無冠の皇帝

有喜多亜里

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【01】連合から来た男

06 採用試験出されました

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 直接対面してから一週間後。
 アーウィンは再びドレイクを謁見の間に連れてこさせたが、今度は手錠も兵士による拘束も免除した。

「お久しぶりでーす」

 前回同様、壇上の椅子に腰かけているアーウィンに向かい、まるで知りあいに会ったかのような気安さでドレイクが右手を挙げる。軍服を着ていても軍人らしく見えなかったのに、お仕着せの私服姿の今は完全に体格がいいだけの中年男だ。
 やはり前回同様、アーウィンの背後に立っていたヴォルフは冷や汗をかいたが、アーウィンは眉をひそめただけで、それについては何も言わなかった。

「エドガー・ドレイク。一度だけおまえにチャンスを与えよう。それをものにできれば、おまえをこの艦隊の軍人として正式に採用する。だが、できなかった場合には、最初から救助しなかったものとして処分する。もっとも、そのときには私がわざわざ処分する必要もなくなっているだろうが」

 しかし、ドレイクはたじろぐどころか、ふてぶてしい笑みを浮かべて切り返してきた。

「いいねえ、〝殿下〟。わかりやすくて実にいい。俺もそういうのは大好きだ。で? 採用試験の内容は?」
「……現在、第二宙域外縁がいえんを『連合』の艦隊が航行している。艦艇数は約二〇〇〇隻。目的地は不明だが、このまま航行を続ければ、明日には第一宙域外縁に入る。この艦隊をおまえが殲滅しろ。ただし、船はいくらでも貸してやるが、うちの人間をおまえの道連れにされてはたまらん。おまえ一人ですべてやれ」

 傲岸に言い放つアーウィンのそばで、ヴォルフは顔をしかめていた。事前に聞かされてはいたが、こうして改めて聞くと、とんでもない試験内容である。〝死んでこい〟と言っているようなものだ。
 さすがにドレイクも驚いた顔をしていたが、すぐに面白がるように笑い出した。

「なるほど。それくらいのお使いできなくちゃ、あんたの犬にはなれないよな。もちろん、喜んで受けさせていただきますよ。ところで、その艦隊の旗艦名はわかりますか?」
「〈ウィルム〉だそうだ」

 ドレイクは真顔になり、アーウィンを見上げた。
 アーウィンが怪訝そうな表情をしたのを見て、苦笑いを漏らす。

「そうだな。あんたが知ってるはずがない。それでも、ありがとうございます。ますますやる気になりました。とはいえ、俺は今まで『帝国』の船を動かしたことは一度もないんでね。その操作を覚えるのと戦略を立てるのに、三日猶予をいただきたいんですが、よろしいですかね?」
「三日? そんなもんでいいのか?」

 アーウィンより先に、ヴォルフが叫んでしまった。アーウィンも同感だったらしく、不満そうにヴォルフを睨んだが、結局、彼を責めずにドレイクに視線を戻した。

「おまえが三日でいいと言うならそれでかまわないが。後から延長は認めないぞ」
「当然ですね。それじゃさっそく砲撃艦を一隻お借りできますか? 今日からそこに泊まりこんで覚えます」
「わかった。ドックでどれでも好きなものを選べ。場所はおまえの世話係に案内させる」
「ありがとうございます。それではこれで失礼させていただきます。一分一秒でも時間が惜しいんで」

 * * *

「あんな命令をするおまえもおまえだが、それを平気で受けるあいつもあいつだ」

 ドレイクが足早に去った後、ヴォルフは呆れ果ててアーウィンに言った。

「それほど無茶な命令か?」
「無茶だろ! おまえだって〈フラガラック〉じゃなきゃそんなこと、できっこないだろ!」
「そうだな。無理だ」
「あっさり認めるなよ」
「だが、あの男は受けて立ったぞ。まあ、あの男なら受けるだろうと思ってはいたが、三日というのは意表を突かれた。いったいどうする気だ?」
「知るか! 本人に訊け!」
「それではつまらん」

 本当につまらなそうな顔をして、肘掛けに肘を置き、頬杖をつく。

「あの男がどうするつもりなのか、見るのが楽しみなんだ。どうにもならなくなったら〈フラガラック〉で助けてやる。そのかわり、もう一度脱出ポッドにつめこんで、『連合』に送り返してやる」
「おまえもたいがいひどいな」
「何がひどい。あいつは変態だぞ?」

 どうしても、そこがアーウィンには気に入らないようだった。

 * * *

 エドガー・ドレイク大佐は、制限つきだが基地内を移動できる権利を得たかわりに、自分の命を失ってしまうかもしれない――というより十中八九失う――義務を負ってしまった。

「本当に、殿下も無茶言うなあ……」

 自分の最高上司だが、イルホンはまたそう愚痴らずにはいられなかった。

「でも、受けてクリアできなきゃ雇ってもらえないんだもん。やるしかないでしょ」

 一方、当事者のドレイクのほうは、相変わらず飄々としている。

「それはまあ、そうですが。とにかく、このドックの中から選ぶように殿下から指示が出てるそうなんで、好きなだけ見てください」
「好きなだけ見ていいって言われてもねえ……これじゃ見てるだけで日が暮れちゃうよ」

 呆けたようにドレイクが呟く。その気持ちはイルホンにもわかる。自分も初めてこのドックを目にしたとき、度肝を抜かれた。
 広い。ただひたすら広い。天井も高すぎて、まるで本物の陽光に照らし出されたビル街ならぬ軍艦街のようだ。
 現在、このドックには約一〇〇隻の艦艇が収容されているが、騒音は強力な消音装置によって抑えられているため、ごく普通に会話できる。また、ドックはここ一つというわけではなく、規模の大小はあるが、基地内外にいくらでも点在している。

「……と、ここでいつまでも途方に暮れてるわけにもいかねえな。とにかく時間がない」

 ドレイクは独語すると、すたすたと歩きはじめた。世話係兼監視役となったイルホンはあわててその後を追う。
 立ち止まることなく艦艇に目を走らせるドレイクの表情は、イルホンがこれまで見たことがないほど真剣だった。今なら無人砲撃艦を一〇〇〇隻近く撃ち落としたという話も信じられるような気がする。
 当然のことながら、ドック内は無人ではなかった。今のドレイクは「連合」の軍服は着ていなかったが、彼があのヽヽエドガー・ドレイクだということは雰囲気でわかるのだろう。好奇、嫌悪、敵意……様々な感情のこもった視線を時々イルホンは感じた。だが、アーウィンからドレイクの邪魔をするなという命令でも出されていたのか、彼にからんでくるやからは一人もいなかった。
 いったいどれくらい歩き回っただろうか。
 ふと、ドレイクはある軍艦の前で足を止めた。

「イルホンくん。これ、ちょっと中見てみたいんだけど」
「知っていたんですか?」

 ついイルホンは訊ねてしまった。

「何を?」
「これ、新型ですよ。乗組員は最低五人でいいっていう」

 イルホンの所属は総務部だが、艦艇のこともある程度は把握している。特にこの新型は仲間内でも話題になっていた。

「まあ、新しそうだなとは思ったけど、最低五人でいいなんて知るわけないでしょ。単純に砲列の感じが気に入っただけ」

 言われてみればそのとおりだった。むしろ、知っているほうがおかしい。馬鹿なことを訊いてしまったと後悔しつつも、イルホンはドレイクの希望を叶えるべく、近くにいた整備士に声をかけた。

 * * *

「ひゃっほう。確かに新品。かつシンプル」

 従来の軍艦よりもはるかに狭いブリッジを一目見て、ドレイクは歓声を上げた。
 中央に艦長席。その前方に五つのシートが半円を描くようにして並んでいる。

「なあ、イルホンくん。『帝国』の軍艦ふねって、みんなこんな感じなのかい?」
「いや、もうちょっとごちゃごちゃしてますよ。最初に言ったでしょ。この軍艦ふね、新型だって」
「実戦にはもう投入されてるの?」
「いえ、これは試作艦なんで。試験航行は済んでるそうです」
「じゃあ、イルホンくんはこの軍艦ふねに乗ったことはないんだね?」
「すいません、ないです。そもそも俺、事務方なんで」
「別に謝るこたないよ。とりあえず、この軍艦ふねのマニュアル見せてくれないかなあ。今から頭に叩きこむ」
「え? この軍艦ふねにするんですか?」

 他の船も見るのではないかと思っていたイルホンは、驚いて問い返した。

「最低五人で動かせるんでしょ。これと同じくらいの大きさで、もっと少人数で動かせる砲撃艦ってある?」
「いや、ないです」
「だからさ。残り四人分の仕事くらいなら何とかなるかなあって。マニュアル、お願いします」
「マニュアルですか。ちょっと待ってください」

 言いおいて、イルホンは艦長席のコンソールを操作する。かすかに唸るような音がした後、何も映っていなかったスクリーンに、まるでタイルのようにサムネイルが表示された。

「……そうか。この軍艦ふねの中に入ってるのか。おじさんはアナログ人間だから、ファイリングされた紙を想像してたよ」
「いや、それもありますよ。ただものすごい量になると思うので、こちらを見たほうが早いかと」
「確かにね。ここで操作するのかい?」

 ドレイクは艦長席を覗きこむと、すぐに嫌そうな顔をした。

「マニュアルを読むためのマニュアルも必要になりそうだな」
「残念ながら、それはありません」
「本当に残念だ。でもまあ、いじってればそのうちわかるようになるだろ。とにかく三日でこの軍艦ふね動かせるようにして、同時に戦略も立てなきゃならん」
「その間、食事とか睡眠はどうするんですか?」
「寝泊まりはここでする。食事は……イルホンくん、お願いします」
「はいはい」

 予想どおりの答えに、イルホンはおざなりにうなずく。

「ありがとう、イルホンくん。このお礼は出世払いで」
「期待してませんから、気にしないでください」
「人のよさそうな顔してきっついなあ。俺のタイプ」

 にやついた顔を急に近づけられ、イルホンは飛びのいた。

「よ、よしてくださいよ! 俺を巻きこまないでください!」
「もう充分巻きこまれてると思うけどね。とりあえず、集中してやってみるから、しばらく俺一人にしといてくれる?」

 監視役の立場としてはそれは認めがたいことだったが、ここでドレイクが妙な真似をしでかすことはないだろう。そう考えてイルホンはこう答えた。

「はい。何かあったら、携帯で呼んでください」
「あいよ」

 ――本当に大丈夫なのかな。
 ドレイクはズボンのポケットに両手を突っこんで、立ったまま艦長席を見下ろしている。
 なぜ自ら三日と言ったのだろう。見栄か? 過信か? しかし、そのどちらともドレイクは無縁のように思えた。
 何か理由があるのだ。三日で出撃しなければならない、イルホンにはわからない理由が。
 今はとにかくそう信じることにして、イルホンはブリッジを後にした。

 * * *

 ドックは二十四時間、交替制で稼働している。
 イルホンが食事と寝袋を持って、再度ドレイクの元を訪れたとき、彼は艦長席のシートにもたれてスクリーンを眺めていた。
 スクリーンにはマニュアルではなく、第一・第二宙域外縁周辺の宙域図が表示されており、航路のシミュレーションが何度も繰り返されていた。

「ああ……〈ワイバーン〉が懐かしい……」

 そのままの格好で、しみじみと呟く。

「〈ワイバーン〉だったら、ここまで五分もかからなかったのに」

 〝ワイバーン〟というのが、ドレイクが乗っていた軍艦の名前だということはイルホンも知っていた。確かに、自分の愛艦と「帝国」の新型艦とではまるで勝手が違うだろう。だが、今のドレイクは、すでにこの軍艦を自分のものにしてしまっているように見えた。

「クイズだ、イルホンくん」

 前方を向いたまま、突然ドレイクが話しかけてきた。

「撤退命令がまだ出されていない状況で、『連合』の船が〝殿下〟の〝全艦殲滅〟から逃れるためには、いったいどうしたらいいと思う?」

 イルホンは動揺したが、おそるおそる答えた。

「戦闘中にこっそり離脱する……ですか?」
「さすがイルホンくん。正解だ」

 満足そうにドレイクは言い、シートを反転させて、ようやくイルホンのほうを向いた。
 イルホンはほっとしてから、自分が何のためにここに来たのかを思い出した。

「大佐、食事と寝袋持ってきました。あと、夜食用に栄養食品とドリンク」
「イルホンくんは気が利くねえ」

 せっかく艦長らしく見えていたのに、ドレイクはいつもの〝おじさん〟に戻って、涙を拭うふりをする。

「じゃあ、食事と荷物はそのへんに置いといて、続けてクイズ第二問」

 まったく脈絡がなかったが、イルホンは右端のシートの上に食事等を、その下に寝袋を置いた。

「さっきの続きだが、戦闘中にこっそり離脱して、それからどうするのが最善策だと思う?」
「最善……ですか。基地に帰投するしかないと思いますが、言い訳するのが苦しそうですね。戦闘中に離脱したことは誰にでもわかることでしょうから」
「ほう。じゃあ、君ならいったいどう言い訳する?」
「そうですね……自分たち以外に生還者がいなければ、司令官の指示で別動隊として行動していたからとでも。でも、今度は何のための別動隊だったのか説明に困りますね。〝全艦殲滅〟される前に、収集した情報を持ち帰るため、司令官命令で戦場を離脱しました……といったところでしょうか」

 考え考え答えたイルホンを、ドレイクは無精髭の生えた顎に手を添えて、じっと見つめていた。

「あの……間違ってましたか?」

 不安になって訊ねると、ドレイクは悪戯っぽく笑った。

「いや。実はこの第二問には『正解』はなかった。ところでイルホンくん。今、時間大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫ですが、何か?」
「そこのシートに座って、ちょっとおじさんの話を聞いてくれないかな」
「それはかまいませんが……大佐こそ、時間、大丈夫なんですか?」
「まあ、ある程度、見通しついたから」

 本当だろうかとイルホンは思ったが、ドレイクが何を話すつもりなのかには興味があった。食事が載せてあるシートの隣のシートを反転させると、そこに腰かけてドレイクのほうを向く。

「なあ、イルホンくん」

 胸の前で両腕を組んでから、ドレイクは口を切った。

「『連合』はあれだけ〝全艦殲滅〟させられてるのに、どうしてまったく懲りずに次々と第一宙域に艦隊を送りこみつづけてるんだと思う?」

 それはイルホン自身、不思議に思っていたことだった。

「もしかして……いつかは勝てると思っているんでしょうか?」
「まあ、当たりかな。『連合』のお偉方は〝全艦殲滅〟されつづけても、いつかはこの艦隊が疲弊して敗れるだろうと思いこんでる。ここの無人艦は確かに脅威だが、戦えば必ず数は減らせるからな」
「そりゃ減りますけど……すぐに補充できますよ?」
「それだって限界がある。と奴らは思ってる。第一宙域は『連合』の基地からいちばん近いから、艦隊を送りこみやすい上に〝帝都〟にも近い。他の宙域でなら少なくとも全滅させられることはないとわかっていても、どうしてもあきらめきれないんだ」
「でも、そんなことを繰り返していたら、『連合』のほうが先に疲弊するでしょう?」

 イルホンがそう言うと、ドレイクは限りなく苦い笑みを浮かべた。

「第一宙域に送られる艦艇の乗組員は、ザイン星系の植民地出身者がほとんどだ。艦艇も旧型や廃船寸前ばかり。指揮官は何かしらしくじった奴ら。ようするに、『連合』――というより、ザイン星系にとってなくしてもかまわないものを〝全艦殲滅〟させてる。俺もそう判定された一人だが、一年くらい猶予期間があった。……いま死なせたらまずいと思った奴がいたんだろ」

 イルホンは何度か唇を動かしたが、言葉が出てこなかった。
 とっさに頭に浮かんだのは、宇宙空間に浮かぶ巨大な焼却炉だった。
 蓋が開けられるたびに、艦艇や人間の固まりが、落ち葉のように放りこまれて焼かれていく――

「……ひどすぎる」

 ようやく口から出せたのは、その一言だけだった。

「ああ。俺も自分で言ってて、改めて嫌になった」

 珍しく、ドレイクが顔をしかめて嘆息する。

「過去の経緯を考えたら、『帝国』が『連合』を〝全艦殲滅〟するのは当然だ。でも、その艦艇の乗組員は、今ザイン星系に支配されてる植民地の人間――つまり、昔の『帝国』と同じ立場の人間なんだ。でも、だからって〝全艦殲滅〟をやめるわけにはいかないだろ。いくら艦隊を送りこんでも、ここは絶対突破できないことを『連合』に思い知らせなきゃならない。でも、それまでにいったいどれだけの人間が死んで、どれだけの金が飛ぶ?」
「……どうしたらいいんですかね」
「俺も考えてはいるが、なかなか思いつけない。だからイルホンくん、君も考えろ」
「どうして俺に?」

 「連合」から亡命してきた男は、少しだけ照れくさそうに笑った。

「君ならわかるヽヽヽと思ったからさ」
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