蛟堂/呪症骨董屋 番外

鈴木麻純

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出口のない教室

14.

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「ちょっと小耳に挟んだんだが、かつて人は自分の魂が鏡面に迷い込んだまま戻って来ねえんじゃねえかと恐れたらしい。だから死者の霊が生者の魂をさらっていかないよう家にある鏡に覆いを掛けるという風習も――多くの文化で見られる。つまりさ、そこに映ったお前が実は悪霊かもしれねえ可能性もなくはないわけだ。お前の魂を鏡の世界に引きずり込んで、代わりに体を乗っ取るのさ。中身が入れ代わったことに、誰も気付かない……」
 にたりと笑って、鷹人の右側を指差した。
「ほら、そこに映っ……」
 彼の声が、そこで途切れる。
「な、なんなんだ。そんな子供騙し、通用するものか」
 ぎこちなく笑いながら――若干左側に寄りつつ――鷹人も右に目を向けた。
 そこには人の姿がある。鏡に覗き込んだ者の姿は映るのは、当然だ。
 だが、どうしてか。その人影がまったく自分と同じように見えないのは。可愛げこそないものの不公平なほどに整っていると言われる自分の顔が、今は鋭く歪んでいる。犬の悪霊にでも取り憑かれたかのようなつり上がり気味の短い眉と、その下にある鋭い瞳。唇は硬く引き結ばれているが、今にも噛み付いてきそうな雰囲気がある。
 鷹人は絶叫した。
「ぎゃー!!!!!!!!」
「お、おい! 石川」
「君が変なことを言うから悪霊(?)が出たぞ!」
 そんなこちらの声が聞こえたのか、ただ察しただけなのか、悪霊(??)は鏡の向こうでますます目をつり上げた――その顔には見覚えがないでもないような気もするが。
「馬鹿、悪霊じゃねえよ!」
 九雀は短く否定すると、鷹人を押しのけて鏡を覗き込んだ。
「真田!」
 言われてみればなるほど、鏡の奥で佇んでいるのは真田律華である。
「そこにいるのか、真田」
 ぺたりと鏡に両手をついて問いかける九雀に、律華は首を何度か縦に振った。両手を前に突き出す形で、そこから出られないか探っている。
「なるほど。単純にミラーハウスを小学校に見立てたわけではなく、鏡の中に思念世界として現出させたのか。被害者たちの意識は、そこに囚われているのだな……」
 これは少し厄介だ。
 鷹人は顔をしかめた。単純に呪症を封じればいいという話ではなくなった。呪症を封じかつ、思念世界が消失する前に被害者たちを現世に誘導しなければならない。
「分析するのは結構だがな、どうすんだよこれ!」
 腹立たしげに――あるいは途方に暮れたように言うと、九雀は目の前に突き出された律華の手に彼自身の手のひらを合わせた。そこへ行けないことを悔しがっているのだろう。
「真田、無事か。こっちの声は聞こえるのか」
 九雀は一転して優しげな声で、鏡の向こうにいる律華に訊ねた。唇の隙間から零れた吐息が鏡を白く曇らせる。その光景だけ見れば、なんとなくロマンチックですらあった。正面に立つ律華の様子は、まあいつもと然程変わりはしないが。
「―――――!」
 律華は何度も頷きつつ、口をぱくぱくさせた。
「こっちの声は聞こえるが、向こうからは駄目なのか……」
「だが、ある意味では幸運だ」
 鷹人は鏡の中をまじまじと覗いた。
「通常はこんなふうに、非異能者が思念世界を覗くことはできない。おそらく鏡の持つ性質のせいで空間が屈折して、変な風に繋がったんだろう」
「これ、鏡を割ったら戻って来られたりしないか? こっち側に」
「やめておくべきだ」
 焦る九雀を引き留める。
「下手に割ると空間の接点そのものが消失する可能性もありうる。そうなったらいっそう面倒だ。なんせ思念世界と現世を行き来する能力を持つ人は、異能者にも少ない」
「……そうだな」
 九雀はノックをする仕草で手の甲を鏡に向けていたが、存外素直に引き下がった。
「すぐに助けてやれなくてごめんな、後輩ちゃん」
 代わりにぎりっと奥歯を噛む。
 そんな彼を見て、律華はゆっくりと首を左右に振った。また口を開閉させ――
『こんな事態になってしまって申し訳ありません』
 と、おそらくはそんなようなことを言ったのだろう。声は聞こえないが、しょげかえった様子からそれくらいの想像はできる。九雀はそんな彼女にまた優しげな視線を返すと、鏡越しに手を重ねたまま告げた。
「俺と石川で絶対になんとかするから」
「当たり前のように僕を含めないでくれ」
「頭数に入れなかったら、それはそれで拗ねるだろ」
「僕は拗ねたことなんてない」
「ほー、どの口で。なにかといえば、バ飼い主だなんだと嫌みを言うくせに」
「嫌みじゃなく、事実だ!」
 ぎゃんぎゃん言い合っていると、鏡の中で律華は少しだけ笑ったようだった。
 そんな彼女に毒気を抜かれてしまって、鷹人は小さく溜息を吐いた。
「……まあ、事件を解決するついでに君に恩を売っておくのも悪くはない」
「むしろ借金返すって感じじゃねえのか」
「否定はしないが、君にだけは言われたくなかった」
 じとりと睨む鷹人の視線を軽く受け流すと、九雀は素知らぬ顔で告げた。
 鏡の中の律華に、一言。
「そういうわけだから、悪いが少しだけ待っていてくれ。必ず迎えに行く」
 彼女は背筋を伸ばし、いつもの敬礼ポーズで応じた。彼らの会話はそれで終わりだった。


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