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親友
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「山崎と山本、最近仲いいよな」
「山崎ってたしか、ドラマとかいろいろ出てるよな」
「なんであんな地味な奴と仲良くしてるんだろう」
「二人とも地味で友達いないからだろ」
教室がある階の廊下を歩いていると、そんな会話が聞こえてくる。それは陰口であったが、皆、仲がいい友達がいない、心の底から気の許せる友達がいないからだと春樹は思うのだった。その陰口はまるで嫉妬心の表れだ。いちいち、付き合ってられない。あの夏のイベントでの出来事、俺にとっては忘れられない出来事だった。峻希のこと、心から気の許せる友達と俺自身、再認識できたからだ。しかし、峻希が俺のことをどう思っているかはわからない。
「春樹!」と後ろから自分の名前を呼ぶ声がする。
振り向くと、峻希が手を振ってこちらに近づいてくる。
「あの、今日一緒に帰らない?」
さっきの名前を呼ぶ大きな声とは裏腹に、その声はすごく繊細な物だった。
「なんだ。そんなことかよ。いいよ。もちろん」
春樹にとってはどうと思うようなことではない事でも、峻希にとっては、すごく聞きづらいことなのだろう。彼からは緊張が伝わってくる。
「そんな緊張するなよ」
「だって、友達と何かをする、少なくとも僕から誘うのは初めてだったから」
峻希はりんごのように顔を赤らめてそう言った。
「峻希、お前家どこなの?」
「塔風台のほう」
「なんだ。同じ方角じゃん。俺、午久の方だから」
「午久なんだ。ずいぶん遠いところから通ってるじゃん」
「うん。でも実はね、俺車で送迎して貰ってたんだ」
「送迎って、もしかして芸能人だから?」
峻希は目を大きくして、驚いたように聞いてくる。
「あたり。芸能事務所のサービスなんだ」
「そんなサービスあるの?」
またもや、峻希は目を丸くして聞いてくる。春樹は少し恥かしくなる。こんなことを打ち明けるのも、峻希が初めてだった。
「一応、芸能人だから、身バレを防止するためっていうのもあるみたい」
「だとしたら、一緒に汽車で帰るのはリスク高くない?」
「いや、大丈夫だよ。迎えに来てくれる運転手の人には、午久の駅からって言っておけばいいし。それに俺だって町を歩けば普通の高校生だし」
春樹の言葉を聞いて、峻希はそれも確かにそうだと思った。町を歩いていれば、偶然珍しい車に遭遇することもある。春樹だって、それと同じだ。仮に町を歩く人たちに春樹の存在がばれたとしても、それは、偶然街中で珍しい車に遭遇した、のと同じ感覚である。問題は、事務所に迷惑がかからないかどうかだった。
「芸能事務所の人に迷惑にならないの?」
彼ががクスクスと笑う。
「そんなので迷惑かかってたら、普通の生活送れないよ。コンビニにアイス買いに行ったりとか、できないじゃん。送迎っていうのは、あくまで個人のプライバシーを守るための事務所側の配慮に過ぎないからさ。どうするかは結局個人の問題なんだよね」
春樹は、窓から校庭を眺めながらそう言った。納屋にレア車を隠しておくか、否かは結局オーナー次第なんだろう、そう思った。
雨上がりの校庭の水たまりがキラキラ輝いている。
放課後。グラウンドでは運動部の部員たちがせっせと練習に励んでいる。秋とはいえ、まだ残暑で暑い9月上旬。西の方では台風がいくつか発生していると聞いた。峻希はノート当番で職員室に行っている春樹を待っていた。
「お待たせ。帰ろうぜ。」とはじけた声でに春樹が職員室から戻ってくる。教室には、彼と峻希の二人きり。他の連中はもうすでに帰宅したか、課外活動に行った後だった。
2人での帰り道。峻希は少し緊張していた。なんでかはよくわからなかったが、誰かと一緒に学校から帰る経験が峻希にはなかった。雨上がりで路面が濡れている。少しの沈黙の後、春樹が切り出す。
「峻希、もしかして緊張してる?」
「俺、こういう経験疎いから、まだ慣れなくて」
「誘ってきたの峻希の方なのに」
「一緒に帰りたかったのは、事実だよ」
「じゃあ、嬉しいと思うのは俺だけなのか」
「春樹嬉しいの?」
俺も嬉しかった。ただ、その感情をなかなか春樹に吐き出せないでいた。春樹ともっと一緒にいたい。春樹ともっと感情を共有したい。本当は、そう思っていたが、その感情は脆く、儚いように思える。
彼がそう思うように、俺もまた、春樹がいつか俺のそばを離れていくのがすごく怖いように感じていた。遠くから聞こえるヒグラシの鳴き声。薄く青い夏の夕方の空が、彼ら二人を優しく包み込んでくれる。駅の自販機で飲み物を買う。春樹はコーヒー。峻希は水。その静かに穏やかに流れる時間は、二人にとってかけがえのない物である事に変わりはない。時間の流れが、すごく早く感じる。
「春樹、俺、君のこと友達だと思うことにしたよ」
「いきなりそんなこと言われると恥かしい。けど嬉しい。俺も峻希のこと、友達だと思ってるよ」
汽車は、エンジンの唸りを上げて、加減速を繰り返す。いつもより揺れが心地よい。誰かと過ごす時間がすごく愛おしい。言葉には出さないが、二人ともそんな心地よさを楽しんでいた。
汽車が塔風台の駅に差し掛かるころ、春樹が切り出す。
「明日から、俺しばらく仕事の都合で休むから」
その横顔は少し寂し気だ。
「どのくらい来ないの?」
「2週間くらい。テレビのロケでね」
「そっか。俺、その間また一人ぼっちだ」
「肉体的に離れていても、いつでも連絡はつくじゃん。携帯あるんだし。俺も峻希が寂しくならないように、定期的に連絡するから」
これは、正しくも間違いだった。本当は峻希の為というより、自分の為だった。ロケの間は本当に寂しいものだった。人付き合いのすべてが、利害によるもの、すなわち、機械的に行われるものだと、春樹は認識していた。それがすごく嫌だった。テレビに出てるから人気者。そんなの嘘だ。
「峻希の出てる番組、見てみようかな。峻希の晴れ舞台」
けど、誰のために頑張っているか、春樹はこのとき、目的が見いだせた気がした。俺は、こいつの為に頑張るんだ、と。
汽車が塔風台の駅につき、峻希がゆっくりと席を立ち上がる。
「じゃあね。明日から、頑張れよ」
「うん。ありがとう」
汽車の扉が閉まり、ゆっくりと動き出す。改札を出る峻希の姿を見送り、春樹はまたゆっくりと座席に座る。本当に孤独なのは、きっと俺の方なのだ。こののどの渇きに似た現象は、いったい何なのだろう。心が水を欲している。明日からのロケ行きたくないな。峻希と学校で話しているほうが、楽しい。
その晩のことであった。峻希は久しぶりにテレビを付けると、そこにちょうどドラマに出演する春樹の姿が映し出されていた。
「珍しいじゃない、テレビなんて」
母は、机で医学論文を読みながらそう言い放つ。丸渕の眼鏡が、少しこっちを向く。
「友達が出てるんだ」
「春樹、あなた友達ができたの?」
論文を読む母の手が止まり、顔が峻希の方を向く。丸渕のメガネの奥にある母の目は、ひどく驚いた表情だ。
「そんなにびっくりすることかな。一人くらい友達が出来たぐらいで」
「だって、あなためんどくさいから友達なんか作らないって、言ってたじゃない」
「いたんだよ、めんどくさくないやつ。ちょっと人間臭い奴だけど」
「どんな子なの?」
母がニヤッと笑みを浮かべて、興味津々に訪ねてくる。
「名前は、山崎春樹。俳優をしててあんまり学校には来ない。この番組にはそいつが出演してる」
「芸能人してる子なの、すごいじゃない。あなたそんな子とうまくやれてるの?」
「もちろん、友達だから。奴は結構地味な奴だよ。顔はかっこいいけど」
「ふうん。」と、母は言い、目線がまた論文の方に戻る。
「そいつにもいろいろ事情があるんだよ。多分だけど、俳優って意外と孤独な仕事だと思う」
「母さんの友達に女優になった子がいるけど、その子も孤独そうにしてた」
「母さんにも芸能人してる友達がいたの?」
母が首を縦に振る。
「いたわ。その子は、自殺しちゃったんだけどね」
「自殺?またどうして」
「その子のことをよく思う人もいれば、悪く思う人もいる。彼女はそういうのにすごく敏感な子だったわ。わたしも相談相手になったりしたけど、一言でいうとすごく繊細な子ね」
その繊細さ。峻希にも心当たりがあった。きっと彼も孤独だろう。
孤独で繊細な子。しかし、テレビに映る彼の姿は、そんな事は一切感じられないほど、活力に満ちていた。
峻希は、テレビの画面を携帯で接写すると、その画像を春樹に送った。
『見てる。なんだかすごくかっこいい』
すぐに既読が付いた。
『ありがとう。その作品ね、俺の力作なんだ。すごく演技が上手くいった。作品自体も面白いよ』
と数十秒後に返事が送られてくる。
それとほぼ同じくらいのタイミングで、携帯に着信が鳴る。春樹からだった。
「もしもし、峻希?」
電話口に聞く春樹の声。繊細さ、孤独さ。なんとなくだが、その声にはそういった感情が込められている気がした。
「どうしたの?」
「いやごめん。急にお前の声が聞きたくなったから。明日からまた学校しばらくいけないからさ」
「そんな小っ恥かしいこというなよ。嬉しいけど。ありがとう春樹」
「俺思うんだ。俺の友達が春樹で良かったって。春樹の事、親友って思っていい?」
その言葉を聞いたとき、峻希は口から心臓が飛び出そうになるくらいドキドキした。少しの間、沈黙が続く。部屋に入る秋の夜風が、そっと峻希を包み込む。
「いいよ。俺もそう思ってるから」
電話口で春樹の笑い声がする。
「いいよってこんなあっさり言われると思ってなかった。なんか恥かしい。峻希のことだし、どうせ俺はまだ友達だと思ってないとか、そういうこと平気でいう奴だと思ってた」
「俺を悪者みたいに言うなよ。俺だって欲しかったんだ。お前みたいな親友」
「なんか意外。でもありがとう。峻希に認められて、俺すごく嬉しい」
「次は、付き合って。とか言いそうだよな、お前」
「峻希となら、正直それでもいいと思ってる」
自分で仕掛けておきながら、すごく恥かしかった。嬉しさ、恥かしさ、孤独から解放される安心感。一気に峻希に向かって襲い掛かってきた。しかし、それは心地の悪いものではなかった。そこまで自分を認めてくれてるやつ。突然降って沸いたようにそんな人間が目の前に現れるとは思ってもいなかった。それが嬉しかった。
「じゃあ、付き合おう」
二人で笑いあった。二人にそんな感情が無いことは明白だったからだ。けど、愛おしい気持ちには変わりなかった。
窓から入る一筋の月明り。それが今日は心地よかった。
「山崎ってたしか、ドラマとかいろいろ出てるよな」
「なんであんな地味な奴と仲良くしてるんだろう」
「二人とも地味で友達いないからだろ」
教室がある階の廊下を歩いていると、そんな会話が聞こえてくる。それは陰口であったが、皆、仲がいい友達がいない、心の底から気の許せる友達がいないからだと春樹は思うのだった。その陰口はまるで嫉妬心の表れだ。いちいち、付き合ってられない。あの夏のイベントでの出来事、俺にとっては忘れられない出来事だった。峻希のこと、心から気の許せる友達と俺自身、再認識できたからだ。しかし、峻希が俺のことをどう思っているかはわからない。
「春樹!」と後ろから自分の名前を呼ぶ声がする。
振り向くと、峻希が手を振ってこちらに近づいてくる。
「あの、今日一緒に帰らない?」
さっきの名前を呼ぶ大きな声とは裏腹に、その声はすごく繊細な物だった。
「なんだ。そんなことかよ。いいよ。もちろん」
春樹にとってはどうと思うようなことではない事でも、峻希にとっては、すごく聞きづらいことなのだろう。彼からは緊張が伝わってくる。
「そんな緊張するなよ」
「だって、友達と何かをする、少なくとも僕から誘うのは初めてだったから」
峻希はりんごのように顔を赤らめてそう言った。
「峻希、お前家どこなの?」
「塔風台のほう」
「なんだ。同じ方角じゃん。俺、午久の方だから」
「午久なんだ。ずいぶん遠いところから通ってるじゃん」
「うん。でも実はね、俺車で送迎して貰ってたんだ」
「送迎って、もしかして芸能人だから?」
峻希は目を大きくして、驚いたように聞いてくる。
「あたり。芸能事務所のサービスなんだ」
「そんなサービスあるの?」
またもや、峻希は目を丸くして聞いてくる。春樹は少し恥かしくなる。こんなことを打ち明けるのも、峻希が初めてだった。
「一応、芸能人だから、身バレを防止するためっていうのもあるみたい」
「だとしたら、一緒に汽車で帰るのはリスク高くない?」
「いや、大丈夫だよ。迎えに来てくれる運転手の人には、午久の駅からって言っておけばいいし。それに俺だって町を歩けば普通の高校生だし」
春樹の言葉を聞いて、峻希はそれも確かにそうだと思った。町を歩いていれば、偶然珍しい車に遭遇することもある。春樹だって、それと同じだ。仮に町を歩く人たちに春樹の存在がばれたとしても、それは、偶然街中で珍しい車に遭遇した、のと同じ感覚である。問題は、事務所に迷惑がかからないかどうかだった。
「芸能事務所の人に迷惑にならないの?」
彼ががクスクスと笑う。
「そんなので迷惑かかってたら、普通の生活送れないよ。コンビニにアイス買いに行ったりとか、できないじゃん。送迎っていうのは、あくまで個人のプライバシーを守るための事務所側の配慮に過ぎないからさ。どうするかは結局個人の問題なんだよね」
春樹は、窓から校庭を眺めながらそう言った。納屋にレア車を隠しておくか、否かは結局オーナー次第なんだろう、そう思った。
雨上がりの校庭の水たまりがキラキラ輝いている。
放課後。グラウンドでは運動部の部員たちがせっせと練習に励んでいる。秋とはいえ、まだ残暑で暑い9月上旬。西の方では台風がいくつか発生していると聞いた。峻希はノート当番で職員室に行っている春樹を待っていた。
「お待たせ。帰ろうぜ。」とはじけた声でに春樹が職員室から戻ってくる。教室には、彼と峻希の二人きり。他の連中はもうすでに帰宅したか、課外活動に行った後だった。
2人での帰り道。峻希は少し緊張していた。なんでかはよくわからなかったが、誰かと一緒に学校から帰る経験が峻希にはなかった。雨上がりで路面が濡れている。少しの沈黙の後、春樹が切り出す。
「峻希、もしかして緊張してる?」
「俺、こういう経験疎いから、まだ慣れなくて」
「誘ってきたの峻希の方なのに」
「一緒に帰りたかったのは、事実だよ」
「じゃあ、嬉しいと思うのは俺だけなのか」
「春樹嬉しいの?」
俺も嬉しかった。ただ、その感情をなかなか春樹に吐き出せないでいた。春樹ともっと一緒にいたい。春樹ともっと感情を共有したい。本当は、そう思っていたが、その感情は脆く、儚いように思える。
彼がそう思うように、俺もまた、春樹がいつか俺のそばを離れていくのがすごく怖いように感じていた。遠くから聞こえるヒグラシの鳴き声。薄く青い夏の夕方の空が、彼ら二人を優しく包み込んでくれる。駅の自販機で飲み物を買う。春樹はコーヒー。峻希は水。その静かに穏やかに流れる時間は、二人にとってかけがえのない物である事に変わりはない。時間の流れが、すごく早く感じる。
「春樹、俺、君のこと友達だと思うことにしたよ」
「いきなりそんなこと言われると恥かしい。けど嬉しい。俺も峻希のこと、友達だと思ってるよ」
汽車は、エンジンの唸りを上げて、加減速を繰り返す。いつもより揺れが心地よい。誰かと過ごす時間がすごく愛おしい。言葉には出さないが、二人ともそんな心地よさを楽しんでいた。
汽車が塔風台の駅に差し掛かるころ、春樹が切り出す。
「明日から、俺しばらく仕事の都合で休むから」
その横顔は少し寂し気だ。
「どのくらい来ないの?」
「2週間くらい。テレビのロケでね」
「そっか。俺、その間また一人ぼっちだ」
「肉体的に離れていても、いつでも連絡はつくじゃん。携帯あるんだし。俺も峻希が寂しくならないように、定期的に連絡するから」
これは、正しくも間違いだった。本当は峻希の為というより、自分の為だった。ロケの間は本当に寂しいものだった。人付き合いのすべてが、利害によるもの、すなわち、機械的に行われるものだと、春樹は認識していた。それがすごく嫌だった。テレビに出てるから人気者。そんなの嘘だ。
「峻希の出てる番組、見てみようかな。峻希の晴れ舞台」
けど、誰のために頑張っているか、春樹はこのとき、目的が見いだせた気がした。俺は、こいつの為に頑張るんだ、と。
汽車が塔風台の駅につき、峻希がゆっくりと席を立ち上がる。
「じゃあね。明日から、頑張れよ」
「うん。ありがとう」
汽車の扉が閉まり、ゆっくりと動き出す。改札を出る峻希の姿を見送り、春樹はまたゆっくりと座席に座る。本当に孤独なのは、きっと俺の方なのだ。こののどの渇きに似た現象は、いったい何なのだろう。心が水を欲している。明日からのロケ行きたくないな。峻希と学校で話しているほうが、楽しい。
その晩のことであった。峻希は久しぶりにテレビを付けると、そこにちょうどドラマに出演する春樹の姿が映し出されていた。
「珍しいじゃない、テレビなんて」
母は、机で医学論文を読みながらそう言い放つ。丸渕の眼鏡が、少しこっちを向く。
「友達が出てるんだ」
「春樹、あなた友達ができたの?」
論文を読む母の手が止まり、顔が峻希の方を向く。丸渕のメガネの奥にある母の目は、ひどく驚いた表情だ。
「そんなにびっくりすることかな。一人くらい友達が出来たぐらいで」
「だって、あなためんどくさいから友達なんか作らないって、言ってたじゃない」
「いたんだよ、めんどくさくないやつ。ちょっと人間臭い奴だけど」
「どんな子なの?」
母がニヤッと笑みを浮かべて、興味津々に訪ねてくる。
「名前は、山崎春樹。俳優をしててあんまり学校には来ない。この番組にはそいつが出演してる」
「芸能人してる子なの、すごいじゃない。あなたそんな子とうまくやれてるの?」
「もちろん、友達だから。奴は結構地味な奴だよ。顔はかっこいいけど」
「ふうん。」と、母は言い、目線がまた論文の方に戻る。
「そいつにもいろいろ事情があるんだよ。多分だけど、俳優って意外と孤独な仕事だと思う」
「母さんの友達に女優になった子がいるけど、その子も孤独そうにしてた」
「母さんにも芸能人してる友達がいたの?」
母が首を縦に振る。
「いたわ。その子は、自殺しちゃったんだけどね」
「自殺?またどうして」
「その子のことをよく思う人もいれば、悪く思う人もいる。彼女はそういうのにすごく敏感な子だったわ。わたしも相談相手になったりしたけど、一言でいうとすごく繊細な子ね」
その繊細さ。峻希にも心当たりがあった。きっと彼も孤独だろう。
孤独で繊細な子。しかし、テレビに映る彼の姿は、そんな事は一切感じられないほど、活力に満ちていた。
峻希は、テレビの画面を携帯で接写すると、その画像を春樹に送った。
『見てる。なんだかすごくかっこいい』
すぐに既読が付いた。
『ありがとう。その作品ね、俺の力作なんだ。すごく演技が上手くいった。作品自体も面白いよ』
と数十秒後に返事が送られてくる。
それとほぼ同じくらいのタイミングで、携帯に着信が鳴る。春樹からだった。
「もしもし、峻希?」
電話口に聞く春樹の声。繊細さ、孤独さ。なんとなくだが、その声にはそういった感情が込められている気がした。
「どうしたの?」
「いやごめん。急にお前の声が聞きたくなったから。明日からまた学校しばらくいけないからさ」
「そんな小っ恥かしいこというなよ。嬉しいけど。ありがとう春樹」
「俺思うんだ。俺の友達が春樹で良かったって。春樹の事、親友って思っていい?」
その言葉を聞いたとき、峻希は口から心臓が飛び出そうになるくらいドキドキした。少しの間、沈黙が続く。部屋に入る秋の夜風が、そっと峻希を包み込む。
「いいよ。俺もそう思ってるから」
電話口で春樹の笑い声がする。
「いいよってこんなあっさり言われると思ってなかった。なんか恥かしい。峻希のことだし、どうせ俺はまだ友達だと思ってないとか、そういうこと平気でいう奴だと思ってた」
「俺を悪者みたいに言うなよ。俺だって欲しかったんだ。お前みたいな親友」
「なんか意外。でもありがとう。峻希に認められて、俺すごく嬉しい」
「次は、付き合って。とか言いそうだよな、お前」
「峻希となら、正直それでもいいと思ってる」
自分で仕掛けておきながら、すごく恥かしかった。嬉しさ、恥かしさ、孤独から解放される安心感。一気に峻希に向かって襲い掛かってきた。しかし、それは心地の悪いものではなかった。そこまで自分を認めてくれてるやつ。突然降って沸いたようにそんな人間が目の前に現れるとは思ってもいなかった。それが嬉しかった。
「じゃあ、付き合おう」
二人で笑いあった。二人にそんな感情が無いことは明白だったからだ。けど、愛おしい気持ちには変わりなかった。
窓から入る一筋の月明り。それが今日は心地よかった。
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