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165「一言で表現するなら『気持ちいい』でしょうか」

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「飲んだ直後に走ると回りますね……」
 少しして、ふらつきながら戻ってきたイーレンは、エイダールの横にぺたりと座り込んだ。狙った場所までの距離と魔力の流れの関係を見たかったらしく、遠くに走っていって、ケニスに『ここに飛ばしてください』などとやっているうちに、酔いが回ったらしい。
「そりゃ、弱い酒っつっても一本飲み干してるしな」
 そうなるだろうな、というのがエイダールの感想である。
「という訳でお願いします」
 こんな状態では帰れない。
「お願い? ああそっか、食事の前に言ってたな。ローブ脱いでくれ……ちょっと服めくるぞ」
 エイダールはイーレンのシャツの裾を持ち上げ、横腹に手のひらを当てる。
「おい、人前で何してるんだ」
 ブレナンがそんな二人を見咎める。
「しかもこんな時間から……っ」
 太陽が中天に差し掛かったところである。真昼間だ。
「私、もしかして、人前でしてはいけないようないかがわしいことをされているのでしょうか」
 どうしましょう、とイーレンは酔いで少し潤んだ瞳でエイダールを見る。
「酒精抜いてるだけだろうがっ。酔っ払うと性質悪いなお前……結構回っちゃってるから少し時間掛かるぞ。なるべくじっとしてろよ」
 文句をつけつつも、エイダールは作業を続ける。
「分かりました」
 

「酒精を抜かれるって、どんな感じなんだ? 痛くはないのか?」
 ブレナンに問われて、イーレンは閉じていた目を開ける。
「痛みはないですよ、全身が活性化しているような、ふわっと波に揺られているような? 一言で表現するなら『気持ちいい』でしょうか……んっ」
 大きな波が来たのか、吐息がもれる。
「うっわ、あんたみたいな美人に『気持ちいい』なんて言われたら、変な気分になって来るな」
 ブレナンは、少し顔を赤らめて口を手で覆う。
「昼日中から何言ってんだよ」
 どちらかと言えば医療行為なのにと、エイダールのブレナンを見る目が冷ややかになる。
「そんな妄想するほど溜まってんのか? 適当に処理しとけよ。恋人いないのか?」
「女ならとっかえひっかえだから特定の相手はいねえよ」
「とっかえひっかえ? そんなにもてるようには見えないけど?」
 エイダールは疑わしそうに切り返す。
「ブレナンは、花街だとそれなりにもてる」
 ケニスが、もてているのは事実だと証言するが。
「花街なら金を払えば誰でももてるだろ。向こうは商売だ」
「もちろん金を払えば誰でも最低限のもてなしはされるが……ブレナンの場合、金払いは良いし、暴力もふるわないし、おかしな性癖も持ってないから」
 ケニスがもてる要素を説明するが。
「金払うのも暴力をふるわないのも当たり前のことだろ」
 気前良く払っているにしても、普通の範囲である。
「その上、程よい大きさで、すぐに終わるから楽だって人気らしい」
「ぶっ」
 花街のお姐さん目線の話に、エイダールは吹き出す。
「成程、それならもてもてでしょうね」
 イーレンも、笑いを堪えているのか、僅かに声が震えている。


「悪かったな早くて! くっそう、昔は可愛かったのに要らんことばっかり言うようになりやがって」
 ブレナンはケニスを睨みつけたが。
「もう俺もいい年齢のおっさんなんだ。可愛いままの訳がないだろう」
 現実を見ろ、とケニスに受け流される。
「そうか? 昔可愛かったら今でも可愛いもんだろ? たとえ自分より大きく育ってても」
 幼い頃同様に、今でもユランが可愛いエイダールである。
「こんな生意気なことを言うようになったら可愛くない……そういや、魔術師って」
 ブレナンは何か質問をしかけて、口籠る。
「何だよ」
「あー、ちょっと失礼な質問になると思うんだが」
 エイダールに続きを促されたブレナンは、そう前置きした。
「誤解しないでほしいんだが、あくまで知的な好奇心というか興味であって、俺があんたらをどうこうしたいというような意図は全くなくてだな」
 歯切れの悪いブレナンに、エイダールは首を傾げる。
「分かったから早く本題に入れよ」
「魔術師ってのは、女でも男でもあっちの具合がすごく良いって噂を聞いたことあるんだけど、本当なのか?」
「………………」
 エイダールは思わず無言になった。成程、興味があっても、魔術師本人にはし辛い質問である。


「魔術師だからと言って体の作りが違う訳ではありませんから、あくまで噂だと言いたいところですが、確かに快楽を強く感じる場合があるようです」
 遠い目になったエイダールに代わり、イーレンが答える。
「魔法を使ってるってことか?」
「いえ、そういう魔法もあることはありますが、私は、魔力酔いの一種ではないかと思っています」
「魔力酔い?」
 ブレナンは、聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「はい、魔力耐性の低い人が強い魔力や瘴気を浴びる、弱くても継続的に浴びると、酩酊状態になることがあります。これを魔力酔いと呼びます」
 軽ければふわっとした気持ちになるだけだが、酷いと昏倒したりもする。
「お酒の酔い方に個人差があるように、一概に気持ち良さに繋がる訳ではないのですが、身体的接触が伴う場合は、体が誤解するというか、性的興奮に似た状態になることが多く……」
 体を重ねることで本来得られるものに加算され、場合によっては乗算される。
「魔術師すげえな」
「正確には魔術師ではなく魔力持ちですが、事の最中に洩れる程度の魔力で魔力酔いを起こすことはまずありませんし、都市伝説にしておいていいと思います」
 むしろ、噂のままにしておきたいイーレンである。
「そうだな、噂の段階でもお前には変態が寄って来るもんな」
 今はどうか知らないが、騎士団に入りたての頃は酷い状況だった。
「ああそうか、魔術師的には迷惑な噂なんだな。ちょっと体験してみたかったけど」
 ブレナンが残念がる。倍の気持ちよさと言われると興味があるが、魔術師を襲う訳にもいかない。
「治療院にでも行くんだな。感覚としては、回復術師に施術してもらうのが近いから……よし終わった」
 酒精を粗方抜き終えたエイダールが、イーレンから手を離す。
「ありがとうございます、すっきりしました」
 イーレンは、シャツの乱れを直し、ローブを着直した。
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