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145「僕とは『恋人の振り』なのに」

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「よし、じゃあ、二人は付き合うことになったってことで、西区警備隊内では確定させとくからな」
 協力的でいい上司だろう? とアルムグレーンが笑う。
「はい、お願いします!」
「俺の意見を聞く気は無いのか!?」
 エイダールが、ユランの肩を揺さぶる。
「え、だっていいこと尽くめじゃないですか」
 断言するユランの説得は無理だと判断し、エイダールはカスペルに視線を移す。
「百歩譲って恋人の振りをしてもらった場合、ユランの身に危険はないのか? 昔、カスペルというか未来の公爵夫人の座を狙ったどっかの令嬢に、イーレンが襲われたことがあっただろう」
 邪魔な候補がいるなら消してしまえばいいという発想である。
「『あなたが醜くなればいいのよ』っつって、毒の入った瓶を叩きつけたやつ」
 学生時代のカスペルは、婚姻の申し出に関しては『イーレン以上の顔とエイダール以上の才能があるなら話を聞こう』と断っていた。当時のイーレンは美少女顔で、大抵の令嬢がそう言われれば諦める美貌の持ち主だった。
「そんなこともあったな……」
 カスペルが遠い目になる。エイダールとイーレンなら、自分の身は自分で守れるだろうと思って気楽に引き合いに出していたが、実際に害されかけるとは思っていなかったので、大いに反省した事件である。
「大丈夫だったんですか、イーレンさんは」
 ユランが心配そうに尋ねる。
「イーレンは大丈夫だよ。咄嗟に風の魔法で跳ね飛ばしたからな」
 毒を叩きつけた方は無事ではなかったが、分かりやすい自業自得の例である。


「で、ユランもそういう目に遭う可能性はないのか?」
「ないとは言えないだろうが、ユランくんには防御魔法が掛かっているし」
 その辺の心配は要らないだろう、とカスペルは続ける。エイダール謹製の防御魔法の反撃を受けることになる襲ってきた相手の身の方が余程心配である。
「結果的に無事でも危ない目に遭わせるのが嫌なんだよ……てか、イーレンと偽装婚約すればいいんじゃないのか俺」
 エイダールはふと思いついた。カスペルの結婚話で、周囲が騒がしくなりそうなのはイーレンも同じである。
「えっ、それは僕が嫌なんですけど!?」
 何を言いだすんですかと、ユランが叫ぶ。
「別にいいだろ、偽装なんだし」
 恋する幼馴染心を理解出来ないエイダールに。
「偽装でも嫌ですよ」
 ユランは泣きそうな顔になる。
「イーレンとだと信憑性を疑われるだろう。仮に偽装を疑われなかった場合でも、ユランくんを追い出さない限り『愛人と同棲しながら貴族と婚約をした』って悪評がもれなくついてくるぞ」
 カスペルは指摘する。ユランとの親密さが既に浸透している状態で、他の男と婚約するということはそういうことである。
「お前は気にしないだろうが、そう言うのは仕事にも影響するだろう」
 教育者として不適当、ということになるかもしれない。
「多少の悪評じゃ、首にされたりしないとは思うが」
 エイダールは魔力量の多さを危険視されて、他所に流れて行かないように、破格の待遇で研究室を与えられている。簡単に手放してもらえるとは思えない。
「首にならなきゃいいってものじゃないでしょう。僕は事実じゃなくても先生の悪評なんて聞きたくないです。それに、僕とは『恋人の振り』なのに、どうしてイーレンさんとは『偽装婚約』なんですかっ」
 ユランは口を不満そうに曲げた。納得がいかない。


「突っ込むところは、そこなのか」
 アルムグレーンが呆れる。
「だって隊長、不公平だと思いません?」
「まあ、確かにな。そのイーレンて奴の立場にもよるが、貴族なんだろう? ……ん? イーレン?」
 アルムグレーンは、あれっと首を捻る。
「もしかしてイーレン・ストレイムスか? 前に騎士団から来てた魔術師の」
「そうです、先生とはアカデミーの同期で、友達だそうです」
「ああ、そんな感じだったな」
 アルムグレーンは、イーレンが二度目に来た時のことを思い出す。エイダールとは随分と親しそうに見えた。
「ユランくんから見ると不公平だろうけど、牽制力を考えると公平だともいえるよ。イーレンは跡取りではないけど貴族だからね、恋愛関係というだけだと盾としては弱い。だから偽装でも婚約という形にする必要がある」
 カスペルが説明した。貴族は、結婚は政略、恋愛は自由と考える傾向が強い。その中で恋愛関係だと示しても遊びだと思われてしまうのだ。
「まあ、イーレンは結婚願望自体はあるから、将来的に傷になりかねないことを強いるのは良くない」
 結婚願望はあるが相手がいないイーレンは、ある意味エイダールより悲劇的だ。
「ユランくんにしておいた方がいい。新聞記者にもそう思わせた訳だし」
 カスペルは、そう締め括る。


「いや待て、新聞記者がそう思ってたって、別に新聞に載る訳じゃないだろう」
 匂わせはしたが、記事にしろと指示していた様子はなかった。
「明日か明後日には載る。俺の婚約の記事の中の一文として。今頃、一歳年下の貴族令嬢を探して調べ回っているところだろうな」
 筆頭公爵家の跡取りの婚約話の情報重要度を、舐めてもらっては困ると、カスペルは笑う。
「え、正式発表前に出すなって言ってなかったっけ?」
 正式に発表されるまで、記事を出さないよう釘を刺していたように、エイダールは思ったのだが。
「正式発表前に間違った情報を記事にしないよう、とは言ったが、記事を出すなとは言っていないな」
 間違っていない情報なら出してもいいという意味である。
「…………あの会話はそう読み取らなきゃならないのかよ、難易度高いな!?」
 そんな気の抜けない会話はしたくないとエイダールは思う。
「早ければ、明日からユランの身が危険に晒されるってことか。警備隊に圧をかけて来る馬鹿がいれば、俺の方で処理しておく」
 部下を守るのは隊長の仕事だからな、とアルムグレーンが胸を叩く。
「よろしくお願いします。厄介ごとになりそうな相手は私の方に回してください」
 アルムグレーンとカスペルは、がっしりと握手を交わした。
「……………………いや、だからさ。俺を置いて勝手に話を進めるなって」
 ユランと恋人の振りをするのは決定事項とでも言わんばかりの空気に、エイダールは力なく反発するが。
「大丈夫です先生、僕、頑張りますから!」
「ああ、うん、程々にな」
 決意に満ちた目のユランにぎゅっと手を握られて、エイダールは何かを諦めた。
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