甲賀忍者、甲子園へ行く【地方予選編】

山城木緑

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強豪、滋賀学院 霧隠才雲、現る

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 アキレス腱を断裂して以来、犬走はあるテーマを設けて上半身だけでの練習を課していた。バッティングフォームの構築だ。

 今までの当てさえすれば内野安打というスタイルには限界がある。遠江姉妹社との初戦で犬走はそれを痛感していた。

 内野の頭を越える打球までは望まない。ただ、内野に転がる打球を当てるのではなく、しっかりと打てるようになっておきたい。それができれば、相手に悩める選択肢を与えることになる。

「藤田、ちょっといいか? バッティング……構えから教えてほしいんだ」

 2回戦前の練習中、犬走は藤田に声を掛けた。犬走の理想はピッチャーでありながらヒットメーカーでもある藤田のバッティングフォームだった。力はないものの、無駄がない。大きい打球を望まない犬走にとって、藤田のバッティングは最適に思えた。

 足に無理をさせられない分、何度も藤田のスイングを真似し、上半身だけでボールをとらえる練習をした。

 それ以降、暇を見つけては犬走と藤田によるマンツーマンのバッティング特訓が行われた。少しずつ犬走は振りながらボールをとらえるコツを覚えていった。

「うん、やっぱり犬走さんはセンスありますね。ほんとは下半身も使っての方がタイミングは取りやすいですからね。上半身でそれだけ振れるなら時間はかからないかもです」

 この滋賀学院。さすがに一流だ。

 いわゆる『走り当て』からの内野安打が絶望的ならば、まだ完成とは程遠いがやってみよう。

 犬走は藤田とそっくりな構えでグリップを強く握り締めた。

 滋賀学院ピッチャーの川原真吾かわはらしんごは、この構えを見てなお冷静だった。

 試合開始前に甲賀のスターティングメンバーを見たときは驚きを隠せなかった。皆で甲賀の試合を確認したとき、初戦で犬走という選手は両足のアキレス腱を断裂していた。かなりの俊足だが、この夏はもう出られまい。可哀想にと思ったものだ。

「この一番出るのか……」

 故に、川原をはじめ滋賀学院の皆がスタメンに記された名を見て驚いた。

 出るならば、あの異常な足は驚異だ。ただ、しっかり対策してランナーとして出さなければ良い。その対策はしてきた。足が万全の訳もないだろうし、アウトにできると確信していた。

 それに対して、ヒッティングに切り替えたのだろう。だが、そうはいかない。付け焼き刃のヒッティングで打てるほど野球は甘くない。それを教えてやる。

 ゆっくりと肩を回し、筋肉をほぐしながらスタンドを見渡す。スカイブルーのユニフォームを纏った小さな集団が目に入った。遠江高校のユニフォームだ。こんなところで負けるわけにはいかない。見ていろ、遠江。

 川原がゆったりとワインドアップをとる。グローブをはめた右手が高く天を指すように上がる。ゆっくり流れるように体重が左足から右足に移動していく。右足に体重移動するのと同時に天をかざした右手が下へ、代わりにボールを持った左手が背中から回ってくる。無駄がない芸術とも言える投球フォームだ。

 美しい。思わず打席の犬走は川原のフォームにみとれた。

 ストライイイイク!

 気付いた時には捕手のミットにボールが収まっていた。

「うーん、こりゃなかなか……」

 犬走は顎をぽりぽりと掻いた。
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