蛟堂/呪症骨董屋 番外

鈴木麻純

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虚妄と幸福

5.残された彼ら

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 十二月二十四日 P.M.17:00



「やれやれ。異能者ってやつは、どうしてああ協調性がないのかね」

 報復屋が開けっ放しにしていった入り口を閉め直し、九雀が毒づいている。相手の身勝手さに腹を立てているというよりは、後輩を連れていかれたことが気に入らないのだろう。まったく過保護な飼い主だよなと思いながら、鷹人は口を開いた。

「辰史氏は有能な人物ではあるから、僕らが気を揉む必要もないだろう」
「有能な異能者だからこそ、気を揉みたくもなる。異能者の傲慢って知ってるだろ。あの手の輩ってのは、真田が無理ですと言えないのをいいことに扱き使うんだ」
「それは無理ですと言えない律華くんの自己責任じゃないか……」

 過保護な飼い主あらため、バ飼い主である。
 公私混同甚だしい悪友は、顔をしかめつつ言い返してくる。

「真田は頑張り屋なんだよ。相手の期待に応えたがっちまう」
「ではなく、傲慢なんだと思うね。自分の力を過信している」
「お前って、なんでそう人の長所を認められねえんだろうな。素直じゃねえな」
「君は後輩だけを犬可愛がりしてるんじゃないか。僕の長所は認めてくれないくせに」
「ちょっとまて、お前に長所なんてあったかよ?」

 これである。
 怪訝な顔で訊き返してくる悪友に、鷹人は足を踏みならした。

「でも確かに、こんなときくらい皆で協力したってよさそうなものですよね。まあ、日頃から個人プレイには嫌というほど慣らされていますけど……」

 総司はぼやいている。ついでに身内の勝手ぶりを皮肉ったようだが、残りのESP保有者たちは三人で顔を見合わせ肩を竦めただけだった。それぞれ、自分は上手くやっているとでも思っていそうな雰囲気だ。

「では――蓮也、立仙。我々も行くとしよう。今のところ症状を自覚しているのは異能者の一部と〈人ではない者〉だけだが、真田さんの言ったように被害が広がらないとも限らない。そうなれば、蓮也の邪視では追いつかなくなる」

 名のない男がそう言って、二人の肩を叩いた。
 嫌そうな顔をしつつ、蓮也が立ち上がる。

「ったく、仕方ねえなァ」
「…………そんなこと言って……研究の大義名分をもらえて、嬉しいくせに」
「分かってねえな、電波先輩は。一般人を百人ほど都合してくれるならともかく、異能者なんか視たって特異すぎてなんの参考にもなんねえっての。なんせ人の悪意と関わることに慣れちまった人格破綻者ばっかだからな」
「……葛城にだけは言われたくない、と思う」

 言い合いつつも、立仙と連れ立って廊下へ出ていく。名のない男はそんな二人の後ろで苦笑いをしていたが、入り口のところで部屋の中を振り返って告げてきた。

「結果が出次第、月代の携帯に連絡をしよう。そちらも報告はまめに頼む。三輪くんについては、あの様子では完全にソロプレイって感じだろうからなぁ」
「その点については心配無用ではないかな」

 溜息を零しているESP保有者たちのリーダーに、鷹人は言った。

「律華くんが定期連絡をよこすはずだ。だろう、蔵之介?」
「ああ」

 九雀が頷く。ポケットから携帯を取り出して、

「というか、もう来てるな。現在、三輪辰史は式を用いて〈夜空への誓い〉所有者を捜索中。昏睡状態だっていう知人の部屋から探知もしているが、今のところ進展はない――らしい」

 にやりと笑う。日頃は後輩を自慢するような男ではないが、年齢の近そうな警視庁のエリートを相手に多少当てつける気持ちもあるのかもしれない。

「成程、忠実な部下がいて羨ましい限りだ」

 肩を竦め、名のない男も出ていった。

「……僕にも一言二言、声を掛けていってくれればいいのに」

 一人取り残された総司は、やはり愚痴っぽく呟いていたが。半ば諦めたような表情から察するに、いつものことではあるのだろう。そんな彼を横目で見ながら、九雀は律華が残していった会議の議事録を手元に引き寄せた。

「さて、残るは俺たちか。つっても、どうするかね。いつものやり方っつうと、現場を見て適当に情報拾ってって感じなんだろうが……」
「まずは管理協会で〈夜空への誓い〉が特定古物として登録されているか調べ、それから蒐集家に声をかけて地道に情報を集めるか」

 所有者がいるということは、必ず売った――或いは譲った人間がいるはずだ。
 鷹人が方針を提案すると、九雀もそれに同意した。

「そんなところだよな。俺らは一般人チームだからな。こつこつやるしかねえか」
「えっ、ちょっと、待ってくださいよ」
「ああ、運転は俺がする。助手席はお前らで好きに決めてくれ」
「では総司くんに譲ろう。警察車両の勝手は、君の方が分かるだろうし……」
「そうではなくて、ですね!」

 もうほとんど立ち上がろうとしていたところに、総司が大声で割って入った。

「僕、ESP保有者なんですけど」

  一般人扱いされたことが余程不満だったらしい。勢いよく挙手して主張する彼をしばし見つめ、鷹人はぽんと一つ手を打った。

「そういえば、リーディングをすると言っていたな。恰好が奇抜なわりに目立つ発言もないから、てっきり僕らと同じなのかと思っていた」
「で、そのリーディングってなんだ?」
「正確には、僕はクレアヴォイアンス感受者なんです」

 胡散臭げな九雀の視線に、総司が若干傷付いた顔で答える。

「クレアヴォイアンス。つまりは透視術ですね。箱の中身を当てるように、過去・現在・未来のごく一部にアクセスすることができる。まあ、ちょっと見ていてください」

 言いながら、総司は袖の中からカードの束を取り出した。
 一般的なタロットカードよりも一回り大きい。枚数も、多いようだ。彼はそれを無造作に切るとテーブルの上に積んで、山から一枚抜き取った。カードの表には、不気味なイラストが描かれている。奇妙な仮面を付けた男女の中に、素顔を露わにした道化師が一人。

「【踊れない道化師】――九雀さん、昨晩は人の集まる場所へ行ったでしょう。男女ペアになるような……っていうと、合コンとか婚活パーティーかな。でも、すごくつまらない思いをした」

 昨晩の九雀をリーディングしたらしい。

「で、どうなんだ? 蔵之介」

 まあ十中八九当たりだろうと思いつつ。訊ねる鷹人に、九雀が憮然と答える。

「うるせえよ」
「図星か。また連敗記録を更新してしまったな」

 指摘すると、悪友は癇癪を起こして声を荒らげた。

「つうか超能力とか言って、そこらの占い師のやることと変わらねえだろ!」
「す、すみません」
「けれど、そこらにいる占い師だって一握りくらいは感受領域の発達異常者には違いない。僕は彼の能力を信頼してもいいと思う」

 信頼してもいいというよりは、使えるものはすべて使いたいというだけの話だが――鷹人がそう零すと、総司はほっと胸をなで下ろした。

「ありがとうございます」
「透視対象はなんでも可なのかい?」
「カードの絵から読み取るという性質上、情報量を多く求めるほど精度は下がります。さっきの九雀さんのリーディング結果にしても、〈人の集まる場所〉〈然程親しそうではない男女の組み合わせ〉〈九雀さんだけが一人〉という情報から推測したに過ぎませんから。確かに、僕のやり方はほとんど占い師と同じには違いないんですよ」
「ふうん」

 となると〈夜空への誓い〉の流通経路などを導き出すには向かないか。
 頷き、鷹人は更に訊ねた。

「だとすれば、もっと直接的に現在の所有者の特徴や居場所を透視することは?」
「やってみます」

 彼がまたカードの山をかき混ぜる。そこから二枚、引いたのは――

「【貌のない男】【埋葬品の番人】」

 一枚は、顔を黒く塗りつぶされた男のカードだった。背景は微笑の面でびっしりと埋め尽くされている。なにかの暗示だろうが、漠然として分かりにくい。

「ううん……やっぱり、本人の特徴となると難しいですね。見た目の特徴より内面的にフォーカスが当たってしまっているような気がします」
「二枚目はどうなんだ?」

 言いながら、九雀がカードを取り上げる。

「【埋葬品の番人】っつったか。こっちは、少し分かりそうな気がするな。職業的なものなら、葬儀関係。場所だったら墓地の近く。坊さんってこともあり得る」
「そんな感じ、だと思います」

 総司が頷いた。

「とはいえ、それでもまだ範囲が広すぎますけど……」
「いや、他の情報と組み合わせるならそうでもない。管理協会に所属する呪症管理者には、古物商や蒐集家も多いからね。職業的特徴、それから一点ものの腕時計という点に絞って聞き込みをすればそれらしい人物の情報が入ってくるかもしれないよ」

 結局はいつも通り、足で稼ぐということになりそうだ。
 悪友を見ると、彼も頷いた。

「オーケイ、それでいこう。調べてるうちに、他のやつらからもなにか連絡があるかもしれねえしな。とりあえず、俺らの方針については真田にメールで送っておく」
「あ、僕もボスに伝えておきます」

 それぞれ各チームに連絡し、さてと顔を見合わせる。

「作戦会議は終わりだ。僕らも、行こう」

 かなり途方もない状況だが、もし事件の原因が本当に特定古物にあるのだとすれば、少なくとも律華よりは早く所有者に接触しなければならない。
(できればこの二人もどうにか出し抜いて〈夜空への誓い〉を僕のコレクションに加えたいものだが……さて、どうするか)
 歩き出した二人の背中を眺めながら、鷹人は胸の内で独りごちたのだった。
 
 
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