社した会社の上司に嫌がらせをされて、久しぶりに会った友達の家で、おねしょしてしまう話です。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

処理中です...