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~第二章 ユフィ―リア~
しおりを挟む「ユフィ―リア、私ね結婚することになったの」
嬉しそうに報告してくる姉。それを聞きながら素直におめでとう、と言えなかった。それでも何とか笑って、幸せになってね、とだけ言った。
姉が部屋から退出すれば、カナリアはそっと私を抱きしめてくれた。
「ユフィ様、今カナリアも誰も見てませんから」
そう言ってくれた瞬間、我慢していた想いが溢れて、それに合わせて涙が溢れ出てきた。
~第二章 ユフィ―リア~
野郎の生誕祭まで後三日。忙しさはピークを迎えていた。何せリーベ王国は最高の軍事力を誇る大国である。そこの王太子殿下の生誕祭となれば国内だけではなく、国外の高貴な方々も来賓される。だからいつも以上に何かが起きてはいけないのだ。警備の強化に、パーティの段取りの再確認、準備が終わっているのかの確認など上げたらキリないほどやる事はたくさんある。
「あぁぁああああ」
やばい、まずい、後三日しかないとか考えたくない。城を端から端まで走りまくっている。
「リア様、こちらの準備は整いましてございます。食事のメニューにつきましては先ほどコック長と打ち合わせし、材料調達の目星もついております。生鮮食品以外は城内にあります」
厨房に突撃すれば、野郎の執事長であるトーマスが先に段取りしてくれており報告してくれた。
流石有能である。お城の執事長とかぶっちゃけそこらのおっさん貴族連中より、なるのが大変な仕事であろう。
「ありがとうございます。トーマス様。ですが、リア様、と様付けでは呼ばないで下さいね」
「これは申し訳ありません。リア、ご苦労様です、がいいですかな?」
「敬語もいらないですからね。バレちゃうし」
そう、私は今、ユフィ―リア・フォン・リーベントではない。ユフィ―リアは現在進行形で風邪を引いて部屋に引きこもり設定である。何せ今年は野郎の側妃作戦遂行せねばならない。だからユフィ―リアの王太子妃としての株を成功して向上させてはいけないのだ。ん? 失敗すればいいじゃないかって。それこそ他国の来賓ある時に失敗したら、そんな馬鹿馬鹿しい作戦どころか、戦争とかまで発展しちゃう可能性秘めてるから、なし。
だからリアと偽名を名乗り、生誕祭準備の者に紛れ込み、王妃様の名前を借りてあっちこっちに指示を飛ばしている。
名付けて王太子妃の株下落&生誕祭成功作戦である。
「ふふっ。お元気そうでなりよりです。やはり坊ちゃんの隣にはユフィ―リア様にいて欲しく思います。当日はユフィ―リア様は参加されますか?」
「……さすがに居ないわけにはいかないし、王妃様から、席用意してるわって言われたら頷くしかないでしょう。終始俯いて、ちょっとしんどそうにしとくわ。元気に振る舞ってたら病弱設定崩れ落ちるし」
「ぼっちゃんも不憫ですなぁ」
「ん?」
「いえ、老人の独り言ですよ。坊ちゃんがユフィ―リア様が執務室にいらっしゃらないと憂いておいででしたので」
そういや執務室にはここ一週間昼間に行ってない。早朝もしくは深夜に、生誕祭準備で駆けまわっていようが容赦なく置かれている書類を片づけに行っている。だから野郎とも顔を合わせていない。うっかり合わせてしまったら、なんで誕生日があるんだ、とか訳の分からない事を言って怒ってしまいそうな自分が想像できるから、会わなくて正解だとも思う。
生誕祭にどうせ顔合わせるし、野郎が私の顔を見たいわけもないし、ほっといていいだろう。むしろ野郎の誕生日のせいでこんなみっちりスケジュールで、睡眠時間も一時間から二時間なんだから褒めてくれてもいい。
「うん。じゃ、トーマス様、次に私会場の確認してきます」
普段執務室に半日中腰掛けて仕事している私は、己の体を過信しすぎていたように思う。
執事長と別れて、会場くるっと確認し、警備の配置の打ち合わせをし、といろんな場所を全力疾走して、さぁ執務だと執務室に深夜に向かってた。そこでプチン、と何かが音がした気がした。
(……え?)
視界がスローモーションで傾いて、さらに徐々に歪んで見える。お酒には強い方だが、一回馬鹿みたいに飲んで酔ったことがあるが、なんかその時みたいな感じだ。唯一違うのは腹から込みあがってくる気持ち悪い感触はない。ただ頭の中が白くぼんやりと霞がかっていくだけ……。
―――ゴン、と何かに頭を打ち付けそれで目が覚めた。
床に頭打ち付けたか、と急に靄が晴れた頭で考えたが、違和感が非常にある。なんていうか、うん。なんでベッドに横たわってんの、私。
「あ? ここ何処?」
周りに人の気配はなく、くるっと見渡してみるが私の部屋ではない。うん、確か野郎の部屋だここは。三年結婚してつい最近初めて入ったのに、二回目の突入という事だろう。スパン早いな。
しかし確か執務室へレッツゴーしていた私だったはずなのに、何故野郎の部屋でスヤスヤ眠っていたのだろうか。というか、窓に目線を向けると空が青い……。
「やばいっ!」
どうして野郎の部屋にいるのとかどうだっていい。生誕祭の準備が終わっていない。まさか三日間昏睡してはないはずだ。執務室に行く前に記憶がなくなったから、きっと昨日の分の書類は未処理のはずだ。しかも今日の確認事項もある。立ち止まっている暇はない。
勢いよくベッドから飛び上がって、取りあえず着替えるために隣の自分の部屋に行こうと出ようとした。
ガチャっ
ん? え? ガチャガチャ音を立てながらドアを開けるべく引っ張ったり、押したりしてみるが開かない。いやいや、さすがに三年も住んでるんだから分かるよ押しドアでしょうって、一回冷静になって押してみても当然結果は同じ。
おぉおお、これはもしや閉じ込められたって感じですか。今、既に遅れている分、目が覚めた今、一分一秒を無駄にできないこの時に。
「だぁーれぇーかーいーまーせーんーかぁあああ!」
はしたないとかどうだっていい。大声を出して助けを呼ぶ。これに限る。幸いにも野郎の部屋。さすがに警備兵が周辺うろついたりしているし、隣は私の部屋だから私付きのメイドさん方が何人か近くにいるはずだ。
しかし誰も来ない。
「閉じ込められてるの! ちょっとお願いだから開けてちょうだい! もしや生誕祭の準備で皆会場付近に駆り出されちゃってんの! まさか!」
王族居住区に働く方々は生誕祭準備からは外しているはずだからないはずだが、もしや私が寝ている間に指揮系統が変わって出払ってるとか……という悪い方向の思考回路に行きかけて頭を横に振る。どんなバカでも王様や王妃様の御身を第一に考えたらそれはないはずだ。
ならばワンモア。気が付くまで何度も叫ぶに限る。いや、叫んで駄目なら、この非常時。実力行使もやむ終えないかもしれない。取りあえず後五分叫んで助けが来なければ、もうここでじっとしてても仕方がないからヤるしかない。
そしてまぁ予想通り五分しても反応なく、心を決めた。
野郎の部屋の椅子を一脚をおもむろに掴んでドアの傍まで運ぶ。
(ごめん。椅子さん、ドアさん)
一回心の中で謝罪する。王城のしかも王太子の部屋ってなるとそれなりに凝った家具類で、きっと各職人が腕によりをかけて作った品に違いない。それ同士をぶつけて実力行使に出ようとしているのだから、もう無事に出られた暁には職人さんに土下座して謝ろう。
家具よりも生誕祭の準備が大事と、天秤にかけた私を許してほしい。
ちょっと思いが頭上に椅子を掲げて、思い切ってドア目がけて振り落した。
ガァアン、と私の大声よりも大きな音が響く。
しかしドアは頑丈。ちょっと傷がついたが一回程度ではヒビすら入らない。いやいや、立ち止まれないのだ。ちょっと傷が入って職人さんへの罪悪感に苛まれてるとかないから。私は生誕祭準備を恙なく行わなければならないのだ。
ガァアン、ガァアン、と何度も何度も椅子をドアに打ち付けるが、丈夫すぎるだろ。無数の傷跡が付いているが壊れるどころかヒビすら入らない。
どうしようと、ちょっと休憩した時だった。コンコン、とドアがノックされた。
消えかけた光がパァアアと甦った。
「ちょ、そこに誰かいるの! あぁ誰でもいいわ。いえ誰でも良くないけど、申し訳ないけど開けて」
ドアまで駆け寄って大声で言うが、扉の向こうは無反応、いや、さっきのノックはもしや幻聴。
「義姉さん、相変わらず破天荒っす」
聞こえてきたのは独特のハスキーボイス。喋り方もこれと来たらもう名乗ってなんかいらない。神様は私を見捨てなかったのだ。諦めなければ報われる。
「もしや義弟! 丁度良かった、義姉さん助けると思って開けてちょうだい」
「いやー勘弁」
「何でよ!」
「これでもお見舞いに来たんすよ。廊下でぶっ倒れてて、巡回の兵士が倒れてる使用人がいるから介抱したっていうから一応確認にきたら、義姉さんなんすから」
そういや義弟は軍属だったか。確かに現在進行形で使用人の格好しているから、単純にこの忙しさで疲労困憊した使用人Aみたいな感じだったんだろう。
「お見舞いなんていらないわよ。元気だもん。それより準備があるのよ!」
「ん。それは俺がやってるから大丈夫っす。これでも優秀だし、義姉さんが八割がた終わらせてくれてるから仕上げくらいできるっす。俺がここに来たのは、閉じ込めた義姉さんが大暴れしてるっていうんで、止めにきたっす」
「ん? 閉じ込めた?」
「可愛い義弟の頼みっす。おとなしぃーく、そこで寝ていてください」
何だと。何を言っているのだこの義弟は。ここまで頑張って積み上げてきたものの、一番良いところは奪うと言うのか。なんという悪魔だ。可愛いどころか憎たらしいわ。兄貴よりは可愛げあると思っていたが、同じくらい憎たらしい。
もう一回椅子を掴んでドアに叩きつける。
「っわっとぉお。いやいや、落ち着きましょうや義姉さん。だって義姉さんは主役っす。今までのは仮病だったからいいっすけど、今回のマジ体調不慮はまずいっす」
「もう回復してるって言ってんのよ。ほら開けなさいよ」
「絶対いやっす。兄さんもこの件に関しては同意してるんで」
うわぁ、野郎も同意となると義弟は絶対にこの扉を開けてくれないだろう。もう本当に兄命で、兄の同意が得られている状態では説得は無意味だ。良い言葉で言えば従順、悪い言葉で言えば石頭で柔軟な対応が出来ないのが義弟様なんだからな。
もう一回椅子をドアに向かって放り投げといた。
こうなりゃ椅子を打ち付けている間に思いついた、最終も最終の手段を取らなければなるまい。その名も窓からダイブ作戦だ。
窓際に近づいて下を見れば、まぁ壮観。だって現在四階だもの。間違えれば死亡コースまっしぐら。だがここは王太子の部屋。四~五人寝れるんじゃないの? っていうベッドがある。つまりはそれを覆うシーツもあるわけで、四階の窓からシーツを垂らして、三階のベランダに着陸したらいいのだ。言葉で言えばなんて簡単な作業でしょう。
(やるかっ!)
ここで大人しくしているのも癪に障るため、四階の窓から三階のベランダに向けてシーツを垂らす。よし、全然長さは足りる。後は安全の確保だ。
「馬鹿ですねぇ」
ん? 聞きなれた声がした。
窓際まで机を運んで、シーツをぐるぐると巻いていた私は再度窓から下を見下ろした。
「ローウェンはまだまだ甘すぎますねぇ。ね、ユフィーリア・フォン・リーベント」
三階のベランダからこちらを見上げて不適に笑うのは、夫だった。さすが三年の付き合い。私も野郎の行動を予想できるようになってきたが、それは野郎も同じだったらしい。これが出来ないとなると打つ手なしだ。
「何の様よ」
「ローウェンに続きお見舞いですよ。廊下で倒れたという妻を見舞っておかしいですか?」
「笑えるわよ。最後までやらせてよ」
「ローウェンも言ってましたが主役の体調を整えるのもまた準備ですよ」
それに関しては同意するので反論のしようがない。しかし今は有り余りすぎるくらい元気で、今まで築き上げてきたものを完成させたくてしようがない。
「主役はあんたよ。私が倒れたって問題ないわ。むしろ今まで準備してきたの。最後までさせてちょうだい」
もう素直に頼むのが一番の近道だ。誰が何と言おうと野郎の生誕祭の日は変わらない。なのに野郎や、私の代りに準備をしているという義弟と遠回りな言い合いをしたら、それこそ時間の無駄。やりたいことはやりたいと言えばいい。
「ダメです。生誕祭の準備はローウェンが行います。これは決定事項ですよ」
「何でよ!」
「それは貴女が一番よく分かっているでしょう。貴女は王太子妃です。ユフィの体調不慮は俺の責任でもある。全て放り投げていたことをお詫びせねばいけません」
「いらないわ! 準備をさせてくれたらいい。お詫びなら私をここから出してちょうだい」
いやだ、いやだ。子どもみたいな癇癪だ。頭では理解できる。王太子の生誕祭。王太子妃が体調不慮なんて、他国の来賓もある中起こすことではない。例え形だけであろうとも私は王太子妃なのだから、体調を整えることも準備。その意味は分かるのだ。でも、それでも、いやだ。
たくさん準備してきたわ。何時もの執務に合わせて、色んな人に協力してもらいながら、形を作り上げてきたわ。もともと王妃様の手柄にするつもりだったのだから、それが義弟に変わるのはいい。でも仕上げは自分でしたい。
「……だから女は鬱陶しい」
どうやったら野郎にその気持ちを伝えることが出来るかと考えていた時、下から何時もよりワントーン低い声ではっきりとそう告げられた。
瞬間、毛細血管が何本かプチンと切れた音が聞こえた。
「はぁ? 何それ!」
「鬱陶しいと言ったのですよ。聞こえませんでしたか」
「聞こえたわよ。なんであんたに鬱陶しいとか言われなきゃなんないわけって聞いてんのよ」
「体調さえも整えられずに、きゃんきゃん喚くヤツが鬱陶しい以外になにかありますか」
「だっから、なんで体調不慮をあんたに怒られなきゃなんないのよ!」
「お飾り王太子妃は頭もお飾りってワケですか?」
サッとその言葉を聞いた瞬間、冷静になれた。
夫として愛してはいないけど、人としては野郎の事は嫌いではなかった。だから喜んでもらいたいと誕生日会の準備をしていた私が急に馬鹿らしくなったのだ。そうだ。そうだったじゃないか。だから【あの時】私は人を愛さないと決めた。これ以上野郎に踏み込めば、また同じ想いを味わうことになる。
『ユフィ、愛しています』
あの言葉を信じた愚かな自分を、同じ過ちを犯さないと決めたのに、また同じことをしようとした。やらなくていいと野郎は言っているのだから、しなければいい。諦める、それだけの事じゃないか。
急に癇癪を起した自分が恥ずかしくなった。本当、野郎と言う通り鬱陶しい女だ。
……馬鹿みたい。
本当に野郎が冷酷で良かった。遠慮なく嫌いだと言える。あの人には最後まで言えなかったから。
「ユフィ? ほら、体調が悪くなったのでしょう。ずっと窓を開けっぱなしでは寒いですよ。大人しく寝ている事ですね」
「……呼ばないで」
「ユフィ?」
「呼ばないでって言ってるの! 仰る通り体調が悪くなったから寝るわ。生誕祭まで大人しくしてる。それでいいんでしょ」
窓をバンっと勢いよく閉める。
目からは自然と涙が溢れてきて、もう自分でもよく分かんない。
何? お飾り王妃って言われて悔しかったの? あの人を思い出して悲しかったの?
あの人が頭の中で何度も『ユフィ、愛してる』って呟いてくるの。過去の愚かな自分はそれを信じて、ある意味人生の中で最高の幸せだったと思う。だから姉さんと婚約した時は絶望した。同じように呟くの。姉さんの名前を呼んで、愛してるって。
―――もう誰も愛さないわ
だからやっぱり王様と王妃様の為にも、王太子との今までの関係を壊さないためにも側妃選びをしなければいけない。
うじうじしてるのは私らしくない! 生誕祭の準備も出来ないし、きっとそもそもこの部屋から出してくれないだろうから、丁度良いじゃないか。野郎が気にいる側妃を見つけて見せるわ!
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