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クリスマスにまつわるひとつの話(真田+鷹人)
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「律華姉さん、ちょっと相談に乗ってもらいたいんですけど」
と連絡を寄こしたのは、七つ年下の幼馴染みだった。いや、正確には「妹のツレ」と言うべきか。律華は川西雅彦が生まれたときから彼のことを知っているが、その記憶のほとんどは妹に紐付けられている。家も近所で四六時中一緒にいるため、昔から彼と妹の方が兄妹らしいと言われることもしばしばだった。
とはいえ、今は兄妹よりも恋人同士と見られることの方が多いようだ――実際、雅彦が妹を意識していることは疑いようもない。
「それにしても、わたしに相談とはな。選ぶ相手を間違っていないか?」
律華はコーヒーカップを口元へ運びながら、正面に座った少年の顔をまじまじと眺めた。中性的な整った顔立ちに、制服は着崩しているがあくまで清潔感を損なってはいない。サッカー部のエースという肩書きがなくても、異性からはもてるだろう。
そんな彼――雅彦は、年相応の子供らしくコーヒーに砂糖とミルクを足しながら、大きくかぶりを振ってみせた。
「なに言ってるんですか。なんやかんや、優香は律華姉さんのこと尊敬してますし。律華姉さんが味方してくれることだけが、俺にとってのアドバンテージなんですから」
「それだけってこともないだろう。お前、高校でもモテるんだろう?」
「学校でどれだけモテたって意味ないんですよ。優香は、高校生なんてガキっぽいって思ってるから。あいつの読モ仲間に比べたら、俺なんてなんのステータスもないようなもん」
ティースプーンでカップの中身をぐるぐるかき混ぜつつ、卑屈になっている。
その理由はすぐに知れた。
「……優香のやつ。読モ仲間の男に誘われたって。クリスマスに」
「それをわざわざ、お前に言ったのか?」
「どうしよっかなーって、迷ってるみたいでした」
雅彦はがっくりと肩を落としているが――
(……優香は、お前に妬いてほしいんだろうに)
珍しく察した自分を意外に思いながら、律華は携帯を取り出した。不思議そうな顔をしている雅彦の前で、着信履歴から妹の携帯に掛ける。幸いバイト中ではなかったのか、妹の声が応じてきた。
「優香か。わたしだ。知り合いからテーマパークの入園券を二枚もらったんだが、わたしは仕事だから代わりに雅彦でも誘って行ってくれ。ああ。他の、どこの馬の骨とも知れない男は駄目だぞ。危ないからな。じゃあ、明日届けに行くから」
一方的に告げ、通話を切る。
目の前では雅彦がぽかんと口を開けている。
「律華姉さん、相変わらずむちゃくちゃ直球ですよね……」
「策を弄するのは苦手だからな、わたしは」
電話の向こうの妹も困惑していたようだったが、幼馴染みを誘うせっかくの口実を逃すようなこともしないだろう。なんせ幼い頃から抜け目のない妹だ。
「優香から誘わせるんだ。当日のエスコートは頑張れよ」
「は、はい!」
「プレゼントは用意したのか?」
「や、まだ。そっか。用意しないと。あっと、コーヒー代――」
立ち上がり、あわあわと財布を探している幼馴染みに、律華は溜息交じりで言った。
「コーヒー一杯くらい奢ってやる。早く行け」
「律華姉さん、ありがとうございました!」
まるで兄弟が一人増えたような、そんな心地で雅彦の後ろ姿を見送ると、律華は腕時計に視線を落とした。十六時。まだ店は、どこも開いている時間だ。
「やれやれ。今から窓口へ行けば買えるかな」
テーマパークのチケット二枚。妹たちへのクリスマスプレゼントにしては少し高くついてしまったが、それで二人が楽しいクリスマスを過ごせるのなら悪くはない。
レジで金を払って外へ出ると、入れ替わるようにしてやってきた石川鷹人と鉢合わせた。彼の方は買い物の最中だったのか、片手に紙袋を提げている。
「あ、律華くん」
「石川じゃないか。どうしたんだ、こんなところで」
「コーヒーが切れたから買い出しに来たんだ。いつもはインスタントなんだが、一慧くんからこの店のオリジナルブレンドが美味しいと聞いて、試してみようかと」
「ふうん」
店の方は大方、一慧に任せてきたのだろう。店主であるはずの鷹人よりも一慧の方が客からの評判がいいことは噂に聞いている。
相槌を打つ律華に、鷹人はそれより――と、道の向こうを気にしながら訊ねてきた。
「さっきの彼は?」
見られていたらしい。だからといって困ることもないのだが。
「妹のツレだ」
「律華くんに限って、クリスマス前に年下の彼氏ができたということもなかったか」
優香くんのツレというなら納得だな――と、いらないことまで付け加える。失礼なやつだなと思いながら、けれど今更傷付くようなことでもないかと律華は軽く頷いた。
「まあ、それに関してはお互いさまだ」
「む」
「お前だって、クリスマスは家族くらいしか過ごす相手もいないくせに」
でなければ、一慧か。
いい雇用主をしているらしい彼のことだから、それもあるのかもしれないなと思いつつ。決めつける律華に反論もせず、鷹人は呻くように訊き返してきた。
「そういうあなたは」
「仕事だ」
即答しつつ、律華は弛んでしまう頬を片手で押さえた。
「なんでそんなに嬉しそうなんだ」
訝しげな鷹人に答える。
「先輩も一緒だからな。わたしにとっては有意義なクリスマスになる。お前も一緒ならなおいいが、警官として事件を望むのは憚られるからな。その点だけは残念だ」
「あなたというやつは、なんというかどこまでも回りくどいな」
どのあたりを回りくどいと感じたのか、鷹人は額を押さえながらなにかを考えていたが、ややあって――急に思い付いた顔で、口を開いた。
「なにもなければ」
「うん?」
「なにもなければ蔵之介と二人、定時で上がれるんだろう?」
「ああ、そうだな」
「で、帰宅後の予定はない」
「ああ。九雀先輩も予定はないと嘆いていらっしゃった」
それを告げると、鷹人は苦笑交じりに提案してきた。
「だったら、僕の店へ来るといい。ディナーの支度くらいは、しておいてやる」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。忘年会でも兼ねて、店でささやかなパーティーをするのも悪くないだろう。今年は一慧くんもいるし、それなりに賑やかで楽しくなると思うが」
彼がそんな言い方をしたことが意外で、律華は目を丸くした。
「石川……」
「な、なんだ。その顔は」
たじろいでいる鷹人に、正直に告げる。
「いや、悪かった。驚いてしまったんだ」
「失礼な人だな」
「だから、悪かったと言っているだろう」
それから律華は、堪えきれずにふふっと声を漏らした。
「今度はなにを笑っているんだい?」
「いや。妹たちに贈り物をしたつもりが、もっと大きなもので返されてしまったなと思って。雅彦に呼び出されなければ、ここでお前とも会わなかったのだろうし」
「わけが分からない」
「つまり、クリスマスがすごく楽しみになったという話だ」
言葉通り、まったく事情が分からないのだろう。不思議そうにというよりは、薄気味悪そうにさえ見える――そんな顔をしている鷹人に、律華はにっこりと笑った。
END.
珍しく気を利かせた骨董屋。
と連絡を寄こしたのは、七つ年下の幼馴染みだった。いや、正確には「妹のツレ」と言うべきか。律華は川西雅彦が生まれたときから彼のことを知っているが、その記憶のほとんどは妹に紐付けられている。家も近所で四六時中一緒にいるため、昔から彼と妹の方が兄妹らしいと言われることもしばしばだった。
とはいえ、今は兄妹よりも恋人同士と見られることの方が多いようだ――実際、雅彦が妹を意識していることは疑いようもない。
「それにしても、わたしに相談とはな。選ぶ相手を間違っていないか?」
律華はコーヒーカップを口元へ運びながら、正面に座った少年の顔をまじまじと眺めた。中性的な整った顔立ちに、制服は着崩しているがあくまで清潔感を損なってはいない。サッカー部のエースという肩書きがなくても、異性からはもてるだろう。
そんな彼――雅彦は、年相応の子供らしくコーヒーに砂糖とミルクを足しながら、大きくかぶりを振ってみせた。
「なに言ってるんですか。なんやかんや、優香は律華姉さんのこと尊敬してますし。律華姉さんが味方してくれることだけが、俺にとってのアドバンテージなんですから」
「それだけってこともないだろう。お前、高校でもモテるんだろう?」
「学校でどれだけモテたって意味ないんですよ。優香は、高校生なんてガキっぽいって思ってるから。あいつの読モ仲間に比べたら、俺なんてなんのステータスもないようなもん」
ティースプーンでカップの中身をぐるぐるかき混ぜつつ、卑屈になっている。
その理由はすぐに知れた。
「……優香のやつ。読モ仲間の男に誘われたって。クリスマスに」
「それをわざわざ、お前に言ったのか?」
「どうしよっかなーって、迷ってるみたいでした」
雅彦はがっくりと肩を落としているが――
(……優香は、お前に妬いてほしいんだろうに)
珍しく察した自分を意外に思いながら、律華は携帯を取り出した。不思議そうな顔をしている雅彦の前で、着信履歴から妹の携帯に掛ける。幸いバイト中ではなかったのか、妹の声が応じてきた。
「優香か。わたしだ。知り合いからテーマパークの入園券を二枚もらったんだが、わたしは仕事だから代わりに雅彦でも誘って行ってくれ。ああ。他の、どこの馬の骨とも知れない男は駄目だぞ。危ないからな。じゃあ、明日届けに行くから」
一方的に告げ、通話を切る。
目の前では雅彦がぽかんと口を開けている。
「律華姉さん、相変わらずむちゃくちゃ直球ですよね……」
「策を弄するのは苦手だからな、わたしは」
電話の向こうの妹も困惑していたようだったが、幼馴染みを誘うせっかくの口実を逃すようなこともしないだろう。なんせ幼い頃から抜け目のない妹だ。
「優香から誘わせるんだ。当日のエスコートは頑張れよ」
「は、はい!」
「プレゼントは用意したのか?」
「や、まだ。そっか。用意しないと。あっと、コーヒー代――」
立ち上がり、あわあわと財布を探している幼馴染みに、律華は溜息交じりで言った。
「コーヒー一杯くらい奢ってやる。早く行け」
「律華姉さん、ありがとうございました!」
まるで兄弟が一人増えたような、そんな心地で雅彦の後ろ姿を見送ると、律華は腕時計に視線を落とした。十六時。まだ店は、どこも開いている時間だ。
「やれやれ。今から窓口へ行けば買えるかな」
テーマパークのチケット二枚。妹たちへのクリスマスプレゼントにしては少し高くついてしまったが、それで二人が楽しいクリスマスを過ごせるのなら悪くはない。
レジで金を払って外へ出ると、入れ替わるようにしてやってきた石川鷹人と鉢合わせた。彼の方は買い物の最中だったのか、片手に紙袋を提げている。
「あ、律華くん」
「石川じゃないか。どうしたんだ、こんなところで」
「コーヒーが切れたから買い出しに来たんだ。いつもはインスタントなんだが、一慧くんからこの店のオリジナルブレンドが美味しいと聞いて、試してみようかと」
「ふうん」
店の方は大方、一慧に任せてきたのだろう。店主であるはずの鷹人よりも一慧の方が客からの評判がいいことは噂に聞いている。
相槌を打つ律華に、鷹人はそれより――と、道の向こうを気にしながら訊ねてきた。
「さっきの彼は?」
見られていたらしい。だからといって困ることもないのだが。
「妹のツレだ」
「律華くんに限って、クリスマス前に年下の彼氏ができたということもなかったか」
優香くんのツレというなら納得だな――と、いらないことまで付け加える。失礼なやつだなと思いながら、けれど今更傷付くようなことでもないかと律華は軽く頷いた。
「まあ、それに関してはお互いさまだ」
「む」
「お前だって、クリスマスは家族くらいしか過ごす相手もいないくせに」
でなければ、一慧か。
いい雇用主をしているらしい彼のことだから、それもあるのかもしれないなと思いつつ。決めつける律華に反論もせず、鷹人は呻くように訊き返してきた。
「そういうあなたは」
「仕事だ」
即答しつつ、律華は弛んでしまう頬を片手で押さえた。
「なんでそんなに嬉しそうなんだ」
訝しげな鷹人に答える。
「先輩も一緒だからな。わたしにとっては有意義なクリスマスになる。お前も一緒ならなおいいが、警官として事件を望むのは憚られるからな。その点だけは残念だ」
「あなたというやつは、なんというかどこまでも回りくどいな」
どのあたりを回りくどいと感じたのか、鷹人は額を押さえながらなにかを考えていたが、ややあって――急に思い付いた顔で、口を開いた。
「なにもなければ」
「うん?」
「なにもなければ蔵之介と二人、定時で上がれるんだろう?」
「ああ、そうだな」
「で、帰宅後の予定はない」
「ああ。九雀先輩も予定はないと嘆いていらっしゃった」
それを告げると、鷹人は苦笑交じりに提案してきた。
「だったら、僕の店へ来るといい。ディナーの支度くらいは、しておいてやる」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。忘年会でも兼ねて、店でささやかなパーティーをするのも悪くないだろう。今年は一慧くんもいるし、それなりに賑やかで楽しくなると思うが」
彼がそんな言い方をしたことが意外で、律華は目を丸くした。
「石川……」
「な、なんだ。その顔は」
たじろいでいる鷹人に、正直に告げる。
「いや、悪かった。驚いてしまったんだ」
「失礼な人だな」
「だから、悪かったと言っているだろう」
それから律華は、堪えきれずにふふっと声を漏らした。
「今度はなにを笑っているんだい?」
「いや。妹たちに贈り物をしたつもりが、もっと大きなもので返されてしまったなと思って。雅彦に呼び出されなければ、ここでお前とも会わなかったのだろうし」
「わけが分からない」
「つまり、クリスマスがすごく楽しみになったという話だ」
言葉通り、まったく事情が分からないのだろう。不思議そうにというよりは、薄気味悪そうにさえ見える――そんな顔をしている鷹人に、律華はにっこりと笑った。
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