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121「ますます間男感が増していくんだが」

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「昨日から、突然来る客が多いな」
 夜遅くに家に訪れたカスペルを中に通しながら、エイダールは呟く。
「招かれざる客がそんなにいたのか?」
 カスペルが眉をはね上げる。
「昨日の昼にカスペル、お前が来たのから始まって、昨夜二人、今日の昼間にアカデミーの方に一人だな。突然だっただけで、俺かユランの知り合いだから特に問題はない。で、今夜はまたお前」
 人を訪ねる時間じゃないぞ? と時計を示す。もう就寝していてもおかしくない時刻である。実際、エイダールはもう食事も入浴も済ませて、寝るばかりの状態である。寝る前に少しだけと居間で作業をしていたが。
「先触れを出さなかったのは悪かった。来れるかどうかも直前まで分からなくてな」
 カスペルは相変わらず忙しいらしい。
「ところでユランくんは?」
 カスペルはユランの姿を探す。
「ユランなら今日は夜勤だ」
 エイダールが帰宅したときには、ユランは出勤した後だった。
「え、この家に、今はエイダール一人ってことか?」
「ああ」
「それなのに俺を家に上げて構わなかったのか?」
 カスペルが、一人暮らしの女性の家を訪ねた時のような気遣いを見せる。
「ユランがいないとお前を家に上げられないのか?」
 エイダールは、俺の家なのに何でだ、という反応だ。
「あー、何というか、恋人が留守のところを狙って上がり込んだみたいな罪悪感が」
 もちろん狙って上がり込んだ訳ではないのだが。
「恋人じゃない」
 まだ付き合うかどうか決めていないエイダールは、不満そうに鼻を鳴らす。
「恋人候補ではあるだろう。それは置いておくにしても、今日はユランくんにも伝えておきたいことがあったんだが」
 ここに住むことになったと聞いていたので、当然いると思っていた。
「俺が伝言を預かるんじゃだめなのか? 俺には聞かせられない話とか?」
「いや、そんなことはない。エイダールにも知っておいてもらいたいことだ」




「先に、例の事件の顛末を、私から御説明させていただきたく思いますがよろしいでしょうか?」
「…………普通に喋れよ気持ち悪い」
 突然他人行儀な言葉遣いになったカスペルにエイダールは鼻白む。
「ですがこれは仕事ですので……」
 どこだろうが誰が相手だろうが、あまり態度や言葉遣いの変わらないエイダールに比べて、カスペルは時と場所と場合を弁える方である。公の場や立場ではあくまで丁寧な物腰を心がけている。
「まあ、俺もお前相手じゃ面倒だから戻すが、陛下に褒美として依頼したあれだ」
 十日ほど前の入学式で謁見した陛下に褒美に欲しいものはないかと聞かれ、情報をと願っておいた件である。あの時点で国王から宰相に丸投げされていたが、そこからカスペルに説明係が回ったようだ。
「ああ、あれか。それで仕事として説明しに来たのか。大変だなこんな時間まで。酒でも飲むか?」
 こんな遅くまで働いている友人を労おうと提案する。
「仕事中だと分かっていて酒を勧めるのか……飲ませてもらおうか」
「飲むのかよ」
 勧めたが本当に飲むと思わなかったエイダールは、笑いながら突っ込み、席を立って厨房に向かう。


「そういや、気が済むまで奢ってくれるって話だったな」
 カスペルが昨日の昼間の話を蒸し返す。
「あの約束は無効だろう。あれはお前が振られたと思ってだな」
 結婚を約束した女性に七年振りに会いに行ったらその女性を母と呼ぶ少年に出会ったという話を聞いた時に、確かにそんなことを言った。しかし、結果的に振られていなかったので慰めるための飲み会も当然無しである。
「まあ、結婚祝いってことならどっかで奢ってやるけどな……で、今うちには貰いものの酒しかない訳だが、どんなのがいいんだ、辛いのか甘いのか、強い奴もあるぞ」
 エイダールは、厨房の片隅に並べてある酒の瓶の前にしゃがみ込んで問う。
「強いのを冷やしていきたいところだが、ここで潰れる訳にもいかないしな。甘いのにするか」
 ぐだぐだに酔った状態で帰宅する訳にもいかない。
「泊まっていきゃいいだろ。ちょうどユランがいないから、使えるベッドが二つある訳だしな」
「ますます間男感が増していくんだが、いいのか」
 旦那の留守を狙って家に上がり込んで一夜を過ごす。状況としては真っ黒である。
「ユランのベッドを勝手に貸す訳にはいかないから、お前が俺のベッドで、俺がユランのベッドを使うってことで」
 配置を決めつつ、強い酒の入った瓶とグラスを掴んで、エイダールは居間に戻る。


「これ、度数が危ない奴じゃ……」
 冷やした酒を好むカスペルのために、エイダールが僅かに魔力を流して温度を下げていると、酒瓶のラベルを見たカスペルが唸る。
「度数の割に飲みやすい危険な奴だな。これを飲んだユランが酔った勢いで俺を襲おうとしたっていう曰く付きの酒だ」
 あの時の酒瓶はユランが一本綺麗にあけているので、今持って来たのは別の瓶だが。
「は? ユランくんがどうしたって?」
 まだ一滴も飲んでいないのに、幻聴が聞こえた気がしたカスペルが問い返す。
「酔っ払ったユランに押し倒されたんだよ。泣きながら抱きついてくるからよしよししてたらケツに指突っ込まれて危うく新しい扉を開くところだった」
 すぐにユランを眠らせたので、扉の向こうに足を踏み入れてはいないが。
「…………そんなことがあったのに、ユランくんを家に置いてるのか」
 カスペルが信じられないと言った顔になる。
「酔っ払ったときのことで責めても仕方ないだろう。あの時のユランはちょっと情緒不安定だったしな」
「どんな理由があっても、お前がそういうことをされて腕の一本も折っていないことに驚くな」
 エイダールらしくない、とカスペルは断じる。
「驚くところそこなのか? お前は俺をなんだと思ってるんだ。そんな洗練さの欠片もないことは滅多にやらないぞ」
 絶対にやらないとは言っていない。
「あの時、誘拐犯の腕を折っては治し、折っては治しして『何回繰り返せば全部話してくれる?』と言っていた男の台詞とは思えん」
 アカデミーの学生時代の思い出を語り出すカスペル。エイダールとカスペルは、やんちゃ盛りの学生時代を共に過ごしているので黒歴史も共有済みである。
「最終的には治してやっただろ」
 犯罪者にかけるには過分な情けだったと思っている。


「それだけユランくんは特別ってことだな」
 逸れた話をカスペルが戻す。
「そうか? そうだな。ユランじゃなくてもそこそこ親しい奴なら怪我はさせないと思うが」
「俺が襲っても許されるのか?」
 カスペルは一応確認してみた。
「そうだな、怪我しない程度に無力化して、その後も今までの付き合いに免じて接近不可くらいで許してやる」
 特別扱いだからありがたがるようにとエイダールは申し渡す。
「ユランくんとは一緒に暮らすのに、俺は接近不可なのか」
 カスペルは不満を洩らす。
「ユランと他の誰かの扱いが一緒の訳ないだろ、実際、襲われたときも驚いただけで不快感はなかったし。何ならお試しでちょっと一回やってみてもいいかなと思ってるくらいだ」
 特別の中の特別である。
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