弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました

大森deばふ

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97「俺、だめなほうに賭けたのに!」

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「ユラン先輩、おはようございます」
「……うん、おはよう」
 ふらふらと西区警備隊詰所の門をくぐったユランは、新人隊員の声に顔を上げ、挨拶を返した。
「おはようユラン、休み明けなのにどうしたんだよ?」
 欠伸が止まらないユランに、カイが首を傾げる。
「おはようカイ。寝不足なだけ」
 ちょっと完徹しただけである。
「確かにすげー眠そうだけど、昨日の休みになんかあったのか?」
 疲れるようなことが? と問われる。
「昨日は、魔獣討伐の見学に行く先生の護衛を」
「魔獣討伐の見学?」
 意味が分からん、という顔になるカイ。
「見学してどうするんだ」
 魔獣討伐に行った、というならまだ分かるのだが。
「ええっと、正確には、魔獣討伐をする弓使いの人の腕を見に」
 ケニスの射る矢の飛距離の謎を解くのと、魔弓を持たせても大丈夫な人柄なのかを見に行った。
「魔獣の数が多かったから、結局一緒に狩ってたけど」
 というか、ほとんどエイダールが倒した。
「予定より遅くなって、家に帰りついた時にはもう星が出てた」
「そっか、帰りが遅くなった所為で、睡眠時間がちゃんと取れなかったんだな」
 カイは勝手に納得したが、真実は違う。
「ちゃんとというか、一睡もしてない……出来なかった」
「一睡もしてない?」
 それは異常な事態である。
「だって先生がっ! 先生が僕のベッドで寝てるんだよ!?」
 叫ぶような声で、更なる異常事態を知らされる。
「先生がお前のベッドに? え、寝たってことか?」
 カイは目を見開く。
「嘘だろ、先生とうまくいったのか? 俺、だめなほうに賭けたのに!」




「賭けた?」
 ユランが、その単語に引っ掛かる。
「あ」
 まずい、という顔で目を逸らすカイ。
「カイ、説明を」
「……ユランが、ユランの先生とどうなるかってのをみんなで賭けてて」
 西区警備隊内での娯楽になっていたらしい。
「今月末までに、付き合うことになるか、振られるか、現状維持かの三択で」
「それでカイは、僕が振られるほうに賭けたんだ……?」
 友達なのに酷くない? とユランは真顔になる。
「友達としてはうまくいけばいいなって思ってたぞ? だけど、それとこれとは別というかなんというか」
 情に流されて、低い可能性に賭けることは出来ない。
「あの、賭けと言っても、賭けられているのは新メニューへの投票券ですので、賭け事と言うほどのことではなくて」
 金銭は絡んでいないのだと、カイの横から、新人が恐る恐るといった感じで口を挟んでくる。
「新メニュー? 食堂の?」
 警備隊詰所内の食堂は、毎年春にメニューの入れ替えがある。不人気メニューが姿を消し、新しいものが入る。不人気メニューは一年間の統計から、新メニューは、作り手側から提案されたものの中から、隊員たちの投票で決まる。
「そうだよ。普段なら一人一票だけど、賭けに勝ったほうが、負けたほうの投票券を山分けできるってことになってて」
 勝てば、自分が好きなメニューをより多く推せる。
「投票券を賭けてまですることかな? 今年はどっちもお菓子だよね、マフィンとパイだっけ」
 甘いものは今までなかったのだが、今年から提供することになったらしい。
「チョコチップマフィンとカスタードパイだよ。チョコ派とカスタード派で熾烈な争いが勃発してるんだぞっ」
「…………」
 ユランとしては、どちらも美味しそうだと思うが、争うほどのことでもない。


「三人ともまだこんなところにいたのか、そろそろ申し送りが始まるぞ」
 ヴェイセルが呼びに来る。
「すぐ行きます!」
 だらだら喋っている場合ではなかった。
「そういえば先輩は、どっちに賭けたんですか?」
 足早に歩きながら、ユランはヴェイセルに尋ねる。
「賭け?」
 賭け事はだめだろう、とヴェイセルは眉をひそめたが。
「僕と先生がうまくいくかどうか、みんなが賭けてるって」
 カイが言ってましたけど? とユランが言うと、その件か、と納得したような顔になる。
「賭けって言っても金が絡まない奴な。俺はユランがうまくいくほうに賭けたぞ」
 当然だろ? 祈ってるからな、と笑う。ヴェイセルは情に厚いようだ。
「ありがとうございます、先輩」
「ヴェイセル先輩、応援してる場合じゃありませんよ、ユランのやつ、昨夜先生と寝たって!」
「えっ」
 カイからの情報に、ヴェイセルが本当なのかとユランを見る。
「先生が寝てる横で一睡も出来ずに寝顔見てただけですけど」
 想像されるようなことはやっていない。匂いは存分に嗅いだが。
「どういう状況だよ……」
「僕がベッドに行ったら、もう先生がすやすや寝てて」
 手を出すこともできないが、眠ることも出来なくて。
「すやすやかよ……信用されてるんだな」
「本当にそう思いますか?」
 ユランに詰め寄られて、ヴェイセルは溜息を落とす。
「男と思われてない可能性が高いことは黙っててやろうと思ったのに、自分で傷を抉りにくるのか」
「やっぱりそうですよね」
 ユランも大きく息を吐いた。弟枠からの脱却は難しそうだ。




「ユラン、さっき『先生が僕のベッドで』みたいな叫び声が聞こえてきた気がするんだが?」
 申し送りを終えた直後、ユランは隊長のアルムグレーンに捕まった。昂った声がここまで届いていたらしい。
「気の所為だと思います」
 ユランは誤魔化す。賭けの話を隊長に話すのは良くないと思ったからである。
「うまくいってもいかなくても報告しろよ、期日は今月末な」
「え、何で」
 いくら隊長でも、そんな私的なことを報告させるのはどうかと思う。
「投票券の分配をしなきゃならんだろうが」
 投票券と言われて、ユランははっとなる。
「まさか隊長も賭けに参加を……?」
「俺が胴元だが?」
 西区警備隊大丈夫かな、とユランはひっそりと思った。
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