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SMILE-PUNK
SMILE-PUNK.ep.ex:There is always some madness in love.
しおりを挟む八月上旬。カナガワは全国的に猛暑となり最高気温は三十八度を記録している。
ハヤマ・タウンは夏には多くのセレブが余暇を過ごしにやって来る高級リゾート地だ。
照り付ける日差しが砂浜に反射するハヤマ・ビーチには、見るからにセレブ然とした恰幅の良い男が若い女を伴って優雅に寛いでいたり、浅黒く焼けた軽薄そうな男がブロンド女達を侍らせたりしている。
この砂浜にはそう言った金の匂いを漂わせる男とそんな男達にあやかろうとする女がとにかく多い。
キッドは高校の夏休みを利用して不良仲間達とともに父バリーが所有する別荘のあるハヤマへ遊びに来ていた。
「ハッハー!最っっっ高の行楽日和じゃねぇか!」
「おい待てキッド!サンオイル塗らねえと後でしんどいぞ!」
簡易テントを設営するヴィックが砂浜へ駆け出すキッドを呼び止める。
「ボバ、グリルの高さこんなもんでいいか?」
「うん、ありがとダリー」
ダリーが焚火台をボバの背丈に合わせて調整し、ボバはクーラーボックスから肉や野菜を取り出しバーベキューの支度にかかった。
「おい!ボバ!早く肉焼けよ!写真撮ろうぜ!で、エマに送ろうぜ!」
「待ってよ、今準備してるから」
一頻り砂浜を走り回って来たキッドがテントへ飛び込み、食材を串に通すボバを急き立てる。
「よし!じゃあ、ヴィック!ダリー!こっち来いよ!写真撮るぞ!」
「ちょっと待て日焼け止め塗るから」
「“耐火能力”の癖に日焼けすんのかよ?」
丁寧に日焼け止めクリームを自身の体に塗るヴィックをキッドの方へ向かいながらダリーが笑う。
「日光と直火は違うんだよ。俺はロシア系で色素が薄いから日焼けしたら大変なことになるんだよ。お前もだぞ!キッド!」
ヴィックは日向でダリーと写真を撮るキッドに日焼け止めのボトルを振って見せた。
「イエーイ♪」
「ウィ~♪」
キッドとダリーは海と砂浜をバックにポーズを決めて写真を撮った。
「バカやってないで早く来いよ。塗ってやるから」
「俺は平気だ♪不死身は日焼けしないから♪」
「ダリーじゃねぇよ。ほらキッド!」
「はーい」
キッドは撮った写真を確認しながらヴィックのテントへ戻った。
「ほ~ら、そろそろ焼けるよ~♪あ~♪いい感じ~♪」
バーベキューの焼き加減を見ながらご機嫌に鼻歌を歌うボバ。
「おっ!焼けた?写真撮ろうぜ!」
「おい、あんま動くなよ」
はしゃぐキッドの背中に日焼け止めを塗るヴィック。
「イエーイ♪バーベキュー最高♪」
キッドはボバがバーベキューを焼く姿をバックに写真を撮った。
「キッド、食わないのか?」
携帯端末をイジるキッドにヴィックがバーベキューを差し出した。
「ん~、ちょい待って・・・」
「なんだよ、また“ルッキー”やってんのか?」
「・・・うん」
念のため説明を入れておくと、“LOOKEY”とはSNSのことだ。
“スケアリー・マザー”というファッションブランドが開発した写真や動画を手軽に世界へ発信できる系のアプリケーションで全世界で大流行しており、キッドは今現在ドハマりしている。
「それ後にして先に食えよ。冷めたら美味くないぞ」
「ちょっと!僕の特性バーベキューソースは冷めても美味しいからね!」
「あぁ・・・、そうだな。ごめんボバ。でも熱々の方が美味いよな?」
「・・・まぁね。そりゃあ、そうだよ。キッド!熱い内に食べなよ!」
「・・・うん」
キッドはヴィックから串を受け取ったが、なおも端末をイジる手を止めない。
「お前・・・、そういうのあんまりやり過ぎると変なヤツに付きまとわれるかも知れないぞ?サイバーストーカーとか・・・、洒落になんないんだぞ」
「・・・そういう変なヤツはブロックするもん」
「そういうことじゃなくて・・・」
ヴィックは呆れて目元を押さえた。
「とりあえず食えよ。冷めるぞ」
「・・・さて!」
キッドはバーベキューを食べ終えると立ち上がり砂浜一面をざっと見渡した。
「お、そろそろ行くかK.J?」
ダリーも同じく立ち上がる。
「ん、泳ぎに行くのか?」
ヴィックも腰を上げようとした。
「いや!ナンパだ!」
「え?」
ヴィックは腰を下ろした。
「あのなヴィッキー。わざわざハヤマに来たのはなんのためだと思ってる?」
キッドは溜め息混じりに苦笑した。
「海水浴とバーベキューだろ」
「バカヴィック。夏!海!ビーチ!なのに野郎四人だけなんて、そんなFUCKなことあり得ねぇだろ!女が必要だ!」
「しょうがないだろ。エマ は吸血鬼なんだから。日に弱いからコテージで寝てるんだ」
「テメェはホントにどうしようもないバカヴィックだな。いないから調達しに行くんだろうが!それにエマは好みじゃない」
キッドは携帯端末の画面に自分を映して前髪を整えた。
「カナガワにはたくさんの海水浴場がある」
髪型を決めたキッドは日差しの下でポーズを取りながら海を指し示した。
「“クーゲン・ビーチ”、“サザン・ビーチ”、“エイプ・アイランド”、“由比ガ浜”、“エノー・アイランド・ビーチ”エトセトラ・・・。その数全国で二十以上!「ナンパするなら“ショーナン・エリア”」って言葉がある!ショーナンには俺らぐらいの若い女がウジャウジャいるからな!なら、わざわざハヤマに来たのはなんでだと思う?」
キッドは顔をしかめるヴィックの鼻先に指を突き付けた。
「さあな」
ヴィックは即座にその指を払った。
「層が違うからだ!」
キッドは砂浜全体を撫でるように両手を広げた。
「ショーナンにいるのはブロンドのティーンエイジャーばっかり!俺の好みは黒髪の日系で歳上なお姉さん!で、ハヤマに御一人様で来るのは大概、仕事の疲れをゆっくり癒したいわ系キャリアウーマン的なお姉さんだ!」
「それ偏見じゃないのか?」
「んなことはねぇ!“LOOKEY”でリサーチ済みだ!」
キッドはヴィックに携帯端末を突き付けた。
「各ビーチごとに女が投稿している自撮り写真を“LOOKEY”でピックアップ!そこからだいたいの年齢層を統計的にまとめて!どこのビーチにどんな女がいるのかをリストにした結果!二十代後半から三十代前半ぐらいの日系お姉さんが一番多いのがこのハヤマ・ビーチだったんだ!」
「お前にサイバーストーキングの疑い有りかよ。ってかその情熱、もっと別なことに使ったらいいのに・・・」
ヴィックは六本目の串から肉を食い千切りながら呟いた。
「救いようの無ねぇバカヴィックめ。俺は特定の年齢層の女を追って統計を取っただけ。ストーキングとは言わねえだろ。それに俺らは十七歳の健全な男子だぞ!猿みてぇに女にガッつくのが仕事なんだよ!」
「そんなことはないだろ」
「安心しろ!親父のコテージは実はコンクリート造、防音がバッチリだ!どんだけ乱れても声は漏れねぇぞ!」
「それ絶対ヤるために設計された建物だろ」
「各部屋、簡易シャワールームと小型冷蔵庫とベッドの上の方に照明の調節機能完備だぞ!」
「ビジホじゃねぇか」
「あと枕元の小っちゃい篭にコンドーム入ってるしベッドはダブルだ!」
「ラブホじゃねぇか」
「いざ!二十代後半から三十代前半の良い具合に女盛りな日系お姉さん達を狩りに行くぜぇ!」
「お前のは十七歳健全男子が持つ趣味じゃねぇんだよ」
「イエーイ!ダリー!俺について来い!」
「了解!K.J!」
キッドとダリーは砂浜を駆けて行った。
ヴィックは二人の後ろ姿をしばらく眺めた後、串に刺さった残りの野菜を平らげた。
「・・・ボバ、シーフードも焼いてくれよ」
「了解、ヴィック」
それから三十分ぐらい後。
「ん?」
ヴィックはビーチの遠くの方からからこちらへ向かってくる集団を視認した。
陽炎でぐにゃぐにゃと揺れてはいるが、その集団の中心にいる二人の男は色味的に間違いなくキッドとダリーだった。その二人を挟んで両脇にはそれぞれ女性が付き添っている。
「アイツら、マジでナンパして来やがった・・・」
「ま、キッドもダリーも明るくて実際モテるもんね」
ヴィックとボバは呆れた様子で呟いた。
「イエーイ♪ヴィックー!ボバー!紹介するぜ!こちら愛川霧子さん!」
「はじめましてぇ、霧子です」
キッドと手を繋いでいる女性が照れ笑いを浮かべながらヴィックとボバに会釈した。
霧子は歳は二十代半ば、長い黒髪をアップでまとめた日系の女性。落ち着きのある清楚な雰囲気を持っており、ヴィックは一目見てキッドの好みドストライクな女性であることを理解し呆れて溜め息を吐こうとして、やめた。ダリーの横に立つ女性を見て呆然となったからだ。
「で、こちらのレディは、リビェナさんだ」
ダリーも自信満々に横に立つ女性を紹介した。
「リビェナ・ヴィスコヴァーです」
リビェナは少し微笑んでヴィックとボバに挨拶した。
リビェナは歳はやはり二十代半ば。まるで作り物のように見事なブロンドヘア。背は高く175cmほどはあるだろう。妖艶な黒いビキニが透き通るような白い肌を際立たせ、やや筋肉質な引き締まったボディラインは見る者の目を釘付けにする魅力に溢れている。
そして、ヴィックはこういう女性が超好みのタイプだった。
ヴィックは既にリビェナの蒼い瞳に魅了されていた。
リビェナは自分をまじまじと見詰めてくるヴィックの視線に気付きもう一度微笑み返した。
ヴィックは耳まで真っ赤に染め上げ目を泳がせて顔を背けた。
キッドとボバと霧子は楽しげに話しながらボバの焼いたバーベキューを片手に笑い合っている。
ダリーはヴィックとリビェナの様子を見てニヤリと笑い、さりげなくボバ達の方へ向かった。
「ボバ~、俺もちょっと腹減った~、俺にもくれ~」
「あ・・・、えっと、どうぞ・・・、座ってください・・・」
ヴィックはぎこちない身振り手振りでリビェナにテントの下に敷いたレジャーシートに座るよう促した。
「あぁ、ありがとうございます」
リビェナは一切の躊躇無くヴィックの真横に座った。
「うぉおぉぅえ、あっ・・・と、何かいります・・・?飲み物、とか、食べる物・・・。俺、取ってきます・・・!」
ヴィックはぎこちなく立ち上がりそそくさとボバ達の方へ逃げて行った。
「おいおいおい、どしたヴィック?」
ヘラヘラ笑うダリーがヴィックを受け止めた。
「ちょっと、ムリ、ヤバい・・・!」
「何がヤバいんだよ?」
「かわいい・・・!」
「だろ?お前好きだろ?ああいうタイプ」
「好き・・・!好き過ぎて好きになりそう・・・!」
「大丈夫かお前?」
「不大丈夫・・・!」
ヴィックはダリーの肩を掴んでずっと首を横に振り続けている。
「とりあえず、これ持ってけよ」
ダリーはヴィックにプラスチックのコップを被せた炭酸飲料のボトルとバーベキューの串が二本乗った紙皿を手渡した。
「いいかヴィック?会話の入りは「霧子さんとの関係どんなですか?」って聞け。ただその話題はさらっと聞いてさらっと終わらせろ。あんま霧子さんに興味がある感じにはするな。いいな?」
「うん」
「次に、霧子さんとの関係を聞いたらそっからリビェナさんのことを掘り下げろ。職場の同僚だ、って言われたら、仕事何してるんですか?学生時代の友達だ、って言われたら、どこの学校ですか?とかな」
「了解」
「で、空気をとにかく和やかにしたいから、ここで一笑い。お前のビジュアルの自虐ネタをかませ。彼女は俺とK.Jがティーンだってことはわかってるが、お前とボバは友達としか言ってないから同級生だってことは知らない。お前も十七歳だって言ってみろ。絶対驚く。そしたらすかさず「保護者かと思ったでしょ?」これで行け」
「はい」
「ここまでの流れができたら、後は聞く側に徹しろ。憶えとけ、女の子と話す時は自分のしたい話じゃなくて相手のしたい話をすること。趣味は何か、休日の過ごし方、今何にハマってるのか。基本、質問されたら答えた後に同じ質問をしろ。女の子は自分が聞いて欲しいことを聞いてくる。それから話す時もそれ以外の時も目を見ろ。二人だけの世界を作れ。話が弾むとボディタッチが増えてくるけど、動揺するな。女の子の側からすれば特に深い意味は無い。あと、できうる限り会話を途切れさせるな。とは言え、雑学を披露し過ぎるのはNGだ。格闘技と機械が好きな女の子は少ない。興味の無い話を聞くことは女の子にとっては苦痛でしかない。あと、細かい事だと言葉の出だしに「あの・・・」とか「えっと・・・」とかはあんまり言うな。一回や二回ならいいけど、連発されるとムカつくからな。それから一度終わった話題を蒸し返すのはよせ。別な話題を跨いだ後ならなおさらだ。わかるか?「話し戻るんだけど・・・」はNG。それと要所要所できちんと褒めろ。“かわいいね”と“きれいだね”は口に出していけ。いいな?自分のことを話すより彼女のことを聞け。これを忘れるなよ」
「わかりました」
「よし行って来い!」
ダリーはヴィックの背中を叩いた。
「あ、えっと・・・、お待たせしました・・・」
「いえ、ありがとうございます」
ヴィックはぎこちない笑顔でリビェナの横にバーベキューと飲み物を置き、更にその横に座った。
離れた位置からそれを見たダリーは目を細めて溜め息を吐いた。
(物理的な距離をつくるな!もっと近寄れ!)
「あの、スプライトですけどいいですか?」
「あぁ、もう全然!大丈夫です!あ、私注ぎますね」
リビェナは笑顔でペットボトルを手に取りコップ二つにスプライトを注いだ。
「はい」
「あの、えっと、ありがとうございます・・・」
ヴィックはリビェナからコップを受け取りぎこちなく会釈した。
離れた位置からそれを見たダリーは目を細めて溜め息を吐いた。
(「あの」と「えっと」が多いぞ。アイツ俺の言ったこと聞いてたのか?)
「えっと、なんだっけ?」
「え?」
「あ、いや、なんでも。独り言です」
ヴィックは下手な作り笑いを浮かべてダリーの方を振り返った。
ダリーはヴィックを睨み付け霧子を指差した。
「・・・あぁ、あの、霧子さんとのご関係って?」
「あぁ、キリちゃんは職場の同僚です」
「へぇ、お仕事何されてるんですか?」
「事務です」
「ジム?ボクシングですか?インストラクターとか?」
「え?あっ!あっはは!」
リビェナは突然口元をおさえて笑い出した。
ヴィックはワケがわからず呆気に取られている。
「あは・・・!その“ジム”じゃなくて・・・!事務職です・・・!医療事務・・・!」
「あ・・・、あ~、そっちの“事務”かぁ・・・」
ヴィックも勘違いに気付き苦笑して頬を掻いた。
「え?ヴィックさんはダリーくん達とどういった仲なんですか?」
笑いが治まったリビェナはダリー達とヴィックとを交互に手で指し示した。
「あぁ、俺ら四人は高校の同級生です」
「え!?同級生!?」
リビェナは目を丸め、大柄でとにかく彫りの深い顔のヴィックと他の三人、特に身長が1mにも満たないボバとを見比べた。
「見えないでしょ?よく言われるんですよ」
「あっ!いえ!その、なんか失礼しました・・・」
「いえ、全然。でも正直どうですか?保護者かと思ったでしょ?」
ヴィックの言葉にリビェナは手を叩いて笑った。
「あっははは!保護者・・・!確かに・・・!あははは!ごめんなさい・・・!」
「いえ、いんすよ。馴れてるんで」
「っていうか、私・・・、ヴィックさん・・・?ヴィックくん・・・?で、いいのかな?」
「そりゃ、もう、お好きなように」
「ヴィックくん、私・・・、私より歳上かと思った!あははは!」
「あ~、俺もですよ。リビェナさんは俺より歳下かと思った」
「あははははは!」
笑いで息も絶え絶えのリビェナの目を盗み、ヴィックはダリーの方へ振り返った。
ダリーは微笑みながら親指を立てて見せた。
ヴィックもそれに応え親指を立てた。
それから、ダリーのアドバイスに従って二時間ほどお喋りした後、ビーチバレーやビーチフラッグなどで多いに遊んで日も傾き始めた午後五時過ぎ、キッド達は海の家に併設された更衣室で着替えていた。
「よぉ、ヴィック!リビェナさんとはいい感じかぁ?」
ダリーはシャワーから戻ってきたヴィックの首に腕を回した。
「あぁ、まぁ、お陰様でな」
照れ笑いを浮かべながらダリーの腕にタップするヴィック。
「にしても、よくあんなフリーの美人二人組引っかけて来れたね」
ボバは髪の毛をタオルで拭きながらキッドを見た。
「引っかけたってか、向こうから声かけて来たんだよなダリー?」
「おう、一組目の女の子グループに声かけよっかな~、って思ったらリビェナさんに声かけられた」
「ハッハー!いや、やっぱ俺らモテんだなぁ」
気分良くハイタッチを交わすキッドとダリー。
「いや、本当にナイスだ二人とも」
ヴィックは腕を組んでしみじみと頷いた。
その場でボバたけが一人顔をしかめていた。
「それってどうなの?」
「「「なにが?」」」
ボバの疑問に他の三人は同時に疑問を返した。
「ダリーを逆ナンして来たんでしょ?なのにテントに来たらヴィックとばっかり仲良くしてたよね?」
「それは・・・」
ヴィックは一瞬うつむき、すぐに顔を上げた。
「俺の方がタイプだったからじゃ・・・?」
「いつになくポジティブだね」
ボバは腕を組み溜め息を吐いた。
「自分に自信が付いたんだろ?いいことだ。なぁK.J?」
「あぁ、ヴィックもようやくって感じだな、ハッハー!」
「いや「ハッハー!」じゃなくてさ。妙だと思わない?キッドとダリーでナンパしに行って、ナンパ始めようとしたら速攻逆ナンされて、なのに声かけて来た女はダリーよりヴィックで、しかもヴィックの好みドンピシャで、おまけにもう一人の方はキッドのドストライクのタイプで。都合良すぎない?まるでおあつらえたみたいだ。出来過ぎてるよ。そもそもダリーに声をかけたってのが不思議だよね?身体中タトゥーだらけの黒人だよ?普通の女の子はビビって近寄らないでしょ?ショーナンの頭の悪いブロンド女子ならまだしも、リビェナさん達はそんなイケイケな感じじゃなかったじゃん。絶対おかしいよ」
ボバは腕組みを解いて腰に手を当て、もう一度深い溜め息を吐いた。
三人は互いに顔を見合わせてからボバに向き直った。
「つまり、何が言いたいんだ?」
ダリーは首を傾げて肩をすくめた。
「・・・何か目的があるのかも」
「例えば?」
「お金とか。パッと見だとダリーよりヴィックの方がお金持ちに見えるから、そっちに行ったのかも・・・」
「リビェナさんはそんな人じゃない」
ヴィックはボバに背を向けて着替えを始めた。
「ちょっとヴィック・・・」
「別にいいよな?金目当てでも」
キッドに笑いかけながらダリーも着替え始めた。
「おう、実際金ならいくらでもあるしな」
キッドもヘラヘラと笑いながら着替え始める。
「金狙ってる程度なら可愛いもんじゃねぇか。命狙ってるってなら話変わってくるけどな、ハッハーハハハハハ!」
しかめっ面のボバをよそにヘラヘラと笑うキッドとダリー。
女子更衣室。
リビェナと霧子がシャワーを終え、濡れた髪を乾かし終えて着替えている。
「それじゃあ、この後のことをおさらいしておきましょう霧子」
リビェナは更衣室のベンチに座る霧子の肩を掴んでじっと見据えた。
「あ・・・、えっと、キッドちゃんのコテージに遊びに行って、一晩を過ごす・・・、ます」
怯えた様子でリビェナに応える霧子。
「その通りです。君はキッド・ジョー・スマイリーと一夜をともにする。そう、君はただキッド・ジョー・スマイリーを釘付けにしていてくれればいい。キッド・ジョー・スマイリーの扱いは把握できましたか?」
「はい」
「いいですね」
リビェナは霧子の肩から手を離し長いブロンドヘアを一つに束ねた。
「ヴィクトール・ブラギンスキーを殺すのに障害となるのがキッド・ジョー・スマイリー。彼さえそばにいなければ、難しい仕事じゃない。君も明日の朝には解放します。安心してください」
優しく語りかけるリビェナに肩を撫でられた霧子の表情が強張った。
「・・・はい」
霧子はうつむき小さく返事をした。
ビーチから専用のシャトルバスで十五分の岬、海を見下ろす崖から数十センチの距離にあるバリー・ジョー・スマイリーの所有するコテージ。
「ハッハー!ただいまー!エマー!帰ったよー!」
キッドは霧子と腕を組み、上機嫌でコテージのドアを開けた。
キッドと霧子の後に続いてヴィック、リビェナ、ダリー、ボバもぞろぞろとコテージへ入って行く。
エマはリビングのソファーで本を読みながら寛いでいた。
「うるせぇな・・・」
エマは不機嫌そうにキッド一行を一瞥すると舌打ちをしてからまた本に視線を戻した。
「なーんだよ、機嫌悪そうだな。どした?」
ダリーは荷物を床に置いてエマの座るソファーの背もたれに腰かけた。
「何読んでんだ?」
「・・・ニーチェの詩集」
「マジか?よっぽどヒマだったんだな。ってかそんな本持ってたのか?」
「ここの本棚に置いてあったんだよ。っつーか、なんだお前ら生臭ぇな。釣りでもしてきたのか?」
エマはヘラヘラと笑うダリーの顔を睨んで顔をしかめた。
「海行かないっつったのはお前だろうが。そんな僻みあるかよ」
ダリーは依然ヘラヘラと笑っている。
「いやマジで生臭ぇから。早く風呂で流して来いよ」
「マジ?シーフード食ったからかな」
「そんなに臭いつくほど食うか普通。・・・・・・あん?」
ふとエマはキッドとヴィックの傍らにいる霧子とリビェナの存在に気付いた。
「はぁ~ん、なるほど。見事に釣れたじゃん。それとも釣られたのか?」
本を閉じて頬杖をつきニタニタと笑いキッドとヴィックを眺めるエマ。
「お前に関係無ぇだろ。ね、キリちゃん♪」
キッドはエマを睨んですぐに霧子の肩に甘えるように頭を預けた。
「キッドちゃん、お友達にそういう言い方しちゃダメだよ?ちゃんとゴメンねしてあげて」
「エマ、ゴメンね」
霧子に頭を優しく小突かれたキッドは即座にエマに謝った。
「なんだテメェ?」
エマは二人を見る目を細めた。
「ちゃんとゴメンねできてキッドちゃん偉いね」
「マジ?俺偉い?」
「うん。偉いから二人きりになった時たくさんいい子いい子してあげる」
「イエー!じゃ、俺の部屋行こ!」
「うん」
キッドと霧子はイチャつきながら二階へと上がって行った。
「・・・キショ。なんだあのタコ女は?」
エマはしかめっ面のまま階段を親指で指し示した。
「だからビーチで釣った姉ちゃんだよ」
ダリーはエマの膝の上に置かれた本を取り上げた。
「ニーチェおもしろい?」
「読んでると死にたくなる」
「へハハ、不死身には酷だな」
ダリーは本をエマの膝に戻し自分の首を切るジェスチャーをした。
「あれ?ってかヴィックとリビェナさんは?」
ふとダリーは二人の不在に気付きリビングを見回した。
「キッド達のすぐあとに二階に上がってったよ」
キッチンからボバが応える。
「早速ヤりに行ったのか。ったく、もうちょっと俺に感謝していいと思うんだよなぁ」
ダリーは浅く溜め息を吐いてから薄着で寛ぐエマを見下ろした。
「なぁ、エマ、俺らもヤろうぜ」
「え~。ちゃんと生臭ぇの落とすならいいぜ。シャワー浴びろよ?」
「オッケー。ボバも入る?」
「ヤる」
「え~。ボバはもうちょい体デカくするならいいぜ。190cmぐらい」
「余裕」
ボバは冷蔵庫からエナジードリンクの缶を取り出して見せた。
二階。ヴィックの寝室。
ダブルベッドの脇に気持ち程度に置かれた椅子に座りヴィックは一人瞑想していた。
(落ち着け。そうビビることじゃない。みんなヤってることだ。キッドだって今まさに隣の部屋でヤってるだろうし。俺にだってできるし。ヤり方はAVで観て知ってるし。自分で思うのもなんだけど俺のはかなり立派な方だし。俺にだってできるし。ダリーから話には聞いて知ってるし。だから落ち着け。焦らず、きちんと、正しい穴に入れる。あとはロシア系のDNAに刻み込まれたコサック仕込みの足腰の強さと生物としての本能の赴くままに身を任せればいい)
ヴィックは少しだけ目を開き、ベッドの上の方にある照明調節機器などが備わったスペースに置いてある小さなハート型のカゴを一瞥した。中には避妊具が入っている。
(大丈夫。大丈夫だぞ俺。着け方は知ってるだろ。AVの通りにすればいいんだ。この夏、この夜、俺は男になるんだ。母さん、聞いてますか?俺は男になります。・・・やっぱ聞かなかったことにしてください母さん。でも、頑張ります。ここまで育ててくれてありがとう。・・・あ、ヤバいもう勃ってきたかも。いやちょっと勃って来てるわ。完全に来てるこれは。まだ気が早い。まだ気が早いぞ。落ち着け。落ち着け。心頭滅却。六根清浄。・・・いや、そこまで落ち着くとまたいざって時に困るわけだけど。ほどほどに落ち着こう。六根も清浄しなくていい。とりあえず二根ぐらい?)
ヴィックはもう一度目を開き簡易シャワールームの方を見た。摩り硝子越しにリビェナがシャワーを浴びているシルエットが見える。
(エッロおおおおおおおおおお!!!?ヤバいぞ!六根清浄なんて無理な話だ!だって完璧に男根欲情しちゃってるもの!昼間あんなに遊んだのに疲れ知らずの元気っ子がそそり勃っているもの!抑えることなんてできないぞこれ!これが青春!あーーー夏休み!ちょいと泳ぎ疲れ胸にCool Baby!今日は何日の何曜日だっけ!?どうだっていい!殺人鬼でもなんでもかかって来い!今の俺は無敵だ!なんだってできるし誰にでも勝てるぞ!今ならキッドの親父さんにだって勝てるんじゃないか俺!?いや、それはさすがに無理だ。調子乗りすぎました。すみません。素晴らしいコテージですねスマイリーさん。シャワールームが摩り硝子なの凄くいいと思います。調度品もいいですね。旧時代的なモーテル風の内装。オーナーの趣味の良さが出てると思います。ただここの寝室、ドアに鍵無いんすね。珍しいですね。鍵は付けた方がいいですよ。ほら、事の最中に、人が、入って来ちゃったりしたら、・・・ね?。でも、ここは俺にとって思い出の場所になるでしょう。俺が初めてする場所です)
「ヴィックくん?」
「はい!?」
ヴィックはリビェナに呼び掛けられて我に返った。
リビェナは飛び上がったヴィックに一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにクスリと笑って濡れた髪を掻き上げた。
「シャワー、空いたよ?」
「・・・うぃっす」
ヴィックは素肌にタオルを巻いただけのリビェナにしばし見惚れたあと、そそくさとシャワールームに向かった。
リビェナはヴィックが摩り硝子の向こうでシャワーを浴び始めたのを確認し、自身のカバンの中から化粧ポーチを取り出した。ポーチを開くと中には化粧品ではなく小型のナイフ類が詰まっていた。
リビェナはナイフの一つをベッドの下に、一つを自分の脱いだ下着の中に、一つを身体に巻いたタオルの裏に、その他部屋の六ヶ所にナイフを仕込んだ。
リビェナはベッドに座り思案した。
(元『FUNNY-FUNK』幹部ファイヤー・ストームことミラナ・ブラギンスカヤ。その息子ヴィクトール・マクシモヴィッチ・ブラギンスキー。恐らく数年以内に台頭するであろう不穏分子、不良集団『SMILE-FUCKERS』の幹部的立ち位置。リーダーのキッド・ジョー・スマイリーの右腕のような存在である点、今の段階で非常に強力な発火能力の持ち主である点を考慮すると、じきにカナガワの警察機関では手の付けられない犯罪者になる可能性がある。まだ子供のようだけど、今の内に消しておかなければ危険だ)
シャワーの音が止み、浴室扉が開いた。
リビェナはシャワールームから出て来たヴィックを見た。一応腰にタオルを巻いてはいるが既に臨戦態勢のソレが隠しきれていない。
(まぁ、見てくれは充分大人だし、引け目がだいぶ軽減されるのはせめてもの救いだな)
リビェナは脚を組み換えてヴィックの方へ身体を向け、内に仕込ませたナイフごと巻いていたバスタオルを取って床に置いた。
ヴィックはリビェナの裸体を前に生唾を飲んで、少し硬直した。
「ほら、ヴィックくんも・・・」
言ってリビェナはヴィックのタオルをそっと外した。
凄まじくいきり立つソレを目の当たりにしたリビェナはちょっとだけ面食らった。
(・・・これ、えっと、・・・十七歳?予想の1.5倍はデカいな。・・・まぁ、でも、許容範囲内)
すぐに役に戻りヴィックの上の顔に視線を移して優しく微笑みかけた。
「ヴィックくん、初めて?」
「あの・・・、えっと・・・、はい・・・」
ヴィックは固く目を閉じてしどろもどろながらに答えた。
「じゃあ、私が教えてあげる」
「・・・はい」
「来て・・・」
「はい」
リビェナはヴィックの手を引いて二人でベッドに横たわった。
二十分後。
「ふぅ~~・・・」
汗だくのヴィックはベッドの上で大の字になり放心状態で天井を見詰めていた。
(なるほど、こんな感じか・・・。素晴らしいものだ。生命の神秘・・・)
ヴィックは目を瞑って最高のひとときを思い返し反芻していた。
リビェナは床に置いたバスタオルを拾い、中に巻き込んだナイフを掴んでヴィックが寝そべるベッドに近付いた。
ヴィックは目を閉じたまま至極幸福そうな顔で横たわっている。
リビェナはタオルに隠したままナイフを握りベッド際に立ってヴィックを見下ろした。
ヴィックはうっすら目を開けて恍惚とした表情でリビェナを見上げた。
「リビェナさん・・・、俺・・・」
言いかけたヴィックの言葉を遮るようにリビェナは微笑みながら屈み片方の手でヴィックの頭を撫でた。
「たくさん汗かいたね」
「あぁ、なんか、すごい蒸しますもんね、この部屋・・・」
「拭いてあげる」
リビェナはタオルを被せたもう一方の手をヴィックの胸元にあてがい、タオルの下で握っていたナイフを突き刺した。
「痛って・・・!?」
「えっ?」
ヴィックは思わず顔をしかめて首をもたげ、リビェナは咄嗟にその場から飛び退いた。
ヴィックは自分の胸元に小さな刺し傷ができているのを見て目をしばたたかせた。
リビェナはタオルとナイフを確認した。いたって普通のタオルと自身が用意したナイフだった。
「「なんで!?」」
二人は互いに顔を見合わせた。
「リビェナさん・・・、そのナイフは・・・?」
「どうしてナイフが刺さらない!?思い切り体重を乗せたのに!」
「なんでリビェナさんがナイフなんて!?なんで刺すんですか!?俺そんなに下手でしたか!?」
「お前は発火能力者!硬化能力や変質能力の類いは持っていないはずなのに!」
「・・・なんで、そんなこと?」
ヴィックは更衣室でのキッドの言葉を思い出した。
「命・・・狙ってる、ってことですか・・・?」
「・・・まぁ、そんなとこ」
リビェナはゴミ箱に仕込んでおいたナイフを取り上げて構えた。
ヴィックはベッドから足を投げ出しリビェナを見据えた。
「いつからですか?」
「初めから。強いて言えば二週間前から」
「二週間・・・?」
ヴィックは額から止めどなく噴き出す汗を手で拭いながらリビェナを見詰め続ける。
リビェナはヴィックのその様子を見て、窓と壁をそれぞれ見たあと構えを解いた。
「私は『N.S.I.D』の暗殺部門『セクター8』所属の工作員。“ファイアー・ストーム”の息子である君を殺しに来た」
「なんで・・・?」
「原因は君の親友にある」
「キッド?」
ヴィックはキッドの部屋とを隔てる壁を一瞥し、またすぐにリビェナに視線を戻した。
「キッド・ジョー・スマイリーと一緒にいれば、君はほぼ確実に数年以内に我々では手の付けようの無い凶悪な犯罪者になる。かと言って、キッド・ジョー・スマイリーを殺したのでは我々と『SMILE-PUNK』とで戦争になりかねない。全てはバランス。『SMILE-PUNK』はこれ以上強大になってはいけない。だから君を今の内に消しておく」
「じゃあ、霧子さんも!?キッド・・・!」
ヴィックは汗を振り撒きながら慌てて立ち上がった。
リビェナは一歩後ろへ下がりヴィックを牽制するようにナイフを構え直した。
「キッド・ジョー・スマイリーは心配無い。愛川霧子は三日前に雇った一般人だ。君たちの懐に潜り込みやすいようにキッド・ジョー・スマイリーの好みに合わせて選んだ女。私が仕事をしやすいようキッド・ジョー・スマイリーを一晩楽しませておくためだけに用意した。頭は悪そうだけど役目はきちんとこなしてくれているようで安心してる」
「・・・なんで、俺達が今日ここに来ること知ってたんだ?」
「SNSで」
「え?」
「周辺情報の収集のため二週間前からキッド・ジョー・スマイリーの“LOOKEY”アカウントをマークしてた。そこで君たちが今日を含む三日間をハヤマで過ごすことを知った。ビーチのどの辺にいるのかも逐一写真の投稿があるから割り出しやすかった。ちなみにキッド・ジョー・スマイリーの“LOOKEY”アカウントには君の好みの女性の情報も載っていたので参考にさせて貰った」
「・・・と言うと?」
「ブロンド好きとのことだったので染めて来た」
「え!?天然じゃないの!?」
「残念ながら」
リビェナは不敵に笑って見せた。
「私からもいくつかいいかな?ヴィックくん」
ヴィックは呆然としてリビェナを見詰めている。
「君にナイフが刺さらないのはなんで?」
「・・・・・・俺は、発火能力と耐火能力の複合型で、8000℃まで耐えられる。高温に耐えられる俺の身体は皮膚が分厚くて常人より筋肉の密度が少し高いからナイフ程度なら防げる。銃とかはさすがに無理だけど」
「・・・なるほど。勉強になった」
リビェナはゆっくりと屈んで床にナイフを置き、足元にあるカバンの中から小型の拳銃を取り出した。
「標的の能力が複合型である可能性、耐性系の能力の相手の皮膚強度、今後はそれらを念頭に入れた作戦を練る必要がある」
リビェナは銃口をヴィックに向けた。
ヴィックはまぶたに伝う汗を気にも留めず瞬きせずにリビェナを見据えている。
「最後に一つ、私からいいことを教えてあげる。君の最大の売りである発火能力は封じさせてもらってる。私の能力は“湿度上昇”。くだらないお喋りで時間を稼げたおかげでこの部屋の湿度は現在80%を超えている。空気中の水分が多過ぎて火が着かないだろ?」
「そんなことない」
「え?」
ヴィックの体表面から急激に蒸気が噴き出し始めた。
「えっ?何をして・・・?」
「俺の能力はガキの頃は“発熱能力”程度だった。成長するに連れて能力が進化して今は知っての通り発火能力だけど・・・」
リビェナはまだ喋っている最中のヴィックの額と胸に向けて発砲した。
が、潰れた弾丸が二つと血が数滴床に落ちただけでヴィックはまだ立っている。
「はあ!?」
リビェナは銃口をヴィックに向けて構えたまま叫んだ。
ヴィックは床に落ちた弾丸と血を一瞥してリビェナの銃に視線を移した。
「・・・銃、ならなんでもいいわけじゃない。そんな古い映画の女スパイが内股に忍ばせるような豆鉄砲じゃさすがに無理だ」
「それはもはや“硬化能力”の域では・・・?」
リビェナは擦り傷程度のヴィックの額と少し赤くなっているだけのヴィックの胸板を見て呟いた。
「自然現象操作系の能力って脳波の種類がどうたらこうたらで、使う本人の感情と深く結びつくもんなんだそうだ」
ヴィックはリビェナを無視して話を続ける。
「例えば“電操能力”は楽しい時ほど強い電撃が出せるらしい。“氷結能力”は悲しんでる時、“水操能力”は落ち着いてる時、“土操能力”は不安な時ほど、強い力を発揮するそうだ。で、発火能力の場合は“怒り”。キレればキレるほど火力が上がる。俺は気が弱くて普段あんまりキレる方じゃない。だからなかなか本気が出せないんだ。そのことでよくキッドからバカにされる。だからいつもの俺は一割程度の能力しか発揮できない。600℃ぐらいだ」
「600℃!?600℃で一割って・・・!」
リビェナは思わず声を上げた。
「あぁ、だから最高火力は6000℃だ。ちなみに発熱能力だった頃の名残で水気の多いせいで火が付けられなくても、熱自体を発することはできる。この部屋の湿気ぐらいなら簡単に飛ばせる。っていうかもうほぼ飛んだ」
リビェナはハッとして室内を見渡した。
窓や壁に結露していた水滴は蒸発し、ヴィックの汗もほとんど乾いている。
「そう驚くことないだろ。俺の体表面温度はまだ200℃程度、オーブンぐらいの熱しか出してない。今の俺はかなりキレてる。その気になれば6000℃出せそうなくらい本気でキレてるぞ」
そう言ったヴィックの身体の所々から火が吹き出し始めた。
「アンタが俺を本気にさせた!責任は取ってもらう!」
顔を上げたヴィックは滂沱の如く涙を流していた。頬を伝う涙は顎に垂れる前に全て蒸発していく。ヴィックは目頭から溢れる涙を左手で拭い、その手を後ろへ向けた。
「この化物っ!!」
リビェナは再び銃の引き金を引いた。瞬間、銃の物とは違う激しい破裂音と共にヴィックの左手から爆炎が噴き出し、それと同時にヴィックの右拳がリビェナの腹部を打ち抜いた。
「・・・っ!?」
リビェナは背後の壁に叩き付けられ跳ね返ってさらに床に叩き付けられた。
「うっ・・・ぐぶぁ・・・!がぁはっ!」
リビェナは横たわったまま嘔吐、続いて喀血した。
「あぁ・・・は・・・、ひゅあ・・・、がひっ・・・。(くそっ・・・!息がっ!)」
酸素を求めて目一杯口を開き空気を吸い込もうとするがうまくいかない。
「実は俺にはもう一つ能力がある。親父からの遺伝だ」
ヴィックはベッド際のゴミ箱から何かを拾い上げてリビェナの方へ歩き出した。
リビェナはもがくのが精一杯で逃げることもままならない。
「親父は“変質能力・ニトロ”だった。体液をニトログリセリンに変質させる能力。俺もそれを持ってる。汗、血、唾液、涙、あらゆる体液をニトロに変えられる。普通の変質能力と違って体外に排出された体液もニトロ化させられる便利な能力だ。手に取った涙を爆発させて推進力にすればこのぐらい直線距離は一瞬で詰められる。爆発の瞬間最高温度は4000℃にまでなるけど俺の耐火能力なら余裕で耐える」
ヴィックは先ほどゴミ箱から取り出したモノをリビェナに見せた。
使用済みの避妊具だった。
「俺の能力にかかればコイツも立派な爆弾だ」
「や・・・やめ・・・」
「貴女のこと、ホントに好きだったんだ・・・」
ヴィックは避妊具をリビェナの顔に叩き付けた。
直後、凄まじい爆発。窓やシャワールームの硝子が割れ、ベッドは砕け、部屋のドアは吹き飛んだ。
外との気圧差から室内の熱気は勢いよく窓の外へと流れて行き同時に吹き上がる黒煙も、ものの数秒で綺麗に晴れた。
煤まみれで佇むヴィックの足元には頭部が完全に蒸発し真っ黒く炭化した焼死体が転がっている。
ヴィックの黒く煤けた目元から一筋の涙が流れ、伝った頬の汚れを洗い流した。その涙は顎から垂れて焼死体の上に滴下、爆発した。
再び凄まじい爆発が巻き起こり、割れたガラスの破片が溶け、ベッドの残骸は塵と化した。
ヴィックは慌てて部屋の外へ飛び出した。
「ううあっ!!?今のはわざとじゃないっ!!予想外!!ビックリした!!」
ヴィックは落ち着いて息を整えてから自身の惨状を見た。全裸の身体中が煤だらけで真っ黒だった。が、ヴィックの部屋のシャワーは吹き飛んでしまった。
そして改めてこのコテージの耐久性に感心した。
「防音どころか爆発しても大丈夫なのかよ。コテージってかシェルターだな」
ヴィックは自分の部屋の右隣のドアを見た。
キッドの部屋だ。
リビェナの言葉を思い出す。
(・・・愛川霧子は三日前に雇った一般人だ・・・)
「・・・でも、一応確認した方がいいよな?」
ヴィックはキッドの部屋のドアをノックした。
五秒ほど経って、返答が無い。
「・・・キッド?」
もう一度ノックしてからドアノブを握る。鍵がかかっているのか動かない。
「おい、キッド!?」
再び呼び掛けると、ドアの向こうからくぐもった声が応える。
「うるせぇな、なんだよ?今取り込み中!」
キッドの声だった。
「あぁ・・・、いや、別に。大丈夫か?」
ヴィックはドアノブから手を離し、中のキッドに声が届くようドアに顔を近付けた。
「何が?」
「・・・いや、なんでもない。邪魔して悪かった」
ヴィックは溜め息を吐いて自室の左隣のダリーの部屋のドアをノックした。
「ダリーいるか?ちょっとシャワー借りたいんだけど・・・。ダリー?」
ヴィックはドアノブに手をかけた。鍵は開いていた。
ドアを開いて部屋に踏み込んだ瞬間、ヴィックは硬直した。
ダリーとエマと190cmほどにまで身体を大きくしたボバの三人が事に及んでいた。
最初にヴィックに気付いたのはダリーだった。
「お?」
四つん這いになるエマの尻に腰を打ち付けている最中にヴィックと目が合った。
「んむ?」
続いてボバの股ぐらに顔を突っ込んでいたエマがヴィックに気付いた。
「え?」
そして二人の視線の変移に気付いたボバもヴィックの方を見た。
「どうしたヴィック!?真っ黒だぞ!」
「ダリー、それは話せば長い」
「何で素っ裸なの!?」
「それはお前らと同じ理由だ、ボバ」
「うぉわえひんはふうぉんわふぉわふぉっへんやわはっはうぉ?」
「ごめんエマ、それは全然わかんない」
ヴィックはとりあえずシャワーを借りてから三人に事の顛末を説明した。
「・・・それであのタコ女は?」
エマは尋ねながら身体に巻いたタオルの折り目を直した。
「だから、霧子さんはキッドの好みに合わせて雇った一般人らしい」
ヴィックの答えを聞いたエマは難しい表情で首を傾げた。
「なんか気になんのか?」
ダリーは全裸で股関にだけフェイスタオルを被せて椅子に座っている。
「いや、あのタコ女、普通の人間じゃねぇからてっきりタコ女の方に裏があんだと思ってた」
「普通の人間じゃないって、どういうこと?」
エナジードリンク片手に腕を組む190cmボバ。
「だからタコ女だって言ってんじゃん」
「タコ女って・・・」
ヴィックは眉間を歪めてエマを睨んだ。
「もしかして、蛸の“軟人”ってことか?」
「ずっとそう言ってたんだけど」
エマは目を細めた。
「わかんねえよ。ただの悪口だと思ってたよ」
ダリーは溜め息を吐いた。
「何でわかったの?」
ボバはエナジードリンクを一口飲んだ。
「臭いだよ。“軟人”特有の臭い。あとタコの生臭さ」
「それヤバくない?」
ボバは立ち上がり腰にタオルを巻いた。
「蛸の“軟人”ってかなり気性が荒くて凶暴なんじゃなかったっけ?」
「霧子ちゃんは大人しそうだったけどな」
悠長な態度で肩をすくめるダリー。
「あぁ。さっき声かけたんだ。そしたらキッドが大丈夫、みたいなことを・・・」
「キッドが出てきたの?中に入った?」
ボバに尋ねられてヴィックは目を泳がせた。
「・・・いや、ドア越しにちょっと話した。でもキッドの声だった。ドア鍵かかってたし」
「確か擬態の一環として演技力高くて声帯模写が得意っていうよね蛸の“軟人”て。あと、ここのコテージ、寝室に鍵付いてないよ。ヴィックこの部屋にスッと入れたでしょ?」
ボバの一言を最後に四人の間に沈黙が流れた。
「キッドォォォォ!!!キッド大丈夫かぁぁぁ!!?開けろキッドォォォォ!!!」
ヴィックはドアを力強く叩きながら叫ぶ。
「どうなってんだ?ホントに開かねぇぞ?」
ドアノブを捻ろうとするエマだがびくともしない。
「埒が開かねぇ!ドアぶち破ろうぜ!」
しびれを切らしたダリーがヴィックの肩を掴んで後ろに引いた。
「ボバ!」
「了解」
ダリーの合図でボバの身体がみるみる膨張し、ヴィックよりも一回り巨大な姿へと変貌した。
「ふんっ!!」
ボバは勢いよくドアにタックルを仕掛けた。
一撃でドアは破れ、そのままボバは部屋の中へ転がり込んだ。
ヴィック、ダリー、エマの三人もその後に続いて部屋の中に飛び込んだ。
そして、そこで目にした光景に唖然とした。
ベッドに横たわるキッドを押さえつけるようにして上に跨がる霧子。
キッドは霧子に口をふさがれ涙目でヴィック達を睨んでいるが、ヴィック達の視線は霧子に向けられていた。
霧子の下腹部と背中が蛸の姿に変わっていてヴィックの腕より太い八本の蛸足が蠢いている。
「キッド・・・!」
「待った!」
ベッドの方へ駆け寄ろうとしたヴィックの腕をダリーが掴んだ。
「なんだよ!?」
「まだわかんないだろ!」
「どゆこと!?」
「そうゆうプレイかも知れない!割って入るにはまだ判断材料が足りない!」
四人はキッドと霧子を見た。
「あのぉ、私たち取り込み中なので、できれば出て行ってもらえるとありがたいかな~」
霧子が四人に対して申し訳なさそうに笑いかけた。
「だ、そうだぞ?」
ダリーはヴィックの顔を見た。
「霧子さんが言ってるだけだ。キッドの意見じゃない」
ヴィックは顎に手を当てて思案した。
「キッドってSM好きだっけ?」
エマは三人の顔を順に見た。
「ソフトSMぐらいなら興味あるって前に言ってたよ」
即座にボバが答えた。
「まぁ、口ふさがれて上に跨がられてるだけなら・・・、そこまでハードとは言えないよな。ソフトSMの範囲だ。K.Jって歳上に甘えたがるタイプだし、案外Mなのかも・・・」
「とりあえずキッドの意見を聞こう」
ヴィックがダリーの言葉を遮り、四人はキッドに視線を向けた。
口を押さえられているキッドは憤慨した様子で唸っている。
「なに言ってんだかわかんねぇな」
エマは首を傾げた。
「「こら!さっさと出て行け!」か?」
「「おい!早く助けろよ!」かも」
ダリーとボバは互いに顔を見合わせた。
「ちょっと待て!静かに・・・」
ヴィックは三人を制すように手を向けた。
「♪~!♪♪♪♪♪!♪~!」
キッドは唸り声で音階を奏でていた。
「なんだ?鼻歌?ご機嫌なのか?やっぱプレイの最中?」
エマがさらに首を傾げ、ダリーとボバも再び顔を見合わせる中、ヴィックだけはキッドの鼻歌にきちんと耳を傾けている。
「いや・・・、これは、あれだ・・・。なんだっけな・・・」
「♪~!♪♪♪♪♪!♪~!」
「・・・ふん♪・・・ふふん♪ふふ~ふん♪・・・ふん♪・・・・・・Help♪I need somebody♪Help♪・・・だ!『ビートルズ』の“Help”!」
ヴィックは手を叩いてキッドを指差した。
キッドは凄い勢いで頷いた。
「いよっっし!!」
渾身のガッツポーズを決めるヴィック。
「スゲーなヴィック!」
「やるじゃーん!」
「僕全然わかんなかった!」
ダリー、エマ、ボバは順にヴィックとハイタッチを交わした。
「ははは、いやぁ、ちょっと難しかったけど、最後んとこで“Help”だってわかったよ。・・・・・・あ、“Help”だ!!!!」
ヴィックは即座にキッドの方へ向き直った。
「みんな!“Help”だ!!!」
ヴィックは霧子を睨み付けて両腕に炎を纏わせた。
「あっ、そうか!」
ダリーは身体中のタトゥーから武器を展開。
「なるほど!」
エマは両腕を翼に両足を鉤爪に変化させ顎を展開して鋭い牙を剥き出した。
「そういうことね!」
ボバは縮小しネックレスにして着けていた肉切り包丁を巨大化させた。
四人は同時に臨戦態勢を取り、直後に巨大な蛸足に絡め取られた。
ヴィックはシャワールームのガラスを突き破ってお湯を張ったバスタブに突っ込まれ、エマとボバは身動きが取れない程に締め上げられ、ダリーは即座に頭を握り潰されタトゥー武器が引っ込んだ瞬間に身体を巻き取られた。
「ボボボボァガバボ!!」
個室備え付けにしては広すぎるバスタブに全身を浸けられ溺れるヴィック。
「えぃぃぐぇぇぇ・・・」
「うっ、クッソォ・・・!」
エマは蛸足による締め付けで両腕脚をへし折られ、ボバは筋肉の厚みで骨折は免れたが斧を落としてしまい抗うことができない。
「・・・、・・・っ!・・・、・・・っ!」
ダリーは頭が再生しては握り潰され、また再生してはすぐに握り潰されを繰り返している。
「・・・まったく、取り込み中に割り込んで来るなんて、ヨコハマ・シティのクソガキはマナーの概念を持ち合わせてないのかな?」
霧子は先ほどまでの柔和な雰囲気を一切取り払った冷酷な目付きで四人を睨んだ。
「あっ!キッドちゃんは別だよぉ♡キッドちゃんはこんなにカワイくてカッコよくてとってもイイ子だもんねぇ~♡」
霧子はキッドの口を塞いだまま、頭を撫でて額に何度かキスをした。
キッドはそれを振り払うように首を振ったが、すぐに霧子に抑えつけられた。凄まじい力で頭の動きを封じられ、キッドは霧子の手の下から弱々しい唸り声を漏らし睨み付けるのが精一杯だった。
「あはっ♡カワイイ~~♡キッドちゃんってホントにカワイイ♡食べちゃいた~い♡」
霧子はキッドの目の前で大きく口を開いた。
キッドはその口内を見て驚愕した。
霧子の口の中からおぞましい形状の鋭いクチバシが現れた。
「んんんんんーーーーっ!!!!!」
キッドは目を剥いて喚き散らす。
「・・・キッドちゃんの目って綺麗だね~♡」
霧子のクチバシから舌が伸びキッドの眼前で蠢いた。
キッドは目を瞑ろうとしたが、霧子が無理矢理にまぶたを開く。
霧子はキッドの眼球に舌を這わせた。
「んんんんんんんんんん!!!!!!!」
キッドが悲鳴のような呻き声を発した直後、シャワールームが小規模ながら爆発した。
ガラスの破片や千切れた蛸足が部屋中に飛び交った。
霧子は他の三人を締め付けている足と残り二本の足とを使って自身とキッドをガラス片から守った。
ダリーとエマの身体にガラス片が突き刺さる中、ボバは身体を縮めて蛸足から脱け出しダリーの陰に隠れて難を逃れた。
「っ!」
霧子は舌打ちし、ボバに叩き付けるべくエマとダリーを持ち上げた。
抑えつける手の力が緩んだ一瞬の隙を突いてキッドはボバの方へ顔を向けた。
「ボバ!斧!!」
キッドが叫ぶと床に落ちていたボバの斧が浮き上がりベッドの方へ向かって飛んで行く。
ボバは振り下ろされたエマとダリーを避けて飛来する斧をキャッチ、ベッドに飛び乗り霧子の頭を目掛けて斧を振った。
霧子は蛸足でボバを巻き取り押し戻そうとした。
が、ボバの斧の刃が伸び、その起動上に霧子の首を完全に捉えた。
しかし、ボバが斧を一閃した瞬間、霧子の首はあらぬ方向へ折れ曲がり、あっさりと斧を避けた。
呆然とするキッドとボバ。
「クソガキぃ・・・」
曲げた首を戻しながら怒りに満ち満ちた声で唸りボバを睨む霧子。
「・・・僕たち、・・・その、・・・話し合いましょう」
ボバがそう呟いた直後、ヴィックの飛び蹴りが霧子の脇腹を直撃した。
「ごぁっ!!?」
霧子の身体は壁に叩き付けられ、緩んだ蛸足から解放されたエマとダリーが床に落ち、ヴィックはキッドとボバを抱え上げて後退した。
「エマ!ダリー!大丈夫か!?」
ヴィックに呼び掛けられたエマとダリーはよろよろと立ち上がりヴィック達の方へ歩き出した。
「ガラス刺さったとこメッチャ痛ぇ・・・」
エマは折れた腕を再生させ体のあちこちに刺さったガラス片を抜いた。
「・・・・・・」
頭部を再生中、まだ顎が治っていないダリーは腰の辺りに彫られた“Bumbaclot!”のタトゥーを指差した。
「・・・悪い。でも俺も必死だったんだ」
ヴィックはキッドを下ろした。
「FUCK・・・。腐れビッチが・・・」
キッドはよろめきながら霧子を睨んで悪態を吐く。
霧子はと言うとクレーター状に凹んだ壁から抜け出し、蛸足で上半身を覆いながらうぞうぞと蠢いている。
「ボバ、蛸の軟人情報、なにかあったら先に言っといてくれていいぞ」
ヴィックはそんな怪物を睨みながらボバの頭を突ついた。
「・・・そうだなぁ。タコ軟人の・・・っていうか、タコの生態知識で言うと、蛸足には一本一本に脳が有って九割が筋肉で出来てて吸盤に味覚がある、とか?」
「はぁ~ん?それを知ったからってどう対処すりゃいいんだ?って感じの情報だな」
頭を再生しきったダリーが首をめぐらせながら吐き捨てた。
「とりまぶっ殺そうぜ」
エマは顎の調子を整えながら呟いた。
「今そのためにどうすればいいか話し合ってるんだぞ・・・、んっ・・・!」
ダリーは右乳首に刺さっていた最後のガラス片を引き抜いた。
「FUCK・・・。とにかくぶっ殺せば死ぬだろうが・・・」
キッドがクローゼットに手をかざすと、戸を突き破ってナイフが飛来した。キッドはそれを逆手でキャッチし反転させて順手に持ち変えた。
「落ち着けキッド。相手は相当手強いぞ。目的はわかるか?」
「バカヴィック、知るわけねぇだろ。ヤってる最中に急に蛸足出して抑えつけて来やがったんだ。その後も俺の上で勝手に腰振りながらなんかブツブツほざいてたけど気持ち良過ぎて全然頭に入って来なかったしよ。お前もお前だぞクソボケヴィック!」
「なんだよ?」
「お前あのファッキン蛸ビッチの声真似に騙されて一回スルーしたろ!?気付けよ!全然違うだろ!?」
「いや、そっくりだったぞ。しかもドア越しだったし、気付かないよ」
「FUCK!!!!」
キッドは床に唾を吐き捨て、もう一度ヴィックの方を見た。
「ってかヴィック、リビェナさんどしたの?」
「あとで詳しく話すけど、要点をまとめると俺を狙った殺し屋だったから殺した」
「FUCK・・・、この国に人を殺さない女はいねぇのか」
キッドは吐き捨てながら霧子の方へ向き直りナイフを構えた。
「愛川霧子、アンタの目的はなんだ?」
ヴィックも両拳に炎を纏わせて身構えつつ蠢く蛸足で身を隠す霧子に問い掛けた。
が、ベッドの上でうぞうぞと不気味に蠢くばかりで返答が無い。
ヴィックとキッドは顔を見合わせた。
少し置いて今度はキッドが問い掛ける。
「おいタコ女、聞こえてねぇのか!?」
「なにキッドちゃん♡」
即座に蛸足の隙間から霧子が顔を出した。
「・・・だから、お前の目的はなんだ?って。俺を殺すことか?それとも犯すことか?」
「あは♡どっちも正解でどっちもハズレ♡」
「あ?」
霧子はヌルリと滑るように足の隙間から身体を出した。
「私はね、キッドちゃんのことが好きなの♡心の底から好きなんだよ♡」
大袈裟に両手を広げ芝居がかったようにくるくると回る霧子をよそに、四人は各々顔を見合わせた。
しばし沈黙の後、キッドがおずおずと手を挙げた。
「・・・ごめん、どっかで会ったことあるっけ?」
「ん~ん♡直接会うの初めて♡会いたかったよキッドちゃん♡」
「直接ってどういうことだ?」
ヴィックが尋ねるとキッドの時と打って変わって冷たい表情で無視する霧子。
ヴィックはキッドと顔を見合わせた。
少し置いて今度はキッドが問い掛ける。
「直接ってどういうことだ?」
「あは♡それはね・・・♡」
霧子は食い気味に返事をし、ベッド際に置いてあった自身の携帯端末を蛸足で拾い上げ何やら操作し始めた。
「これ♡」
霧子の端末の画面には先ほどのビーチでキッドが撮った自撮り写真が映っていた。
「K.Jの“LOOKEY”?」
ダリーは端末画面とキッドとを交互に見比べた。
「まさか・・・」
ヴィックは顔をしかめて隣に立つキッドを見下ろした。エマとボバも同様にキッドを見た。
「キッドちゃんのことは毎日見てるよ♡毎日毎日、キッドちゃんだけが私の生き甲斐♡知ってる?キッドちゃんってスッゴく人気なんだよ♡女子人気スゴいの♡そりゃそうだよね、こんなにカワイイんだもん♡でもね、中にはスッゴくバカな女がいるの・・・」
嬉々として話していた霧子は急に表情を曇らせた。
「「キッドくんと付き合いた~い♡」とか「私が一番キッドくんのこと好き~♡」とか、揃いも揃ってクソみたいなことばっかほざくゴミクズども・・・、調子こいてるな~~って思って何人か特定して殺したけどそれでも足りないよまだまだいるから探すのも手間だしキッドちゃんに変なヤツが近寄らないよう注意してあげようと思って何回かメッセージ送ってたらブロックされちゃってたぶん他の頭おかしな女と混同しちゃったんだろうな~~って思ったから新しいアカウントでまたフォローし直してキッドちゃんの投稿見てたら今日ハヤマに来るのがわかったから会いに来ちゃった♡」
霧子は徐々に明るさを取り戻し最後には頬を赤らめてまた蛸足の中に潜って行った。
キッド達五人は顔をしかめて蠢く蛸足を眺めている。
「・・・ネットリテラシーの概念がバグってやがる」
ダリーがかぶりを振りながら呟いた。
「マジSNSの闇」
エマは歯を剥いて蠢く蛸足を睨んだ。
「途中から何言ってんのかよくわかんなかったんだけど」
ボバは目を瞑って小首を傾げた。
「おおよそお前も悪いってことだ」
ヴィックは腕を組んでキッドを睨んだ。
「・・・FUCK」
キッドはうつむいて呟き、一息吐いてから霧子に向き直り再びナイフを構えた。
「その話はあとでしようぜ」
「こっちの台詞だ」
ヴィックも燃える両拳を構えた。
「よーし、同じ手は二度と食わねぇぞ」
ダリーも全身のタトゥーから武器を出して構えた。
「手、っていうか蛸足だろ」
エマも再度両腕を翼に両足を鉤爪に変化させ顎を展開して鋭い牙を剥き出した。
「蛸足って呼んでるけど、正式には触腕だよ」
ボバは四人よりも前に出て斧を片手に身体を二メートルの大きさに巨大化した。
ただ、先ほどより筋肉量が多く横幅が広い。背後に立つキッド、エマ、ダリーは霧子から見て死角に入る。
「おい、お前ら」
ボバの背後でキッドが他の四人に呼び掛ける。
「なんつーか、だいぶ・・・、その・・・、話、長引いてきてるから、速攻で決めるぞ。と言うことで、GO!!!」
キッドの合図を受けてボバとヴィックがまず動いた。
それと同時に霧子が二人目掛けて蛸足を四本突き出した。
「ヴィックが一本吹き飛ばしたから蛸足はあと七本だ!」
ボバは叫びながら自分に向かって来た二本の蛸足の内一本を切り落とした。
「あと蛸足は切り落としてもしばらく動く!ヴィックみたいに燃やすかバラバラに吹き飛ばすか、じゃなきゃなるべく細かく刻むこと!」
ボバは叫びながらもう一本を切り落とした。
「了解!」
ボバの背後からダリーが飛び出し、切り落とされた二本の蛸足を身体中から突き出た刃物でぶつ切りにした。
ヴィックは二本の蛸足に巻き取られたが即座に発火、蛸足二本を焼き切った。
「クソガキぃっ・・・!!」
苦痛と怒りに顔を歪めつつ霧子は残る三本の蛸足を使い、まず素早くダリーの頭を握り潰して体を巻き取り、二本を使ってボバとヴィックをまとめて締め上げた。
「うっぐ・・・!ヴィック、絶対燃えないでよ・・・!」
「・・・、・・・!」
「キッドぉ・・・、早くしろぉ・・・」
ヴィックが呻き声を上げた瞬間、締め上げられる三人の下を潜り、入り組んだ蛸足の隙間を抜けてキッドが霧子に飛び掛かった。
キッドは握っていたナイフを霧子の胸目掛けて突き出した。
が、刃先が二センチほど入った辺りで霧子はナイフを握るキッドの手を掴み取った。
「FUCK・・・!!」
「どけキッド!」
合図を受けたキッドは霧子に手を掴まれたまま蛸足の蠢く股下に潜り込んだ。
直後に締め上げられる三人の頭上を越えてエマ飛び出し霧子の胸元のナイフを蹴り込んだ。
「がふっ!!?」
ナイフは霧子の胸に深々と突き刺さり霧子の体は背後の窓ガラスを破って外に投げ出された。
「うおっ!!?」
しかし、依然として霧子の手はキッドの手を掴んでいる。
「・・・う、ぐぁ、ぐぅ、ギッドぢゃ・・・ん・・・!!」
霧子は血を吐きながら首をもたげ、恐ろしい形相でキッドを睨んだ。
「吸盤!吸盤!!くっついてる!!!手くっついてる!!!」
必死に訴えるキッドの体が徐々に霧子の重みに引っ張られていく。
蛸足から解放されたヴィックが咄嗟にキッドを抱え込んで引っ張る。
「おい!まずいぞ!この下って・・・!」
窓の外数十センチ先は崖になっている。
「落ちる落ちる落ちる!ヤバいぞヴィック!こいつ重い!こいつ愛情も体重も重い!」
「言ってる場合か!!」
瞬間、頭部を再生中のダリーが右手を刃物に変えてベッドに飛び乗り霧子の両腕を切り落とした。
霧子の体は外に放り出され、崖を転げて海へ落ち、キッドとヴィックは勢い良く後ろに倒れ込んだ。
「うおっ!!!」
「あぎっ!!!」
ダリーは頭を完全に再生しきってから床に倒れるキッド達を見下ろした。
「・・・ふぅ、危なかったなぁK.J」
「・・・おう、サンキュー、ダリーいいいいぃぃぃい!!?」
キッドの手を掴んだままの霧子の手が腕を伝って登って来た。
「動いてる動いてる動いてる動いてる!」
「落ち着け落ち着け!とりあえず動くな!」
膝の上で暴れるキッドなんとかなだめようとするヴィック。
「この腕に言え!動くなってこの腕に言え!」
「わかったからじっとしてろ」
ヴィックは霧子の腕を掴み、軽く焼いた。神経が焼けた両手は力無くキッドの腕から剥がれ落ちた。
「・・・あぁ、うわぁ、FUCK・・・、死ぬかと思ったぁ」
キッドはそのままヴィックの胸板にもたれかかった。
「やめろ、気持ち悪い」
「ぐえ」
ヴィックは即座にキッドを叩き落とした。
「ひでぇなヴィック。何すんだ」
「こっちのセリフだ。お互いの状態わかってねぇのか?」
キッド、ヴィック、ダリー、エマ、ボバの五人は全員が全裸だった。
キッドはよろよろと立ち上がり室内の惨状を見て溜め息を吐いた。
「・・・とりあえずなんか着るか」
一時間後。
各々シャワーを浴び、服を着て一階リビングに集まって情報共有を行っている。
「・・・つまり、リビェナさんはヴィックを殺しに来た政府の殺し屋で、K.Jの“LOOKEY”から得た情報を元に俺らに近付いた。霧子ちゃんはK.Jのストーカーで、同じく“LOOKEY”の情報を使って俺らに近付いた。リビェナさんと霧子ちゃんの二人は知らず知らずお互いに利用しあっていた。俺らはまんまと引っ掛かった。ってことだな」
ダリーは言い終えてからコーヒーを一口飲んだ。
ヴィックは無言で頷いた。
キッドはと言うと、口をへの字に曲げてうつむいている。
「キッドくん、何か弁明することはあるかね?」
エマが高圧的な態度で尋ねると、キッドは少しだけ顔を上げて弱々しく睨み付けた後、すぐに媚びたような笑みを作った。
「まぁ・・・、なんつーか・・・、恋に海にサスペンスにちょっとホラーと、夏満喫って感じじゃね・・・?」
そう言った直後、他の四人の視線が全てキッドに向けられた。
「・・・すんませんした」
キッドは再びうつむき、ちょっとだけ頭を下げた。
「有罪」
ボバはミートハンマーでまな板を叩いた。
「うぃっす・・・」
キッドはうつむいたまま頷いた。
「キッド」
ヴィックが低く語りかける。
「おう」
キッドはうつむいたまま応えた。
「お前SNS禁止」
「はい」
それから残りの二日間、キッドら五人はハヤマの街を観光したり山でバーベキューや花火をしたりして大いに楽しんでからヨコハマ・シティに帰って行った。
「そう言えばさ・・・」
帰りのドローンリムジンバスの中、ダリーの隣に座るボバが唐突に口を開いた。
三日間の遊び疲れからキッドとヴィックとエマの三人は眠っている。
ダリーは携帯端末をいじりながらボバを横目に一瞥した。
「ん?」
「タコって心臓三つあるらしいよね」
「・・・ん?」
「いや、ほら、霧子さんの胸にナイフ刺したじゃん?位置的に心臓一突きだったとは思うんだけど、タコの軟人がどこまでタコなのかによってはあの人もう二つ心臓あるかもね、って」
「・・・大丈夫だろ」
ボバの言葉を聞いたダリーは一瞬硬直したが、またすぐに携帯端末をいじり出した。
「そうだよね」
ボバも車窓から見える景色に視線を移した。
「ってか、なんでボバそんなにタコに詳しいの?」
「小さい頃よく祖父ちゃんとタコ釣りに行ってたんだよ。その時に豆知識をいろいろと、ね」
「なるほどなー」
「獲ったその場で捌いた新鮮なタコ刺しとか食べれてさ」
「うーわ超いいじゃん!」
「港に戻ったら唐揚げとかにしてスイートチリソースで食べるの、最高だったなぁ」
「タコ食いたくなってきたな」
「エノー・アイランドの漁港に祖父ちゃんの友達がいるから送って貰うよ」
「ボニファシオさん、俺一生あんたについてくぜ」
五人を乗せたドローンリムジンバスは日の暮れ始めたヨコヨコ・ハイウェイを走って行った。
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