無冠の皇帝

有喜多亜里

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【05】始まりの終わり(中)

12 挨拶回り始めました

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 〈旧型〉と二隻目の〈新型〉との交換は、つつがなく終了した。
 主にマシムとフォルカスとアルスターのせいで、キメイスにとってはあまりいい思い出のない軍艦となってしまったが、ソフィアの発着場で下艦したときには、これでもう最後なんだなと感慨を覚えた。
 三ヶ月ぶりに再会した開発部のクラークによると、〈旧型〉が無人突撃艦群の中に投入されることはまずないそうだ。具体的な数字こそ挙げなかったものの、改造するのにかなりの経費をかけたらしい。まあ、いざというときのスペアとして保管することになるでしょうね、とのことだった。
 現在、無人突撃艦群以外の無人艦は、三分の二以上が新型となっている。いずれ旧型は完全になくなるだろうが、たとえ一隻まぎれこんでいたとしても、気にする人間はいないだろう。キメイスは内心ほっとして、〈旧型〉の船体を軽く叩いたのだった。
 それから〈旧型〉の乗組員たちは、新しい〈新型〉に搭乗して基地に帰投した。〈旧型〉も〈新型〉もブリッジの内装は統一されているため、違和感はほとんどなかった。ただ、新しい軍艦独特の匂いはあって、そう言えば〈旧型〉も最初はこんな匂いがしていたなと、キメイスはひそかに笑った。
 こうして〈新型〉が二隻となり、今後はドレイクが言っていたように、一号、二号と呼び分けられるのだろうと思われていた。が、そのドレイクが、ドックでこう宣言した。

 ――じゃあ、今日もらってきた〈新型〉は左翼担当だから〈レフト〉。必然的に右翼担当は〈ライト〉。以後、そう呼ぶように。では解散!

 実はこっそり〈孤独に〉のような命名と今度こそ金一封を狙っていた隊員たちは落胆していたが――はっきり言えばフォルカスと訓練生三人組――キメイスは非常にわかりやすいと素直に思った。それに、戦闘中は無人艦のふりをしなければならない軍艦に、〈孤独に〉や〈ワイバーン〉のような固有名詞は必要ないだろう。
 そのようなわけで、ドレイク大佐隊内のチーム名は、〈旧型〉組は〈レフト〉、〈新型〉組は〈ライト〉、残りは〈ワイバーン〉ということになった。
 待機室での朝のミーティングも、最初はスミス主導でやっているが、最後はチームごとに分かれて立ち話をするのが恒例となってしまっている。

「いやあ、パラディン大佐が元ウェーバー大佐隊に飛ばされたと知ったときには、いったいどうなることかと心配してたけどなあ」

 元ウェーバー大佐隊がパラディン大佐隊として初出撃してから一週間。いまだにディックは隙あらばこの話をする。

「終わってみれば、アルスター大佐隊の分まで砲撃してたよな。ぶっちゃけ、アルスター大佐隊、もういらなくないか?」
「アルスター大佐隊ではなくアルスターがいらない。……と、今ここにフォルカスがいたら言うだろうな」

 それに苦笑で答えたのは、ディックの元同僚かつ現同僚でもあるスミスだ。
 本日、フォルカスは非番のため、ミーティングはエンドレス井戸端会議状態に突入していた。しかし、今はどこのグループも、議題はもっぱら、アルスターはいつ〝栄転〟になるか、そして〝栄転〟後の元アルスター大佐隊はどうなるか、だった。

「でも、アルスターの代わりになる〝大佐〟なんてもういないよな」

 ドレイク大佐隊内において、もはやアルスターは呼び捨てがデフォルトだ。特に〈レフト〉の乗組員たちは名前を口にするのも嫌になっていて、このときもディックの眉間には深い皺が寄っていた。

「そうだな。さすがにもう護衛の〝大佐〟は持ってこれないから、この前の〝七班長〟みたいに、適当なのを〝大佐〟にするしかないだろうな」
「あの隊にそんな班長がいるかねえ……」
「一人くらいはいるんじゃないのか? で、アルスターが〝栄転〟になるのを息を潜めて待っている」
「ああ、それはあるかもな。……俺らもそうだった」

 元ウェーバー大佐隊員であるスミスとディックは苦笑いしあったが、元マクスウェル大佐隊員であるキメイスは、俺たちもそうでしたよとは言わなかった。
 確かに、マクスウェル大佐隊員の大多数は、マクスウェルの〝栄転〟を熱望していただろう。だが、今ここにキメイスがいるのは、マクスウェルが〝栄転〟したからではなく、ドレイクが(おそらくはイルホンの紹介で)部下にならないかと声をかけてくれたからなのだ。

 ――あのとき、もしドレイクに誘われていなかったら。

 キメイスは無意識に自分の襟元に手をやった。その裏には何度か使おうと思った〝エスケープ〟がある。今では制服の単なる付属品の一部にすぎなくなったが。

「そういや大佐、今日、挨拶回りするんだったよな?」

 思い出したようにディックが言うと、スミスは呆れ顔でうなずいた。

「ああ。アルスターのところから回るそうだ。アルスターとはいったい何を話そうと思ってるんだろうな?」
「さあてなあ。とりあえず、背面攻撃はもうやめてくれ……とは言わないだろうな」

 ディックが口端を吊り上げて嘲笑う。

「今さらやめられても、今度はパラディン大佐が困る」

 こういうとき、伊達に班長はしていなかったんだなとキメイスは感心する。もっとも、オールディスがいなければ、このディックも班長らしからぬ言動はほとんどしないのだが。

「……アルスターにも挨拶回りする意味ってあるんですかね?」

 キメイスと同様、黙ってスミスとディックの会話を聞いていたギブスンが、訝しげにキメイスに話しかけてきた。
 ちなみに、戦闘中はほとんど爆睡しているウィルヘルムは、いつのまにか〈ワイバーン〉のグインと〈ライト〉のラスと合流していて、整備の打ち合わせらしきことを始めていた。フォルカスが非番でも彼らは気を抜けない。あんなふうでいてフォルカスは、整備に関してだけは、自分にも他人にも厳しいのだ。
 なお、ある意味フォルカスからいちばん厳しい扱いをされているセイルは、いつものようにこちらを盗み見ることもなく、ごく普通にラッセルと立ち話をしていた。フォルカスさえ不在なら、彼もまっとうな元班長でいられるのである。しかし、フォルカスがあの姿を目にする日は、もしかしたら永遠に来ないかもしれない。

「少なくとも、大佐にはあるんだろうな。アルスターを最初にしたのにも。コールタン大佐を最後にするんなら、〝七班長〟、パラディン大佐、アルスター、コールタン大佐の順にしたほうが、効率よく回れるはずだからな」
「その、コールタン大佐が最後というのもよくわかりませんね。最後ってことは、コールタン大佐が本命ってことでしょ? 大佐が護衛と何を話したいんだか」
「……おまえ、性格は悪いけど、頭は悪くないんだよな、頭は」

 キメイスとしては褒めたつもりだったが、ギブスンは嫌そうに顔をしかめた。

「性格悪くてすいませんでしたね。でも、キメイスさんには到底かないませんよ」
「ああ。それに関しては、俺もまったく負ける気がしない」

 にやにや笑ってから、ふとキメイスは覗きこむようにギブスンの目を見た。

「な、何ですか?」
「いや……色としては同じ『緑』になるんだろうが……やっぱ違うんだよな……」
「はあ……?」

 不可解と言うよりは不気味そうにギブスンは眉をひそめたが、ドレイク大佐隊内で虹彩が緑系の人間はギブスン一人だけではない。〈ライト〉のスターリング、〈ワイバーン〉のグエンも、よく見れば該当する。
 頭は悪くない年下の同僚は、すぐにそのことに思い当たったらしく、そりゃ違うでしょと呆れたように言った。

「何を突然……血縁だったらまだしも、まったくの他人同士ですよ? しいて分類するなら緑程度になるのが普通でしょ」
「……そうか。それもそうだな」

 キメイスは内心の動揺を押し隠したまま、ギブスンから視線を外した。
 この隊に、ギブスン以外にも緑色の目をした人間が二人もいて、本当に助かった。もしギブスン一人だけだったら、いったい誰と比較したのかと突っこまれているところだった。
 だが、ギブスン、スターリング、グエンの三人のうち、誰がいちばん色が似ているかと言えば、金髪のスターリングではなく、この黒髪のギブスンなのだ。
 キメイスがよく知っている緑は、もう少し暗く、淀んでいる。
 最後に目を見て話したのがいつだったかは覚えていないのに、あの目の色だけはなぜか記憶に残っている。

(こいつも、ここに引き抜かれてなかったら、ああなっていそうだな。何となく)

 まだどこか不審そうな顔をしているギブスンを尻目に、キメイスはスミスに歩み寄った。そして、とりあえず〈レフト〉の備品を確認しませんかと進言して、〈レフト〉のミーティングという名の井戸端会議だけは何とか終了させたのだった。

 * * *

 挨拶回りの手土産には何がいいだろうねとドレイクに訊かれたとき、イルホンはすぐには何も答えられなかった。
 確かに、手ぶらでは失礼だろうという言い分はもっともだ。
 そういうところは何というか、意外なほどまともな男である。

 ――そうですね……だったら、クッキーとかどうですか?

 イルホンとしては半分冗談のつもりだったのだが、予想外なことに、それいいねと一発採用されてしまい、善も急げとばかりに基地内の売店でクッキー缶を六個購入した。なお、そのうちの一個はドレイクとイルホンの間食用である。
 アポイントメントのほうも、いちばん忙しそうなパラディンの予定がわかっていれば、とるのはさほど難しくはなかった。
 なんとパラディン大佐隊は、つい一昨日まで、コールタン大佐隊と合同演習をしていた(オールディス情報)。
 砲撃と護衛が合同演習。いったいどんな演習をしたのか気になるところだが、本日クリアしなければならないのは、全大佐への挨拶回りである。
 午前中、ドレイクの頭が通常運転しはじめた頃、イルホンは移動車の後部座席にクッキー缶を詰めこんだ段ボール箱を置き、助手席にドレイクを乗せて、運転席のハンドルを握った。普通、要人は後部座席に座るが、ドレイクは助手席に座りたがるのだ。
 ちなみに、ドレイクも車の免許は持っているが(ほぼ偽造)、車より宇宙船の操縦のほうが気楽だと言ってはばからない。つまり、それだけ地上にはいなかったということなのだろう。そう言われてみれば、執務室にいるよりブリッジにいるほうがリラックスしているように見える。
 ここ、護衛艦隊中央基地には、総司令本部を中心として九つの軍港があり、それらを大佐隊と訓練生たちが使用している。
 ドレイクの執務室から最短距離で回るのであれば、コールタン、アルスター、パラディン、ヴァラク(とダーナ)というルートが最適のはずだが、ドレイクの要望は、最初がアルスターで最後がコールタンだった。
 アルスターとコールタンの間は丸投げされたイルホンは、悩んだあげく、アルスター、パラディン、ヴァラク(とダーナ)、いったん中央部に戻ってコールタンというルートを選択した。

「執務室もだけど、他の〝大佐〟の軍港に行くのも、これが初めてなんだよなあ」

 中央部のゲートを出た後、ドレイクはわくわくしたようにそう言って、黒いマイボトルを片手で開けて飲んだ。今日の中身は激薄アイスコーヒーである。
 この地は年間を通して気温の上下も少ないが、天候の崩れも比較的少ない。車窓から見える空は今日も青く、雲は真綿のように白い。無駄に広い道路の周辺には、よく手入れされた緑地帯が広がっている。
 しかし、暦の上では今は真夏だ。人間より気の利く移動車は、さりげなく冷房をきかせていた。

「そうですね。他の〝大佐〟は、何だかんだで行っていそうですね」

 相変わらず、こういうところは子供のようだ。イルホンは苦笑しながら答えたが、ふとあることを思い出して声をひそめた。

「でも、アルスター大佐は、今のパラディン大佐隊の軍港には、結局一度も来なかったそうです」
「それもオールディス情報かい?」

 冷やかすように笑ってから、ドレイクは窓の外に顔を向けた。

「あの大佐には本当に、一五〇隻までが限界だったんだな」

 イルホンは同意するかわりに移動車の速度を上げた。
 ドレイクがアルスターと何を話すつもりかはわからない。だが、これだけは確実だろう。
 今日の挨拶回りの本命は、最後のコールタンだ。
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