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キャッチャー滝音鏡水
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蚊を見失う、皆、そんな経験をしたことがあるだろう。
目は左右へそして、上を追う。「蚊は飛ぶ」と頭に刻み込まれているからだ。だが、そんなとき、ほとんどの場合、蚊は下にいるのだ。蚊は何も考えてはいない。ただ、人間が勝手に思い込んでいるだけだ。
「忍者なら跳べる」
そう、思い込んでいることを鏡水は利用した。息を消して、今、鏡水は刀貴の真下に潜んでいる。もちろん、結人もその存在に気付けていない。
あとは、結人がしびれを切らして投げた手裏剣を刀貴が刀で防ぐその瞬間を狙う。それだけに集中していた。
刀貴が中段に刀を構えている。
5分が過ぎていた。
刀貴がどれ程の手練れかは読めないでいた。そのため、この5分、鏡水は時折の鼻呼吸だけで凌いでいた。気配を放てば、先に殺られる可能性もあるからだ。
頭上には緑の布が刀貴の腰で風に揺れている。瞬時に飛び上がれば布には手が届く。だが、あの刀の間合いの範囲内だ。確実に、斬られる。
聴覚を研ぎ澄ませる。手裏剣が放たれる音を聞き逃せば、手裏剣を刀で防ぐなり避けるなりという刀貴の動きに合わせて布を奪い取ることができなくなる。
シュンという僅かに空気を裂く音がして、鏡水は真上に跳んだ。
手裏剣の速度は予測とピタリ合った。
刀貴が手裏剣を避ける。そのまま、刀を下へ振った。下から布を取りに来た鏡水を斬るためだ。だが、既に鏡水は布を掴んでいる。
刀が鏡水の指先をかすめる。手裏剣を避けた体勢からのひと振りは僅かに狂った。鏡水の指は斬れず、虚しく緑の布が斬られて舞った。
この瞬間、刀貴は脱落。
終わらない。
下から跳んだ鏡水を目がけて四方手裏剣が結人によって放たれていた。
結人が投げた手裏剣は完璧であった。右手は刀貴が提げていた布を握り、空中で鏡水の身体は完全に死に体であった。その空中で死んだ体の真ん中に手裏剣は放たれていた。
こいつ、避けきれない。死ぬぞ。
脱落を悔やむ間も無く、刀貴は真下にいる鏡水の命を危惧した。
結人は目を瞑った。
初めて会った同い歳の身体を穿ってしまった。甲賀にある者として、考えが甘いと親父にはどやされるかもしれない。それでも、見たくはないものだった。
「勝負あり。演習やめ!」
滝音家の父の声が響いた。
え? 一瞬、結人は戸惑った。結人はまだ鏡水の青い布を取っていなかったからだ。
ああ、そうか。殺してしまっては、勝負ありということか。結人はうなだれて地に降りた。
「大馬鹿者」
結人は親父に頭を叩かれた。
そりゃ、そうだ。殺せとは言われていない。
いや、殺したとて、目を背けるなど甲賀として最低だということか。
どっちだっていいか。結人は胸に重い鉄の塊をぶら下げたように心を重くした。
「大馬鹿者が。腰に手を当てよ」
親父がまた、そう言った。
?
結人が腰に手を回すと、そこに布はなかった。
目線を上げる。目線の先には左手の指で手裏剣を掴んでいる鏡水が見えた。
と、捕った……だと?
振り返ると、大木に白い布がはためいていた。くないに刺されて。
目は左右へそして、上を追う。「蚊は飛ぶ」と頭に刻み込まれているからだ。だが、そんなとき、ほとんどの場合、蚊は下にいるのだ。蚊は何も考えてはいない。ただ、人間が勝手に思い込んでいるだけだ。
「忍者なら跳べる」
そう、思い込んでいることを鏡水は利用した。息を消して、今、鏡水は刀貴の真下に潜んでいる。もちろん、結人もその存在に気付けていない。
あとは、結人がしびれを切らして投げた手裏剣を刀貴が刀で防ぐその瞬間を狙う。それだけに集中していた。
刀貴が中段に刀を構えている。
5分が過ぎていた。
刀貴がどれ程の手練れかは読めないでいた。そのため、この5分、鏡水は時折の鼻呼吸だけで凌いでいた。気配を放てば、先に殺られる可能性もあるからだ。
頭上には緑の布が刀貴の腰で風に揺れている。瞬時に飛び上がれば布には手が届く。だが、あの刀の間合いの範囲内だ。確実に、斬られる。
聴覚を研ぎ澄ませる。手裏剣が放たれる音を聞き逃せば、手裏剣を刀で防ぐなり避けるなりという刀貴の動きに合わせて布を奪い取ることができなくなる。
シュンという僅かに空気を裂く音がして、鏡水は真上に跳んだ。
手裏剣の速度は予測とピタリ合った。
刀貴が手裏剣を避ける。そのまま、刀を下へ振った。下から布を取りに来た鏡水を斬るためだ。だが、既に鏡水は布を掴んでいる。
刀が鏡水の指先をかすめる。手裏剣を避けた体勢からのひと振りは僅かに狂った。鏡水の指は斬れず、虚しく緑の布が斬られて舞った。
この瞬間、刀貴は脱落。
終わらない。
下から跳んだ鏡水を目がけて四方手裏剣が結人によって放たれていた。
結人が投げた手裏剣は完璧であった。右手は刀貴が提げていた布を握り、空中で鏡水の身体は完全に死に体であった。その空中で死んだ体の真ん中に手裏剣は放たれていた。
こいつ、避けきれない。死ぬぞ。
脱落を悔やむ間も無く、刀貴は真下にいる鏡水の命を危惧した。
結人は目を瞑った。
初めて会った同い歳の身体を穿ってしまった。甲賀にある者として、考えが甘いと親父にはどやされるかもしれない。それでも、見たくはないものだった。
「勝負あり。演習やめ!」
滝音家の父の声が響いた。
え? 一瞬、結人は戸惑った。結人はまだ鏡水の青い布を取っていなかったからだ。
ああ、そうか。殺してしまっては、勝負ありということか。結人はうなだれて地に降りた。
「大馬鹿者」
結人は親父に頭を叩かれた。
そりゃ、そうだ。殺せとは言われていない。
いや、殺したとて、目を背けるなど甲賀として最低だということか。
どっちだっていいか。結人は胸に重い鉄の塊をぶら下げたように心を重くした。
「大馬鹿者が。腰に手を当てよ」
親父がまた、そう言った。
?
結人が腰に手を回すと、そこに布はなかった。
目線を上げる。目線の先には左手の指で手裏剣を掴んでいる鏡水が見えた。
と、捕った……だと?
振り返ると、大木に白い布がはためいていた。くないに刺されて。
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