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123「俺は仕事でここに来たんだった」

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「強い酒だって言ってんのにそんな飲み方すんなよ、体に悪いぞ。ほら、これつまみにして、もうちょっとゆっくり飲め」
 二杯目も一気に行ったカスペルの前に、エイダールは作業の合間にかじっていたナッツの入った瓶を押しやる。
「あ、その前に公爵家に連絡入れろよ。伝送紙は持ってるか?」
 エイダールに紙鳥に使用する伝送紙を持っているかを問われ、カスペルは鞄の中を探る。
「家宛てのは今は持ってないな」
 カスペルは魔術師ではないので、事前に宛先となる魔力紋を登録してある伝送紙を使わなければ、紙鳥は送れない。
「じゃあ、俺が公爵家に飛ばしてやるから、ここに連絡事項を書け」
 エイダールは、伝送紙が束になったものを机の下の物入れから取り出す。
「紙鳥を飛ばすほどのことか?」
 カスペルにとって紙鳥は、緊急連絡用という意識が強い。
「今夜はここに泊まるって知らせておかないと心配かけるだろう。あと、明日何か必要なものがあれば届けて欲しいとか、迎えを寄越せとかそういうことをだな」
「俺がここに来ていることは父は知っているし、帰らなければ泊まったと思うだろう。着替えは王城に貰っている部屋に何着か置いてあるから間に合うな」
 カスペルは指折り数えて確認した。公爵家は王城に宿泊も可能な部屋を割り振られているので、カスペルは控室のように使っている。
「ここからだと、アカデミーまで行けば乗合馬車もあるから王城までの移動も問題ないし……連絡する必要なくないか?」
 父親は所在を知っている、してほしいことも特にないカスペルは、連絡不要論に辿り着く。
「お前の行動を知ってる宰相には連絡不要かもしれないけどな、それ、使用人まで伝わってるのか? いつ帰るとも分からない、無事かどうかすら分からない、一晩中心配させながら待たせる気か」
 状況が許すなら、一言連絡を入れるのは、最低限の礼儀である。
「確かに、父も一人で完結する方だから、伝わっていない可能性の方が高いな」
 カスペルの父親である宰相も、自分が分かっていればそれでいいと考える部類の人間である。


「じゃあそういうことで、さっさと書け」
「しかし、俺の家に飛ばすと、当主宛になるだろう。結局父のところで握り潰され……連絡が止まって使用人まで届かない気がする」
 やっぱり無駄になるのでは、と書きかけた伝送紙を見るカスペル。
「俺、お前のところの執事長の魔力紋なら覚えてるから、直接飛ばせるぞ」
 公爵家宛てにすると当主宛てになってしまうが、執事長個人に送れば直接届く。
「何でエイダールが俺の家の執事長の魔力紋を覚えてるんだ」
 魔力紋というのは、魔力的な指紋のようなもので、個人の判別が出来る。紙鳥の宛先として使える。指紋と違って親兄弟だと魔力紋も似ていることが多いので、ざっくりとした指定だと、その中で一番魔力の高い人物に誤配されることもあるが、きっちり指定すればそんなこともない。個人ではなく家宛ての場合は、紙鳥専用の識別魔導回路が埋め込まれた文箱に届く仕組みである。
「指示は宰相やカスペルが出してても、実質的な手配は大体あの人がしてるじゃないか。お前とよりよっぽど密に連絡を取ってるぞ」
 エイダールが公爵家に何かの用で連絡を取った場合、窓口になるのは執事長である。仕事が丁寧な常識人なのでエイダールからの評価は高い。
「俺の知らないところで魔力紋を覚えるくらい親しく……」
 何故か動揺するカスペルに、エイダールは溜息をつく。
「いいからさっさと書け……おいおい『外泊する』だけで済ますなよ。俺の家に泊まることと、さっき言ってたみたいにしてもらうことはないってことと」
「うるさい」
 書けばいいんだろう書けば、とカスペルは執事長への連絡事項を分かりやすく箇条書きにし、労いの言葉までつけて書き上げた。




「お前は飲まないのか? というか、それは何をやってるんだ」
 紙鳥を飛ばし終えたエイダールが、机の上にあった深皿に何か彫り付け始めるのを、カスペルは不思議そうに眺める。
「昨日見せた魔法陣を応用した、装飾品ぽい奴の試作だ。直接器に彫って、水を入れるだけで起動させる」
 エイダールは、迷いのない手つきで彫り進めていく。
「水から炎が出るやつか。鍋からよりは風情があるな」
 鍋からでも十分綺麗なものだったが。
「そうだろ。試作してみてうまくいきそうなら水盤に彫って、炎じゃなく花を模して光らせればさらに華やかになると思うんだよな。名付けて花水盤」
 花が少ない時期もこれで安心、などと言い出すエイダール。
「それは貴族女性が好みそうな装飾品になるだろうな」
 昨日見た炎を花に置き換えて想像したカスペルは、珍しさと華やかさでは他の追随を許さないだろうと頷く。
「装飾系としてはその方向に絞ろうと思ってる。水盤には基礎回路だけ彫って、花の模様部分を別の硝子の板に彫って組み合わせるようにすれば、その日の気分で好きな花を交換式で楽しめるって仕組みだ」
 花に限らず、炎でも鳥でも飛ばし放題である。
「試作できたら幾つか家で買い取らせてくれ。母がいい感じに広めてくれるだろう」
 公爵夫人は顔が広いので、貴族女性向けの宣伝にはうってつけの人材である。
「宣伝込みなら幾つか進呈するが……結婚祝いにしてもいいな。婚約者の好きな花は何だ?」
 どうせなら好きな花を咲かせよう、とエイダールは問うたが。
「知らないな……」
 カスペルは答えられなかった。実質の交際期間は二日なので、そんなことも知らないままだ。
「……結婚するまでに聞いといてくれ」
 もう遅いかもしれないが婚約者とはしっかり連絡を取っとけよ頼むから、とエイダールは思った。


「それと、カスペルが言ってた時計と連動させるってやつも雛型は出来てるぞ。連動系は変化をつけるにはいいよな。今は気温や水温に応じて色が変わるのを考えてるんだけど、面白いと思わねえ?」
 暑いと赤く寒いと青くって感じで、と話すエイダールは、本当に楽しそうだ。世間がエイダールの膨大な魔力量にしか注目していないことをカスペルは残念に思う。エイダールの真価は発想力である。
「相変わらず『面白いこと』になると、次々と思いつくな。最近は何をやってる?」
 カスペルは、つまみのナッツをかじりながら尋ねる。
「うーん、昨日は、ユランの同僚が『汚い字を二週間でまともに読める字にしなくちゃならない』って訪ねてきたんだが」
 エイダールは、昨夜のことをざっくりと説明し、カイに渡したものの試作品を、カスペルに見せた。
「知育玩具系に使えないかと思ってる。手本をなぞってうまく書ければ花火が上がる。子供は喜びそうだろう?」
 小さな小さな打ち上げ花火が、動作確認用の石板の上で打ち上がって花開いては散っていく。
「花火って、手持ちかと思ったら打ち上げなのか……大人でも喜ぶだろう、この小ささが逆になんかいいぞ」
 小さいだけで可愛いものだし、本来は巨大なものが小さく精巧に作り込まれていると感動を覚える。
「え、大人向けだと点数表示がいいかと思ったんだが。百点満点でさ」
「そうか、試験や競技で使うとなるとそれもいいな……あっ」
 ふむ、とカスペルは用途を考えかけ、はっとなる。
「どうした」
 動きを止めたカスペルを、エイダールは不審気に見る。
「俺は仕事でここに来たんだった」
 楽しく酒を飲みながらエイダールの発明品を眺めている場合ではなかった。
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