無冠の皇帝

有喜多亜里

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【06】始まりの終わり(下)

04 徹底していました(前)

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 モルトヴァンがドレイクたちを見送って執務室に戻ってくると、今から元アルスター大佐隊の作戦説明室に行って、班長たちと初顔合わせをする予定が発生していた。

「え……今からですか? 明日じゃいけませんか?」

 思わず自分の腕時計を見て抗ったが、まだ一人掛けのソファに座っていたパラディンはおどけたように肩をすくめた。

「私もそう言ったんだけど、エリゴール中佐が駄目だって」

 それは駄目だ。逆らえない。モルトヴァンは一瞬で諦めた。
 当のエリゴールは他人事のような顔をしてパラディンのそばに立っている。今日でなくてはならない理由をモルトヴァンに説明する気もなさそうだ。

「だから、モルトヴァン。今すぐ元アルスター大佐隊に電話して、その旨伝えてくれ。元ウェーバー大佐隊のときと同様、出迎えは不要だ」
「はあ……また一班長に電話すればいいですか?」
「おまえに全部任せる」

 完全に丸投げだ。だが、それはそれでやりやすい。自分の執務机に着席したモルトヴァンは、パラディンに命じられた仕事をすばやく片づけた。
 今朝も思ったが、元アルスター大佐隊の一班長はいかにも軍人らしい堅い応答をする。アルスターが部下たちにはどんな態度をとっていたか、間接的に窺い知れた。
 そんなわけで、コーヒー豆茶会の後片づけも済ませてから、元アルスター大佐隊の軍港――第五軍港へ向かったのだが、今回は元ウェーバー大佐隊のときの失敗を踏まえ、〝大佐〟の執務室がある〝大佐棟〟に直行した。
 元ウェーバー大佐隊の〝大佐棟〟と同じく、中は無人だった。アルスターの副官及び直属班は、アルスターと一緒に〝栄転〟になったのだろう。もっとも、〝大佐〟以外は希望すれば退役できる。皇帝軍本隊から離れられないのは、アルスターとその〝持参金〟である軍艦〈カラドボルグ〉だけだ。

「ウェーバー大佐の執務室とは違って、ずいぶんすっきりしているね」

 アルスターの元執務室に足を踏み入れたパラディンは、二十四時間空調の効いている室内を見回して一言そう評した。
 確かに、ウェーバーの元執務室は雑然としていたが――ウェーバーも副官も整理整頓は重視していなかったのかもしれない――ここは備品こそ古いものの、〝大佐〟の執務室として写真撮影できそうなほど整然としていた。
 モルトヴァンは自分がいちばん使うことになるだろう給湯室も覗いてみたが、収納できるものはすべて収納されていて、逆に冷蔵庫の中は空っぽになっていた。

「おそらく、アルスター大佐殿の副官が〝栄転〟を見越して整理されていったのでしょう」

 パラディンの評に、自動ドアの近くで控えていたエリゴールが淡々と応える。

「まあ、そうだろうね。ウェーバー大佐たちには掃除をする時間もなかっただろうから」

 パラディンは立ったまま端末を操作すると、来客用のソファのほうに腰を下ろした。
 パラディンの性格上、いくら掃除されていたとしても、アルスターの使っていた執務椅子には座りたくなかったのだろう。ひとまず椅子カバーを調達しなければとモルトヴァンは頭の中のメモ用紙に書きこんだ。

「もしかしたら、副官の執務机には引き継ぎ書類も用意されているかな。しかし、今は班長たちに会うのが最優先事項だ」

 パラディンは苦笑いすると、億劫そうにソファから立ち上がった。

「また案内役がいますかね?」

 元ウェーバー大佐隊――現パラディン大佐隊の〝影の一班長〟フィリップスを思い浮かべてモルトヴァンが問えば、パラディンは意地の悪い笑みを見せた。

「さあ、どうかな。出迎えは不要と言ったが、額面どおりに受けとるか否か。――エリゴール中佐。もし君がここの一班長だったらどうする?」

 打って変わって、軽い調子で訊かれたエリゴールは、少し考えてから無表情に答えた。

「額面どおりに受けとります。それで文句をつけてくる〝大佐〟なら、また〝栄転〟に追いこむまでです」

 ――そう来るか。
 反射的にパラディンを見やると、パラディンもモルトヴァンを見ていた。おそらく、同じことを考えている。モルトヴァンはパラディンと共に乾いた笑いを漏らした。

 * * *

 元アルスター大佐隊の一班長は、エリゴールと同じ考えを持っていたようだ。
 作戦説明室のある〝中央棟〟の駐車場に到着しても、誰も出迎えには来なかった。

「ここの一班長は、君と気が合いそうだね」

 エリゴールに後部座席のドアを開けてもらって送迎車を降りたパラディンは、からかうように彼に声をかけた。
 なお、エリゴールに手を取ってもらうのは、さすがにもう諦めている。

「そうでしょうか?」

 赤みを帯びてきた日差しの下で、エリゴールはかすかに首をかしげた。

「案内をしない選択をしたのが一班長とは限りません」

 いつものように自分でドアを開けて降りたモルトヴァンは、あっと声を上げそうになった。
 言われてみれば確かにそうだ。ことに、エリゴールの古巣である元マクスウェル大佐隊では、〝七班長〟ヴァラクがその手の選択をすべてしていただろう。

「なるほど。こいつは一本取られたな」

 一本どころか百本以上はもう取られていそうだが、パラディンは悪びれずに笑い飛ばした。

「しかし、肩書は不明だが、元アルスター大佐隊には君と同じ選択をする人間がいて、なおかつ、その選択を隊の総意にできるだけの力を持っているということだろう? 幸先はいいじゃないか」

 これにはモルトヴァンだけでなく、エリゴールも意表を突かれたように目を見張っていた。いろいろ難はあるが――エリゴールが転属してきてからは特に――〝栄転〟にならない大佐にはならないだけの理由があるのだ。

「それでは行こうか。日暮れまでには帰りたい」

 〝中央棟〟には、モルトヴァンの生体認証で問題なく入れた。
 隊員たちの根城とも言うべきこの棟には〝大佐棟〟のような警備班は置かれていないが、たいていは隊員が交替で守衛をしており、人の行き来も多い。
 しかし、元アルスター大佐隊はそういった存在も出迎えになると解釈したのか、先ほどの〝大佐棟〟と同様、隊員どころか軍属の清掃員の姿すらなかった。

「徹底してるなあ」

 パラディンは面白そうに笑いながら通路を歩いていたが、モルトヴァンは内心冷や汗をかいていた。ちらりと後方のエリゴールを窺えば、完璧に無表情だった。こちらも徹底している。
 〝大佐棟〟とは違い、ここは無人ではないはずである。それなのに、まったく人の気配がしない。元ウェーバー大佐隊とはとことん対照的だ。モルトヴァンにも何となく、日暮れまでには帰りたいというパラディンの気持ちがわかるような気がした。

「さて。ようやく直接ご対面か」

 〝中央棟〟の内部は各隊共通している。したがって、作戦説明室も同じ場所にある。
 無機質な自動ドアの前で足を止めたパラディンは、モルトヴァンに視線で開けろと命じた。

(はいはい。了解了解)

 あくまで心の中でおざなりに答えると、モルトヴァンは非接触の生体認証装置に右手をかざした。
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