甲賀忍者、甲子園へ行く【地方予選編】

山城木緑

文字の大きさ
上 下
17 / 243
サード蛇沼神

1

しおりを挟む
 蛇剣という国に一本しか無い宝剣がある。

 蛇沼家に先祖代々受け継がれている物で、国内はもとより外国からも億単位で売ってほしいと声がかかったが、蛇沼家は頑として譲らなかった。

 蛇剣には妖しが宿るという。

 その蛇剣の使い手は蛇沼家の血を引くものでなければならない。妖しを抑えるための素質、そして特別な精神訓練が揃わねば、蛇剣は暴走するのだ。大きく歪曲した蛇剣は、真一文字に斬ると心臓から腸まで届く。斬られた身体は、刀で斬られたとは思えない見るも無惨な姿となる。

 蛇沼神へびぬまじんは川沿いの土手に腰掛けていた。

 もう授業は始まっている。敢えてサボっている。子供の頃からなので、随分と慣れた。

 蛇沼家に生まれし者、真っ直ぐに生きることは許されない。蛇剣を操れないからだ。人が白ならば黒、山行けば川、そう教えられて人と違う人生を歩んできた。

 タンポポがそよ風に揺れている。そっと息を吹きかけると、天使のように飛んでいった。微笑みながら綿毛を見送る。

 ………………。

 ダメだ、ダメだ。

 神は綿毛の半分残ったタンポポを踏みにじり、ぺっと唾を吐いた。

 胸がぎゅううぅと締まる。


 神は代々続く蛇沼家において、最も純粋で、優しい心を持って生まれてきた。

 蛇沼家の子供は目が細く、唇も細く生まれてくる。口角は鋭く上がり、本当に蛇かと思える顔だ。

 神だけは突然変異と言って良いほど、目はくりくりと丸く、唇は瑞々しく、猫っ毛の髪はほんわりと優しい印象だ。女の子のように生まれてきた。

「か、かわいいなぁ。………………いやいや、なんだ、こいつ。女みたいな顔しやがって」

 神の父親は生まれてきた神のかわいさに陶酔しかけて慌てたものだ。

 綺麗なものを綺麗と言い、美しいものに心を奪われ、親を家族を大切にする。

 神の両親は神を強制しようとしたが、清流のように透明な神の心をひねくれさせることはできないでいた。清らかな幼少期を過ごした神は、そのまま真っさらに成長していく。

 いざ、中学生ともなると、蛇剣の修練にも挑ませなければならない。だが、邪な心なくば、蛇剣は持つ者の命も奪いかねない。神の次に子は授からなかった。

 両親は迷った。

「やはり、神には無理やと思う」

 神の父、蛇沼一成へびぬまいっせいは自宅の剣道場に神の祖父である永吉えいきちと妻の和歌わかを呼んで、そう話した。

「そうじゃな……。お前もわしが強制したが、もともとは優しい心を持っておった。じゃが、神はお前より一回りも二回りも純粋な子じゃ。和歌さんのお陰もあるじゃろうて。忍の世界は非情なり。殊更、蛇剣の使い手、蛇沼家は非情であり歪まねばならぬ。ただ、時代は変わったんじゃ。この宝剣をそろそろ手放しても良い時期かもしらんの」

 永吉は寂しそうにつり上がった目を蛇剣に向けていた。

「お義父さま、申し訳ありません」

 和歌は永吉に土下座して謝った。

「和歌さんのせいではなかろうて。謝らんでよい。わしも一成も苦しんだ。蛇剣を守るために人生を苦しみ続けるのじゃ。それに終止符を打てるとすれば、めでたいことかもしれん」

 三人で宝剣を見つめた。蛇剣は蛍光灯の灯りを鈍く反射させていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...