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114「じゃあ、恋文を書けばいい」

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「いや、たとえだから」
 実際に太っているとは言ってない、とエイダールは手を振るが。
「そうなんだろうけどさ」
 カイは、腹回りを気にするように撫でる。食事をとったばかりなので、ややふくらんでいる状態だ。
「カイは、もうちょっと肉をつけていいと思うけど」
 ユランは、自分よりは細いカイを見る。
「俺は今が適正なんだよ、これ以上重くなると走りにくくなるからな」
 ある程度踏ん張りのきく体を作っておく必要はあるが、カイの売りはその足の速さである。
「カイは足が速いもんね。そっか、そんなこと考えて体重管理するものなんだ」
 良く食べて良く寝て良く運動しているユランは、特に意識せずにいい体を維持している。
「ユランは何も考えてないのかよ。若いうちはいいけど、年とってそんなんだと、どかんと来るらしいぞ、腹回りに」
「そ、そうなんだ」
 同い年のカイに言われ、ユランはちらりとエイダールを見る。エイダールはユランより六歳年上なので、心配になったらしい。


「この流れで人の腹を見るな。出てないからな! ほら!」
 エイダールは疑うなとばかりに、シャツの裾を持ち上げてみせる。
「うわ、逆に心配になる薄さ……」
 エイダールの腹を見たカイが、感想を洩らす。警備隊で筋肉もりもりの男たちを見慣れているカイには頼りなく見える。
「薄い? ちょっと痩せているかもしれんが心配されるほどじゃないだろう?」
 ひょろりとした体格だが、普通の範囲内である。
「ほら、よくよく見れば、腹筋だって割れてるし」
「よくよく見ないと分からない腹筋てどんなんだよ……ちょっと触ってもいいか?」
 吹き出しかけたカイが、許可を求める。
「ああ、構わないぞ」
「え、構わないんですか」
 あっさりと許可を出したエイダールに、ユランが小さく叫ぶ。
「別に腹を触らせるくらいいいだろ。お前だって結構触ってくんのに」
 後ろから抱きついてくるときなどは、そのまま腰にがっちりと腕を絡めてくるユランである。
「まだ付き合ってないのにお触りありなんだな……あ、こんなところに香油が」
 居間の壁に作りつけられた棚に、香油の瓶を発見したカイは、まさか、という目でエイダールとユランを見る。
「違うから! それは貰いもので、肌の手入れ用だから!」
 ユランが、誤解しないようにと慌てて説明する。サルバトーリ家の侍女が、日頃から手入れをするようにと置いて行ったものである。正装しなければならない入学式前に使って以降、手つかずだが。
「てっきり二人で楽しんでるんだと思ったのになー」
 カイは、真っ赤になるユランがおかしくて、更にからかう。
「そういう用途にはあまり適した粘度じゃないな。専用のを用意したほうがいいんじゃないのか」
 エイダールに、潤滑剤としては不向きだと冷静に突っ込まれて、この二人の間にはそういう色っぽい話はないのだということを思い出す。


「そ、そうですね……そうだ、腹」
 よくよく見なければ割れているのが分からないという腹筋を確認しようと、カイはエイダールの腹に触れた。
「ちょっ、だめだよカイ! 先生も何で触らせてるんですか、仕舞ってくださいっ」
 腹筋があると言えばある、などとエイダールの腹を撫でていたカイの腕を、ユランが掴んで引き剥がす。
「ちょ、痛いって。いいだろ、本人の許可は取ってるし、お前だって触りまくってんだろ」
 痛い程に思い切り腕を掴まれたカイは不満げに唸るが。
「それとこれとは話が別だから!」
 止める権利がないことは分かっているが、他の人に撫でまわされるところなど見たくない。
「先生も気軽に人に触らせないでください」
「どう別なのか分からんが、分かった」
 泣きそうな顔でシャツの裾を直してくるユランに、エイダールは降参した。




「ええと、話を戻しますね。どちらかといえば、太っている人を痩せさせるというのではなく、痩せている人を適正体重にするというべきでは」
 気まずい雰囲気を何とかしようと、ハルシエルが、考えながら例え話まで戻す。
「今は、足りていない状態な訳ですから」
「そうだな、均整の取れた体形になるようにうまく肉をつけていこう」
 エイダールは頭から肉が離れない。目指せ美しい体。掴み取れ読みやすい文字。
「ハルシエルくんとカイくんは、居間に戻ってくれ」
 エイダールは、二人を食堂から先程まで紋様符を描いていた居間へ戻す。
「ユランは片付けをよろしく」
 今日の夕飯の片付けは、最下位の仕事である。




「君には手本を作ってもらう」
 エイダールが大きめの紙を出してきて、ハルシエルの前に置く。
「一番の問題だっていう数字と、よく使う定型文を幾つか書いてくれ」
「はい。インクはこれで?」
「ああ」
 紋様符を描くのに使った群青色のインクをそのまま使うように指示される。
「カイくんは手本が出来るまでは、この書類でも写しててくれ。そうだな、恋文でも書くような気持ちで」
 カイの前にも別の紙と、書類を置く。
「恋文……?」
 恋文でも書くように、という謎の指示に戸惑いつつ、書類を手に取るカイ。
「惚れた相手には良く思われたいから、会うなら身嗜みに気を付けるし、手紙を書くならなるべく綺麗な字で書こうと思うだろ」
 そういう気持ちで書け、ということである。
「この書類、概算見積書って書いてあるんだけど、なんなんだよ」
「ああ、予算申請に必要でな」
 新しい年度に入ったのにまだ予算申請が終わっていないらしい。
「何に必要とかじゃなくて。こんなお堅いものを、恋文を書くような気持ちで書くなんて無理なんだけど!?」
 正論である。
「じゃあ、恋文を書けばいい」
 概算見積書では気持ちが乗らないというのなら、恋文を自分で内容を考えて書けばいいのである。
「えっ?」
 エイダールの無茶振りにカイは引きつる。
「ハルシエルくんに判定してもらうのがいいだろうから、彼宛てに恋文を」
「ええっ」
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