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【01】連合から来た男
03 裏切られました
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「帝国」皇帝軍護衛艦隊が管轄している第一宙域に、「連合」が一度に送りこんでくる艦艇数は三〇〇〇隻程度。
護衛艦隊の所有艦艇数は、無人艦を含めて約一二〇〇〇隻あるが、アーウィンはほとんどの場合、同数の艦艇――うち約八割が無人艦――しか動かさなかった。
無論、「連合」は他の宙域からも「帝国」への侵入を試みている。しかし、そちらは「帝国」宇宙軍が数に物を言わせて阻止していた。
「キャル。いるか?」
あれ以来、アーウィンは「連合」との戦闘前に必ずそう訊ねる。これまでは『いません』というのが常だったが、今日のキャルの回答は違っていた。
「います。左翼砲撃艦群の中に」
「やっと現れたか」
脇で見ていたヴォルフは、思わずぎょっとした。
アーウィンは笑っていたのだ。明らかに嬉しそうに。
「戦闘前にあの男とだけ話がしたいのだが……無理だろうな」
「無理ですね。先日使用されたコードでは、『連合』の全艦隊と通信ができてしまいます」
「それはまずいな。何とか最後まで生き残ってくれればいいのだが」
――いったいどこまで本気だ?
決して短いつきあいではないが、ヴォルフにはアーウィンの本音がわからなかった。
キャルもまたそう思ったのか、静かにアーウィンに確認する。
「いつものとおり、〝全艦殲滅〟でよろしいのですか?」
間髪を入れず、アーウィンは答えた。
「かまわん」
「承知しました」
キャルは軽く頭を垂れ、魚群のような「連合」の艦隊に目を向けた。
* * *
「本当に、軍艦とは思えないほど綺麗な船だよなあ」
ブリッジの中央スクリーンに映し出されている敵旗艦〈フラガラック〉を眺めながら、ドレイクは無精髭をぼりぼりと掻いた。
「まさに、〝純白の貴婦人〟。あの〝殿下〟にゃ、いかにもふさわしい船だ。あんな旗艦なら、そりゃ命がけで守る気にもなるよな」
「何を呑気なことを」
さすがにバーリーも呆れて上官を睨みつける。
「あの〝貴婦人〟は容赦なく、〝全艦殲滅〟するんですよ?」
「そいつはしょうがない。正当防衛だ。襲う野郎が悪いんだよ」
「過剰防衛な気もしますが」
「それでも『連合』の基地を攻撃したことはない。今のところ」
にやっと笑って両腕を組む。
戦闘時のドレイクは艦長席を離れて立っている。それが彼の流儀だった。
「とにかく、やれるだけのことはやってくぜ。生きて帰るために」
* * *
「帝国」第一宙域方面艦隊司令官モア中将は、旗艦〈ウォントリー〉の艦長席で、簡略化された布陣図を眺めていた。より正確には、自軍の左翼にある光点の群れの中の一つを。
〈ワイバーン〉。
どんなに不利な状況下でも、必ず生きて帰ってきた軍艦。
――あのとき、あの男の言い分を聞き入れていたら、今ここで「帝国」と戦うこともなかったのだろうか。
ついそんなことを考えてしまってから、モアは酷薄な顔に苦笑いを浮かべて白髪の頭を振った。
――エドガー・ドレイク。おまえが今まで生かされていたのは、今日この日のためだけだ。……私を守れ。そして死ね。
* * *
先に動いたのは、「帝国」の無人艦だった。
一口に無人艦と言っても、その用途は分かれている。主要なものは三種類。突撃艦。砲撃艦。護衛艦。そのうち動き出したのは突撃艦だったが、幾条かの光に貫かれたかと思うと、爆発、炎上した。
誰もすぐには何が起こったのかわからなかった。――〈ワイバーン〉の乗組員以外には。
「こちとら、だてに回収業はしていませんよ、〝殿下〟」
動き出すたびに破壊されていく突撃艦を眺めながら、ドレイクはにやにやと笑った。
* * *
「キャル!」
肘掛けに爪を立ててアーウィンが叫んだ。
「突撃艦は二隊に分けて、敵旗艦と右翼に向けてオートで飛ばせ! 砲撃艦は〈ワイバーン〉を集中攻撃! 有人艦には先に右翼を潰すよう命じろ!」
これほどあせっている彼をヴォルフが見たのはこのときが初めてだった。普通の人間だったらその剣幕に圧倒されてしまっていたかもしれないが、キャルはまったく動じなかった。
「はい、マスター」
本来、〈フラガラック〉にブリッジクルーは必要ないが、万が一に備えて、戦闘時には五人の尉官を置いている。彼らはいまだに何が起こったのか把握できず、すがるような目をヴォルフに向けていた。
(そんな目で見られてもな)
自分はアーウィンの専門家であって、戦闘のそれではない。
おぼろげにわかったのは、あの〈ワイバーン〉はどうやってか突撃艦がどう動くかを知っていて、それに合わせてレーザー砲撃をしたのだということくらいだった。
* * *
「さすが〝殿下〟、気づくの早いなあ。でも、こっちも分析済み」
ドレイクはにんまりしたが、バーリーは一言も発することができなかった。
まるで魔法のようだった。
砲列から無造作に乱射されたとしか思えないレーザーが、迫りくる砲撃艦の急所をすべて一発で撃ち抜いていく。
だが、ドレイクもその部下も、それを当たり前のことのように思っている。
彼らは〝全艦殲滅〟の犠牲となった船から回収したブラックボックスを解析して、「帝国」の無人艦の動きのパターンを研究し、それをもとに専用のプログラムを組んだ。
この〝死刑場〟から生きて帰るために、対無人艦に特化して戦うことをドレイクは選択したのだった。
* * *
「『連合』の軍艦に、あんな真似ができるのか……?」
スクリーンの分割画面の一つに映る〈ワイバーン〉を見ながら、ヴォルフは呆然と呟いた。
「連合」も艦艇のカラーリングは総じて暗色系だが、デザインは大きく違う。一言で言うなら、〝ごつい〟。レーザーを乱れ撃ちしている〈ワイバーン〉は、「連合」の中では多少スリムだったが、「帝国」の艦艇と比べれば、やはり〝ごつい〟。
デザインの差は技術力の差でもある。「連合」は「帝国」より明らかに劣っていた。もしかしたら「連邦」よりも。
しかし今、「連合」の〈ワイバーン〉は、攻撃する間も与えずに、「帝国」の無人砲撃艦を次々と葬り去っている。
「奴らが回収していたのは、死体だけではなかったようだな」
ようやく落ち着きを取り戻したアーウィンが、ヴォルフの呟きを耳に留めた。
「おそらく、我々の攻撃を受けた船のブラックボックスを解析して、無人艦のことを調べつくしたのだろう。具体的にはキャルの癖を」
「癖?」
「無人艦を何度も遠隔操作していると、どうしても好みのようなものができてきてしまう。どれをどの順番でどう動かすかとかな。それは仕方のないことだ。キャルを責めるわけにはいかん。だが、奴はそこに目をつけて攻撃してきた。……面白い。癖だけなら他の人間でも気づくかもしれないが、あそこまで見事に利用することはできないだろう」
「連合」の人間に無人艦を破壊されつづけているのにもかかわらず、アーウィンは笑っていた。もしキャルが遠隔操作中でなかったら、やはり〝嬉しそう〟と表現していたかもしれない。いずれにせよ、これほど長く笑っているアーウィンを見るのはずいぶん久しぶりのことだ。最後に見たのはいつだっただろう。
「しかし、あのままやられっぱなしでいるわけにもいかないだろ。どうにかならないのか?」
「他に割いている戦力を回せばどうにかなるだろうが、今回用意した無人砲撃艦は一〇〇〇隻だ。それらをすべてあの軍艦一隻で撃ち落とすことができると思うか?」
「さあ……どうだろうな。普通に考えたら無理だと思うが」
「私はできるかどうか見てみたい。もしやりとげたら認めてやろう」
「何を?」
アーウィンは少し考えてから、しかつめらしく答えた。
「この世に存在しつづけることを」
* * *
一方、〈ウォントリー〉を守る艦艇たちは、間断なく襲いかかる突撃艦の対応に追われていた。
当然のことながら、無人艦には死に対する恐れなどない。こちらが避けなければそのまま突っこんでくる。そして、こちらだけがあの世へと送られる。つまり、旗艦と自分たちの命を守るためには、どうしても無人艦を撃ち落としつづけなければならなかった。
「左翼を中央の援護に回らせろ! そこは〈ワイバーン〉だけで充分だ!」
思わずそう命じてしまってから、モアははっと我に返った。
今「連合」の艦艇の中で、「帝国」の無人艦を圧倒しているのは、あの男の軍艦だけだ。本来は砲撃艦である〈ワイバーン〉で〝死体回収〟などさせられながら、「帝国」の無人艦との戦い方をずっと考えつづけてきたのだろう。
――殺すには惜しい。だが、思いどおりにならない道具はいらない。
モアはインカムで、前もって命じておいた指令の実行を、ある隊だけに指示した。
* * *
「とはいえ、うちだけで砲撃艦、全部お相手するのはつらいやね」
ドレイクは苦笑いして、スクリーンに表示された戦況図を眺めた。
〈ウォントリー〉の前方に自軍が密集している。司令官が何をいちばん重視しているのか、一目でわかる図となっていた。
「そろそろ撤退しないと……」
ドレイクがそう言いかけたとき、隊員の一人が絶叫した。
「大佐! 五時の方向からレーザーが……!」
そのとき、ドレイクが苦く笑って目を閉じるのをバーリーは見た。
わかっていたと、その表情が言っていた。
だが、次の瞬間には、ドレイクは叫び返していた。
「十時に回頭! 発射元突きとめろ!」
「イエッサー!」
〈ワイバーン〉は無人砲撃艦への攻撃を続けたまま左舷に急旋回したが、レーザーは船体後尾の一部を掠めた。
「被害状況!」
「表面が少々焼け焦げた程度です! 航行には問題ありません!」
「大佐! 今ので軌道ずれました! 三隻こっちに突っこんできます!」
「再計算! もう何発撃ってもいい! とにかく止めろ!」
「イエッサー!」
「脱出艇準備! すぐに出られるようにしとけ!」
〝イエッサー〟と反射的に答えかけて隊員たちは我に返った。何かの間違いではないかとドレイクを見つめる。しかし、ドレイクはその視線に応えることなくさらに怒鳴った。
「発射元、わかったか!」
その隊員は一瞬口ごもった。が、捨て鉢のように返答する。
「ランプトン大佐の〈ウィルム〉です! もう逃げられました!」
ブリッジに沈黙が落ちた。
ドレイクが頭を掻きながら溜め息をつく。
「モアの犬か。モアがこっちに来たときから、嫌な予感はしてたんだよな。でもまあ、そんなわけだから、俺はもう『連合』には戻れねえ。おまえらだけで脱出しろ。殺されないようにうまくやれ」
「大佐は!?」
「おまえらが脱出する時間を稼いでから、俺もシャトルで脱出して『帝国』に行く」
数瞬の間をおいて、隊員たちは口々に叫んだ。
「『帝国』? よりにもよって『帝国』?」
「大佐! 何考えてんですか!」
「こっから『帝国』領内に入れるわけがないでしょ! その前に〝殿下〟に殺されますよ!」
「どうせ殺されるんなら、『連合』より〝殿下〟のほうがずっといいや」
まんざら冗談でもなさそうに返してから、ドレイクは古参の隊員に訊ねた。
「砲撃艦、これまで何隻撃ち落とした?」
「たった今、八九七隻になりました」
「あと少しと言うにはちと多いな。……おまえら、脱出しろ」
「大佐!」
隊員たちを無視して、ドレイクは艦長席にある艦内放送のスイッチを押した。
「連合」の軍人として最後に発した命令は、実に彼らしいそれだった。
「ドレイクだ。全員ただちに脱出艇に乗りこめ。……こんな俺に、今までつきあってくれてありがとな」
言い終えてスイッチから指を離した。と、ドレイクの背中には銃口が突きつけられていた。
「大佐……私がこのまま『はい、そうですか』と見逃すと思いますか?」
バーリーだった。しかし、ドレイクは驚くどころか薄く笑っている。
「やっぱ駄目か。そのためのお目付役だもんな、おまえは」
バーリーは目を見張り、すぐに苦笑いした。
「ご存じだったんですね」
「モアとは別口だな」
「はい。ですが、お名前は言えません。申し訳ありません」
「いいよいいよ。おまえにゃおまえの都合がある。それでも、お目付役の副官の中じゃ、俺はおまえがいちばん気に入ってたぜ」
「それが聞けただけで……満足です、大佐」
言い様、バーリーはドレイクの首筋に麻酔注入器を押し当てた。
「な……?」
ドレイクは首を押さえ、艦長席に手をついた。
そして、ようやく気づく。自分の忠実な部下たちが、誰もバーリーを取り押さえようとしなかったことに。
「大佐……すいません。俺たち、バーリーから、自分がお目付役だって知らされてました……」
まだ若い隊員が、子供のように泣きじゃくりながら打ち明ける。
「それで、もし大佐が『帝国』に行きたいって言ったら、どんなことをしてでも行かせてあげようって……それが俺たちにできる、最初で最後の〝プレゼント〟だって……」
バーリーは上半身を屈めると、もう意識が薄れかけているドレイクの耳許に囁いた。
「大佐……我々には伝説が必要です。エドガー・ドレイク大佐は『帝国』に亡命したのではなく、我々を逃がすために犠牲となって戦死したのだという伝説が。ごきげんよう、大佐。どうぞ『帝国』で心置きなく〝殿下〟を口説いてください」
「……馬鹿野郎……」
同時にドレイクは意識を失い、艦長席に寄りかかるようにしてくずおれた。
「あーあ。あと少しで一〇〇〇隻だったのになあ」
古参の隊員は残念そうに呟いて、攻撃をオートに切り替えた。
護衛艦隊の所有艦艇数は、無人艦を含めて約一二〇〇〇隻あるが、アーウィンはほとんどの場合、同数の艦艇――うち約八割が無人艦――しか動かさなかった。
無論、「連合」は他の宙域からも「帝国」への侵入を試みている。しかし、そちらは「帝国」宇宙軍が数に物を言わせて阻止していた。
「キャル。いるか?」
あれ以来、アーウィンは「連合」との戦闘前に必ずそう訊ねる。これまでは『いません』というのが常だったが、今日のキャルの回答は違っていた。
「います。左翼砲撃艦群の中に」
「やっと現れたか」
脇で見ていたヴォルフは、思わずぎょっとした。
アーウィンは笑っていたのだ。明らかに嬉しそうに。
「戦闘前にあの男とだけ話がしたいのだが……無理だろうな」
「無理ですね。先日使用されたコードでは、『連合』の全艦隊と通信ができてしまいます」
「それはまずいな。何とか最後まで生き残ってくれればいいのだが」
――いったいどこまで本気だ?
決して短いつきあいではないが、ヴォルフにはアーウィンの本音がわからなかった。
キャルもまたそう思ったのか、静かにアーウィンに確認する。
「いつものとおり、〝全艦殲滅〟でよろしいのですか?」
間髪を入れず、アーウィンは答えた。
「かまわん」
「承知しました」
キャルは軽く頭を垂れ、魚群のような「連合」の艦隊に目を向けた。
* * *
「本当に、軍艦とは思えないほど綺麗な船だよなあ」
ブリッジの中央スクリーンに映し出されている敵旗艦〈フラガラック〉を眺めながら、ドレイクは無精髭をぼりぼりと掻いた。
「まさに、〝純白の貴婦人〟。あの〝殿下〟にゃ、いかにもふさわしい船だ。あんな旗艦なら、そりゃ命がけで守る気にもなるよな」
「何を呑気なことを」
さすがにバーリーも呆れて上官を睨みつける。
「あの〝貴婦人〟は容赦なく、〝全艦殲滅〟するんですよ?」
「そいつはしょうがない。正当防衛だ。襲う野郎が悪いんだよ」
「過剰防衛な気もしますが」
「それでも『連合』の基地を攻撃したことはない。今のところ」
にやっと笑って両腕を組む。
戦闘時のドレイクは艦長席を離れて立っている。それが彼の流儀だった。
「とにかく、やれるだけのことはやってくぜ。生きて帰るために」
* * *
「帝国」第一宙域方面艦隊司令官モア中将は、旗艦〈ウォントリー〉の艦長席で、簡略化された布陣図を眺めていた。より正確には、自軍の左翼にある光点の群れの中の一つを。
〈ワイバーン〉。
どんなに不利な状況下でも、必ず生きて帰ってきた軍艦。
――あのとき、あの男の言い分を聞き入れていたら、今ここで「帝国」と戦うこともなかったのだろうか。
ついそんなことを考えてしまってから、モアは酷薄な顔に苦笑いを浮かべて白髪の頭を振った。
――エドガー・ドレイク。おまえが今まで生かされていたのは、今日この日のためだけだ。……私を守れ。そして死ね。
* * *
先に動いたのは、「帝国」の無人艦だった。
一口に無人艦と言っても、その用途は分かれている。主要なものは三種類。突撃艦。砲撃艦。護衛艦。そのうち動き出したのは突撃艦だったが、幾条かの光に貫かれたかと思うと、爆発、炎上した。
誰もすぐには何が起こったのかわからなかった。――〈ワイバーン〉の乗組員以外には。
「こちとら、だてに回収業はしていませんよ、〝殿下〟」
動き出すたびに破壊されていく突撃艦を眺めながら、ドレイクはにやにやと笑った。
* * *
「キャル!」
肘掛けに爪を立ててアーウィンが叫んだ。
「突撃艦は二隊に分けて、敵旗艦と右翼に向けてオートで飛ばせ! 砲撃艦は〈ワイバーン〉を集中攻撃! 有人艦には先に右翼を潰すよう命じろ!」
これほどあせっている彼をヴォルフが見たのはこのときが初めてだった。普通の人間だったらその剣幕に圧倒されてしまっていたかもしれないが、キャルはまったく動じなかった。
「はい、マスター」
本来、〈フラガラック〉にブリッジクルーは必要ないが、万が一に備えて、戦闘時には五人の尉官を置いている。彼らはいまだに何が起こったのか把握できず、すがるような目をヴォルフに向けていた。
(そんな目で見られてもな)
自分はアーウィンの専門家であって、戦闘のそれではない。
おぼろげにわかったのは、あの〈ワイバーン〉はどうやってか突撃艦がどう動くかを知っていて、それに合わせてレーザー砲撃をしたのだということくらいだった。
* * *
「さすが〝殿下〟、気づくの早いなあ。でも、こっちも分析済み」
ドレイクはにんまりしたが、バーリーは一言も発することができなかった。
まるで魔法のようだった。
砲列から無造作に乱射されたとしか思えないレーザーが、迫りくる砲撃艦の急所をすべて一発で撃ち抜いていく。
だが、ドレイクもその部下も、それを当たり前のことのように思っている。
彼らは〝全艦殲滅〟の犠牲となった船から回収したブラックボックスを解析して、「帝国」の無人艦の動きのパターンを研究し、それをもとに専用のプログラムを組んだ。
この〝死刑場〟から生きて帰るために、対無人艦に特化して戦うことをドレイクは選択したのだった。
* * *
「『連合』の軍艦に、あんな真似ができるのか……?」
スクリーンの分割画面の一つに映る〈ワイバーン〉を見ながら、ヴォルフは呆然と呟いた。
「連合」も艦艇のカラーリングは総じて暗色系だが、デザインは大きく違う。一言で言うなら、〝ごつい〟。レーザーを乱れ撃ちしている〈ワイバーン〉は、「連合」の中では多少スリムだったが、「帝国」の艦艇と比べれば、やはり〝ごつい〟。
デザインの差は技術力の差でもある。「連合」は「帝国」より明らかに劣っていた。もしかしたら「連邦」よりも。
しかし今、「連合」の〈ワイバーン〉は、攻撃する間も与えずに、「帝国」の無人砲撃艦を次々と葬り去っている。
「奴らが回収していたのは、死体だけではなかったようだな」
ようやく落ち着きを取り戻したアーウィンが、ヴォルフの呟きを耳に留めた。
「おそらく、我々の攻撃を受けた船のブラックボックスを解析して、無人艦のことを調べつくしたのだろう。具体的にはキャルの癖を」
「癖?」
「無人艦を何度も遠隔操作していると、どうしても好みのようなものができてきてしまう。どれをどの順番でどう動かすかとかな。それは仕方のないことだ。キャルを責めるわけにはいかん。だが、奴はそこに目をつけて攻撃してきた。……面白い。癖だけなら他の人間でも気づくかもしれないが、あそこまで見事に利用することはできないだろう」
「連合」の人間に無人艦を破壊されつづけているのにもかかわらず、アーウィンは笑っていた。もしキャルが遠隔操作中でなかったら、やはり〝嬉しそう〟と表現していたかもしれない。いずれにせよ、これほど長く笑っているアーウィンを見るのはずいぶん久しぶりのことだ。最後に見たのはいつだっただろう。
「しかし、あのままやられっぱなしでいるわけにもいかないだろ。どうにかならないのか?」
「他に割いている戦力を回せばどうにかなるだろうが、今回用意した無人砲撃艦は一〇〇〇隻だ。それらをすべてあの軍艦一隻で撃ち落とすことができると思うか?」
「さあ……どうだろうな。普通に考えたら無理だと思うが」
「私はできるかどうか見てみたい。もしやりとげたら認めてやろう」
「何を?」
アーウィンは少し考えてから、しかつめらしく答えた。
「この世に存在しつづけることを」
* * *
一方、〈ウォントリー〉を守る艦艇たちは、間断なく襲いかかる突撃艦の対応に追われていた。
当然のことながら、無人艦には死に対する恐れなどない。こちらが避けなければそのまま突っこんでくる。そして、こちらだけがあの世へと送られる。つまり、旗艦と自分たちの命を守るためには、どうしても無人艦を撃ち落としつづけなければならなかった。
「左翼を中央の援護に回らせろ! そこは〈ワイバーン〉だけで充分だ!」
思わずそう命じてしまってから、モアははっと我に返った。
今「連合」の艦艇の中で、「帝国」の無人艦を圧倒しているのは、あの男の軍艦だけだ。本来は砲撃艦である〈ワイバーン〉で〝死体回収〟などさせられながら、「帝国」の無人艦との戦い方をずっと考えつづけてきたのだろう。
――殺すには惜しい。だが、思いどおりにならない道具はいらない。
モアはインカムで、前もって命じておいた指令の実行を、ある隊だけに指示した。
* * *
「とはいえ、うちだけで砲撃艦、全部お相手するのはつらいやね」
ドレイクは苦笑いして、スクリーンに表示された戦況図を眺めた。
〈ウォントリー〉の前方に自軍が密集している。司令官が何をいちばん重視しているのか、一目でわかる図となっていた。
「そろそろ撤退しないと……」
ドレイクがそう言いかけたとき、隊員の一人が絶叫した。
「大佐! 五時の方向からレーザーが……!」
そのとき、ドレイクが苦く笑って目を閉じるのをバーリーは見た。
わかっていたと、その表情が言っていた。
だが、次の瞬間には、ドレイクは叫び返していた。
「十時に回頭! 発射元突きとめろ!」
「イエッサー!」
〈ワイバーン〉は無人砲撃艦への攻撃を続けたまま左舷に急旋回したが、レーザーは船体後尾の一部を掠めた。
「被害状況!」
「表面が少々焼け焦げた程度です! 航行には問題ありません!」
「大佐! 今ので軌道ずれました! 三隻こっちに突っこんできます!」
「再計算! もう何発撃ってもいい! とにかく止めろ!」
「イエッサー!」
「脱出艇準備! すぐに出られるようにしとけ!」
〝イエッサー〟と反射的に答えかけて隊員たちは我に返った。何かの間違いではないかとドレイクを見つめる。しかし、ドレイクはその視線に応えることなくさらに怒鳴った。
「発射元、わかったか!」
その隊員は一瞬口ごもった。が、捨て鉢のように返答する。
「ランプトン大佐の〈ウィルム〉です! もう逃げられました!」
ブリッジに沈黙が落ちた。
ドレイクが頭を掻きながら溜め息をつく。
「モアの犬か。モアがこっちに来たときから、嫌な予感はしてたんだよな。でもまあ、そんなわけだから、俺はもう『連合』には戻れねえ。おまえらだけで脱出しろ。殺されないようにうまくやれ」
「大佐は!?」
「おまえらが脱出する時間を稼いでから、俺もシャトルで脱出して『帝国』に行く」
数瞬の間をおいて、隊員たちは口々に叫んだ。
「『帝国』? よりにもよって『帝国』?」
「大佐! 何考えてんですか!」
「こっから『帝国』領内に入れるわけがないでしょ! その前に〝殿下〟に殺されますよ!」
「どうせ殺されるんなら、『連合』より〝殿下〟のほうがずっといいや」
まんざら冗談でもなさそうに返してから、ドレイクは古参の隊員に訊ねた。
「砲撃艦、これまで何隻撃ち落とした?」
「たった今、八九七隻になりました」
「あと少しと言うにはちと多いな。……おまえら、脱出しろ」
「大佐!」
隊員たちを無視して、ドレイクは艦長席にある艦内放送のスイッチを押した。
「連合」の軍人として最後に発した命令は、実に彼らしいそれだった。
「ドレイクだ。全員ただちに脱出艇に乗りこめ。……こんな俺に、今までつきあってくれてありがとな」
言い終えてスイッチから指を離した。と、ドレイクの背中には銃口が突きつけられていた。
「大佐……私がこのまま『はい、そうですか』と見逃すと思いますか?」
バーリーだった。しかし、ドレイクは驚くどころか薄く笑っている。
「やっぱ駄目か。そのためのお目付役だもんな、おまえは」
バーリーは目を見張り、すぐに苦笑いした。
「ご存じだったんですね」
「モアとは別口だな」
「はい。ですが、お名前は言えません。申し訳ありません」
「いいよいいよ。おまえにゃおまえの都合がある。それでも、お目付役の副官の中じゃ、俺はおまえがいちばん気に入ってたぜ」
「それが聞けただけで……満足です、大佐」
言い様、バーリーはドレイクの首筋に麻酔注入器を押し当てた。
「な……?」
ドレイクは首を押さえ、艦長席に手をついた。
そして、ようやく気づく。自分の忠実な部下たちが、誰もバーリーを取り押さえようとしなかったことに。
「大佐……すいません。俺たち、バーリーから、自分がお目付役だって知らされてました……」
まだ若い隊員が、子供のように泣きじゃくりながら打ち明ける。
「それで、もし大佐が『帝国』に行きたいって言ったら、どんなことをしてでも行かせてあげようって……それが俺たちにできる、最初で最後の〝プレゼント〟だって……」
バーリーは上半身を屈めると、もう意識が薄れかけているドレイクの耳許に囁いた。
「大佐……我々には伝説が必要です。エドガー・ドレイク大佐は『帝国』に亡命したのではなく、我々を逃がすために犠牲となって戦死したのだという伝説が。ごきげんよう、大佐。どうぞ『帝国』で心置きなく〝殿下〟を口説いてください」
「……馬鹿野郎……」
同時にドレイクは意識を失い、艦長席に寄りかかるようにしてくずおれた。
「あーあ。あと少しで一〇〇〇隻だったのになあ」
古参の隊員は残念そうに呟いて、攻撃をオートに切り替えた。
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