ぼく、パンダ

山城木緑

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2.ごめんよ

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 子パンダが来て、十日が過ぎていた。
 依然として状況は変わらず、園には焦りの色が滲んでいた。
 それでも、時は進む。
 苦しむ子パンダと飼育員たちをよそに、ホームページは今日も盛況だ。「子パンダのお名前募集、たくさんのご応募ありがとうございました」という言葉が並んでいる。

『シェンシェン』

 子供たちの投票で一番多かった名前で、呼びやすく、親しみやすい名前だ。
 夕方の打合せにて満場一致で子パンダの名前はシェンシェンに決まった。
 シェンシェン! と呼べば近寄ってくる。そんな日が来るのを切に願う。
 佐々木が色紙や折り紙を使って、工作している。色たくさんのペンで『ぼく、シェンシェン。よろしく』と書いている。ホームページやSNSを見てくれている方のために、シェンシェンの後ろに飾り、写真を撮るのだ。
 色鮮やかな色紙とは裏腹に佐々木の表情は暗い。
 縮こまっているシェンシェンの後ろにそっと色紙を置き、壁に折り紙で作った輪っかを飾っていく。
 祐吾はその様子をそっと後ろから見守っていた。いつもキビキビ元気な佐々木の動きが鈍い。

「佐々木、おまえまた泣いてんじゃねえだろうな」

 後ろから声をかけられて振り向いた佐々木の目は真っ赤だった。

「……泣いて、ま、せ、ん」

「泣いてんじゃねえかよ」

 佐々木は目もとをごしごし擦って、ただ震えているシェンシェンを写真に収めた。

「早坂さん……こんなことしても、シェンシェンは全然喜んでないです……」

「……ああ」

 祐吾はそっとシェンシェンに寄った。

「名前が決まったぞ。たくさん可愛がってくれる子供たちがシェンシェンっていう名前をつけてくれたぞ。大丈夫、大丈夫だぞ、シェンシェン」

 そう声をかけながら、嫌がるシェンシェンに今日も注射器の針をうたねばならない。祐吾も泣きたい気持ちは同じだった。
「……なあ、佐々木」

「はい?」

「この十日間、俺もお前もやれることはやってきたよな」

 祐吾は佐々木には目を向けず、慎重にシェンシェンに刺さる注射器の針を見ている。
 佐々木は少し首を傾げている。

「……はい」

「ただな、最近思うんや。やってんのは、あくまで俺とお前の物差しの中でのやれること。なんでシェンシェンが怯えてるんか、なぜずっと悲しそうなんか、そんなことも俺は分かってあげられてへん」

 祐吾が注射器を抜く。
 痛かったのか、はたまた悲しいからなのか、シェンシェンはキューンキューンと元気なく鳴いた。佐々木は首をひねって、祐吾が何を言いたいのかを考えている。

「お前、旅は好きか?」

 佐々木は眉間に皺を寄せて祐吾を見た。さっきから何を言っているのか分からない。もうこのおじさんは気がおかしくなったのだろうか。

「……旅? ですか?」

 ふうぅ。祐吾はひとつ息を吐いた。
「このままじゃダメなんや。シェンシェンのことを俺らはもっと知らなくちゃならん」

「……え。というと」

「中国に行く。賭けやけど、シェンシェンの居た故郷に行くぞ。俺らは動物のこと、もっと分かろうとせなあかん。お前もついてこい」
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