ぼく、パンダ

山城木緑

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6.俺らがいるからな

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 陽はとっくに傾いている。山裾が橙色に染まり、蛙の鳴き声が木々に響いていた。
 急いで山を登るが、足元が滑る。何度も足をとられ、歳を取ったなと実感する。
 登ったルートを正確に辿り、何とかシェンシェンの住み処に着くと、佐々木がへたりこんでいた。
 まだおいおいと泣いている。その向こうにちょこまかと動くシェンシェンがいた。ホッとした。力が抜けて、その場にしゃがみこんだ。

「充分泣いたか?」

 振り返った佐々木はシェンシェンを指さした。

「……この子……母親に竹の葉を集めてるんです。……あたし、……申し訳なくって」

 佐々木が言うように、シェンシェンは横たわる母親の隣に竹の葉をくわえて運んでいた。せっせと一枚一枚運ぶのだ。胸が針で刺されたようだった。

「……早坂さん。何しにふもとへ戻ったんすか? まさかあの傷の男、殴ったんですか?」

 佐々木は泣き声で尋ねた。

「いんや……殴る手前やったけどな。もう、こんなことが世界中でいっさい起こってほしない。ただ……そんだけや」

 佐々木と竹の葉を集めた。母親の隣に置いていく。シェンシェンの母親の口は開いたままだった。その口のそばにシェンシェンが集めた竹の葉が積まれている。ほんとうにわが子が作った料理を食べているようだった。お腹と肩に無情な傷がある。血が固まり、そのまわりに虫がたかっていた。祐吾は虫を払い、自分のタオルをそっと傷口にかけてやった。

「シェンシェンが一生懸命集めたご飯だから、お母さんあっちで美味しい美味しいって食べてるよ、きっと」

 佐々木がシェンシェンに言うと、シェンシェンは佐々木を見上げて、ワウとひとつ鳴いた。祐吾には「そうだよね!」と、シェンシェンがしゃべったように見えた。

「佐々木、一旦ここを降りてインさんに頼んでどこかの町まで出ろ。ほんで、インさんにお薦めのところ聞いて泊まれ」

「早坂さんはどうするんですか? ここにいるんならあたしもいます」

 佐々木は不満げな表情で言う。俺が死んでもこいつがいたら堂ヶ芝動物園は大丈夫だなぁと思う。思わず笑みを漏らしてしまう。

「いちいちめそめそされたらよ、たまらんからな。……ま、それは冗談としても、お前に頼みがある」

「なんすか?」

「明日には園に戻って、大急ぎでパンダ舎に竹林を作ってくれ」

「……シェンシェン、連れて帰るんですか?」
 
「……さあな。シェンシェン次第だ。まだ子供だ。シェンシェンがどうしたいか、決めるのじっくり待つわ」

 なあ、とでも言うように祐吾はシェンシェンの頭を撫でた。葉をくわえたまま、シェンシェンはまたワウと小さく吠えた。

「何日待つんですか? 簡単に言いますけど、あたし、帰ったら針のむしろなんすよ。公開延期いつまでって言います?」

「んーー、どうだろうな。それまでお前のほんのほんのごくわずかな色気でごまかしたりできねえか?」

「ばーか」

 佐々木がリュックをからう。ふんっと祐吾に向けて鼻を鳴らした。

「上司にばーかはねえだろ」

 祐吾は先ほどからナイフで竹を切りながら話している。佐々木にはそれがシェンシェンのお母さんの墓標だと分かっていた。この人なら、必ずそうする、と。

「尊敬してませんからねぇ」 

 佐々木がにやりと笑って、佐々木を見た祐吾も笑った。

「頼むぞ」

「はい、ではお先に。シェンシェン、また会おうね」

 シェンシェンはキャウ、ワウと佐々木に吠えた。なんて言ってるんだろう。でも、シェンシェンは泣いてない。きっと、気を付けてねとでも言ってくれている。
 やっぱ、男の子だな。男の子って良いなぁ。そんなことを思いながら、佐々木は軽やかに山道を降りていった。
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