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第三章今川vs織田  怨恨渦巻く桶狭間

義元の置き土産と覚悟

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 既に今川本陣は大混乱しており、遁走していく兵士達とすれ違うことが多くなる。

 「全く、ここまでの混乱になってしまいますといくら私がいても立て直すのは厳しいかもしれませんね」
  
 いつになく、弱気な事をいう「景虎」を見て事態の切迫さをあらためて再認識して俺は氏康に視線を送る。

 「わかった、とりあえず今踏ん張っている部隊と合流するしか無い。どのくらい部隊が残っているのかはわからないけどやるだけの事はやってみる」

 「すまない、俺達はとりあえず奴がいるであろうと思う場所まで向かうとする」

 馬から降り、俺達は歩いて向かう。既に軍としての統制を取れていない今川軍は無防備に殺されている者、やられる仲間を助けずに逃げていく者といった。

 まるで地獄を見ているかの様な惨状が広がっていく、この波に飲まれてしまわない様に俺は気を張る事でなんとか耐える事ができているが「四天王」達はこの惨状は初めての為にみんな少しだけ尻込みしてしまっている。

 「お前達!しっかりしろ!そんな事では今度はお前達がやられる事になる」

 俺の声が届いたのか、皆少しだけ気力を取り戻し、再び動き始める。

 向かってくる、兵士を薙ぎ倒しながら俺達は本陣があった場所に着くことができたのだがそこには義元の姿は無く、今までここで闘っていた形跡すら見当たらない。

 「何故だ?」

 俺は不可解に思ってしまう、既にここまで戦場が広がっていたのに対してこの本陣はまだ誰にも攻められていなかったのだ、どうやら隠蔽の魔術でもかけられていたのだろう。

 「(ここまで綺麗なことがあるわけが無いならば意味がある筈!)」

 全く意図がわからないが何か敵には見つかって欲しくは無いものがある。

 「悪いみんな、少しの間ここを死守してくれ何かわかるかもしれない。」

 全員が無言でうなづき、本陣の守りに入ってくれる。

 既に俺が入った時点で本陣を隠す様に施された魔術は既に消えてしまい、敵が襲いかかってくる。

 だがこの本陣の守りに入ったのは一騎当千の猛者達である。本陣の外からかなりの敵兵が聞こえてきたのだが一気に静まり返ってしまう。

 どうやら彼女等の強さを目の当たりにして敵兵が尻込みしてしまったようだ。

 おかげでいい時間稼ぎになっている。

 「やはり…彼女がいてくれて正解だったなやはり敵には回したく無い奴らだよ全く」

 もし彼女達がいなかったらこの状況が無かったと思うと感謝しか無い。


 俺は隈なくあちこち観察した中でやっとのことで違和感に気付く。

 それは軍議をする時に用いる、机の総大将が座る部分にわずかながら魔力反応があることがわかったのだ。

 すぐさまに魔術を解く、そこまで複雑に組まれているわけではなかったので簡単に解くことができてしまう。

 うっすらと姿を現したのは小さな箱であった。

 俺は、トラップが無いかを確認してからゆっくりと箱を開けると出てきたのは小さな封筒が一枚入っていた。


 「…………」

 ゆっくりと封を切り、ゆっくりと読み進める。

 「まさか……ここまでの覚悟があったのかあのバカは」

 読み終わると同時に俺の顔は多分心底歪んだ顔をしているかもしれない。

 そこに書かれていた内容はあまりにも衝撃的な内容と彼女の覚悟が書いてあったからなのだから。

 「俺にこんな重荷を背負わせやがってこいつ「武田信玄」という人物の性格をうまくわかっている様だな」

 ここでの「武田信玄」とは俺のことでは無く、歴史上の本物についてである、それは戦国大名として今川家が滅亡した原因をこの俺にやれと言っているのだ。

 「だが、やらなければ俺達もただでは済まないだろうな」

 見てしまったからにはやらなければならないおそらくこれは契約書みたいなもので人を縛り付けるものでもあるのだろう。もし破れば俺も最悪死んでしまうかもしれない。


 「全く厄介な置き土産だな」

 急に重たくなった足を無理やり動かして本陣からでる。

 既にある程度の敵は一掃されており、返り血を浴びた「軍神」が笑顔で手を振ってくるという。おぞましい光景が広がっている。

 「ハルくんーやっと出てきた、早くしないとまた援軍がくるこもしれないよ!」

 全く息切れしていない、「景虎」だが少しだけ焦りの表情を見せる。

 「あぁ、もうここに用はないと思うが氏康がなんていうかわからないが」

 「私がなんだって?」

 こちらを睨んで見てくるのは、今川軍をまとめ上げ援軍と、きてくれたのだ。

 「氏康、どのくらいの兵が残っている?」

 あまり期待はしてはいないが一応聞いておかなければならない。それである程度の行動する為の動きを決めることができる。

 「もうすでに……軍と呼べるか怪しい戦力になっちゃってるかな?私の軍と合わせて多く見積もっても二千あればいいぐらいにはなんとかできたけど小競り合い程度ならできるかもだけど……流石に無理かもね」

 「いや、俺のところの部隊も来るから合わせて六千ほどかだがやれない事は無い」

 現状を理解した俺はあらためて今後の動きを考える。

 「で、姉さんはいたの?」

 「いや、いなかったがこの手紙を読んでほしい」

 「………?」

 怪訝な表情で氏康は手紙を読み始めるがすぐに顔色が悪くなり、俺の方を見る。

 「嘘でしょ?、まさか姉さんこれを狙っていたの」

 あまりにも衝撃的な内容に少し混乱している様であったが俺はゆっくりと頷くことしかできなかった。

 書かれていた内容はあまりにも短いのだが内容があまりにも大きすぎてしまう。

 まず一つは、一時的ではあるが駿河の領有権を「信玄」に譲ること。

もうひとつはこのまま尾張に進攻してもらいたいとのことであった。

 「全く、自分は姿をくらましておいて厄介な事は全部俺達に押し付けやがって」

 悪態をつきながら俺は尾張の進攻ルートを決める為に思考を張り巡らせる。

 義元が帰ってくるまでの間、「信玄」にとって一番長い日のはじまりに過ぎなかった。

 
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