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腕試し
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ゆっくりと資定が振りかぶった。道河原が強くグリップを握り、早くも左足を引く。
『このピッチャーはそんじょそこらのピッチャーとちゃう。早めに始動せんと、とらえきれんやろ』
道河原のこの考えは当たっている。その通りであったが、道河原の予測する速さや球威とは次元が違う球が道河原を襲う。
資定が高く足を上げ、マウンド前方へ踏み出す。上体が一気に前へ押し出され、最後についてきた腕が真上から振り落とされる。腕の先から白球が放たれた。
『銃? 銃ってこんな感じで弾は見えへんのやろなぁ』
道河原はそんなことを思った。道河原は白球をしっかりと見据えていたはずだった。ちゃんとスイングに入ろうとしていた。だが、資定の腕を白球が離れた後に、見えやすいその白色がどこかに消えた。スイングどころか、動けなかった。
パアアアアァァァァン
何かが弾ける音がした。慌てて道河原が振り向くと、そこにキャッチャー森本と審判のコーチの姿がない。どさりという音が聞こえて、更に後ろに目を向けると、森本と審判がバックネットまで飛ばされていた。
資定が急いでそこへ駆け寄る。
「大丈夫ですか? すみません」
「ああ、大丈夫だ。こんな経験初めてだぞ」
審判のコーチは苦笑した。
「森本も大丈夫か?」
「大丈夫です。すみません。次は必ず取ります」
自分を不甲斐ないと思ったようで、森本は唇を噛み締めて謝った。
資定がマウンドに帰る際、道河原と資定の目が合った。
「あんさん、ほんまに凄いわ。なんちゅう化け物や。おもろいわ」
「こちらこそ。どれだけのスイングをするのか楽しみだ。次もその次も真ん中にストレートだ。全身全霊で振ってこい」
資定は笑って、そう宣言した。
敢えてバットを短く持つことはしなかった。相手が真ん中にストレートなんて男気溢れる宣言をしているのだ。目一杯に長く持ってフルスイングで応えるのが礼儀だろう。
道河原は龍造寺謙信との勝負を思い起こしていた。痺れるようなあの土俵での勝負。あの全身が奮い立つ勝負を再びできることが嬉しかった。
もう森本はサインを出さない。足に根を張る。最初に資定から言われた時は何のことかさっぱりだったが、先ほど吹っ飛ばされたことで身に沁みて分かった。土に両足をめり込ませる。捕手が投手の球を捕れなくてどうする。捕る選手と書いて捕手なのだ。大伴先輩の球を完璧に捕る。先ほどのような情けないキャッチングをすれば、俺は捕手を辞めるべきだ。グッと足を土に刺し、強く根を張り、ミットを前に出す。
大伴さん、捕ります。全身全霊でどうぞ。森本が自信を持って前に出した左手に、資定は嬉しそうに頷いた。
資定の足が大きく上がる。右足に乗っていた体重が一気に左足に移り、そのまま山の上からボールが飛び出してくる感覚。道河原はかっと目を見開いた。なんというボール。だが、見える。力をスイングに全て乗せる。
カイイイイイィィィン!
バックネットが大きく歪んでいる。ボールがバックネットのフェンスにめり込んでいた。資定が放つ強烈に回転した球を道河原がとらえた。だが、僅かにバットの上面にあたり、回転を増したボールはフェンスに刺さったのだ。審判が替えのボールを資定に投げる。ボールを受け取りながら、資定は道河原に目を向けた。無骨な目線が資定に向けられていた。あれを当てるか。その無骨な目、面白い。資定も道河原との真剣勝負を楽しんでいた。
ただの練習試合ゆえ、球速は測られていなかったが、実はこの一球は時速165キロを記録していた。
『このピッチャーはそんじょそこらのピッチャーとちゃう。早めに始動せんと、とらえきれんやろ』
道河原のこの考えは当たっている。その通りであったが、道河原の予測する速さや球威とは次元が違う球が道河原を襲う。
資定が高く足を上げ、マウンド前方へ踏み出す。上体が一気に前へ押し出され、最後についてきた腕が真上から振り落とされる。腕の先から白球が放たれた。
『銃? 銃ってこんな感じで弾は見えへんのやろなぁ』
道河原はそんなことを思った。道河原は白球をしっかりと見据えていたはずだった。ちゃんとスイングに入ろうとしていた。だが、資定の腕を白球が離れた後に、見えやすいその白色がどこかに消えた。スイングどころか、動けなかった。
パアアアアァァァァン
何かが弾ける音がした。慌てて道河原が振り向くと、そこにキャッチャー森本と審判のコーチの姿がない。どさりという音が聞こえて、更に後ろに目を向けると、森本と審判がバックネットまで飛ばされていた。
資定が急いでそこへ駆け寄る。
「大丈夫ですか? すみません」
「ああ、大丈夫だ。こんな経験初めてだぞ」
審判のコーチは苦笑した。
「森本も大丈夫か?」
「大丈夫です。すみません。次は必ず取ります」
自分を不甲斐ないと思ったようで、森本は唇を噛み締めて謝った。
資定がマウンドに帰る際、道河原と資定の目が合った。
「あんさん、ほんまに凄いわ。なんちゅう化け物や。おもろいわ」
「こちらこそ。どれだけのスイングをするのか楽しみだ。次もその次も真ん中にストレートだ。全身全霊で振ってこい」
資定は笑って、そう宣言した。
敢えてバットを短く持つことはしなかった。相手が真ん中にストレートなんて男気溢れる宣言をしているのだ。目一杯に長く持ってフルスイングで応えるのが礼儀だろう。
道河原は龍造寺謙信との勝負を思い起こしていた。痺れるようなあの土俵での勝負。あの全身が奮い立つ勝負を再びできることが嬉しかった。
もう森本はサインを出さない。足に根を張る。最初に資定から言われた時は何のことかさっぱりだったが、先ほど吹っ飛ばされたことで身に沁みて分かった。土に両足をめり込ませる。捕手が投手の球を捕れなくてどうする。捕る選手と書いて捕手なのだ。大伴先輩の球を完璧に捕る。先ほどのような情けないキャッチングをすれば、俺は捕手を辞めるべきだ。グッと足を土に刺し、強く根を張り、ミットを前に出す。
大伴さん、捕ります。全身全霊でどうぞ。森本が自信を持って前に出した左手に、資定は嬉しそうに頷いた。
資定の足が大きく上がる。右足に乗っていた体重が一気に左足に移り、そのまま山の上からボールが飛び出してくる感覚。道河原はかっと目を見開いた。なんというボール。だが、見える。力をスイングに全て乗せる。
カイイイイイィィィン!
バックネットが大きく歪んでいる。ボールがバックネットのフェンスにめり込んでいた。資定が放つ強烈に回転した球を道河原がとらえた。だが、僅かにバットの上面にあたり、回転を増したボールはフェンスに刺さったのだ。審判が替えのボールを資定に投げる。ボールを受け取りながら、資定は道河原に目を向けた。無骨な目線が資定に向けられていた。あれを当てるか。その無骨な目、面白い。資定も道河原との真剣勝負を楽しんでいた。
ただの練習試合ゆえ、球速は測られていなかったが、実はこの一球は時速165キロを記録していた。
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