153 / 243
強豪、滋賀学院 霧隠才雲、現る
6
しおりを挟む
アキレス腱を断裂して以来、犬走はあるテーマを設けて上半身だけでの練習を課していた。バッティングフォームの構築だ。
今までの当てさえすれば内野安打というスタイルには限界がある。遠江姉妹社との初戦で犬走はそれを痛感していた。
内野の頭を越える打球までは望まない。ただ、内野に転がる打球を当てるのではなく、しっかりと打てるようになっておきたい。それができれば、相手に悩める選択肢を与えることになる。
「藤田、ちょっといいか? バッティング……構えから教えてほしいんだ」
2回戦前の練習中、犬走は藤田に声を掛けた。犬走の理想はピッチャーでありながらヒットメーカーでもある藤田のバッティングフォームだった。力はないものの、無駄がない。大きい打球を望まない犬走にとって、藤田のバッティングは最適に思えた。
足に無理をさせられない分、何度も藤田のスイングを真似し、上半身だけでボールをとらえる練習をした。
それ以降、暇を見つけては犬走と藤田によるマンツーマンのバッティング特訓が行われた。少しずつ犬走は振りながらボールをとらえるコツを覚えていった。
「うん、やっぱり犬走さんはセンスありますね。ほんとは下半身も使っての方がタイミングは取りやすいですからね。上半身でそれだけ振れるなら時間はかからないかもです」
この滋賀学院。さすがに一流だ。
いわゆる『走り当て』からの内野安打が絶望的ならば、まだ完成とは程遠いがやってみよう。
犬走は藤田とそっくりな構えでグリップを強く握り締めた。
滋賀学院ピッチャーの川原真吾は、この構えを見てなお冷静だった。
試合開始前に甲賀のスターティングメンバーを見たときは驚きを隠せなかった。皆で甲賀の試合を確認したとき、初戦で犬走という選手は両足のアキレス腱を断裂していた。かなりの俊足だが、この夏はもう出られまい。可哀想にと思ったものだ。
「この一番出るのか……」
故に、川原をはじめ滋賀学院の皆がスタメンに記された名を見て驚いた。
出るならば、あの異常な足は驚異だ。ただ、しっかり対策してランナーとして出さなければ良い。その対策はしてきた。足が万全の訳もないだろうし、アウトにできると確信していた。
それに対して、ヒッティングに切り替えたのだろう。だが、そうはいかない。付け焼き刃のヒッティングで打てるほど野球は甘くない。それを教えてやる。
ゆっくりと肩を回し、筋肉をほぐしながらスタンドを見渡す。スカイブルーのユニフォームを纏った小さな集団が目に入った。遠江高校のユニフォームだ。こんなところで負けるわけにはいかない。見ていろ、遠江。
川原がゆったりとワインドアップをとる。グローブをはめた右手が高く天を指すように上がる。ゆっくり流れるように体重が左足から右足に移動していく。右足に体重移動するのと同時に天をかざした右手が下へ、代わりにボールを持った左手が背中から回ってくる。無駄がない芸術とも言える投球フォームだ。
美しい。思わず打席の犬走は川原のフォームにみとれた。
ストライイイイク!
気付いた時には捕手のミットにボールが収まっていた。
「うーん、こりゃなかなか……」
犬走は顎をぽりぽりと掻いた。
今までの当てさえすれば内野安打というスタイルには限界がある。遠江姉妹社との初戦で犬走はそれを痛感していた。
内野の頭を越える打球までは望まない。ただ、内野に転がる打球を当てるのではなく、しっかりと打てるようになっておきたい。それができれば、相手に悩める選択肢を与えることになる。
「藤田、ちょっといいか? バッティング……構えから教えてほしいんだ」
2回戦前の練習中、犬走は藤田に声を掛けた。犬走の理想はピッチャーでありながらヒットメーカーでもある藤田のバッティングフォームだった。力はないものの、無駄がない。大きい打球を望まない犬走にとって、藤田のバッティングは最適に思えた。
足に無理をさせられない分、何度も藤田のスイングを真似し、上半身だけでボールをとらえる練習をした。
それ以降、暇を見つけては犬走と藤田によるマンツーマンのバッティング特訓が行われた。少しずつ犬走は振りながらボールをとらえるコツを覚えていった。
「うん、やっぱり犬走さんはセンスありますね。ほんとは下半身も使っての方がタイミングは取りやすいですからね。上半身でそれだけ振れるなら時間はかからないかもです」
この滋賀学院。さすがに一流だ。
いわゆる『走り当て』からの内野安打が絶望的ならば、まだ完成とは程遠いがやってみよう。
犬走は藤田とそっくりな構えでグリップを強く握り締めた。
滋賀学院ピッチャーの川原真吾は、この構えを見てなお冷静だった。
試合開始前に甲賀のスターティングメンバーを見たときは驚きを隠せなかった。皆で甲賀の試合を確認したとき、初戦で犬走という選手は両足のアキレス腱を断裂していた。かなりの俊足だが、この夏はもう出られまい。可哀想にと思ったものだ。
「この一番出るのか……」
故に、川原をはじめ滋賀学院の皆がスタメンに記された名を見て驚いた。
出るならば、あの異常な足は驚異だ。ただ、しっかり対策してランナーとして出さなければ良い。その対策はしてきた。足が万全の訳もないだろうし、アウトにできると確信していた。
それに対して、ヒッティングに切り替えたのだろう。だが、そうはいかない。付け焼き刃のヒッティングで打てるほど野球は甘くない。それを教えてやる。
ゆっくりと肩を回し、筋肉をほぐしながらスタンドを見渡す。スカイブルーのユニフォームを纏った小さな集団が目に入った。遠江高校のユニフォームだ。こんなところで負けるわけにはいかない。見ていろ、遠江。
川原がゆったりとワインドアップをとる。グローブをはめた右手が高く天を指すように上がる。ゆっくり流れるように体重が左足から右足に移動していく。右足に体重移動するのと同時に天をかざした右手が下へ、代わりにボールを持った左手が背中から回ってくる。無駄がない芸術とも言える投球フォームだ。
美しい。思わず打席の犬走は川原のフォームにみとれた。
ストライイイイク!
気付いた時には捕手のミットにボールが収まっていた。
「うーん、こりゃなかなか……」
犬走は顎をぽりぽりと掻いた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる