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立てられないしっぽ

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「お嬢さまがお部屋にいらっしゃいません……今はお昼寝の時間なのに」
 とにかく私を探せということで、部屋を確認しに行ったイチノが青い顔で戻ってくる。まあ、いる訳ないよね、私、兄さまの膝の上に載ってるし。
「全部の部屋を探してちょうだい、庭もよ」
 事態の報告を受けた母さまの号令の下、大捜索が始まる。うん、だから私ここにいるからね。
「デイジーはここにいるって言ってるのに」
 兄さまが涙目になっている、可愛い。
「お坊ちゃま、人間が猫になるなんてありえませんよ」
「そうですよ、お嬢さまとはかくれんぼでもされていたのですか? どの辺で遊ばれていたんですか?」
 兄さまは膝の上の私を抱き上げて立ち上がり、ヒントを得ようとする使用人たちに背を向けて、母さまに駆け寄る。
「母上、本当にこの猫がデイジーなんです」
 五歳児にしては、良く踏ん張っていると思う。普通はこんな風に寄ってたかって否定されたら、心折れると思う。
「そうね……」
 母さまが、兄さまの腕の中の私を撫でる。
「この手触りも色も、同じね」
 やや長毛種っぽい毛並み、その色は私の髪の色そのままだった。






「デイジーは見つからず、シオンはこの猫がデイジーだと言い張っていると?」
 夜になって帰宅した父さまは、娘の失踪、息子の妄言という報告を受けることになった。
「父上、本当にデイジーが猫になったんです、あの本を開いた途端に」
 兄さまは、猫の表紙の本を示す。
「随分と古い本だね。うーん、この表紙、小さい頃に見た覚えがあるような」
 床に落ちていたその本を父さまは拾い上げようとして、執事に止められた。
「旦那様、何かの呪いが掛かっているのだとしたら、触れるのは危険でございます」
「ああ、そうか……魔力を遮断出来る布を持ってきてくれるか?」
 魔力という言葉に、私は耳をぴんと立てた。
 今、魔力って言った? この世界、魔法ありってこと!? さすが異世界。


 結局、本は布に包まれて箱に入れられ、厳重に鍵がかけられた。
「屋敷はもちろん、近隣まで探してもいなかったんだね? 不審な人物などは?」
「不審な人物も不審な馬車もいませんでした」
 父さまと執事の間で質疑応答が行われる。
 うん、もしいても、私ここにいるから誘拐とかないからね。
「では、この猫がデイジーだという方がまだましということか」
 誘拐されるよりは猫になっても無事なほうがいい、ということでしょうか父さま。
「……デイジーこっちにおいで」
 父さまは少し逡巡してから、兄さまの足元にいた私に手を伸ばす。傍から見ると猫に向かって娘の名を呼ぶ危ない人である。
「ミャン(はい)」
 魔法のある世界なら、猫が喋れてもいい気がするんだけど、そううまくはいかないようで、基本的に『ミャ』に多少変化を付けるくらいしか出来ない感じである。
「言葉を理解しているのか? 本当にデイジーなのかい?」
 呼ばれるままに駆け寄って、父さまの腕に飛び込んだら、目を丸くされた。
「デイジー、私のところにもいらっしゃい」
 母さまに呼ばれたのでそちらに移る。母さまはぽっちゃり……じゃなくてふくよかなので抱かれ心地がいい。
「やだ、可愛いわね。そうだデイジー、あなたが本当にデイジーなら、しっぽを立ててくれる? 違うなら左右に二回振ってね」
 成程、イエスとノーだけでも伝えられれば……でも母さま、どうしてしっぽなの!?
「ミャッ、ミャアアア、ミャウ(待って、しっぽの動かし方、分かんない)」
 今までなかったものをいきなり思い通りに動かせるわけがない。しっぽとの意思疎通は難しかった。
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