弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました

大森deばふ

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139「花火業界に進出するつもりなのか?」

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「単純に同じ物かどうかを判定することは可能ってことでいいんだな?」
「ああ。精度も何もいじらなくていいなら、基礎の魔導回路で対応できるぞ」
 カスペルの確認に、エイダールは頷く。
「実は、印章の偽造が最近横行していてな。今朝の新聞にも載っていただろう」
「そうだっけ?」
 新聞はざっと読んできたが、印章がどうのという記事はエイダールの記憶にはない。
「譲渡の書類が偽造されて、御当主の印章も偽造だったという記事ですか?」
 サフォークが口を挟む。
「そう、それです」
「ああ、なんか爵位も商会も全部持って行かれそうになったってやつか」
 商会を任せていた男がすべてを乗っ取ろうとしたという記事なら記憶にある。
「表立った事件だと、それが一番大きいな。譲渡の書類はすべて偽造されたものだと当主からの申し立てがあって、調査をいれたら、偽造印が出てきたんだ。腕のいい細工師が作ったのかかなり精巧な出来だった」
 当初は偽造印ではなく、本物の印章が盗まれて使用されたと思われていたのだが、押収物の中に精巧な偽造印があったのである。
「そんな高水準な物が出回っているとなると、判別の精度を上げる必要がある。それをお前のこの魔導回路で何とかならないかと。他にも印章絡みの問題は起きているし、簡略化が出来ればもっといい」
 ぱっと見てすぐ分かるようなものもあれば、よく見ても偽造と分からないようなものもあるが、エイダールの技術なら、どちらも一発判別である。
「そんなに多いのかよ」
「商売関係が主だが、一目惚れした令嬢を手に入れようと相手の当主の印章を偽造して婚姻届を出そうとしてきた男がいたり……」
「怖っ」
 エイダールは体を震わせる。知らないうちに籍が入っているとか怖すぎる。


「偽造屋の取り締まりもしているが、専門の偽造屋だけじゃなく、普通の彫師や細工師が印章とは知らず渡された図案通りに作ったものが悪用されていたりしててな……今も、職人ギルドに寄って、注意喚起してもらえるように頼んできたところだ」
 西区には職人街があり、職人ギルドもある。そこに来るついでにエイダールのところにも寄ったということらしい。
「真っ当な職人の参入はそれで抑えられるとして、犯罪と分かっていてやっている奴らが問題だ。そのためにも確実に判別出来るものが欲しい。『偽造はすぐにばれる、得にならない』と思わせたい」
 割に合わないと思わせることが出来れば、犯罪抑止になる。
「引き受けてもいいが……お前個人の依頼になるのか? それとも宰相府の?」
 カスペル個人の依頼であれば自由度が高いが、官公庁からとなると様式が面倒なのであまり好きではない。
「持ち帰って会議にかけないとはっきりしないが、宰相府から正式依頼を出すことになると思う。利用範囲についても制限がつくだろうし」
「そうか、そのつもりで準備しとく……制限付きなら量産する場合もそっちか?」
 制限付きの契約になると、設計者でも勝手に作ることは出来ない。
「そうなるだろうな」


「分かった、じゃあ俺が作るのは雛形だけだな。官公庁向けだと冗長な記述になるけど、それでいいんだよな?」
 魔導回路の設計は、一般的に長い記述になればなるほど値段は高くなる。より複雑な魔法になるからである。『分かりやすく平易な表現』という規定のある官公庁からの依頼は、通常であれば簡略化する部分もきっちり書き込むことになるので、三倍くらいの長さになる。エイダールからするとぼったくり案件である。
「個人的には詰め込む方が好きなんだが」
 短い記述で最大限の効果をもたらすべく、日々研究を重ねているエイダールは不満げだ。
「それは知っているが、規定通りで頼む。まあ、せいぜい儲けてくれ」
 カスペルはふっと笑い、何かが光った気がして、窓に目を遣る。
「え、花火?」
 花火が音もなく上がっている。
「昨日も思いましたが、本物の花火にしか見えませんね。新聞記者に見せているのでしょう」
「本物の花火じゃないのか?」
 サフォークの言葉に、カスペルは首を傾げた。




「つまり、あの花火は魔法なのか。ああ、本当だ、虹も出ているな」
 エイダールとサフォークからざっくりと説明を受けたカスペルは、窓の近くまで行って下の方に虹が出ていることを確認する。
「言われなければ分からない……いや、言われても信じ難いが。小さい花火も可愛らしかったが、実物大だと大迫力だな。花火業界に進出するつもりなのか?」
 カスペルに笑いながら尋ねられて、エイダールは口を曲げる。
「する訳ないだろ、花火師に恨まれたくないぞ俺は。あくまで趣味の範囲だ」
 既得権を侵害してまですることではないと思っている。
「そうか? 本物だと許可の出ない狭い場所という条件下ならありだと思うが」
 火事の心配がないということは保安距離が必要ないということである。
「私もそれならありだと思います。以前、商店街で打ち上げ花火をしたいと相談があった時、保安距離が足りなくて許可を出せなかったことがありましたから」
 魔法で描き出す花火なら問題がないと、サフォークも同意する。
「いやいやいや、俺を花火師にしようとすんのやめてくれよ? 俺は魔法紋様の研究者だからな?」
 二人して何を言い出すんだよ、とエイダールは頬を引きつらせた。
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