上 下
42 / 193
ショート桐葉刀貴

5

しおりを挟む
 とある日曜日。刀貴は風流れる丘の上にいた。

 鏡水と結人は野球部の練習で、今日の演習はなくなった。それならばと、刀貴は父、友刀の墓参りに来ていたのだ。

 墓石に水をかけ、線香をあげる。年に一度だけ友刀が大事そうに飲む蓬莱泉という日本酒を添えた。線香の煙が強い風にさらわれ、霊園を忙しなく抜けていく。

「父上、極めた刀の先には何があるんだろうな……」

 花瓶に入るだけの花を生け、踵を返したときだった。

 風下に黒い空気を感じた。
 咄嗟に身構えるが、ここに刀は持ち添えていない。線香の煙が流れる方向に意識を張る。無手で構えを取り、気配のする方へ刀貴も殺気を放つ。

 吹く風の音だけがした。
 互いに見えない者同士の緊迫。額に汗が伝う。相手に刀で襲ってこられれば、利き手でない右手を失ってでも初太刀から身を守る。そう頭の中で描いた瞬間、目の前がきらりと光った。何事かと後ろに飛ぼうとしたが、すぐに何かにぶつかる。振り返ろうとして首を動かそうとしたが、目の前、いや首筋にぴたりとつけられ光っていたものが刀だと分かり首の動きを止めた。

「ふん、甘いなあ、甲賀の剣士」

 背後から馬鹿にするような声がした。

「国宝の洟懸地杏葉螺鈿太刀ってのは、背後から喉元に刀を添えられるまで気付かなくても持てるものなのかい?」

 今度は気配がしていた前から声がする。墓石が並んだ向こうは崖になっていて、眼下は見えない。声はその崖から聞こえていた。

 目の前で光る刀身は研かれており、鏡のように空を写している。

 

「うちの祖父は君の桐葉家に洟懸地杏葉螺鈿太刀をかけた戦いに敗れて命を絶ったんだ。復讐として、うちの父が君の父親と遊ばせてもらったけどね。贋作で洟懸地杏葉螺鈿太刀を守ることしかできないなんて、愚の骨頂だ。その息子も結局はこの程度……。なんだか爺ちゃんや父が騒いでいた洟懸地杏葉螺鈿太刀に興味が失せてしまったよ」

 

 背後の男はそう言って、くくくと笑った。

「……父上を……おのれ」

 刀貴が肘で背後の男を穿とうとしたが、背後の男は簡単に足でそれをいなした。

「ふん、小十郎。結局はこの程度だ。よく分かった。洟懸地杏葉螺鈿太刀も持っていないならば用はない。俺らはこんなくだらん刀の道にこだわらず、違う道を進もうぞ」

 崖に身を潜めた男がそう言った。

「桐葉刀貴よ、敗けを認めろ。忍を司る剣士として、背後から刀身を突きつけられるは恥だ」

 背後の男が刀を首筋に触れさせた。ちんっと痛覚が反応する。その角度が変わった刀身に背後の男の顔がわずかに写った。大きな傷と長い髪がはっきりと刀貴の目に記憶された。

「認めろよ。認めねば斬る」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...