蛟堂/呪症骨董屋 番外

鈴木麻純

文字の大きさ
上 下
93 / 119
出口のない教室

6.

しおりを挟む

「これも意識不明事件、ではないのか?」
「真田は小学生じゃねえぞ」
 九雀がうめく。
「知性が小学生並みなのかもしれない」
「お前な!」
「怒らないでくれ。場の空気を和ませようとしただけだ」
「和まねーよ! ったく」
 乱暴に毒づきつつ、それでいつもの調子を取り戻した――と言わないまでも、すべきことは思い出したらしい。九雀は両手でぱんと彼自身の頬を叩くと、ベッドから離れた。
「俺がしっかりしねえとだよな」
「気負わなくても、君がしっかりしていたことなんてないから大丈夫だ」
 なにやらやる気になっている悪友を軽く突き放し、鷹人は改めて部屋の中を見回した。そうしてみたところでやはり部屋は荒らされたどころか人を招いた様子さえもなかったが。
 ふらりとライティングデスクに近付いて、引き出しなど開けてみる。
「筆記用具と便箋――書きかけの手紙……あ、手帳があったぞ」
 書きかけの手紙は九雀宛のようだ。まあ、いつもの先輩への感謝と尊敬の気持ちをしたためたというアレだろう。面倒なので引き出しの奥に押しやって、手帳を手にとってみる。
 どこにでも売っているようなスケジュール帳だが、奇妙なことに付箋が貼られていた。
「なんだ、これは」
 訝りつつ、開いてみる。
「五月……」
 ぱっと見たところでは、仕事とトレーニングの予定がほとんどを占めている。
 が、
「おい、蔵之介」
「なんだよ」
 九雀の方はコンセントの近くに携帯電話を見つけたらしい。手に取りつつも勝手に中を見ることも躊躇われるのか、難しい顔をしている。そんな彼に訊ねる。
「ゴールデンウィークに、なにか事件があったのか?」
 ゴールデンウィークの半ばから、しばらく棒線で予定が消されているのだ。
「ゴールデンウィーク……?」
 悪友は少し眉をひそめたが、すぐに思い出したようだった。
「ゴールデンウィークか。参王市の玉突き事故だな。別件の捜査中に、あいつが居合わせた。確か八津坂市の小学生が重症だったって……」
「八津坂市の小学生?」
「ああ――あっ」
 頷きかけ、彼はなにかに気付いた顔でハッと目を大きくした。
「小学生だ。確か七歳か、八歳くらいだったはずだ。あいつが言ってた関わりのあった子って、多分このことだな。もう半年も前のことだからすっかり忘れてたが」
 そこで一度言葉を切り、真面目な顔を作る。
「お前の言ったように、手がかりだ。子供たちの意識不明事件と参王市の事故がどう関係しているのかは分からん。だが、連絡を取ろうとして事件に巻き込まれたのは偶然じゃねえだろ。真田個人で言えば因縁もある」
 その言い方では、まるで律華が恨まれているように聞こえる。
「どういうことだ? 律華くんのことだから全力で救助にあたったのではないのか?」
「事はそう単純でもねえっていうか……」
 両手で律華の携帯を弄びつつ、九雀は嘆息した。
「玉突き事故って言ったろ。潰れた車から大怪我してる子供を助けるなんて、真田でも無理だ。頭を酷く打った様子だったそうだし、かえって取り返しの付かないことになる可能性もあった。そういう意味ではあいつはよくやったと思う。救助隊や参王署のやつらが到着するまで、現場でできる限りのことはしたらしいと人づてに聞いた」
 一度言葉を切り、視線をベッドに投げる。
「だが、子供を想う母親にとっては最善じゃねえよな」
「……まあ、そうかもしれない」
「どうして助けてくれなかったのかと責められて、真田自身ももっとやりようはあったんじゃねえかと悩んでた。んなもんねえよと言いたい気分だったよ、俺は」
 その目にはどこかやるせないような、あるいは憤慨にも似た感情が浮かんでいた。
「真田みたいなやつはさ、そういう場所に居合わせた時点で詰んじまう」
「だから君のようなバ飼い主が必要なんだろう」
 湿っぽい空気に居心地の悪さを覚えて、鷹人は口を挟んだ。
「なんでも真に受けていちいち落ち込む律華くんのことを、よくやったと褒めて励ましてやれるのは君だけだ。僕はいつだって追い打ちを掛けるばっかりだし――」
「自分で言うなよ」
 九雀は肩を揺らして、少し笑った。
「ありがとな。そうだよな、真田には俺が必要だ。もちろんお前も」
「とって付けたように言うんじゃない」
「まあ、それはさておき――」
 雑に誤魔化し、やや自信なげに続けてくる。冷静でない自覚があったためだろう。
「俺は一度家族と接触しておきたいんだが、お前はどう思う?」
 鷹人は答えた。
「その玉突き事故で重症を負った子供が今どのような状況にあるかでも話は変わるが、動機があるという点で母親が怪しいと言わざるをえない」
 言いながら顔をしかめてしまったのは、それが真相であってほしくはなかったからだ。誰が悪いわけでもない。少なくとも意識不明に陥った小学生たちや律華に非はない。子を想う母の心が罪のない人を傷付けたというのでは、誰も救われない。
 九雀はほっとしたようだ。
「俺も同意見だ。とりあえず、子供がどうなっているのかを先に調べるか」
 今度はあっさり言って、鷹人の手から手帳を取り上げる。
「あっ、なにをするんだ」
「真田のことだから、連絡先くらいは控えてるだろ。ほら――」
 指差したのはアドレス帳の一ページで、そこには確かに参王市にある療養病院の名前と電話番号、そしておそらくは病室の番号と思われる三桁の数字が書き付けられていた。



.
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

処理中です...