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178「報酬分はきっちり働いていただきますから」
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「で、これ、なんでこんな大きくなってんだ?」
エイダールは休憩所を手で示して、最初の疑問に話を戻した。
「ああ、聖堂の方であの魔法の体験会のようなものを行ったんですが」
魔導回路によるものではなく、フォルセの魔法による疑似体験会である。
「予想以上に好評で、もう少し大勢で利用できるようにと設計変更されたんです」
聞いていないんですか? と当然連絡が行っているものだと思っていたフォルセが首を傾げるが、エイダールは聞いていない。
「ここまでの変更なら知らせてほしかったな……」
魔導回路の設計からやり直しになる変更だ、と溜息をついていると。
「あなたならその場ですぐ設計し直せるでしょう? ですので連絡しなくてもいいかな、と」
背後から声を掛けられた。
「枢機卿……」
休憩所に続く散策路の一つから現れたのは枢機卿である。側仕えである上級神官のフリッツも当然付き従っている。
「久し振りですね、エイダール。今日はよろしくお願いします」
「あーはいはい、仕事だからやるけどさ……『あなたを信じているから』みたいな雰囲気出しながら、人に負担を強いるのはやめよーか?」
普通に命令するより性質悪いぞ、というエイダールの抗議を。
「本当に信じていますよ?」
枢機卿は嘘くさい笑顔でかわし、更に畳みかけてくる。
「あなたなら出来ると思ったのですが……もしかして出来ませんか?」
可愛らしく首を傾げて見せる枢機卿だが、これは明らかな挑発である。
「そりゃ、効果範囲の設定部分だけ書き換えればいいから、すぐに出来るけど」
確かにその場で対応可能である。
「では他に問題でも?」
「範囲が広いと当然魔力消費も激しくなるだろ。ざっくり二割増しってとこか」
その分魔力石の消耗が早くなる。要するに不経済である。無料開放が前提だと聞いているが、維持運用にかかる費用の都合はついているのだろうか。
「散策路に沿って、いくつか長椅子も置く予定になっていますが」
枢機卿は更なる拡張話を持ってくる。休憩所からは三方向に散策路がのびている。
「え、それも効果範囲に入れろってことか?」
そうであれば二割増しどころの話ではない。
「出来ないのですか?」
「出来るか出来ないかでいえば出来るけど、そこまで範囲広げると植生がおかしくなるぞ?」
魔力消費を度外視していいなら常春状態の維持は難しくはないが、それに対応できない植物も出てくるだろう。
「そうですね、四季折々の美しさもありますし、周辺は効果を緩めにしていただけますか? ……どうしました、難しい顔をして」
「魔導回路的にはそっちの方が難易度高いんだけど、と思ってた。あと、魔導回路が複雑になる分、魔力消費は跳ね上がるからな」
大丈夫なのか、とエイダールが問うと。
「問題ありません、神殿には魔力石の充填ができる人材はたくさんいますし、彼もいますし」
枢機卿は、そうでしょう? とフォルセのほうを見る。
「……私ですか?」
一応後ろを振り向いて、他に誰もいないことを確認したフォルセが、恐る恐る自分を指差す。休憩所周辺は工事中ということで関係者以外は立ち入り禁止になっているので、そもそも他に人はいない。
「はい、そうです。あなたなら、何かあっても一人でこの場を保てますし」
フォルセならば、魔導回路に何か不具合が出た場合も手動で魔法を展開できる。
「確かに適任だな。この規模を一人で回すのは大変だろうけど」
頑張れよ、とエイダールはフォルセの肩を軽く叩く。
「成程、そういう用途で私は引き抜かれて……半日こちらの治療院で働くだけで今までの給料の倍額って、おかしいと思ってました」
うまい話には裏があるんだな、とフォルセは思う。
「おかしいだなんて仰らないでください。私はあなたの能力を正当に評価したつもりですし、実際、評価されてしかるべき能力をお持ちだと思いますよ?」
それとも私の人を見る目がないとでも? と枢機卿はわざとらしく悲しげな表情を浮かべる。
「あ、疑っている訳ではなくて、大変ありがたい評価ですが! ただ、そんなに高く評価していただけるような能力を持ち合わせている気がしないというか……」
やっぱりもらい過ぎな気がする、とフォルセの自己評価はいまひとつ低い。
「大丈夫ですよ。持ち合わせていても持ち合わせていなくても、報酬分はきっちり働いていただきますから」
御心配には及びません、とにこやかに断じる枢機卿。
「…………」
「それからエイダール、魔導回路に追加していただきたい機能があるのですが」
遠い目をして黙り込んでしまったフォルセから、枢機卿はエイダールに視線を移す。
「展開範囲が広がっただけじゃないのかよ……追加料金取るぞ」
俺も働いた分は払ってもらうからな、というエイダールの意思表示に。
「もちろんお支払いしますよ」
枢機卿は、当然です、と頷き、希望を口にする。
「これから暑くなりますし、温かさだけではなく涼しさも欲しいのですが」
「は? 涼しさ?」
温泉に涼しさを求められても困る。
「ええ、涼しさです」
聞き返したエイダールに、枢機卿は繰り返す。
「冬温かく夏は涼しい、季節に合わせて心地のいい気温と湿度になるように」
枢機卿は、要望を述べる。
「あのさ、この魔法は、ゆるゆるっとした治癒系の魔法の複合技で、温泉入ってるみたいにぽかぽか温まって気持ちいい、って設計思想なんだけど」
別にエイダールの魔法を発表する場という訳ではないので、要望に沿って魔導回路を組み直すのは構わないのだが。
「涼しさがどうこうって時点で、それ全然別の機構になるんだけど」
報酬を倍貰っても割に合わないくらいの作業量になる。
「あと、一つにまとめるとなると耐久性が心配だな」
同じ大きさの基板に多くの情報を書き込もうとすると、当然一本一本の線が細くなるので、その分脆くなる。
「頼まれていた魔導回路用の基板は多めに用意してありますから」
枢機卿は幾つか置かれていた資材の山の一つに近付くと、被せてあった布を剥がす。
「使い放題ですよ」
布の下にあったのは、統一規格で一般販売されている基板の中では最も大きいものだ。決して安いものではない筈なのだが、それがざっと数えて二十枚ほど積まれている。神殿の財力半端ない。
「いや、こんなに要らない……二枚でいい」
用意し過ぎだろ? と呆れたエイダールに。
「二枚でいいのでしたら、十組ほど出来るということですね」
枢機卿はなんだか恐ろしいことを言った。
エイダールは休憩所を手で示して、最初の疑問に話を戻した。
「ああ、聖堂の方であの魔法の体験会のようなものを行ったんですが」
魔導回路によるものではなく、フォルセの魔法による疑似体験会である。
「予想以上に好評で、もう少し大勢で利用できるようにと設計変更されたんです」
聞いていないんですか? と当然連絡が行っているものだと思っていたフォルセが首を傾げるが、エイダールは聞いていない。
「ここまでの変更なら知らせてほしかったな……」
魔導回路の設計からやり直しになる変更だ、と溜息をついていると。
「あなたならその場ですぐ設計し直せるでしょう? ですので連絡しなくてもいいかな、と」
背後から声を掛けられた。
「枢機卿……」
休憩所に続く散策路の一つから現れたのは枢機卿である。側仕えである上級神官のフリッツも当然付き従っている。
「久し振りですね、エイダール。今日はよろしくお願いします」
「あーはいはい、仕事だからやるけどさ……『あなたを信じているから』みたいな雰囲気出しながら、人に負担を強いるのはやめよーか?」
普通に命令するより性質悪いぞ、というエイダールの抗議を。
「本当に信じていますよ?」
枢機卿は嘘くさい笑顔でかわし、更に畳みかけてくる。
「あなたなら出来ると思ったのですが……もしかして出来ませんか?」
可愛らしく首を傾げて見せる枢機卿だが、これは明らかな挑発である。
「そりゃ、効果範囲の設定部分だけ書き換えればいいから、すぐに出来るけど」
確かにその場で対応可能である。
「では他に問題でも?」
「範囲が広いと当然魔力消費も激しくなるだろ。ざっくり二割増しってとこか」
その分魔力石の消耗が早くなる。要するに不経済である。無料開放が前提だと聞いているが、維持運用にかかる費用の都合はついているのだろうか。
「散策路に沿って、いくつか長椅子も置く予定になっていますが」
枢機卿は更なる拡張話を持ってくる。休憩所からは三方向に散策路がのびている。
「え、それも効果範囲に入れろってことか?」
そうであれば二割増しどころの話ではない。
「出来ないのですか?」
「出来るか出来ないかでいえば出来るけど、そこまで範囲広げると植生がおかしくなるぞ?」
魔力消費を度外視していいなら常春状態の維持は難しくはないが、それに対応できない植物も出てくるだろう。
「そうですね、四季折々の美しさもありますし、周辺は効果を緩めにしていただけますか? ……どうしました、難しい顔をして」
「魔導回路的にはそっちの方が難易度高いんだけど、と思ってた。あと、魔導回路が複雑になる分、魔力消費は跳ね上がるからな」
大丈夫なのか、とエイダールが問うと。
「問題ありません、神殿には魔力石の充填ができる人材はたくさんいますし、彼もいますし」
枢機卿は、そうでしょう? とフォルセのほうを見る。
「……私ですか?」
一応後ろを振り向いて、他に誰もいないことを確認したフォルセが、恐る恐る自分を指差す。休憩所周辺は工事中ということで関係者以外は立ち入り禁止になっているので、そもそも他に人はいない。
「はい、そうです。あなたなら、何かあっても一人でこの場を保てますし」
フォルセならば、魔導回路に何か不具合が出た場合も手動で魔法を展開できる。
「確かに適任だな。この規模を一人で回すのは大変だろうけど」
頑張れよ、とエイダールはフォルセの肩を軽く叩く。
「成程、そういう用途で私は引き抜かれて……半日こちらの治療院で働くだけで今までの給料の倍額って、おかしいと思ってました」
うまい話には裏があるんだな、とフォルセは思う。
「おかしいだなんて仰らないでください。私はあなたの能力を正当に評価したつもりですし、実際、評価されてしかるべき能力をお持ちだと思いますよ?」
それとも私の人を見る目がないとでも? と枢機卿はわざとらしく悲しげな表情を浮かべる。
「あ、疑っている訳ではなくて、大変ありがたい評価ですが! ただ、そんなに高く評価していただけるような能力を持ち合わせている気がしないというか……」
やっぱりもらい過ぎな気がする、とフォルセの自己評価はいまひとつ低い。
「大丈夫ですよ。持ち合わせていても持ち合わせていなくても、報酬分はきっちり働いていただきますから」
御心配には及びません、とにこやかに断じる枢機卿。
「…………」
「それからエイダール、魔導回路に追加していただきたい機能があるのですが」
遠い目をして黙り込んでしまったフォルセから、枢機卿はエイダールに視線を移す。
「展開範囲が広がっただけじゃないのかよ……追加料金取るぞ」
俺も働いた分は払ってもらうからな、というエイダールの意思表示に。
「もちろんお支払いしますよ」
枢機卿は、当然です、と頷き、希望を口にする。
「これから暑くなりますし、温かさだけではなく涼しさも欲しいのですが」
「は? 涼しさ?」
温泉に涼しさを求められても困る。
「ええ、涼しさです」
聞き返したエイダールに、枢機卿は繰り返す。
「冬温かく夏は涼しい、季節に合わせて心地のいい気温と湿度になるように」
枢機卿は、要望を述べる。
「あのさ、この魔法は、ゆるゆるっとした治癒系の魔法の複合技で、温泉入ってるみたいにぽかぽか温まって気持ちいい、って設計思想なんだけど」
別にエイダールの魔法を発表する場という訳ではないので、要望に沿って魔導回路を組み直すのは構わないのだが。
「涼しさがどうこうって時点で、それ全然別の機構になるんだけど」
報酬を倍貰っても割に合わないくらいの作業量になる。
「あと、一つにまとめるとなると耐久性が心配だな」
同じ大きさの基板に多くの情報を書き込もうとすると、当然一本一本の線が細くなるので、その分脆くなる。
「頼まれていた魔導回路用の基板は多めに用意してありますから」
枢機卿は幾つか置かれていた資材の山の一つに近付くと、被せてあった布を剥がす。
「使い放題ですよ」
布の下にあったのは、統一規格で一般販売されている基板の中では最も大きいものだ。決して安いものではない筈なのだが、それがざっと数えて二十枚ほど積まれている。神殿の財力半端ない。
「いや、こんなに要らない……二枚でいい」
用意し過ぎだろ? と呆れたエイダールに。
「二枚でいいのでしたら、十組ほど出来るということですね」
枢機卿はなんだか恐ろしいことを言った。
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