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出口のない教室
20.
しおりを挟む「蔵之介、見たまえ」
鏡の剥がれた箇所から覗く木肌を指で押す。薄い。おそらく中空構造のドアだろう。中に芯材が入っているため強度こそあるが、表面は薄いベニヤ板だ。
「おお?」
「てっきり、コンクリ壁に鏡を貼り付けたものだと思っていたのだが……」
鷹人の呟きを聞くと、九雀はなにかを思いついたような顔で向かいの鏡を殴りつけた。
「お、おい! 蔵之介! なにをするんだ」
「こっちは割れねえし、音の響きも違う。お前の言うとおり、コンクリ壁に貼り付けられてる。まあ、そうだろうとは思ったんだ。いくら古い施設だって言っても、あちこち跳ね回るような年頃の子供が来る場所なんだからな」
言いながら、今度は割れた方の鏡をぺたぺたと触り始める。
「なにをしている?」
「これ、従業員用の通路入り口なんじゃねえかと思ってな――あった」
九雀はちょうど死角になる高い位置と足下に打掛錠を見つけ、特殊警棒で叩き壊した。ドアというほど凝った造りではなく、ただ金具で留めていただけの代物だったらしい。
留め具を失い、ゆっくり外側に開いてくる。その先には通路らしきものが続いていた。それを確認した九雀は警棒をホルダーに戻しながら、ふふんと鼻を慣らした。
「ビンゴ、だ。さて、どうする?」
思いがけず見つけた隠し通路と鏡の迷路、どちらを行くべきか顔を見合わせたまましばし迷って――鷹人はひとつ溜息を吐いた。
「ここを行こう。従業員が関わっている可能性も捨てきれない以上、見逃せない」
「だな」
言うが早いか携帯のライトで通路を照らし、奥へ進んでいく。
リニューアル工事のために閉園してからはほとんど使われていないのだろう。中は酷く埃っぽい。通路の天井には等間隔で蛍光灯が取り付けられていたが、当然というかブレーカーは落とされていた。
どれだけ注意を払っても、狭い通路に大人二人分の足音が反響する。遅かれ早かれ相手には気取られるだろうと、鷹人は早々に忍び歩きを諦めた。代わりに人の気配を探ろうにも、隠し通路どころか物陰すらない一本道だ。
――そういう意味ではあのまま鏡の迷路を進むよりは気が楽だな。
そんなことを思いながら、九雀の後を気楽に進む。悪友の方も最初のうちこそ警官らしく慎重にあたりの様子をうかがっていたが、すぐに杞憂だと気付いたようだ。
「なあんか、拍子抜けだよな」
ホラー映画のような展開でも期待していたのか、若干つまらなそう呟いている。そのまま五十メートルほど歩いた頃だろうか。通路の途中にぽつりとひとつ、ドアが見えた。こちらは従業員用通路の入り口と違い、金属製だ。
九雀が一度足を止め、ライトをドアに当てた。経年によるものか黄色く変色した――元は白だったのだろう――プレートには、簡単に「倉庫」とだけ記されている。ドアノブに鍵孔はなく、どうやらそのまま開けられるようだ。鷹人はかえって戸惑って、中に入ろうとする悪友の肩を引き留めた。
「中に所有者がいたとして……作戦は。向こうはおそらく、こちらに気付いているぞ」
耳許でぼそぼそと訊ねる。九雀は気持ち悪そうに耳のあたりを掻きながら、言った。
「ドアを勢いよく開ける。すぐ中には入らないで様子を見る。一方相手は先手必勝で襲ってくる。相手が空振ったところを、二人でたこ殴りにする。呪症も封じる。以上」
「以上って……」
まあ、確かに他に作戦もないのだろうが。
「どうしてだろう。君の口から聞くと不安になってくる」
「そりゃあ適材適所があるからな。こういうとき、真田の不在は大きい」
溜息交じりに認めつつも、九雀はやや険しい目つきでドアを睨んだ。
「それでもやらなきゃならんとしたら、他に手はねえだろ」
「ドアを開けてすぐ、君が拳銃をぶっ放す。相手が怯む。取り押さえる……というのは」
「中の広さが分からないから跳弾が怖い。今回は呪症を封じて終わりってわけじゃねえんだ。真田を助けるところまで考えると、極力怪我はしたくない」
ほとんど吐息のような小声で言って、勢いよくドアを開ける。
同時に一歩下がり、警棒を構えて一秒、二秒、三秒――相手の襲撃に備えた。
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