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104「そっちの結婚話はどうなった」
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「そうか、俺が腕輪を預けた所為で、エイダールが結婚するって噂に……ぶはっ」
カスペルは、吹き出して、そのまま体を揺らす。
「俺と、エイダールが、結婚って! あり得なさ過ぎて笑える……っ」
カスペルは、笑い過ぎて呼吸困難に陥りかける。
「俺もあり得ないと思い込んでたから、そんな噂が出てるのにも気付かなかったんだが、良く知らない人間は『銀の腕輪を受け取った』って事実だけでそう受け取るんだよ……お前いつまで笑ってんだよ、失礼だな」
エイダールは席に着いたまま、机の下でカスペルの足をがしがしと蹴る。
「分かった分かった、悪かったって」
必死で息を調え、カスペルは茶をぐいっと飲み干した。
「あの、カスペルさん、腕輪を先生に渡したのはどうして」
カスペルが落ち着いたのを見て、ユランが確認のために口を挟む。
「ん? ああ、あれは渡したんじゃなくて、エイダールに付与をしてもらうために預けただけだ」
「本当に付与の為だったんですね!」
前に聞いたエイダールの話と一致して、ユランの声が明るくなる。
「本当も嘘も他に理由はないだろう? 間違ってもエイダールと結婚したいとは思わないし」
あくまでも友人の立ち位置である。
「家に迎え入れたいと思って養子縁組の話をしたことはあるが」
「えっ、先生と家族に!?」
ユランの顔が引きつる。弟枠保持者としては大問題だ。
「アカデミーを卒業する頃に他家からの勧誘が酷かったから、避難的な意味で、うちの名前を盾にすればいいと誘ったんだが、あっさり断られて終わった」
「そもそも貴族になるのが面倒なのに、カスペルの家に入ってどうするんだよ」
筆頭公爵家の肩書は重すぎる。
「うちなら何の条件も付けないし束縛もしないし? まあ、父は諦めていないようだから、何かの時は選択肢に入れてくれ」
サルバトーリ公爵は、エイダールの才能を高く買ってくれているようだ。
「俺の話より、そっちの結婚話はどうなった」
相手の家に挨拶に行ったんだよな? とエイダールが、話を変えた。
「挨拶に行って、御両親に結婚の許可を貰おうとしたんだが、そもそもエルトリアが……あ、エルトリアというのは彼女の名前なんだが、家にいなくて」
あれは誤算だったな、とカスペルは呟く。
「…………彼女はどこに?」
もしかすると、相手は既にどこかに嫁いでいて、実家にいないという話なのだろうかと、エイダールははらはらする。
「仕事でどこかに出掛けていたようだが、どこに行ったのかいつ帰るのかも教えてもらえなくてな」
機密事項だったのだろうか、と言い出すカスペルに、エイダールは溜息をつく。
「結婚の話が家族に通っていれば、お前は七年も娘を放りっぱなしにした男で、通っていなければ見知らぬ男だ。会って話せただけでも奇跡だろう」
好意的な扱いを期待してはいけない。
「御両親に会えたのは初日だけだな。こちらの意を伝えたら、『今更何のつもりだ、斬り捨てられないだけありがたいと思え』と」
今更ということは、話は通っていたのだろう。年頃の娘と結婚の約束をしておいて七年放置。親からすればカスペルは屑である。
「生きて帰れて良かったな」
エイダールは良かった探しを始める。
「一応『娘と一度話せ』と猶予を貰えたから、二日目、三日目、四日目と通ったが、エルトリアの弟から『姉はまだ戻っていない』と言われるばかりで、仕方ないので仕事もして」
「え、挨拶に行ったんですよね?」
仕事? とユランが首を傾げる。
「西の大陸まで行くならと、ついでに押しつけられたことが多くて。交渉から買い付けまでいろいろと。仕事ってことで、海上の転移ゲートの使用許可が下りたから、その分くらいは働かないとな」
海上の転移ゲートは他国も絡むので、そう簡単には使用許可が下りないが、使えれば船旅の日数が半分になる。
「あの転移ゲートが使えれば、西大陸もちょっとした遠出程度になるもんな。俺も行きたかった……」
エイダールは残念そうだ。
「そういえば僕、カスペルさんが先生の家に挨拶に行くんだと思って、一緒に行かなくていいんですかみたいなこと聞いたと思うんですけど」
ユランが記憶を辿る。
「行きたいけど遠いって言ってましたよね、あれ、西大陸に行きたいってことだったんですね」
ユランとエイダールの故郷は辺境近くなので、里帰りは大変だが、遠いからという理由で結婚の挨拶に同行しないというのはおかしいし、結婚話が誤解だと分かった後は、それなら何故行きたいと口にしたのか、ずっと引っ掛かっていた。
「普通に船で行くと二週間かかるからな。手紙のやり取りもいいけど、実際に会って話すと、思いがけない方向に盛り上がって新しい着想が出て来たりするしな」
「手紙のやりとり?」
そんな相手が? とユランは訝しむ。
「手紙をやり取りしていて、西大陸で暮らしていて、ギルシェ先生と話が盛り上がるとなると、ジスカール卿ですか」
スウェンが、答えに辿り着いた。
「その人なら会って来た、薬の調達絡みで」
「あああ、カスペルが会っても何の足しにもならないのにっ」
エイダールが悶える。
「酷い言われようだな、ちゃんと薬を調合してもらってきたのに」
俺は仕事した、とカスペルは不満そうだ。
「待て、話が逸れてる、それでそのエルトリア嬢? とはどうなったんだ」
家にいなかったという話までしか聞いていない。
「五日目に、庭先に小さな子供がいたから、エルトリアのことを尋ねたら、何と言われたと思う?」
カスペルは突然、問いを投げる。
「居留守でも使われていたのか」
エイダールは良くない可能性を語ってしまう。とうの昔に愛想をつかされて、会いたくもないとなれば、充分に有り得る。
「違うな。正解は『母は出掛けています』」だ」
エルトリアのことを聞いた、母は出掛けていますと言われた。
「……母?」
エイダールは、どういうことだと混乱し、声にならない声で、母? と繰り返す。
「エルトリア嬢の子供?」
「まあ、そういうことだな」
七年間、連絡も取っていなかった婚約者に会いに行ったら子持ちになっていた。放置期間の長さを考えれば相手を責めることは出来ないが、なかなかの悲劇である。
「……仕事が落ち着いたら飲みに行こう、気が済むまで奢ってやる」
カスペルは、吹き出して、そのまま体を揺らす。
「俺と、エイダールが、結婚って! あり得なさ過ぎて笑える……っ」
カスペルは、笑い過ぎて呼吸困難に陥りかける。
「俺もあり得ないと思い込んでたから、そんな噂が出てるのにも気付かなかったんだが、良く知らない人間は『銀の腕輪を受け取った』って事実だけでそう受け取るんだよ……お前いつまで笑ってんだよ、失礼だな」
エイダールは席に着いたまま、机の下でカスペルの足をがしがしと蹴る。
「分かった分かった、悪かったって」
必死で息を調え、カスペルは茶をぐいっと飲み干した。
「あの、カスペルさん、腕輪を先生に渡したのはどうして」
カスペルが落ち着いたのを見て、ユランが確認のために口を挟む。
「ん? ああ、あれは渡したんじゃなくて、エイダールに付与をしてもらうために預けただけだ」
「本当に付与の為だったんですね!」
前に聞いたエイダールの話と一致して、ユランの声が明るくなる。
「本当も嘘も他に理由はないだろう? 間違ってもエイダールと結婚したいとは思わないし」
あくまでも友人の立ち位置である。
「家に迎え入れたいと思って養子縁組の話をしたことはあるが」
「えっ、先生と家族に!?」
ユランの顔が引きつる。弟枠保持者としては大問題だ。
「アカデミーを卒業する頃に他家からの勧誘が酷かったから、避難的な意味で、うちの名前を盾にすればいいと誘ったんだが、あっさり断られて終わった」
「そもそも貴族になるのが面倒なのに、カスペルの家に入ってどうするんだよ」
筆頭公爵家の肩書は重すぎる。
「うちなら何の条件も付けないし束縛もしないし? まあ、父は諦めていないようだから、何かの時は選択肢に入れてくれ」
サルバトーリ公爵は、エイダールの才能を高く買ってくれているようだ。
「俺の話より、そっちの結婚話はどうなった」
相手の家に挨拶に行ったんだよな? とエイダールが、話を変えた。
「挨拶に行って、御両親に結婚の許可を貰おうとしたんだが、そもそもエルトリアが……あ、エルトリアというのは彼女の名前なんだが、家にいなくて」
あれは誤算だったな、とカスペルは呟く。
「…………彼女はどこに?」
もしかすると、相手は既にどこかに嫁いでいて、実家にいないという話なのだろうかと、エイダールははらはらする。
「仕事でどこかに出掛けていたようだが、どこに行ったのかいつ帰るのかも教えてもらえなくてな」
機密事項だったのだろうか、と言い出すカスペルに、エイダールは溜息をつく。
「結婚の話が家族に通っていれば、お前は七年も娘を放りっぱなしにした男で、通っていなければ見知らぬ男だ。会って話せただけでも奇跡だろう」
好意的な扱いを期待してはいけない。
「御両親に会えたのは初日だけだな。こちらの意を伝えたら、『今更何のつもりだ、斬り捨てられないだけありがたいと思え』と」
今更ということは、話は通っていたのだろう。年頃の娘と結婚の約束をしておいて七年放置。親からすればカスペルは屑である。
「生きて帰れて良かったな」
エイダールは良かった探しを始める。
「一応『娘と一度話せ』と猶予を貰えたから、二日目、三日目、四日目と通ったが、エルトリアの弟から『姉はまだ戻っていない』と言われるばかりで、仕方ないので仕事もして」
「え、挨拶に行ったんですよね?」
仕事? とユランが首を傾げる。
「西の大陸まで行くならと、ついでに押しつけられたことが多くて。交渉から買い付けまでいろいろと。仕事ってことで、海上の転移ゲートの使用許可が下りたから、その分くらいは働かないとな」
海上の転移ゲートは他国も絡むので、そう簡単には使用許可が下りないが、使えれば船旅の日数が半分になる。
「あの転移ゲートが使えれば、西大陸もちょっとした遠出程度になるもんな。俺も行きたかった……」
エイダールは残念そうだ。
「そういえば僕、カスペルさんが先生の家に挨拶に行くんだと思って、一緒に行かなくていいんですかみたいなこと聞いたと思うんですけど」
ユランが記憶を辿る。
「行きたいけど遠いって言ってましたよね、あれ、西大陸に行きたいってことだったんですね」
ユランとエイダールの故郷は辺境近くなので、里帰りは大変だが、遠いからという理由で結婚の挨拶に同行しないというのはおかしいし、結婚話が誤解だと分かった後は、それなら何故行きたいと口にしたのか、ずっと引っ掛かっていた。
「普通に船で行くと二週間かかるからな。手紙のやり取りもいいけど、実際に会って話すと、思いがけない方向に盛り上がって新しい着想が出て来たりするしな」
「手紙のやりとり?」
そんな相手が? とユランは訝しむ。
「手紙をやり取りしていて、西大陸で暮らしていて、ギルシェ先生と話が盛り上がるとなると、ジスカール卿ですか」
スウェンが、答えに辿り着いた。
「その人なら会って来た、薬の調達絡みで」
「あああ、カスペルが会っても何の足しにもならないのにっ」
エイダールが悶える。
「酷い言われようだな、ちゃんと薬を調合してもらってきたのに」
俺は仕事した、とカスペルは不満そうだ。
「待て、話が逸れてる、それでそのエルトリア嬢? とはどうなったんだ」
家にいなかったという話までしか聞いていない。
「五日目に、庭先に小さな子供がいたから、エルトリアのことを尋ねたら、何と言われたと思う?」
カスペルは突然、問いを投げる。
「居留守でも使われていたのか」
エイダールは良くない可能性を語ってしまう。とうの昔に愛想をつかされて、会いたくもないとなれば、充分に有り得る。
「違うな。正解は『母は出掛けています』」だ」
エルトリアのことを聞いた、母は出掛けていますと言われた。
「……母?」
エイダールは、どういうことだと混乱し、声にならない声で、母? と繰り返す。
「エルトリア嬢の子供?」
「まあ、そういうことだな」
七年間、連絡も取っていなかった婚約者に会いに行ったら子持ちになっていた。放置期間の長さを考えれば相手を責めることは出来ないが、なかなかの悲劇である。
「……仕事が落ち着いたら飲みに行こう、気が済むまで奢ってやる」
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