上 下
93 / 178

93「こんな大きな群れだとは聞いてない」

しおりを挟む
「本当に良く飛ぶなあ……」
 エイダールは、ひゅううっと唸りをあげて飛んでいく矢を見上げる。
「これ、さっきのとは何が違うんだ?」
 二張試したのだが、ケニスには大きさも放った感じも同じように思える。強いて言えば、二張目の矢羽根が立派だった気はするが。
「え、全然違うんだけど、何かに当たらないと差が分からないか。空じゃなくてあそこの木を狙ってみてくれ」
 近くの木をエイダールは指し示し、ケニスは言われるまま撃ち込む。
「で、最初に渡したほうで隣の木を」
 比較しやすいようにと指示を飛ばす。
「うっわ、氷の量がまるで違うな」
 一本は氷の柱かという状態まで凍り付き、もう一本は数本の細い氷が突き刺さっている状態だ。
「ユランから、魔法攻撃力が強すぎて全然氷が溶けなくて処理が面倒だったと聞いたからな、魔法攻撃力が弱めのを作ってみた」
 あまりに溶けないのでオルディウスの闘争心に火が付いた代物である。
「まあ、どっちも使い処はあるだろうから、切り替えられるようにして一張にまとめるつもりだけど」
 矢の形状も、ケニスが何となく気付いたように、二張目のほうが旋回能力が高い。ただし、必要魔力が二割増しである。ケニスの場合は一張目でも問題なく当てられる腕前のようだが。


「よし、次はこっちを使ってみてくれ」
「あんた何張持ってきてんだ」
「三張だけど?」
 三張目をケニスに手渡しながら、エイダールは答える。
「あんたの体格もよく分からなかったからな。ユランから聞いた話だけで最適な大きさを絞り込むのは難しかったし、いくつか試してみたいこともあったしな」
 大きさと仕様を変えて、三張試作してきたのだ。
「……これが一番しっくりくるな」
 ぐっと弦を引いて構えてみたケニスが、独り言ちる。
「あれ、これは矢が生成されないのか?」
 先程までのは弦を引くだけで自動的に生成されていたのだが。
「ああ、この弓は認証付きなんだ。こっち側の弓柄の端をぐっと握ってみてくれ」
「この辺か?」
 ケニスが握り込むと、ぽわん、と弓が一瞬光った。
「今ので登録完了。これで、あんたが弦を引いた時に限って矢が生成されるようになった」
 おめでとう、と言われて、ケニスは胸を躍らせる。
「俺が引いた時だけ?」
 それは得難い特別感である。
「そう。誰でも使えたら危ないだろ」
 ユランに短弓を持たせた時は、特に思わなかったが、外部に出すとなると気を付けなければならないことがたくさんある。
「ちっちゃい子が触っちゃっただけで矢が出たら危ないですもんね」
 安全装置ですね、とユランは思ったが。
「例えば敵の手に渡ったら、という心配をしろ」
「あ、そっか」
 警備隊員なのに平和呆けしているユランである。
「矢の生成が出来ないってだけで、自分で矢を用意すれば誰でも普通の弓として使えるという万能型」
 何となく言いたいことは分かるが、万能という言葉の使い方が間違っているような気がする。
「そういや、氷じゃなくて炎を使いたいみたいな希望はあるか? 魔導回路を組むなら属性は自在だから、四属性ならどれでもできるぞ」
「魔弓を三張も持ってきてるだけでも驚きなのに、まるで昼食のパンに何を挟むか聞いてるような軽い調子で属性選ばせるとかおかしいぞ」
 試し撃ちを見ていたブレナンが唸る。
「可能性を追求してるだけなんだが」
 エイダールとしては、おかしいとまで言われるのは心外である。


「あんた自身は風の魔力持ちだから、風にするのもいいと思う」
 エイダールの言葉に、ケニスは目を瞬かせる。
「え? 俺は確かに魔力は少しあるそうだが、魔術師になれるほどじゃないって言われて、魔法だって全然覚えてないんだが」
 魔法には縁がないものと思って生きてきたケニスである。
「じゃあ、矢を放つときのあれは無意識なのか。あんた、すっごい自然に矢に風をまとわせてるぞ?」
「ええっ?」
 思いがけない話である。
「だから飛距離が出るんだ」
 もちろんケニス自身の腕の良さもあるのだが。






「落ちてくるぞ、避けろよ!」
 ブレナンがエイダールに注意を促す。ケニスによって鳥型の魔獣が翼を射抜かれて落ちてくる。胴体だけで人の大きさくらいある巨大な鳥だ。落ちてきたところを近接職のブレナンともう一人のパーティーメンバーがとどめを刺す形である。
「あの魔獣の血には毒があります、飛沫にも触れないようにしてください」
 もう一人は土系の魔術師らしく、ブレナンたちを補助しつつ、飛沫が掛からないよう、エイダールとユランの前にも土の壁を生成してくれる。
「はい、ありがとうございます」
「分かった」
 自分の身は自分で守れと言われていたような気がするが、ある程度は面倒を見てくれるようだ。




「数が多い気がするが、これは想定の範囲内なのか?」
 暫く戦闘を見ていたエイダールは、四人で討伐する数には見えなくて、魔術師に確認する。
「範囲内じゃないな、こんな大きな群れだとは聞いてない……ブレナン! 一度退いて態勢を整え直したほうがよくないか!?」
 魔術師が呼びかけるが。
「こんな数に背を向けろってのか? 退ける状況じゃねえだろっ」
 ブレナンは鳥型の魔獣の頭を斧で薙ぎ払いながら叫ぶ。後ろからつつかれて終わる未来しか見えない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼い精霊を預けられたので、俺と主様が育ての父母になった件

雪玉 円記
BL
ハイマー辺境領主のグルシエス家に仕える、ディラン・サヘンドラ。 主である辺境伯グルシエス家三男、クリストファーと共に王立学園を卒業し、ハイマー領へと戻る。 その数日後、魔獣討伐のために騎士団と共に出撃したところ、幼い見た目の言葉を話せない子供を拾う。 リアンと名付けたその子供は、クリストファーの思惑でディランと彼を父母と認識してしまった。 個性豊かなグルシエス家、仕える面々、不思議な生き物たちに囲まれ、リアンはのびのびと暮らす。 ある日、世界的宗教であるマナ・ユリエ教の教団騎士であるエイギルがリアンを訪ねてきた。 リアンは次代の世界樹の精霊である。そのため、次のシンボルとして教団に居を移してほしい、と告げるエイギル。 だがリアンはそれを拒否する。リアンが嫌なら、と二人も支持する。 その判断が教皇アーシスの怒髪天をついてしまった。 数週間後、教団騎士団がハイマー辺境領邸を襲撃した。 ディランはリアンとクリストファーを守るため、リアンを迎えにきたエイギルと対峙する。 だが実力の差は大きく、ディランは斬り伏せられ、死の淵を彷徨う。 次に目が覚めた時、ディランはユグドラシルの元にいた。 ユグドラシルが用意したアフタヌーンティーを前に、意識が途絶えたあとのこと、自分とクリストファーの状態、リアンの決断、そして、何故自分とクリストファーがリアンの養親に選ばれたのかを聞かされる。 ユグドラシルに送り出され、意識が戻ったのは襲撃から数日後だった。 後日、リアンが拾ってきた不思議な生き物たちが実は四大元素の精霊たちであると知らされる。 彼らとグルシエス家中の協力を得て、ディランとクリストファーは鍛錬に励む。 一ヶ月後、ディランとクリスは四大精霊を伴い、教団本部がある隣国にいた。 ユグドラシルとリアンの意思を叶えるために。 そして、自分達を圧倒的戦闘力でねじ伏せたエイギルへのリベンジを果たすために──……。 ※一部に流血を含む戦闘シーン、R-15程度のイチャイチャが含まれます。 ※現在、改稿したものを順次投稿中です。  詳しくは最新の近況ボードをご覧ください。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

影の薄い悪役に転生してしまった僕と大食らい竜公爵様

佐藤 あまり
BL
 猫を助けて事故にあい、好きな小説の過去編に出てくる、罪を着せられ処刑される悪役に転生してしまった琉依。            実は猫は神様で、神が死に介入したことで、魂が消えかけていた。  そして急な転生によって前世の事故の状態を一部引き継いでしまったそうで……3日に1度吐血って、本当ですか神様っ  さらには琉依の言動から周りはある死に至る呪いにかかっていると思い━━  前途多難な異世界生活が幕をあける! ※竜公爵とありますが、顔が竜とかそういう感じては無いです。人型です。

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」 学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。

俺の婚約者は悪役令息ですか?

SEKISUI
BL
結婚まで後1年 女性が好きで何とか婚約破棄したい子爵家のウルフロ一レン ウルフローレンをこよなく愛する婚約者 ウルフローレンを好き好ぎて24時間一緒に居たい そんな婚約者に振り回されるウルフローレンは突っ込みが止まらない

処理中です...