ぼく、パンダ

山城木緑

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6.俺らがいるからな

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「おぉ、高えな。落ちたら下手すりゃ死ぬわ。佐々木にあっち行っても怒られるな」

 慎重に登っていく。竹はゴムのようにしなり、必死でしがみつく。やがて真ん中ほどまで登り、上を見上げた。先がある程度見えている。そこには、何もない。
 さっきの鳥がいて、その鳥に吠えていたのかとも考えたが、鳥が飛び立つ羽音も聞こえはしなかった。
 仕方なく、祐吾はその辺りに生えたまだ若い葉をちぎってポケットに入れ、降りることにした。この若い葉を食べたいだけなのかもしれない。
 するすると降りると、まだポカンとした表情でシェンシェンはこちらを見ていた。

「これか? 若い葉っぱ食べたかったんか?」

 ポケットからたくさんの瑞々しい葉を取り出し、シェンシェンの目の前に置いた。
 力が抜けて、また膝から落ち、しゃがみこんだ。へとへとだ。足に力が入らない。
 すると、予期していない反応をシェンシェンがみせた。
 シェンシェンは突然、祐吾をぽかぽかと叩き出したのである。甘噛みだが、祐吾のシャツやズボンを噛んで引っ張り、また前足でぽかぽかと叩くのだ。

「おうおう、どうしたどうした?」

 シェンシェンは祐吾の上に乗ったり、また叩いたり、とにかく祐吾にちょっかいを出し始めた。

「そんなに若い葉っぱ嬉しかったか? これで信頼したんか? 食いしん坊なやつだな」

 祐吾は飛び乗ってくるシェンシェンとじゃれ合いながら聞いた。分かるはずもない。ただ、警戒されていないことは確かで、祐吾は嬉しくてたまらなかった。

 祐吾は決断した。
 明日、山を降りよう。
 この地にいるから馴染いてくれているのかも知れないが、不思議と祐吾にはシェンシェンがこのままついてきてくれる確信めいたものを感じていた。
 あとは覚悟だけの問題である。必ず、シェンシェンを幸せにする。
 今夜は月が綺麗に見えた。涼しい風が眠りにつくシェンシェンと祐吾の鼻腔をくすぐっていた。

 明くる朝、またシェンシェンに引っ張られて起きた。
 すこし遊んであげて祐吾はそっとリードをシェンシェンの首につけてみた。シェンシェンは母親の傷を丁寧に舐めて、いつものように竹の葉を添えた。リードが首に巻かれたのに気づいていないわけはない。リードを巻かれようが、ぼくはここでお母さんと暮らすんだとアピールしているのではないか。祐吾にはそう見えた。
 とても引っ張れないなと思ったとき、シェンシェンは自ら祐吾の前にすっと出た。祐吾が理解できずに立ち尽くしていた。シェンシェンは祐吾のズボンを甘噛みして引っ張った。さあ、行こうよ。そうとでも言うように、振り向いて祐吾を見上げている。

「分かるのか、シェンシェン? 大丈夫なんか?」

 シェンシェンはまだ祐吾を見上げている。あとは任せるよとその顔が物語っていた。
 祐吾がシェンシェンを引く。シェンシェンもついて歩き始めた。ありがとう、良い子だ。もうひとつのお家、堂ヶ芝動物園に帰ろう。楽しいことがたくさん待ってるから。
 さすがにシェンシェンは何度も振り向いた。母親にさようならを告げているのだ。責任は重い。リードを持つ手に力が入る。
 すこしづつ母親の白と黒の背中が小さくなっていく。竹の緑に紛れていく。
 祐吾はシェンシェンに向けて言った。

「シェンシェン、シェンシェンが大きくなってここに来れなくなっても、俺がまたここを訪れるからな。ちゃんと線香をあげに来るわな」

 シェンシェンがワウと鳴いた。祐吾がシェンシェンを撫でる。二人はゆっくりと山を降りていく。
 ここからがシェンシェンと俺の第二章だ。シェンシェンが動物園に馴染んで大きくなった頃、俺の手もある程度離れるだろう。その時にゆっくり有休でも取ろう。そして、ここへ、シェンシェンを産んでくれた大事な母親へシェンシェンの成長を告げに来よう。
 空はまっさらに晴れていた。空が門出を祝福しているようだった。

 だが、この日以来、祐吾がこの地に足を踏み入れることはなかった。
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