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第二王女との出会い

全ての決着 その1

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 宗次郎は風の冷たさに身震いした。

 とっくに陽は落ち、夕暮れの赤さは空から完全に消失した。空を見上げれば公園を照らす電灯に負けない星の光がかろうじて届いている。

 時刻はすでに八時を過ぎていた。手紙の時間より二時間以上経過している。

 なのに、シオンが現れる気配は一向になかった。

「……」

 別に宗次郎が悪いことをしたわけでもないのに、怯えながら燈の方を見る。

 その背中はいつもより小さくなっている気がした。

 約束の時間を過ぎてすぐは、あえて遅れてくる作戦なのかとも思った。巌流島の戦いに遅刻する宮本武蔵を連想したりもした。

 結果、時間が経つにつれ困惑は大きくなり、ついには燈にどう声をかけていいのかわからない段階まで来てしまった。

 ━━━あの手紙がハッタリって、あり得るのか?

 困惑しながら宗次郎は考え込む。

 あの手紙はシオンが出したものであるとみて間違いはないはずだ。天主極楽教のマークもあったし、燈が外に出たその日に出された手紙だ。シオンが裏切り者を使ってポストに入れたのは間違いない。

 とすると、なぜ来なかったのかは疑問が残る。

 ━━━もしかして、来れなかったのか?

 あれだけ殺意の高いシオンが来ないとは考えずらい。

 であれば、何らかの事情で来れなかったのではないだろうか。

 シオンの方針と天主極楽教の方針は一致していなかった。組織と何かトラブルがあったのかもしれない。

 ━━━いや。考えても仕方ない、か。

 状況を確認するにしても、別荘に帰るにしても、ここにいる必要はもうない。

 宗次郎は意を決して立ち上がった。

「燈」

「……わかってるわ」

 こちらを向かないまま燈は歩き出す。

 宗次郎は自転車のスタンドを倒して押しながら、後をついていく。結界を抜け住宅地に出ると、辺りは薄暗くなっていた。人気も全くない。

 ピロリン、と。

 突然端末が鳴り出した。電源を入れるとたくさんのメールが来ている。

「何かあった?」

「ちょっと待ってくれ。……練馬さんから、刀預神社に来てくださいって指示が来てる。明日の方針について、結衣さんたちと一緒に作戦会議をするんだそうだ」

「別荘より近いし、ちょうどいいわね」

 燈は頬をパンと叩き、宗次郎に向き直った。その面持ちはいつもと変わりない。

「行きましょう」

「あ、ああ」

 練馬さんに聞き取りの結果とこれから神社へ向かう旨を通知して、二人は歩き出す。夜の風はより一層冷たくなり、春特有の冷気を運んできた。

 ━━━すごい精神力だな。

 公園で感じた落胆はなく、燈はいつも通りに戻っている。頭を正常に働かせ、次に何をすべきか考えているのだろう。

 端末に来ていた通知には、シオン見つかったと記載されていなかった。つまり儀式まで二日しかない。

 ━━━やるしかない、か。

 燈が諦めていない以上、宗次郎が先に諦めるわけにはいかない。

 ━━━俺に力があればなあ。

 燈に忠誠を誓っていても、今の宗次郎には力がない。

 氷のように冷たいと印象と違い、その芯は熱くまっすぐで。

 他人に無関心なのかと思いきや、思いやりのある優しい一面があり。

 どんなときも無表情なのかといえばそうでもなく、笑顔を向けてくれる。

 はるか彼方の存在だった第二王女に、宗次郎は親近感がわいていた。

 力になりたい。応援したい。

 心の底から、燈に惹かれていた。

 二人は住宅市を抜け、大通りにでる。燈は夜にもかかわらず、目元を隠すためにサングラスを装着した。

 日が暮れても人は多く、また儀式の前だけあって活気に満ち溢れていた。にぎやかな声がそこらじゅうの居酒屋から聞こえてくる。

「ん?」

 前の通りを目立つ格好で歩いている男性がいる。

 服装は八咫烏の衣装をもとにしているのか、黒い羽織を着ている。明らかに偽物とわかる雑なつくりをしているものの、ところどころに金色の刺繍がしてあり、非常に目立っていた。

 はっきり言って珍妙極まる格好なのに、道行く人から一緒に写真を撮るようせがまれていた。

「なんだありゃ」

「コスプレね。初代王の剣を模しているのよ」

 観光客は写真を撮りながら、コスプレイヤーと一緒になって大はしゃぎしている。

「皇王国万歳!」

「初代国王万歳!」

 二人は写真を撮る人たちの邪魔にならないよう道の端を進み、再び人気のない道に入った。

「そういえば、さ」

「?」

「妹を自分の剣にするつもりはないのか? もしくは燈が妹の剣になるとか」

 『剣の選定』が自身の最も信頼する相手を選ぶ儀式なら、燈にとっては妹の眞姫《まき》こそふさわしい相手のはずだ。

 眞姫《まき》は王族だ。権力を逆手に制度を弄ぶ貴族ではない。

「……」

 燈は歩きながらじっと考え込んでいる。

「練馬《れんま》からいろいろ聞いたみたいね。おおかた、部下が私のくだらない噂でもしたのでしょう」

 燈にはすべてを見通す千里眼でも備わっているのだろうか。見てきたかのように言い当てた。

「よくわかったな」

「常識しらずのあなたがいろいろ聞くからおかしいと思ったのよ。まあいいわ。教えてあげる。『剣の選定』は王族同士では行えないのよ」

 初代国王の身分は王族であり、初代王の剣の身分は奴隷。身分の差が圧倒的だからこそ二人の信頼関係が国民の心を打ったとされている。

 ゆえに、王族同士では制度の趣旨に反するとされ、剣とすることも剣となることもできないのだ。

「可能だとしても私は誰も剣にするつもりはないわ。私は一人で全てを成し遂げてみせるから」

 強気な発言に呼応するように燈の歩くスピードが少しだけ速くなっている。

 相当イライラしているのが宗次郎にも伝わる。シオンの件が思っている以上に頭にきているんだろう。

「初代国王はその勇気で人々を導き、大陸全土を手中に収めた。そして持ち合わせていなかった智略と武力を直下の優秀な波動師が担っていた。英雄である初代王の剣は武の象徴よ。なら、初代国王を超える私はその三つ全てを兼ね備える王になる。剣は必要ないの」

「……天修羅《あまつしゅら》を一人で倒すくらい強くなるのか」

「そうね。将来的にはそうなりたいわ。あなたの波動が戻ったら、千年前に私を送ってもらおうかしら」

「勘弁してくれよ。波動が尽きて死んでしまう」

 燈はいつだって本気だ。その姿勢を自信過剰の一言で片付けられない事情を知っているだけに、宗次郎は冗談にも笑えない。

 ━━━遠い、な。

 宗次郎は昨夜した練馬との会話を思い起こす。

 燈の欠点。遠いと感じてしまう、距離感。その背中は目の前にあるのに、隔たりが遠すぎて付いてく気すら起きない。

 燈にあって宗次郎にないもの。それらは生き方であり、夢であり、自分という確固たる意志であり。

 その差が大きすぎて。それこそ手で掴めない星のように距離があって。

 『冷血《れいけつ》の雪姫《ゆきひめ》』とあだ名される所以がそこにある気がした。

 どこか寂しいと感じてしまう宗次郎は、無言のまま鳥居に面した道路に出る。

「……あれ?」

「よく気づいたわね」

 宗次郎の違和感はあたりのようだ。人払いの結界が張られている。昼間の公園と違い夜の神社に人通りはほとんどない。

 燈とともに結界をくぐり抜け中に入った。

「殿下、宗次郎殿。お待ちしておりました」

 鳥居の陰から練馬が現れ一礼する。ずっと待っていたらしい。

「二人でご一緒されたのですか?」

「ここに来る途中で会っただけよ。首尾はどう?」

「芳しくありません。皆の士気が下がっています。本殿に皆を集めておりますので、お速く」

「わかったわ」

 二人の事務的な会話を耳に入れながら、宗次郎はスタンドを立てて自転車を置く。

 燈、練馬、宗次郎の順番で階段をのぼる。

 両脇にある提灯に火が灯っていて、舞い散る桜の花びらを煌々と照らしている。鬱陶しくて長い印象しかなかったのに、夜になると幻想的な絵面になっていた。

「ああ、宗次郎君。ちょっと」

 階段を登り終え、本殿の目前まで来たところで練馬に呼び止められる。

「お疲れ様でした。初めての捜索はいかがでしたか」

「率直に言って、疲れました」

「そうですか。次回から、もう少し早めに報告してもらえると助かります」

 そうだった。手紙に気を取られていて忘れていた。

 宗次郎は頭を上げると、光に反射して練馬のメガネが光っている。

「すみませんでした」

「あぁ。謝らなくて結構です」

 練馬が右足を前に出す。

「もう捜索の必要はありませんから」

「?」

 練馬の姿がブレたかと目の前に移動し、宗次郎の腹に重い痛みが走った。

「がっ、は……」

 苦痛に耐えながら足元を見ると、腹に短刀が生えている。服についたどす黒い染みがゆっくりと、確実に広がっていった。

「あ、は」

「本当によくやってくれました。これであなたはお役御免です」

「っ、宗次郎!」

 異変を察した燈の大声がする中、宗次郎は膝から崩れ落ちる。来るなと言いたいが声が出せない。

 怒りと焦りに駆られたまま抜刀しようとする燈に、練馬は毒の波動符を素早く投げつける。

「うっ」

 反応できず、燈は毒の煙を吸いこんでしまった。

「残念。あんたの相手はあたしよ」

 間髪入れずに本殿の中から金髪の女性が飛び出し、燈に肉薄する。

 巫女服を模した戦闘服。金髪と挑発的な口調。

 シオンだ。

 燈の一撃を躱してシオンは燈の腕をひねり、手錠をかけた。

 捜索する小隊が使っていた、波動師を捉えるための手錠だ。

「はい。捕まえた」

 シオンは燈の腹を殴りつけ、背後から突き飛ばした。両手を使えない燈は受け身を取れず倒れこむ。

「く……」

 綺麗な顔立ちを土で汚しながら、燈は二人を睨みつける。しかし成すすべは無い。両手と波動を封じられては何もできなかった。

 一分も掛けず、二人は地べたに転がる羽目になった。

 決着は、あっけなくついたのだ。

「か……あ」

 燃えるように熱い腹を抑えながら、宗次郎は自分の寿命を意識する。

 死ぬ。死ぬ。ここで死ぬ。どうしようもなく死ぬ。

 あ、かり━━━。

 宗次郎の意識は混濁していった。
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