蛟堂/呪症骨董屋 番外

鈴木麻純

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出口のない教室

21.

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「…………」
 さらに五秒、十秒と待ったところでさすがに様子がおかしいと感じたのか、彼は戸惑うような目で振り返ってきた。鷹人としてもどうしようもなく、試しにコートのボタンをひとつ千切って、中に投げ込んでみる。床を転げていく音が倉庫の中に響いたが、それもすぐに止み静寂が戻った。
「……ハズレか?」
 だとしたらかなり間抜けな光景だなと思いながら、鷹人は九雀の体を押しのけて中に踏み込んだ。壁際に段ボールなどが積まれているが、大人が隠れるほどのスペースはない。
「おい、石川。お前そんなに無防備に」
「心配しなくたって、誰もいないじゃないか」
「お前がそうやって油断するときって、大抵なんかあるんだよ」
「考えすぎ……」
 だ――と、手を振って否定したところで。上からごとりと、なにかが落ちてきた。
「なんだ?」
 目で追う。床に転がっているのはサッカーボール大の球体だった。蹴り転がすにはやや歪な形をしている。それは薄暗い中にぼんやりと白い輪郭を浮き上がらせて二つの爛々と光る瞳で鷹人を見上げていたが、目が合うとにっこりと笑った(ように見えた)
「なっ、なななななななっ」
 不覚にも思いっきり怯え、同じく生首に狼狽している悪友に飛びつく。
「おまっ、馬鹿野郎! 前が見えねえだろうが!」
「そんなことを言ったって……! きゅ、救急車!」
「救急車より警察だろ! 警察呼べ!」
「警察は君だ!」
「あ――そういや、そうだったな。俺の仕事だ」
 九雀はそこではたと我に返ったようだ。
 鷹人を乱暴に引き剥がすと床に捨て、恐る恐る生首に近付いていった。ライトを当てながら覗き込んだ彼は、次の瞬間がっくりと肩を落とした。
「おい、こりゃ遺体じゃねえな。人形だ」
「人形……?」
 いくらか緊張を解きつつ、鷹人も九雀の隣に移動した。彼の言うよおり、床に転がっているのは少年の人形だ。よく見れば精巧にできているわけでもなく、丸い顔に玩具の目鼻を付けたようなブリキ製だ。明るい場所なら人間と間違うことはなかっただろうが。
「な、なんて悪趣味な」
「このミラーハウスで使われてたんだろうな。体はねえのか?」
 ただの人形と分かって気も抜けたのか、九雀は警戒を解いた様子で奥の段ボールを探っている。そんなものを見つけてどうするんだと毒づくと、鷹人は改めてブリキの人形を見下ろした。悪友の言ったように、ここで使われていたのだろう。もしかしたら案内用のマスコットだったのかもしれない。開閉式の口は壊れて開きっぱなしになっている。
 その口の中でなにかがきらりと光ったように見えた気がした。
「おや、なんだ?」
 呟いて口の中に手を突っ込む――ほとんど同じタイミングで、九雀の声が聞こえてくる。
「おっ、これか。名札が付いてる。トモ……?」
「智?」
 背筋に走った薄ら寒い予感を確かめるより早く、指先には鈍い痛みが走った。開きっぱなしだった人形の口が、勢いよく閉じたのだと気付いたときには遅かった。
 今日何度目かの悲鳴を上げながら、どうにかその場に踏みとどまる。反射的に腕を大きく振ったが、それでも人形の首は宙を舞うことなく鷹人の指先に食いついていた。
「おい、なに遊んでんだよ」
 悲鳴に驚いたらしい。振り返るなり呆れ顔で言った悪友に、鷹人は叫んだ。
「遊んでいるわけじゃない! 人形に噛み付かれたんだ」
「はあ?」
「どうでもいいからこれを外してくれ!」
 腕を突き出す。九雀は渋々近付いてくると、人形の首を思い切り引いた。
 途端――
 人形がけたたましく音を立てた。声を上げて笑ったわけではなかったが、黒目がぐわんぐわんと音を立てながら激しく動く光景も悪夢じみていることに代わりはない。
「うわっ、気持ち悪っ!」
 薄情な悪友は悪態とともに、あっさり人形から手を離した。



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