無冠の皇帝

有喜多亜里

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【02】マクスウェルの悪魔たち(上)

04 軍艦見せました

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「あと九人かあ」

 〈新型〉を見上げたフォルカスが憂鬱そうに溜め息をこぼす。それを耳に留めたマシムは整備の手を止めて冷静に意見した。

「必ずしも九人ってことはないんじゃないですか。これも〈旧型〉も最低三人で動かせるでしょ。それならあと三人追加で済みますよ」
「それはまあ、そうだけどな。先々のことを考えたら、ここで一気に九人入れてきそう」
「どうやって?」

 マシムがそう訊ねたとき、背後からスミスの声が聞こえた。

「よかった。今日は真面目に整備してたか」

 今日は天気がいいので、ドックの障壁を開放していた。フォルカスとマシムは同時に振り返り、フォルカスは苦笑いを浮かべた。

「見ろ、マシム。ああやってだ」

 スミスの隣には、スミスと同年代らしい、見知らぬ黒髪の男が立っていた。ここの軍服を着ているから、この艦隊の人間には違いないだろうが、やはり〝よそ者〟と思ってしまう。男は〈新型〉に目を奪われていて、フォルカスたちの存在には気づいてもいないようだった。

「スミスさん。……誰ですか?」

 ばつが悪そうに近づいてきたスミスに、フォルカスは小声で訊ねた。

「俺の元同僚。今朝、突然うちの大佐に会わせてくれって電話してきてな。特別仲がよかったわけでもないが、悪い奴でもないから、とりあえずイルホンに知らせたら、大佐が今すぐ執務室に連れてこいって。今、その帰りだ」
「大佐に〈新型〉見せるように言われたんすか?」
「〈ワイバーン〉もな。なぜか〈旧型〉は言われなかったな」
「隣にあるから丸わかりっすけどね」
「他の奴らは?」
「〈新型〉の中で遊んでますよ」

 そのとき、男が我に返ったような顔をして、こちらに向かって歩いてきた。

「えーと……初めまして」

 頭を掻きながら、ぎごちなくフォルカスたちに挨拶する。

「スミスの元同僚のラッセルといいます。今はダーナ大佐の指揮下にいます」

 フォルカスは怪訝そうに男を見たが、すぐに愛想よく笑った。

「どうもー、初めまして。スミスさんの現同僚のフォルカスです。こっちはマシム」

 フォルカスに親指で指されて、あわててマシムが頭を下げる。

「やっぱりこれ、気になります?」

 笑いながら、フォルカスは〈新型〉の船体を叩いた。

「だってこれ、新型の無人砲撃艦でしょう。どうしてここに……」
「実はこのそとだけ新型無人砲撃艦です。中は人が乗れるようになってます。ブリッジの定員は六名」

 黒髪の男――ラッセルは、褐色の目を見張ってフォルカスを見た。

「たった六名?」
「一つは艦長席ですから、五名だけでも動かせますよ。ちなみに、これの隣にあるのは外見だけ旧型無人砲撃艦。こっちもやっぱりブリッジの定員は六名」

 フォルカスの手の動きを追って、〈新型〉の隣にある〈旧型〉に目をやったラッセルは、なぜか何度もうなずいた。

「そして、そのさらに隣にあるのが!」

 フォルカスはわざわざ走っていき、〈ワイバーン〉を手で指した。
 マシムは大股に歩いていって、フォルカスの後ろから同じように手で指した。

「我らが旗艦、〈ワイバーン〉!」

 ラッセルは〈ワイバーン〉の正面に回ると、少し離れたところから、外見だけ「連合」の砲撃艦を見上げた。

「これが……あの……」
「迫力あるだろう」

 ラッセルの隣で、スミスが自慢げに語り出す。

「まさに敵を殲滅するために作られたような〝武器〟だ。旗艦を一発で沈めることも、艦艇を撃墜しつづけることも、無人艦を予測で一〇〇〇隻以上撃ち落とすこともできる。……うちの大佐は〝口下手〟だが、記憶に残ることをちょくちょく言う。俺は初めてこのに乗せてもらったとき、あの人が笑いながら言ったこの言葉を、今でも忘れられない。――『このに乗ってるかぎり、必ずおまえらは生きて帰す!』」
「なるほどな」

 〈ワイバーン〉を見つめたまま、ラッセルは苦笑した。

「そんなことを言われたら、おまえじゃなくてもイチコロだ」
「残念だったな。生でこのセリフを聞けなくて」
「〝ちょくちょく言う〟んだろう? じゃあ、俺はこれで失礼するよ。どんな結果になっても、必ずまたおまえに連絡する」
「ああ、そうしてくれ。……急げよ」

 ラッセルは笑って片手を挙げると、フォルカスとマシムに対して軽く頭を下げ、移動車がある駐車場へと走っていった。

「フォルカス……おまえが外にいてくれて本当に助かった。礼を言う」

 フォルカスたちのそばに戻ったスミスは、ほっとしたように息を吐いた。

「いえいえ。礼を言われるほどのこたぁしちゃいませんがね。……追加隊員ですか」
「今のところ、大佐もあいつもその気だな。あとは何人連れてくるか」
「どうしても、ダーナ大佐から離れたくありませんか。……そんなにいいのかねえ」

 独り言のようなフォルカスの呟きに、スミスは目を剥いた。

「おまえ……何でわかった!?」
「え? だって、スミスさんの元同僚っていったら、元ウェーバー大佐隊でしょ? それで今はダーナ大佐のとこにいるっていったら、明日にゃアルスター大佐隊に転属じゃないすか。想像ですけど、あの人、ダーナ大佐んとこに残留できる方法はないかって、うちの大佐に泣きつきにきたんじゃないんすか? んで、大佐はこいつはラッキーとばかりに、それは無理だけど、うちに入隊して〈新型〉乗れば、無人艦のふりしてダーナ大佐のために戦えるよーとか言ったんじゃ? あと、他にも同じこと考えてる隊員がいたら、今日中に連れてこいよーとか」

 スミスは真顔で叫んだ。

「フォルカス! おまえは天才だ!」
「えー、そっすかー?」

 照れ笑いをしながら、フォルカスは白金の頭に手を回す。

「まさにそのとおりだ! まるで盗聴してたみたいだな!」
「そんな、人聞きの悪い。ちょっと考えれば、誰でもすぐわかりますよ」
「……マシム。おまえ、わかったか?」
「いえ、全然。ただ、軍人らしくないなあとは思いましたけど」
「軍人らしくない?」
「あの人、〝中佐〟ですよね? なのに妙に腰が低くって、肩書も階級も言わなかったんで。ほんとは敬礼しなくちゃいけなかったんでしょうけど、俺はもう反射的に敬礼できない体になってました……」

 淡々としたマシムの答えを聞いて、スミスは唸りながら両腕を組んだ。

「そうか。本気でうちに入りたいんだな、あの男」
「え? 何がどうしてそういうことに?」
「大佐の執務室を出てからこっちに来るまでに、うちでは大佐以外は階級無視で、その大佐は敬礼が嫌いだって話をあの男にしたんだ。慣れっていうのは恐ろしいな。俺は今、マシムに言われるまで、軍人らしい行動というのをすっかり忘れていた」
「ああ……俺もそんなのもう覚えてないや。最後に敬礼した相手は映像の殿下だったかな」
「フォルカス。〝天才〟のおまえについでに訊くが、あの男がうちの大佐に相談しにきたのはなぜだと思う? 本人は〝大佐は頭が切れるから〟なんてことを言ってたが」

 フォルカスは細い顎に手を添えて、少し考えてから苦笑を漏らした。

「もしかしたらあの人、スミスさんが思っている以上に計算高い人かもしれませんよ」
「何?」
「この前の出撃で、あの〈旧型〉が実は有人艦で、うちのだってことも勘づいてたんじゃないすか? で、あの方法ならこっそりダーナ大佐のお手伝いができるなと考えて、スミスさんを利用して……って言ったら何ですけど、うちの大佐を訪ねてきたんじゃ? 大佐は今はとりあえず人員追加したいと考えてますからね。互いの利害は一致してるからと割りきって、採用しようと思ったんじゃないすか?」

 スミスはまじまじとフォルカスを見すえた。

「フォルカス……おまえ、本当に〝天才〟だな」
「まあ、あくまで推測ですけどね。目的のためには軍人らしくない行動だってとれる人だってことでしょ。ダーナ大佐もねえ。ああいう人間は手元に残しておいたほうがいいと思うんすけどねえ。マクスウェル大佐隊は少しでも楽しようって考えてる奴らばっかですから」
「古巣には手厳しいな」
「俺は大佐に声かけられたとき、二つ返事で転属させてくださいって答えましたよ。俺自身はダーナ大佐に思い入れはないけど、大佐が気に入ってるから、マクスウェル大佐隊とうまくやってけるかどうか、心配といえば心配」
「大佐のことだから、元ウェーバー大佐隊の隊員は一人も残さないとわかった時点で、何かしら手を打つか、もう打ってるんじゃないかね。それより俺は、これから〈新型〉にずっと乗せられることになるんじゃないかと心配……」

 そう言いかけたスミスは、ふとマシムを見て目をすがめる。

「マシム……おまえ今、〝これで〈ワイバーン〉の操縦桿は俺一人のもの〟とか思っただろ」
「え、そんなこと……ふふ……思ってないですよ」
「その〝ふふ〟は何だよ、〝ふふ〟は」
「まあまあ。考えようによっては、こいつに〈ワイバーン〉の操縦桿預けちまったほうがいいですよ。〈ワイバーン〉に何かあったら、全部こいつの責任」
「……そうだな。そのほうが、こっちは余計な神経使わなくて済むな」

 二人の話を聞いて、さすがにマシムも表情を変えた。

「責任て……砲撃のミスで被弾したとしても、俺の責任になるんですか?」
「そうだよ。そこを意地で避けられなかったおまえの責任だよ」

 マシムはしばらく黙っていたが、両手の拳を固めて決意表明した。

「よし、意地で避ける!」
「……何でこいつは〈ワイバーン〉のことになると、こんなに馬鹿になるんだ……」
「それはもう……マニアだから」

 スミスとフォルカスは顔を見合わせると、疲れたように笑って溜め息をついた。

 * * *

「転属か……」

 ミーティング室でラッセルの話を聞き終えた四班長たちは、そろって唸り声を上げた。

「まあ……あの旧型無人砲撃艦はドレイク大佐がらみだとは思っていたが、まさか有人艦だったとはな……」

 オールディスが呆れたように苦笑いする。

「おまけに、新型のほうも所有していたとは。いったいどうやってあんな特殊なを二隻も手に入れたんだ?」
「そりゃあ、殿下にお願いしてだろう」

 醒めた顔でバラードが言う。

「模擬戦のとき、ドレイク大佐のほうは新型を使っていたからな。そのとき、殿下にお願いしたんじゃないか。ついでに旧型も」
「で、この前の実戦のときは、旧型だけを使ったわけか。……ラッセル。つまり、ドレイク大佐は、あんなふうに俺たちに働けって言ってるわけだよな? 今度は新型の無人砲撃艦で」

 ディックの言葉に、ラッセルは深くうなずいた。

「そういうことだ。確かに無人艦なら、中央から右翼に移動してもまったく不自然じゃない。ドレイク大佐の真の目的ははっきりしないが、俺たちにも都合がいい」
「タイムリミットは今日の午後五時までか」

 スターリングが気忙しげに自分の腕時計を見やる。

「ダーナ大佐に挨拶してかなきゃならないし、もう結論出さないとな」
「とりあえず、俺は今日、ドレイク大佐隊に転属させてもらう」

 ラッセルは早々に明言した。

「あの人はダーナ大佐のことをよくわかっていて、本気で気にかけていた。ダーナ大佐隊に残留できないなら、せめてそういう〝大佐〟の指揮下に入りたい」
「おまえもドレイク大佐の魔法にかかっちまったんじゃないのか? スミスみたいに」

 バラードがにやにやして冷やかす。

「そうかもな。スミス以外に副官と隊員二人に会ったが、みんな自然体で生きているような感じがした。……いろいろな意味で、オアシスみたいな場所だったよ」
「なるほど。スミスも丸くなるはずだ」

 感慨深げに呟いてから、オールディスはラッセルに目を向けた。

「ラッセル。俺も一緒に行く。オアシスで下っ端から再スタートするのも悪くない」
「でも、あの隊じゃ下っ端のままゴールしちまいそうだぞ。ドレイク大佐は三隻までしか面倒見きれないんだろ?」

 言葉とは裏腹に、ディックは愉快そうに笑っている。

「まあ、下っ端でも生かして帰してもらったほうがずっといいか。……ラッセル。俺も転属希望」
「本当はダーナ大佐隊に残留したかったけどなあ」

 スターリングは今日何度ついたかわからない溜め息をまたついた。

「ドレイク大佐の言うとおり、戦闘中だけまぎれこむしかなさそうだ。……転属希望者、もう一名追加」
「馬鹿増殖中」

 バラードがぼそりと言って、自分の腕時計に目を落とす。

「ダーナ大佐にはやってもらわなきゃならないことがある。ラッセル。おまえが代表してお願いしろ。アルスター大佐隊に転属される前に、新班長任命してくださいってな」
「バラード……」
「しかし、自分勝手な班長どもだな、俺たちは」

 机上の転属願をつまみ上げ、ディックが自嘲する。

「残留できないからって転属願出して、自分たちだけ抜けがけだ」
「スミスのほうが、まっとうな転属の仕方をしたな」
「ああ……そうか……一応あの男が〝先輩〟ということになるのか……」
「よし、わざと〝先輩〟と呼んで嫌がらせしてやろう」
「オールディス。おまえはあの隊に向いているような気がする」

 元ウェーバー大佐隊所属第六班から第十班までの班長たちは、それからしばらくの間、それぞれの転属願を書くことに専念した。
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