無冠の皇帝

有喜多亜里

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【01】連合から来た男

02 駆り出されました

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「なんつーか、俺ら、『帝国』に猛アタックかけてるけど、まったく相手にしてもらえてない感じだよな」

 〈ワイバーン〉の艦長席で、頬杖をつきながらモニタを眺めていたドレイクが、独り言のようにぼそぼそと言った。

「で、それを『連邦』が陰から見てて、『帝国』に声をかけるチャンスを窺ってる感じ」
「何です、その恋愛ドラマみたいな見立て」

 また突然何を言い出すのかとバーリーは思ったが、この男が単なる変態ではないことはわかっている。婉曲に解説をうながす。

「実際問題、そんなもんだろ? でもって『帝国』はどうしてもどこかと手を組まなきゃならないんなら、『連合』じゃなくて『連邦』を選ぶぜ。まあ、もともと『帝国』は『連合』と戦争して独立した国だからな。もう『連合』はこりごりってとこだろ。でも『連合』は未練たらたらで、まだ『帝国』の尻を追っかけてるっていう……」
「大佐の話を聞いていると、まるで〝殿下〟に対する大佐のように思えるんですが」
「残念ながら、俺は〝殿下〟とつきあってたことはないぜ。始まってもないのに終わらせるなよ」

 ドレイクの表現の仕方はともかく、とらえ方は的確だった。
 そもそも「連合」は、銀河系内の最大勢力である「連邦」の方針に不満を抱いて離脱した五つの星系によって創設された。そのため「連邦」に強い対抗意識を持っており、非常に強引なやり方ではんを広げていた。
 エドガー・ドレイク大佐は、ある意味、その犠牲者でもある。
 「帝国」ではなく「連邦」との戦績が評価されて大佐にまでなったこの男は、一年前、たった一度の命令拒否でそれ以上の出世の道を断たれ、この第一宙域での〝死体回収〟という、実は危険と隣り合わせの任務に従事させられることになった。事実上の左遷である。
 彼が拒否した命令。それは「連邦」領内にあったある惑星の、民間人居住区への攻撃だった。
 ドレイクの後任は上官の命令を忠実に実行した。結果、「連邦」の激しい報復措置を受け、つい先日、その戦いは「連合」の大敗に終わった。以前から「連合」は一枚岩ではなかったが、この敗北がきっかけとなって、各星系の主導権争いが顕著になりはじめている。
 その中の一星系で「帝国」の元宗主でもあるザイン星系は、優れた技術と豊かな財源を持つ「帝国」を再び植民地にしようと、二年前から艦隊を送りこんでいた。今後はよりいっそう傾注していくことだろう。
 ドレイクはもともと「帝国」には同情的だった。だからこそ、彼がいまだに「連合」軍にいるのがバーリーには不思議に思えてならない。この男なら「連合」からうまく抜け出して、たとえば「連邦」に亡命することもできるだろう。「連邦」はたぶん喜んでこの男を受け入れるはずだ。
 いずれにしろ、こんなところでくすぶっていていい人材ではない。〈ワイバーン〉共々、もっと別の使われ方をされるべきだ。

「……大佐」
「ん?」
「〝殿下〟と始まる気はあるんですか?」
「うーん。そこが問題なんだよな。もう一度会ったら、今度こそ殺されそうだ」

 本気でそう考えているのか、ドレイクは苦笑していた。

「でも、あれから置き去りにされる無人艦はなくなりましたね」
「敵に利用されたのがよっぽど業腹ごうはらだったんだろうさ。おかげでこっちは作業が楽になった」
「それは確かに」
「ほんとはこんな作業、しなくて済むほうがいいんだけどな」

 ぽつりとドレイクは呟くと、その作業の進行状況を部下たちに確認した。

 * * *

 また今回も〝全艦殲滅〟できたというのに、艦長席のアーウィンは不満げな顔をしていた。

「いったいどこにいるんだ、あの変態は」

 今のアーウィンが〝変態〟と呼ぶのは、たった一人しかいない。

「今回の艦隊の中にもいなかった。あれは本当に『連合』の所属か?」
「それは間違いありませんが、私たちの目には触れない任務に従事しているのかもしれません」

 いつものように冷静にキャルが応じる。

「まさか情報収集か? あれだけ堂々と顔と名前をさらしていって?」
「可能性として考えられるのは、私たちが撤収した後です」

 アーウィンは数秒考えてから、「なるほど」と呟いた。

「だが、奴一人のために今さら引き返すわけにもいかんな。奴も我々が到着する前に気がついていち早く逃げ去るだろう。逃げ足の速さは表彰ものだ」
「戦場跡で何をしているんだ?」

 ヴォルフが疑問を口にすると、アーウィンは苦笑いを浮かべた。

「おそらく、自軍の〝生存者の救出〟だろう」
「……いないだろ。あれじゃ」
「わかっていても、それが任務ならやるしかあるまい。やはり愚かだな、『連合』は。奴なら他にいくらでもいい使い道があるだろうに」
「殺してやりたいくせに、評価はしているのか?」
「それとこれとは話は別だ」

 そっけなく答えてから、皮肉げに笑う。

「だが、奴もそういつまでも今の任務は続けていられまい。我々がこのまま〝全艦殲滅〟しつづけていれば、いつか必ず駆り出されることになる。あの艦隊に所属しているかぎりな」

 * * *

 執務室に戻ってきたドレイクの顔を見た瞬間、バーリーはかける言葉を失った。
 一年前、この男の副官に任命されてから初めて見る表情。
 ――苦悩だった。

「何があったんですか?」

 ドレイクが安物の椅子に長身を投げ出して座ったとき、ようやくそう訊ねることができた。が、ドレイクは何も答えず、手に持っていた書類をバーリーに突き出した。

「何ですか?」

 それを受け取ってすばやく目を走らせたバーリーは、思わずドレイクを見つめた。

「ついに〝死刑判決〟が出た」

 ドレイクは両腕を組んで嘆息した。

「わざわざこんな紙切れなんかよこさなくてもいいのにな。経費の無駄だ」

 今はバーリーの手の中にあるその紙切れは、「帝国」侵攻艦隊にドレイクの隊を編入するという辞令だった。

「大佐!」
「まあ、いつかは来るだろうと覚悟はしていた。俺が今悩んでるのは、どうやっておまえらを生きて帰すかだ」
「命令違反でもしないかぎり無理でしょう」
「はっきり言うな。でも、それじゃあまずい。必ず一度は参戦して、生きて帰らせにゃあならん」
「大佐だって、生きて帰らにゃならんでしょう」
「もちろん、俺だって死ぬつもりはねえよ。特に〝無駄死に〟は、それこそ死んでもごめんだ」
「……今、私にできることは?」
「一時間だけ俺を一人にしてくれ。で、その間にその紙切れをうちの奴らに見せてやってくれ。〝逃げるなら今のうち〟ってな」
「敵前逃亡は厳罰ですよ」
「昨日付で退役たいえき願を受理してたことにするさ」

 そう言って、眠るように目を閉じる。

「一時間後に戻ります」

 バーリーは書類を懐に隠してから、執務室を後にした。



「大佐らしいや」

 バーリーが作戦説明室に全隊員を集めて、ドレイクの言葉をそのまま伝えると、古参の一人が笑いながら言った。

「でも、ここまでついてきたんだ。今さら離れられねえよ」
「そうそう。かえって大佐の下にいたほうが、生き残れる確率高そうだし」
「……信じているんだな。大佐を」
「あの人は変態かもしれないがまともだよ。まともだからここに飛ばされた。あの人は今でも悔やんでる。あの無意味な命令自体、撤回させられなかったことを」
「俺は上官が大佐でよかったって心の底から思ってるよ。変態だけど」

 ドレイクなら必ず戦場から生きて帰してくれると信じているのか。それとも、すでに死を覚悟してしまっているのか。バーリーにはわからなかったが、笑ってドレイクのことを語れる彼らをうらやましいと思った。

「一つ、提案がある」

 バーリーがそう切り出すと、隊員たちは笑うのをやめて彼に注目した。

「もし条件がそろったら、我々から大佐に、最初で最後の〝プレゼント〟をしないか?」



 きっちり一時間後、バーリーはドレイクの執務室に戻った。
 退室前には椅子でちんしていたドレイクは、今度はソファに横になって天井を眺めていた。

「何をしているんですか?」
「しいて言うなら、天井の染みを眺めてる。……退役希望者は?」
「ゼロです」
「やれやれ。あれだけ〝回収〟しつづけて、何でわざわざ残りたがるかね」
「大佐を信じているからでしょう。変態でも」
「変態でも信じてくれるか。ほんとにうちの奴らは寛大だな」
「この一時間で考えはまとまったんですか?」
「だいたいな。とりあえず先に言っておく。今回も『連合』は負ける」
「それでも〝全艦殲滅〟させない自信はあるわけですか」
「〝全艦〟の中に脱出艇は含まれないんならな」

 一瞬、バーリーは息を呑んだ。

「〈ワイバーン〉は……?」

 ドレイクは跳ね起きると、ソファの上であぐらをかいた。しかし、その口から出た言葉は、バーリーの質問に対する答えではなかった。

「俺は〝人道的な戦争〟なんてナンセンスだと思ってるが、ナンセンスな戦略は我慢ならねえ。植民地の人間ならいくら死んでもかまわねえのか。『帝国』の無人艦じゃねえんだぞ」
「大佐……」
「だから、せめて俺の部下だけは絶対に死なせねえ。それが俺の『連合』に対する、最後の意地だ」

 ――だから、この男は「連合」に留まっているのか。
 このとき、バーリーはようやく理解した。
 そして、この男を慕う部下たちの存在が、彼の支えと同時に足枷にもなっている。
 広い背中を丸めているドレイクは、まるで飛び立ちたくても飛び立てずにうずくまっている翼竜ワイバーンのようだった。
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