13 / 23
第一章
幕間 とある領主の企み
しおりを挟む
——東門騎士団本部、執務室にて
蠟燭が一本だけ灯る薄暗い静かな部屋で、壮年の男性が一人椅子に座り本を読んでいる。
彼は都東門領域の領主、フリデリック=レーナルト。少なくとも今は、この地域を統べる男だ。
彼の立場は今、非常に危うい。
あくまでも彼は兄が死んだ事により暫定的に領主になったにすぎず、後一年もしないうちに才能あふれる姪にその地位を奪われるのだから。
騎士団で彼に対しての忠実な部下は騎士ただ一人である。
逆に言えば、彼女が従っているからこそ辛うじて権勢を振るえているとも言える。
そんな現状を快く受け入れられる為政者など、この世に一人としていないだろう。
もちろん、彼もこの現状をよしとしていない。だから今日、策を弄した。
ドアのノックが鳴り、一人の女性が部屋に入ってくる。
黒い髪を後ろに縛り、細く切れ長な瞳をしたこの女性こそ東門騎士団の最高戦力、カンナ=シュタインマイアーだ。
「ただいま戻りました」
恭しく頭を下げ、膝をつく。
「どうだった?」
男は労いの言葉すらかけずに事の顛末を問う。
「滞りなく。全て手筈通りに済みました」
「素晴らしい!」
男はやおら立ち上がり手を叩く。
「死んだのか?」
「恐らくは……。ただどちらにせよ、魔力供給を絶った上で一人漆黒の悪魔の前に置き去りにしましたので無事ではないでしょう」
ただ淡々と、今日の出来事を説明する。そこに一切の罪悪感は含まれていない。
「ふむ、出来れば確証が欲しかったがそれもまた良いかも知れないな。エレノアの様子は?」
顎に手を当て考えを巡らせながら問う。
男にとってはこちらが本命だ。
「精神は憔悴しきっています。今は治療の最中です」
男は大きく頷き椅子に座る。
「死なれては私の責任問題になりかねないからな。だがこれで私の策は成ったな。心の支えを失ったエレノアに領主など務められるはずがない」
男は下卑た笑みを浮かべる。
「ただの従者が居なくなっただけでそこまでのダメージがあるでしょうか?」
騎士が単純な疑問を投げかける。
「ある。奴はあれを家族だと思っている。そこらの従者とは違うのだ」
「はぁ……」
やや納得のいかない様子の騎士を見ながら、男は手元の紅茶に口をつける。
「漆黒の悪魔達の魔法、どんなものか分かったか?」
「漆黒の悪魔については、信じられない速さで動く事以外は……。ナギサについては殆ど完全に把握しました」
「そうか、それは良い事だ」
本来ならば大戦果である強力な敵の魔法判別について聞いても、あまり関心を示さない。
男にとっては、そんなもの二の次であるからだ。
フリデリック=レーナルトにとって重要なのは、今の席に居座り続けることだけだ。
「ナギサの魔法は回数制限のある自動復活でしょう。対策は容易にできます」
「ほう?」
紅茶から口を離し、興味深げに騎士を見つめる。
「殺さなければいいのです。瀕死のまま捕まえて拘束してしまえばどうということはありません」
その言葉を聞き、男は楽しげに笑う。
「それもそうだ。流石、王国最強の騎士だな」
「ありがとうございます」
騎士が頭を下げる。
「……それにしても、【大崩壊】も近いというのに魔鉱は減るばかりだな」
男がため息をつく。
実際、ここ最近は自由同盟の散発的な攻撃で多くの小規模魔鉱を失っている。
「申し訳ございません。我ら騎士の不徳の致すところです」
「いや、君はよくやっているよ。私が思うに、西の連中がくさいな」
西の連中、というのは要するに西門領域の騎士団の事だ。
彼らは最近代替わりがあったばかりだ。
「裏切っていると?」
男が首を振る。
「そこまではわからないがね。匂いがするというだけだ」
「匂い……ですか?」
騎士が首を傾ける。
よくわからないといった様子だ。
「そう、裏切りの匂いだ。弱い者はそれを嗅ぎ取って生きていかないといけないからね。経験でわかるんだよ」
「閣下は弱くなどありません」
騎士が勢いよく否定する。
「その気持ちはありがたいがね、私は弱いよ。弱い者は、自分の弱さを認めて生きていかなければならないんだよ」
男が勢いよく紅茶を飲み干す。
「それに私は、弱さを恥だと思っていない。この弱さを含めて私だからね」
男はそう言うと、椅子から立ち上がる。
「どちらへ?」
「寝る。明日からまた忙しくなるからね」
そう言って部屋を出る。
騎士もまた、その後をどこまでも付いていくのであった。
蠟燭が一本だけ灯る薄暗い静かな部屋で、壮年の男性が一人椅子に座り本を読んでいる。
彼は都東門領域の領主、フリデリック=レーナルト。少なくとも今は、この地域を統べる男だ。
彼の立場は今、非常に危うい。
あくまでも彼は兄が死んだ事により暫定的に領主になったにすぎず、後一年もしないうちに才能あふれる姪にその地位を奪われるのだから。
騎士団で彼に対しての忠実な部下は騎士ただ一人である。
逆に言えば、彼女が従っているからこそ辛うじて権勢を振るえているとも言える。
そんな現状を快く受け入れられる為政者など、この世に一人としていないだろう。
もちろん、彼もこの現状をよしとしていない。だから今日、策を弄した。
ドアのノックが鳴り、一人の女性が部屋に入ってくる。
黒い髪を後ろに縛り、細く切れ長な瞳をしたこの女性こそ東門騎士団の最高戦力、カンナ=シュタインマイアーだ。
「ただいま戻りました」
恭しく頭を下げ、膝をつく。
「どうだった?」
男は労いの言葉すらかけずに事の顛末を問う。
「滞りなく。全て手筈通りに済みました」
「素晴らしい!」
男はやおら立ち上がり手を叩く。
「死んだのか?」
「恐らくは……。ただどちらにせよ、魔力供給を絶った上で一人漆黒の悪魔の前に置き去りにしましたので無事ではないでしょう」
ただ淡々と、今日の出来事を説明する。そこに一切の罪悪感は含まれていない。
「ふむ、出来れば確証が欲しかったがそれもまた良いかも知れないな。エレノアの様子は?」
顎に手を当て考えを巡らせながら問う。
男にとってはこちらが本命だ。
「精神は憔悴しきっています。今は治療の最中です」
男は大きく頷き椅子に座る。
「死なれては私の責任問題になりかねないからな。だがこれで私の策は成ったな。心の支えを失ったエレノアに領主など務められるはずがない」
男は下卑た笑みを浮かべる。
「ただの従者が居なくなっただけでそこまでのダメージがあるでしょうか?」
騎士が単純な疑問を投げかける。
「ある。奴はあれを家族だと思っている。そこらの従者とは違うのだ」
「はぁ……」
やや納得のいかない様子の騎士を見ながら、男は手元の紅茶に口をつける。
「漆黒の悪魔達の魔法、どんなものか分かったか?」
「漆黒の悪魔については、信じられない速さで動く事以外は……。ナギサについては殆ど完全に把握しました」
「そうか、それは良い事だ」
本来ならば大戦果である強力な敵の魔法判別について聞いても、あまり関心を示さない。
男にとっては、そんなもの二の次であるからだ。
フリデリック=レーナルトにとって重要なのは、今の席に居座り続けることだけだ。
「ナギサの魔法は回数制限のある自動復活でしょう。対策は容易にできます」
「ほう?」
紅茶から口を離し、興味深げに騎士を見つめる。
「殺さなければいいのです。瀕死のまま捕まえて拘束してしまえばどうということはありません」
その言葉を聞き、男は楽しげに笑う。
「それもそうだ。流石、王国最強の騎士だな」
「ありがとうございます」
騎士が頭を下げる。
「……それにしても、【大崩壊】も近いというのに魔鉱は減るばかりだな」
男がため息をつく。
実際、ここ最近は自由同盟の散発的な攻撃で多くの小規模魔鉱を失っている。
「申し訳ございません。我ら騎士の不徳の致すところです」
「いや、君はよくやっているよ。私が思うに、西の連中がくさいな」
西の連中、というのは要するに西門領域の騎士団の事だ。
彼らは最近代替わりがあったばかりだ。
「裏切っていると?」
男が首を振る。
「そこまではわからないがね。匂いがするというだけだ」
「匂い……ですか?」
騎士が首を傾ける。
よくわからないといった様子だ。
「そう、裏切りの匂いだ。弱い者はそれを嗅ぎ取って生きていかないといけないからね。経験でわかるんだよ」
「閣下は弱くなどありません」
騎士が勢いよく否定する。
「その気持ちはありがたいがね、私は弱いよ。弱い者は、自分の弱さを認めて生きていかなければならないんだよ」
男が勢いよく紅茶を飲み干す。
「それに私は、弱さを恥だと思っていない。この弱さを含めて私だからね」
男はそう言うと、椅子から立ち上がる。
「どちらへ?」
「寝る。明日からまた忙しくなるからね」
そう言って部屋を出る。
騎士もまた、その後をどこまでも付いていくのであった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
パーティをクビになったBランク錬金術師、隠していたユニークスキルで魔法少女ギルドを設立する!
桜葉理一
ファンタジー
★ファンタジー大賞参加中。投票お願いします!
Bランクの錬金術師である、ロキ・フェイズ(16)は、ある日、女Sランク冒険者のルーラ(18)率いるパーティから、追放されてしまう。
というのも、女冒険者のルーラは、可愛い女の子が大好きで、ロキ以外のパーティは全員Sランク所持の美少女。
そのため、男であるロキをずっと疎ましく思っており、Aランクの美少女錬金術師をスカウトしたことで、ロキが邪魔になったからだった。
わずかな金のみを渡され、パーティをクビにされたロキは、どう生きていくべきが迷う。
実は、誰にも言っていなかったが、ロキは10万人に1人の確率で所持するという『ユニークスキル』を所持していた。
そのスキルの名は『魔法少女』!
ロキは、生きる選択肢を広げるため、ずっと分からないままにしていた、ユニークスキル『魔法少女』の詳細を調べることに。
しかし、そのスキルは、とんでもないスキルだった!
それは、絶望している生き物を、魔法少女にすることができる、スキルだった。
それも、対象者が魔法少女になることで、所持スキルが2ランク強化され、唯一無二のユニークスキルまで付与されるという、チートなおまけつきだった!
ロキは、絶望している少女、いや……老若男女、はたまたモンスターまでを魔法少女にし、新たな勢力を作り、世界を引っ掻き回していく。
そして、多くの魔法少女たちと共に、前人未到のSランクのダンジョン攻略を目指す!
ロキはこの先、何人を絶望から救い、魔法少女にするのか!
3521回目の異世界転生 〜無双人生にも飽き飽きしてきたので目立たぬように生きていきます〜
I.G
ファンタジー
神様と名乗るおじいさんに転生させられること3521回。
レベル、ステータス、その他もろもろ
最強の力を身につけてきた服部隼人いう名の転生者がいた。
彼の役目は異世界の危機を救うこと。
異世界の危機を救っては、また別の異世界へと転生を繰り返す日々を送っていた。
彼はそんな人生で何よりも
人との別れの連続が辛かった。
だから彼は誰とも仲良くならないように、目立たない回復職で、ほそぼそと異世界を救おうと決意する。
しかし、彼は自分の強さを強すぎる
が故に、隠しきることができない。
そしてまた、この異世界でも、
服部隼人の強さが人々にばれていく
のだった。
スローライフとは何なのか? のんびり建国記
久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。
ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。
だけどまあ、そんな事は夢の夢。
現実は、そんな考えを許してくれなかった。
三日と置かず、騒動は降ってくる。
基本は、いちゃこらファンタジーの予定。
そんな感じで、進みます。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる