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強豪、滋賀学院 霧隠才雲、現る
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「ツーアウトオォォ!!」
キャッチャーが指を二本立て、大きな声で守備陣にアウトカウントをアピールする。川原が帽子をとって額の汗をひと拭いし、キャッチャーのサインを確認する。大きく二度頷き、セットポジションに構えた。
二塁上の犬走は、大きくリードをとっていたが、止めた。
桐葉が三振に倒れ、犬走はダメもとでも三盗を試みようとしていた。三塁までいけば、相手のエラーなどで点を取れるかもしれない。桐葉が抑えられた投手に、道河原では敵う訳もない。よって、少しでも本塁に返る確率を上げるためにリードを大きく取っていた。
だが、道河原とほんの少し目を合わせたところで犬走は二塁へ数歩戻った。
「あいつ、目が違う。白烏といい、この試合、相当な覚悟で臨んでる」
刺される可能性がある三盗はやめだ。三盗と相手のエラーを待つより、点を取れる可能性は道河原のあの目を信じる方が高い。
いけ、道河原。お前が甲賀の四番だ。
相撲は立ち合いで勝負を分かつと言っても過言ではない。
相撲で培った立ち合いの集中力を今は活かせているか? 昨晩、道河原は白烏と練習しながら、そう自問した。どこかで自分は野球なんて簡単だ、などとなめていなかったか?
かつて相撲で勝てなかった龍造寺謙信というライバルがいた。いつの間にか謙信は野球に転向し、甲子園を沸かせていた。謙信はどれほどの努力をしただろう。いくら野球に転向したとしても、こんな自分が謙信に勝てるだろうか? 照明に照らされながら道河原は立ち尽くし、思慮に耽っていた。
「おいっ、わざわざ夜に練習してんのにボーっと突っ立ってんなよ。ひと振りでも素振りせえよ」
一緒に練習していた白烏が異変に気付き、声を掛けた。
「……ああ、分かっとる。でもな、今の俺が1万スイングしたとて一緒や。俺は野球をなめとった。そんな奴が通じる訳ないわ。もしかしたら、お前もやったかもな、手裏剣使い」
「……なんや、その呼び方。まぁ、けど、俺もそうや。シンプルなことや。俺らは活躍しとらん。その自覚から始めんと、俺らはグラウンドに立つ資格ないで」
白烏はそう応えて、大きく伸びをうち、防球ネットに向かう。フォームを確かめるようにゆっくりと一球投げた。ボールは高く浮き、ネットの上の方に当たる。跳ね返ったボールを白烏は丁寧に拾い上げた。
「今日、何時までやるつもりや?」
「背番号1を背負う資格があると、自分で認めるまでや」
「朝までやな」
「お前こそ、心技体の心にやっと気付きおったところやろ。お前なんて試合直前までやっとれ」
「ふんっ。けど、言う通りや。俺が一番気持ちで遅れとる。朝までにはお前に追いついたる」
二人で小さく笑い合い、白烏は白球を、道河原はバットを強く握り締めた。
「んでもよ、徹夜なんかして俺ら滋賀学院に通じるんか?」
「……知らん。とにかくやるしかねえぞ」
「おお」
キャッチャーが指を二本立て、大きな声で守備陣にアウトカウントをアピールする。川原が帽子をとって額の汗をひと拭いし、キャッチャーのサインを確認する。大きく二度頷き、セットポジションに構えた。
二塁上の犬走は、大きくリードをとっていたが、止めた。
桐葉が三振に倒れ、犬走はダメもとでも三盗を試みようとしていた。三塁までいけば、相手のエラーなどで点を取れるかもしれない。桐葉が抑えられた投手に、道河原では敵う訳もない。よって、少しでも本塁に返る確率を上げるためにリードを大きく取っていた。
だが、道河原とほんの少し目を合わせたところで犬走は二塁へ数歩戻った。
「あいつ、目が違う。白烏といい、この試合、相当な覚悟で臨んでる」
刺される可能性がある三盗はやめだ。三盗と相手のエラーを待つより、点を取れる可能性は道河原のあの目を信じる方が高い。
いけ、道河原。お前が甲賀の四番だ。
相撲は立ち合いで勝負を分かつと言っても過言ではない。
相撲で培った立ち合いの集中力を今は活かせているか? 昨晩、道河原は白烏と練習しながら、そう自問した。どこかで自分は野球なんて簡単だ、などとなめていなかったか?
かつて相撲で勝てなかった龍造寺謙信というライバルがいた。いつの間にか謙信は野球に転向し、甲子園を沸かせていた。謙信はどれほどの努力をしただろう。いくら野球に転向したとしても、こんな自分が謙信に勝てるだろうか? 照明に照らされながら道河原は立ち尽くし、思慮に耽っていた。
「おいっ、わざわざ夜に練習してんのにボーっと突っ立ってんなよ。ひと振りでも素振りせえよ」
一緒に練習していた白烏が異変に気付き、声を掛けた。
「……ああ、分かっとる。でもな、今の俺が1万スイングしたとて一緒や。俺は野球をなめとった。そんな奴が通じる訳ないわ。もしかしたら、お前もやったかもな、手裏剣使い」
「……なんや、その呼び方。まぁ、けど、俺もそうや。シンプルなことや。俺らは活躍しとらん。その自覚から始めんと、俺らはグラウンドに立つ資格ないで」
白烏はそう応えて、大きく伸びをうち、防球ネットに向かう。フォームを確かめるようにゆっくりと一球投げた。ボールは高く浮き、ネットの上の方に当たる。跳ね返ったボールを白烏は丁寧に拾い上げた。
「今日、何時までやるつもりや?」
「背番号1を背負う資格があると、自分で認めるまでや」
「朝までやな」
「お前こそ、心技体の心にやっと気付きおったところやろ。お前なんて試合直前までやっとれ」
「ふんっ。けど、言う通りや。俺が一番気持ちで遅れとる。朝までにはお前に追いついたる」
二人で小さく笑い合い、白烏は白球を、道河原はバットを強く握り締めた。
「んでもよ、徹夜なんかして俺ら滋賀学院に通じるんか?」
「……知らん。とにかくやるしかねえぞ」
「おお」
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