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87「過去形じゃなくて今も大好きだけど」
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「大丈夫か?」
むせてごほごほと咳き込むシビラの背中を、たまたま隣に座っていたヴェイセルがさする。
「は、はい……ありがとうございます」
スウェンから差し出された茶を一口飲んで、シビラは漸く落ち着く。
「いきなり何を言いだすのユランさん、びっくりしたじゃない。責任てなんなの、一体何したの」
矢継ぎ早に質問する。
「え、酔っ払って欲望のままに……ちょっと」
具体的に言ってもいいものなのかと、ユランはちらりとエイダールを見る。
「大したことじゃないから気にするな。こいつがちょっと情緒不安定になってただけだ、失恋したてだったからな」
エイダールはそれで話を終わらせようとしたのだが。
「あ、そっか、先月のあれで失恋しちゃったんですね。突然で私も驚きましたけど、ユランさんはもっと驚きましたよね、あんなに大好きだったのに」
気持ち分かります、とユランの手を握るシビラ。さほど交流がある訳ではないが、ユランがエイダールを好きなことは当然のように知っている。
「うん、過去形じゃなくて今も大好きだけど……びっくりし過ぎて熱が出た」
「分かる! ああいう時って体のほうが正直なのよね」
「そうなんだ……うん、そうかも」
「そうなのよ!」
意気投合する二人に、エイダールが怪訝な顔になる。
「先月のあれ? シビラはユランが失恋するところを見たのか?」
「先生が求婚されるところ、ばっちり見ましたよ。他にも目撃者はいっぱいいると思いますけど」
学食が一番混み合う昼時の出来事である。カスペルの声も決して小さくはなかった。
「私も見ましたよ、ギルシェ先生が求婚されるところ」
スウェンも小さく手を上げる。
「俺も、人伝手にだけど聞いたぞ」
ジペルスから噂を聞いたヴェイセルも参戦する。
「待て、俺が求婚されたみたいな話になってる気がするんだが、どういうことだ、それとユランの失恋に何の関係が」
エイダールが、待て待て待て待て、と手を振るが。
「先生何言ってるんですか、サルバトーリ卿に銀の腕輪を差し出されてたじゃないですか」
この目ではっきり見ました、とスウェンが言う。
「そうですよ、私も見ましたよ、結婚の許可がどうとかって聞こえてきたから、何だろうって見てたら、なんと銀の腕輪がどーんと!」
シビラは興奮気味にまくしたて、小さくきゃっと叫ぶ。
「求婚されるところなんて初めて見たから、もう、どきどきして! でもギルシェ先生って結婚願望なさそうだし、どうなるのって見てたら、さくっと腕輪受け取っちゃうし!」
あの日の光景を思い出したシビラは、再びきゃーっと身を震わせる。
「僕はどきどきどころか心臓が止まりそうでしたけど」
ユランにとっては辛い思い出である。
「つまり、俺がカスペルに求婚されて受諾した、と思われてるのか?」
エイダール的には物凄く納得がいかないが、話を総合するとそうとしか思えない。
「思われているというか、事実ですよね? 結婚しても仕事上は別姓のままの方がいいのではと提案したら、そうだなって仰ってましたよね」
そんな話もしたのに今更何を? とスウェンは思う。エイダールは権利関係の書類が多いので、名義が変わると面倒なのだ。
「え、あれはカスペルの話だろ? 何で俺にそんなこと聞くんだろうって思ったのを思い出したぞ、俺は関係ないのに」
よく分からないまま肯定したことを思い出す。
「関係なくないでしょう? 結婚するのに」
もうやだ先生ったら、照れてるんですか? とシビラが畳みかける。
「誰が結婚するんだ」
「ギルシェ先生が」
「誰と」
「そのカスペルさん? という方と」
シビラは現場には居合わせたが、相手が貴族らしき男性ということしか分からない。名前を聞いたのは先程が初めてだ。
「何で俺がカスペルと」
何がどうこじれようとも、カスペルとは友人以上にはなりえない。
「だって、銀の腕輪を差し出されてましたよね? あれ、婚姻の腕輪ですよね?」
一向に肯定しないエイダールに、シビラは訳が分からなくなってくる。
「そうだな、あれは婚姻の腕輪だな」
それは間違っていない。
「ほらやっぱり。その婚姻の腕輪を受け取りましたよね?」
「それは……受け取ったな」
エイダールは漸く認め、ゆっくりと息を吐く。
「あいつが婚約者に贈る予定の婚姻の腕輪に、防御系の魔法付与を頼むって言われて預かっただけだけどな!」
分かったか、とでも言うように、エイダールは腕を組む。一連の出来事は、婚姻の申し込みではなく、結婚の許しが出たことを知らせるついでに、魔術師としてのエイダールに、依頼をしに来ていただけである。
「魔法付与……?」
スウェンが鸚鵡返しに呟く。確かに魔法付与はエイダールの得意とするところであり、知り合いであれば、その手の依頼も受けているのは知っている。
「もしかして、また今度細かいことを打ち合わせたいって言われてたの、その付与の話ですか?」
結婚の話を詰めるのだとばかり思っていたが。
「そうだろうな。そもそも、いくら腕輪を受け取ったのを見たからって、俺とカスペルがそんな関係じゃないことは分かり切ってるだろうに」
誤解を受けたこと自体に、エイダールは納得がいかない。
「先生、それって、つまり」
ユランは、声を震わせた。
むせてごほごほと咳き込むシビラの背中を、たまたま隣に座っていたヴェイセルがさする。
「は、はい……ありがとうございます」
スウェンから差し出された茶を一口飲んで、シビラは漸く落ち着く。
「いきなり何を言いだすのユランさん、びっくりしたじゃない。責任てなんなの、一体何したの」
矢継ぎ早に質問する。
「え、酔っ払って欲望のままに……ちょっと」
具体的に言ってもいいものなのかと、ユランはちらりとエイダールを見る。
「大したことじゃないから気にするな。こいつがちょっと情緒不安定になってただけだ、失恋したてだったからな」
エイダールはそれで話を終わらせようとしたのだが。
「あ、そっか、先月のあれで失恋しちゃったんですね。突然で私も驚きましたけど、ユランさんはもっと驚きましたよね、あんなに大好きだったのに」
気持ち分かります、とユランの手を握るシビラ。さほど交流がある訳ではないが、ユランがエイダールを好きなことは当然のように知っている。
「うん、過去形じゃなくて今も大好きだけど……びっくりし過ぎて熱が出た」
「分かる! ああいう時って体のほうが正直なのよね」
「そうなんだ……うん、そうかも」
「そうなのよ!」
意気投合する二人に、エイダールが怪訝な顔になる。
「先月のあれ? シビラはユランが失恋するところを見たのか?」
「先生が求婚されるところ、ばっちり見ましたよ。他にも目撃者はいっぱいいると思いますけど」
学食が一番混み合う昼時の出来事である。カスペルの声も決して小さくはなかった。
「私も見ましたよ、ギルシェ先生が求婚されるところ」
スウェンも小さく手を上げる。
「俺も、人伝手にだけど聞いたぞ」
ジペルスから噂を聞いたヴェイセルも参戦する。
「待て、俺が求婚されたみたいな話になってる気がするんだが、どういうことだ、それとユランの失恋に何の関係が」
エイダールが、待て待て待て待て、と手を振るが。
「先生何言ってるんですか、サルバトーリ卿に銀の腕輪を差し出されてたじゃないですか」
この目ではっきり見ました、とスウェンが言う。
「そうですよ、私も見ましたよ、結婚の許可がどうとかって聞こえてきたから、何だろうって見てたら、なんと銀の腕輪がどーんと!」
シビラは興奮気味にまくしたて、小さくきゃっと叫ぶ。
「求婚されるところなんて初めて見たから、もう、どきどきして! でもギルシェ先生って結婚願望なさそうだし、どうなるのって見てたら、さくっと腕輪受け取っちゃうし!」
あの日の光景を思い出したシビラは、再びきゃーっと身を震わせる。
「僕はどきどきどころか心臓が止まりそうでしたけど」
ユランにとっては辛い思い出である。
「つまり、俺がカスペルに求婚されて受諾した、と思われてるのか?」
エイダール的には物凄く納得がいかないが、話を総合するとそうとしか思えない。
「思われているというか、事実ですよね? 結婚しても仕事上は別姓のままの方がいいのではと提案したら、そうだなって仰ってましたよね」
そんな話もしたのに今更何を? とスウェンは思う。エイダールは権利関係の書類が多いので、名義が変わると面倒なのだ。
「え、あれはカスペルの話だろ? 何で俺にそんなこと聞くんだろうって思ったのを思い出したぞ、俺は関係ないのに」
よく分からないまま肯定したことを思い出す。
「関係なくないでしょう? 結婚するのに」
もうやだ先生ったら、照れてるんですか? とシビラが畳みかける。
「誰が結婚するんだ」
「ギルシェ先生が」
「誰と」
「そのカスペルさん? という方と」
シビラは現場には居合わせたが、相手が貴族らしき男性ということしか分からない。名前を聞いたのは先程が初めてだ。
「何で俺がカスペルと」
何がどうこじれようとも、カスペルとは友人以上にはなりえない。
「だって、銀の腕輪を差し出されてましたよね? あれ、婚姻の腕輪ですよね?」
一向に肯定しないエイダールに、シビラは訳が分からなくなってくる。
「そうだな、あれは婚姻の腕輪だな」
それは間違っていない。
「ほらやっぱり。その婚姻の腕輪を受け取りましたよね?」
「それは……受け取ったな」
エイダールは漸く認め、ゆっくりと息を吐く。
「あいつが婚約者に贈る予定の婚姻の腕輪に、防御系の魔法付与を頼むって言われて預かっただけだけどな!」
分かったか、とでも言うように、エイダールは腕を組む。一連の出来事は、婚姻の申し込みではなく、結婚の許しが出たことを知らせるついでに、魔術師としてのエイダールに、依頼をしに来ていただけである。
「魔法付与……?」
スウェンが鸚鵡返しに呟く。確かに魔法付与はエイダールの得意とするところであり、知り合いであれば、その手の依頼も受けているのは知っている。
「もしかして、また今度細かいことを打ち合わせたいって言われてたの、その付与の話ですか?」
結婚の話を詰めるのだとばかり思っていたが。
「そうだろうな。そもそも、いくら腕輪を受け取ったのを見たからって、俺とカスペルがそんな関係じゃないことは分かり切ってるだろうに」
誤解を受けたこと自体に、エイダールは納得がいかない。
「先生、それって、つまり」
ユランは、声を震わせた。
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