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出口のない教室
19.
しおりを挟む「多分、遠からず警察と呪症管理協会の協力体制は崩れる」
「……今だって、建前だ。土岐が姿を消した件で呪症管理協会は君のところが一枚噛んでいるのではないかと疑っているし、白鳥署長の弱みを握りたがっている」
「八津坂署の独断だと思ってくれてんなら、俺が予想したよりまだしばらくは保ちそうだ」
俯く鷹人に、九雀は苦笑した。
「――そうなったときにどうするか、早めに考えておけよ」
そういう言い方をするということは、彼の方はもう決まっているのだろうか。
口から出たのは、まったく別の疑問だったが。
「律華くんには言ったのか? まあ、彼女のことだから君の方針に従うんだろうが」
九雀は笑みだけを消した苦い顔で告げてきた。
「だから、お前に結論を急かしてんだろ」
「なんだそれは」
「お前の出した結論によっては、俺の想定していることが杞憂に終わる可能性もある」
「僕に、君の望む結論を出せというような口ぶりだ」
「こっちの事情に踏み込まれりゃ、そういう言い方にもなるさ。お前は俺が真田のことばかり考えてるように言うが、できればお前とだって争いたくない。それが本音だ。つうか、分かってて駄々捏ねてんだろ」
今度は振り返って、じろりと睨んでくる。九雀の肩に手を置くと鷹人は軽く笑った。
「分かっている、ということはないさ。君の口から腹の内を聞くことに意味がある」
「そういうもんかね」
決まり悪げに肩をすくめる彼に、告げる。
「君の友情に応じてひとつ言っておくと、僕だって君が思うほど不義理じゃない」
「どうだか。ま、ちょうどいい機会だったよ。外じゃこんな話、できねえからな」
九雀が溜息交じりに眉を下げ、手で振り払う仕草で会話を打ち切った。
「さて、結構歩いたがあとどれくらいなんだろうな。なんとなく出口を目指してるが、いまだに所有者がどこに隠れているのかも、特定古物がなんなのかも分からねえし――」
「ここまで来る途中に特定古物はなかった。残滓もまだ先へ続いているから、出口を目指すことは正しいと思う。たとえば相手が僕らの存在を認識し、出口で待ち構えている可能性もある。迷路に疲弊したところを叩くという寸法だな」
鷹人ももう、先の話題を引っ張ることはしなかった。
「迷路に疲弊したところを――っつってもなあ。所詮は古い遊園地のミラーハウスだぞ。最近のなんとか迷宮ってやつみたいにえらく凝ってるわけでもねえし、この迷路そのものに呪症の力がはたらいてるわけでもないんだろう?」
九雀は腑に落ちない顔であたりを見回している。
「怖いこと思いついたんだが、ミラーハウスそのものが特定古物ってことはねえのか」
「残滓の様子からしてそんなことはないと思うが、試してみるかい?」
鷹人はポーチの中から符を一枚取り出した。鏡の一枚にぺたりと貼り付け、呪を唱える。
「我、可なるものを可とし、不可なるものを不可と定めしものなり。遊魂、ものに触れかたちとなり、禍をなす。ゆえに我、これを不可とす」
やはり、なにも起きない。あたりに漂っている残滓が消えたということもない。
「そっかー……そんなうまい話はねえってか」
あからさまに落胆し、九雀が拳で鏡を小突いた――瞬間。ぴしりと音がして鏡に蜘蛛の巣状の罅が入った。小さな破片がぽろぽろと零れる。
鷹人は思わず床に這いつくばって、悪友を睨んだ。
「物に八つ当たりするなんて、君には人の心がないのか!」
「いや、割れるほど力を入れた覚えはねえんだが……」
「そんなことを言って、最近は律華くんに倣ってトレーニングしているらしいじゃないか。ペットが飼い主に似るという話は聞くが、君らの場合、君の方が律華くんに似てきている」
ぶつぶつぼやきながら、足下の破片を集めるのだが。
「そ、そうか?」
悪友はなにを勘違いしたのか、頬を緩めて頭など掻く始末である。
「満更でもなさそうな顔をしないでくれ」
「満更でもねえっていうか、我ながら少しは締まったと思うんだわ」
「君の肉体改造に興味はない」
低くうめくと、鷹人は立ち上がった。
目に見える破片は大方拾えただろう。ポーチの中から接着剤を取り出し、修復を試みる――「まじかよ」という顔をした悪友を無視し、破片をはめこもうとしたところで――
「おや……?」
気付いてしまった。
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