上 下
150 / 178

150「じゃあ何だよ、夜這いか?」

しおりを挟む
「…………ん?」
 ベッドに入ってうとうとしていたエイダールは、床が軋む音と何かの圧を感じて薄っすらと目を開けた。
「うわああっ」
 息がかかるほどの距離で人影に顔を覗き込まれていて、思わず叫ぶ。
「……って、ユランか。びっくりするだろ」
 咄嗟に臨戦態勢に入ったが、ベッド脇に膝をついて顔を覗き込んできていたのはユランである。エイダールは大きく息をついて半身を起こし、ランタンの光量を上げる。
「ごめんなさい先生、扉のところから声を掛けたんですけど返事がなくて。生きているかどうか心配になって」
 ユランは、へにょっと眉尻を下げる。
「返事がないのは寝てるからだろ」
 おやすみと挨拶をしてお互い寝室に入った気がするので、生きているかどうかを心配されるのはおかしい。
「はい、すみません……」


「それでどうした? 怖い夢でも見たのか?」
 何故か落ち込んでいる様子のユランの頭を、エイダールは撫でた。
「怖い夢は見てないんですけど」
 嫌な想像をしてしまい、エイダールの顔が見たくなったユランである。
「じゃあ何だよ、夜這いか?」
 深夜に寝室に忍び込んでくるなど、夜這いか暗殺である。
「えっ、違いますけど、仮にそうだったらどうなるんでしょうか」
 そんなつもりで来た訳ではないユランだが、一応今後の参考のために聞いてみた。
「眠らせて無力化するだけだが……」
 ユランの場合は無力化するだけだが、他の誰かであれば二度とそんなことを考えない程度の制裁を加える。
「ああそうだ、前に言ったお試しがどうとかって話、あれは無しだ、忘れてくれ」
 期待をさせるのも良くないだろうと思って、忘れるように伝えるが。
「も、もしかして、カスペルさんと試してみたとか?」
 男とやってみた、良くなかった、ということなのだろうかと、ユランの声が震える。
「何でそこで相手としてカスペルの名前が出るんだよ。まあ、あいつが原因と言えば原因だが」
 付き合うかどうかを決める前に肉体関係を持つのは止めろとくぎを刺された。
「や、やっぱりカスペルさんと一昨日の夜に……!」
 エイダールの言葉を誤解したユランは倒れそうになる。
「俺とカスペルとで何があるってんだよ。話をしただけだって」
 落ち着け、とエイダールはユランの肩を叩く。実際、例の事件の途中経過を聞いただけである。
「でも、先生が僕のベッドで眠ったっていうの、嘘ですよね」
「嘘じゃない」
 一昨日の夜、エイダールはカスペルを自分のベッドに苦労して運び、エイダール自身はユランのベッドを借りた。
「嘘ですよ! だって僕のベッドから先生の匂いが全然しないし!」
 ぐすっとユランは鼻をすする。エイダールがカスペルと関係を持ったというのも辛いが、嘘をつかれたことも辛い。
「匂い……? お前がよく言う、いい匂いって奴か?」
「そうです」
 ユランが潤んだ目で頷く。


「匂いがしなくても、俺がお前のベッドを借りたのは嘘じゃない」
 どう説明すれば納得するのだろうと、エイダールは考える。
「その匂い、首筋が一番強いって言ってたよな。嗅いでみろ」
 エイダールは着ていたシャツの首元をずらして、首筋を示す。
「え……はい、えっと、じゃあ失礼して」
 自分から首筋に鼻を突っ込んだことは何度もあるユランだが、はいどうぞとばかりに差し出されると緊張してしまう。神妙な面持ちでエイダールに触れる。
「え、匂わない? え、何で?」
 エイダールを抱き締めるように背中に手を回し、首筋に顔を埋めたユランは、ほんの数秒でぎょっとしたように体を離した。
「はっ、もしかしてあなたは先生の偽者ですか!?」
「そんな訳あるか」
 まさかの偽者呼ばわりに、エイダールが苦笑しながら突っ込む。
「じゃあ何で? 先生、何か悪い病気にでもかかって?」
 ユランは青褪める。
「いたって健康だよ。心配しなくていい、そういう仕様になってるだけだ」
「仕様? え、仕様ってどういうことですか?」
 匂いというのは人為的に調節できる代物だったのだろうかと、ユランは悩む。
「ああ、数日前から匂いの出ない……正確には魔力が洩れない仕様だな。当然ベッドを借りても魔力の匂いは残らないことになる。まあ、匂いが残ってないって理由で俺がユランのベッドを使っていないことにはならない訳だ」
 ユランのベッドを借りたという証明までは難しい。
「こんな風に疑われるなら、もっと痕跡を残しておくべきだったな」
 エイダールは肩を竦める。


「……じゃあ、僕に嘘をついた訳じゃなく?」
「ついてないって言ってるだろ」
 いい加減信じろよ、と言いながらエイダールはふわっと欠伸をする。寝入りばなに起こされたのでとても眠い。
「はい、信じます。でも、もうずっといい匂いのしない仕様なんですか?」
 ユランに残念そうに尋ねられてエイダールは首を横に振る。
「いや、いつでも戻せるけど」
「じゃあ今すぐにでも?」
「ああ」
「良かった!」
 ユランの顔がぱあっと輝き、ベッドの脇に正座して、背筋を伸ばす。
「今すぐ戻せるが今すぐ戻すとは言ってないぞ」
 期待に満ちた瞳に、エイダールは目を逸らす。ユランの情欲を掻き立てると分かっていることを、深夜に寝室でこの距離でというのは、さすがに身の危険を感じる。
「そんな……」
 ユランがしょんぼりと肩を落とすのを見ていられなくて。
「ああもう、分かった。『解除リリース』」
 エイダールは自らに施した封印を解除した。以前のようにふわりと魔力が洩れ出し始める。


「先生、もう一回抱きついていいですか」
「は? ああ」
 今度は嬉しそうに抱きついてくるユランの背中をエイダールはぽんぽんと撫でた。
「俺はもう寝るからな。気が済んだら自分の部屋に戻れよ」
 エイダールは、ランタンの光量を落とすと、ユランに抱きつかれたまま無理矢理横になる。眠気が限界である。
「はい、おやすみなさい先生」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

幼い精霊を預けられたので、俺と主様が育ての父母になった件

雪玉 円記
BL
ハイマー辺境領主のグルシエス家に仕える、ディラン・サヘンドラ。 主である辺境伯グルシエス家三男、クリストファーと共に王立学園を卒業し、ハイマー領へと戻る。 その数日後、魔獣討伐のために騎士団と共に出撃したところ、幼い見た目の言葉を話せない子供を拾う。 リアンと名付けたその子供は、クリストファーの思惑でディランと彼を父母と認識してしまった。 個性豊かなグルシエス家、仕える面々、不思議な生き物たちに囲まれ、リアンはのびのびと暮らす。 ある日、世界的宗教であるマナ・ユリエ教の教団騎士であるエイギルがリアンを訪ねてきた。 リアンは次代の世界樹の精霊である。そのため、次のシンボルとして教団に居を移してほしい、と告げるエイギル。 だがリアンはそれを拒否する。リアンが嫌なら、と二人も支持する。 その判断が教皇アーシスの怒髪天をついてしまった。 数週間後、教団騎士団がハイマー辺境領邸を襲撃した。 ディランはリアンとクリストファーを守るため、リアンを迎えにきたエイギルと対峙する。 だが実力の差は大きく、ディランは斬り伏せられ、死の淵を彷徨う。 次に目が覚めた時、ディランはユグドラシルの元にいた。 ユグドラシルが用意したアフタヌーンティーを前に、意識が途絶えたあとのこと、自分とクリストファーの状態、リアンの決断、そして、何故自分とクリストファーがリアンの養親に選ばれたのかを聞かされる。 ユグドラシルに送り出され、意識が戻ったのは襲撃から数日後だった。 後日、リアンが拾ってきた不思議な生き物たちが実は四大元素の精霊たちであると知らされる。 彼らとグルシエス家中の協力を得て、ディランとクリストファーは鍛錬に励む。 一ヶ月後、ディランとクリスは四大精霊を伴い、教団本部がある隣国にいた。 ユグドラシルとリアンの意思を叶えるために。 そして、自分達を圧倒的戦闘力でねじ伏せたエイギルへのリベンジを果たすために──……。 ※一部に流血を含む戦闘シーン、R-15程度のイチャイチャが含まれます。 ※現在、改稿したものを順次投稿中です。  詳しくは最新の近況ボードをご覧ください。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

【完結】我が国はもうダメかもしれない。

みやこ嬢
BL
【2024年11月26日 完結、既婚子持ち国王総受BL】 ロトム王国の若き国王ジークヴァルトは死後女神アスティレイアから託宣を受ける。このままでは国が滅んでしまう、と。生き返るためには滅亡の原因を把握せねばならない。 幼馴染みの宰相、人見知り王宮医師、胡散臭い大司教、つらい過去持ち諜報部員、チャラい王宮警備隊員、幽閉中の従兄弟、死んだはずの隣国の王子などなど、その他多数の家臣から異様に慕われている事実に幽霊になってから気付いたジークヴァルトは滅亡回避ルートを求めて奔走する。 既婚子持ち国王総受けBLです。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」 学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

ワンコとわんわん

葉津緒
BL
あのう……俺が雑種のノラ犬って、何なんスか。 ちょっ、とりあえず書記さまは落ち着いてくださいぃぃ! 美形ワンコ書記×平凡わんわん ほのぼの全寮制学園物語、多分BL。

処理中です...