上 下
88 / 178

88「うちの親は何してたんですか」

しおりを挟む
「結婚の話なんてなかったってことですか?」
 夢を見ているような気持ちで、ユランは尋ねる。
「だからそう言って…………何で泣く!?」
 ぽろぽろ涙を零したユランにエイダールは焦る。
「そりゃ泣くだろ」
 そういう場面だろ、とヴェイセルは思う訳だが。
「何でだ」
 エイダールには理由が分からない。
「失恋したと思ってたのが違ったんですよ、私だって泣きますよ」
 シビラも貰い泣きである。
「いや、だから、何でだよ? 俺が結婚するって誤解してたのと、ユランの失恋とは何の関係もないだろ」
 それはそれ、これはこれである。
「ここまで鈍いと逆に尊敬したくなるよ俺……」
 ヴェイセルは、呆れるのを通り越して次の段階へ移行しそうになる。


「俺に分かるように説明してくれ……ヴェイセルくん」
「何で俺」
「一番状況を理解していそうだから」
 エイダールに指名されて、ヴェイセルはちらりとユランを見たが、目を逸らされる。
「簡単に言うと、ユランの失恋相手があなただったってことですが」
 仕方がないので説明を始める。
「そうですよ、ユランさんはずっとギルシェ先生のこと好きだったじゃないですか」
 シビラからの援護が入る。
「待ってください、ユランくんの『好き』は、親愛の情なのでは?」
 スウェンは背中から撃つ感じである。
「ユランが俺のことを好きなのは知ってる」
 何年一緒にいると思ってるんだ、とエイダールは無駄に偉そうである。
「だけど、失恋することはないだろ? 恋してる訳じゃないんだから」
 そこが分からないと問題点を整理し始める。


「好きな女の子がいたって聞いたぞ? その子と一緒に暮らしたくて前の部屋を解約したって……どう考えても失恋相手はその子だろう」
「どこの誰がそんなこと」
 エイダールの言葉に、びっくりしたユランが言葉を挟む。
「ユランが前に借りてた部屋の大家だよ」
「大家さんに会いに行ったんですか? わざわざ?」
 ユランは少し引きつった。なし崩し同棲大作戦を本人に知られているのは恥ずかしすぎる。
「冒険者ギルドに用があって出掛けたついでに、家賃のことを聞きたくて寄った」
 別にユランのことを秘密裏に探ろうとして訪れた訳ではない。
「で、その大家の上品な感じの老婦人がはしゃいだ様子で『若いっていいわね』みたいなことを言ってたぞ」
「違います、それはっ」
 老婦人が、ユランが好きな相手を女の子と思い込んでいたのを、そのまま流したことを思い出す。
「ああああああ」
 何で僕はあの時きちんと訂正しておかなかったのだろうと、ユランは頭を抱えた。




「何か誤解があるようですが。そんな女性は存在しません」
 ヴェイセルが、心を強く持たなければと思いつつ仕切り直す。
「『恋してる訳じゃないんだから』と仰いましたが、あなたの認識は間違っています。ユランの『好き』は恋愛感情です」
 ヴェイセルは言い切り、シビラも横で同意するように大きく頷く。
「え、嘘だろ」
 きょとんとするエイダールに、ヴェイセルは思わず立ち上がった。
「何で信じないんだ、あんたはっ」
「何でって、俺が恋愛対象っておかしいだろ? 俺はユランのおむつ換えてたことだってあるんだぞ。親みたいなもんだろ、そんな相手に?」
 保護者と被保護者の関係である。
「おむつ?」
 ユランが、場違いな単語に目を瞬かせる。
「僕、先生におむつ換えられてたんですか? いくら家族ぐるみの付き合いの御近所さんでもおかしくないですか?」
 他所の家の赤子のおむつを、当時は子供だったエイダールが何故交換しているのか。
「ユランは覚えてないだろうけど、生まれてすぐから生後半年くらいまで、俺の家に預けられてたし」
 上に兄しかいないエイダールは、ずっと弟が欲しかったので、積極的に面倒を見た。


「何でですか? うちの親は何してたんですか」
 育児放棄をするような親ではない筈なのだが。
「父親は働きに出てたし、母親は療養してたな」
「母さんが療養? 何か病気で?」
 いつも元気な母親しか知らないユランは、療養という言葉に狼狽える。
「いや、ユランが胎の中で大きく育ち過ぎて……まあ要するに難産で、産んでから母親が動けるようになるまで半年くらいかかって」
 ユランは生まれる前から大きかった。
「難産だったなんて聞いたことないんだけど、僕、もしかして母さんにすごく迷惑かけて生まれてきたんですか?」
「その分、生まれた後は大きな病気もせずにすくすく育ったんだからいいだろう」
 苦労を先払いした形である。
「そういうことにしておきます」
「俺は水と相性がいいから、風呂にも入れたぞ」
 水を自在に操るエイダールは水難には無縁で、沐浴も任されていた。
「くるくるって水流作って回してやると、きゃっきゃ笑って」
 可愛かった、とエイダールは懐かしむような表情になる。しかしどうやら、大人が見ていたら肝を冷やすような沐浴が行われていたらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

罪人の僕にはあなたの愛を受ける資格なんてありません。

にゃーつ
BL
真っ白な病室。 まるで絵画のように美しい君はこんな色のない世界に身を置いて、何年も孤独に生きてきたんだね。 4月から研修医として国内でも有数の大病院である国本総合病院に配属された柏木諒は担当となった患者のもとへと足を運ぶ。 国の要人や著名人も多く通院するこの病院には特別室と呼ばれる部屋がいくつかあり、特別なキーカードを持っていないとそのフロアには入ることすらできない。そんな特別室の一室に入院しているのが諒の担当することになった国本奏多だった。 看護師にでも誰にでも笑顔で穏やかで優しい。そんな奏多はスタッフからの評判もよく、諒は楽な患者でラッキーだと初めは思う。担当医師から彼には気を遣ってあげてほしいと言われていたが、この青年のどこに気を遣う要素があるのかと疑問しかない。 だが、接していくうちに違和感が生まれだんだんと大きくなる。彼が異常なのだと知るのに長い時間はかからなかった。 研修医×病弱な大病院の息子

結婚を前提に異世界にきてくれませんか?

むー
BL
週4で深夜のコンビニバイトをしている可愛歩夢の悩み事は、最近一緒に働くことになった一個下のイケメン大学生の一后淡雪に口説かれていること。 しかも、事あるごとに「結婚を前提に一度僕の国に来て欲しい」と言う。 めちゃくちゃモテ男のクセに、同じ男のオレと結婚したいとしつこい淡雪が色んな意味でウザい。 そんな時、急に長期の休みが出来てしまい、誘われるまま淡雪の国に行ってみることになった。 だがしかし。 行ってみたら、そこは異世界だった……。 2021/10/31 連載開始 2022/6/26 第2部開始(1日2回更新予定)

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」 学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

前世である母国の召喚に巻き込まれた俺

るい
BL
 国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

処理中です...