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紋章を探せ

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「お待たせいたしました、奥さま」
 執事長に抱えられ、待望の貴族年鑑がやって来た。豪華装丁の分厚い本。五歳の私の手には余る大きさと重さに見える。こっそり持ち出すのは無理そうである。父さまの執務室は、不在時は基本的に鍵が掛かっているしね。
「大きい御本ですね!」
 執事長が貴族年鑑を母さまの前の机の上に置いたので、急いで母さまの膝に登る。「あら、興味津々ね」
 母さまが笑いながら、貴族年鑑を開いた。




 結論から言うと、西の辺境伯家に、該当する年齢の令息がいた。
「英雄の孫かぁ……」
 シオン兄さまが、凄いなあと息をつく。
 先代は英雄、次代は百年に一人の逸材。西の辺境伯家は、なかなかに濃い。
「当代さまはどんな方なのですか?」
 間の当代さまのことが気になって、母さまに訊ねる。
「さあ、良く存じ上げないわ。もちろん、辺境伯としての務めはしっかりと果されている筈よ……いい話も悪い話も聞かないけれど」
 うむ、偉大な親を持った子供は影が薄いことが多いよね。ちゃんと領地を守って血を繋いでいるだけで褒めてあげたい。
「リーゼさまの弟御ですもの、優秀な方だとは思うわ」
 だが、良くは知らない母さまである。
 しかし、思わぬところでリーゼさまの名前を聞いた。そういえば、リーゼさまは辺境伯ゆかりの方だと聞いたっけ。
 訂正しなければならない。親が偉大でも負けずに輝く子供もいると!
 でも多分その所為で、当代さまの影がより薄くなってるんだろうな……。


 さて、百年に一度の逸材なんて言われる少年が、モブの筈がない。
 主役、もしくは攻略対象者の可能性大である。探偵猫令嬢デイジーの初仕事として、調査に赴きたい。王子殿下とは違って、多分顔を見ようと思えば見に行けると思うんだよね。王立学園の前で張り込むとかさ。


 しかし、今はそんなことより貴族年鑑である。
「母さま、この御本、もっと見たいです」
「そう? じゃあ、うちのページを見てみましょうね」
「はい!」
 我が家も伯爵家なので載っているのである。なんかすごい。
「どの辺だったかしら……」
 爵位順の掲載のようだが、公爵家や侯爵家と比べれば、伯爵家は数が多い。母さまが探せなくて苦労している。索引みたいなのないのかな。
「紋章から探しましょうか。シオンとデイジーも探してちょうだい」
 巻末の紋章一覧のようなページを、母さまが開いて机に置く。
「葉っぱを三枚組み合わせた模様よ」
「葉っぱが三枚……?」
 一瞬、三つ葉葵が思い浮かんで、将軍さま!? となる。
「この模様よ」
 母さまが懐からハンカチを取り出し、刺繍を見せてくれた。葉の形は菊で、三つ割りとか三つ追い系の家紋ぽいデザインである。
「これ、うちの紋章だったの!?」
 私はびっくりして叫んだ。
「そうよ」
 よく目にしていたけど、母さまが好きな刺繍の図案だと思っていたのに。
 何だろう、この騙された感!
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