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68「働いて文句言われるとか心外だぞ」
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「ただいま戻りました」
正午になろうかという時刻に、朝から一時、隊を離れていたユランの同僚が戻ってくる。
「おう、どうだった? 奥さんの実家は」
「村には一度魔獣の襲撃があったそうですが、凌いだようです、みな無事でした。勝手をお許しいただき、ありがとうございました」
同僚はオルディウスに、深々と頭を下げる。元冒険者で、子供が生まれたのを機に引退して警備隊に入った彼は、今回、妻の実家が東の街道沿いということで志願して参加している。それを聞いたオルディウスが、半日の一時離脱を許可していた。
「良かったな、奥方もそれを聞けば安心だろう……で、班長、そろそろ矢が切れそうなんだが」
弓使いのケニスが、残りの矢が少ない矢筒を示す。
「うーん、資材を積んでる馬車が遅れてるんだよな……後ろで見てるだけとか言ってたのに結構働くよなあんた」
「働いて文句言われるとか心外だぞ、おい」
ケニスが明らかにむっとしている。前衛が洩らした魔獣に対して体が動いてしまうのは、弓使いの性である。
「僕、短弓持ってきてますけど、使います? 矢は要らないので」
ユランが背負っていた荷物を漁り、短弓を取り出す。
「「矢が要らない?」」
ケニスとオルディウスの声が重なった。
「ここを引いたら勝手に矢が生成されるんですよ」
「ちょっと待て、それ魔弓じゃないのか」
本当に矢が生成されたのを見て、オルディウスがユランの手からひったくるように短弓を取り上げる。
「ぱっと見、どこにでもあるような短弓なのに」
引っ繰り返すと裏に魔力石が埋め込まれているが、それ以外はごく一般的な短弓である。
「長剣を三本まとめ買いしたら、武器屋の親父さんがおまけでくれたやつです」
長剣も在庫処分のお買い得品だった。
「おまけで魔弓とかおかしいだろ」
「『弓は矢がなくなると使えないからな』って言って、先生が弄ってましたけど」
どこにでもありそうな短弓だったそれは、翌日には、矢の自動生成機能付きの魔弓に生まれ変わっていた。
「そうか、ユランくんの先生がおかしいのか……ははは、あのエイダール・ギルシェだもんな」
エイダールは、魔力量の多さでも有名だが、国内屈指の魔導回路の技術者としても有名である。
「じゃあとりあえずこれで凌いでくれ」
オルディウスは、ケニスに短弓を渡す。
「五百本くらい生成すると魔力石が空になるので、これ予備に持っててください」
ユランが再び荷物を漁って、青い魔力石を取り出す。
「五百本って、効率良すぎだろう……矢の生成だけに使うのか? 属性攻撃がついたりは? 使用者の魔力には左右されないのか?」
魔弓と言われるものの大半は、矢に属性魔法を付与して攻撃力を上げるもので、半端なく使用者の魔力を持って行くことが多い。
「それで魔獣の足元撃ったら凍り付くから、そんな感じの属性魔法が入ってると思います。使用者の魔力はよく分からないけど、殆ど魔力のない僕が普通に使えます」
もともとユラン用なので、使用者に魔力的な負担は掛からない作りである。
「……話だけじゃ分からないから、ちょっと試し撃ちしてくる」
いろいろ常識から外れていて少し頭が痛くなったケニスは、短弓を手に席を立った。
「予定通りならそろそろだな、結界の張り直し」
オルディウスが空を見上げる。今日は結界の張り直しが行われる。既に作業は始まっている筈で、予定通りなら正午には新しい結界のお目見えである。
「ほとんど進まない行軍も今日で終わりになるといいな」
盾持ちも空を見上げて、眩しそうに手をかざしながら呟く。洩れだす魔獣が多過ぎて、第四部隊であるオルディウスたちは街道沿いに王都に向かって移動しつつの戦闘だが、イーレンがいる第一部隊は、未だに辺境で攻防戦を繰り広げている。
「先生元気かなあ」
ユランは神殿に手伝いに行っているエイダールを思う。差し入れを持って会いに行ったのは、もう五日も前だ。エイダール成分が足りなくて、エイダールが充填した魔力石を握り締めて眠っているなんてことは秘密である。
「元気かどうかは分からないが、生きてはいるだろ」
「え……」
オルディウスに不穏なことを言われて、ユランの顔が引きつる。
「神殿の手伝いってあれだろ? 魔術師団の連中が協力を申し出たのに断られたって案件。しかも『普通の魔術師ではぶっ倒れるから』っていうきつい断り文句だったって」
魔術師団の友人に愚痴られた覚えのある盾持ちが肩を竦める。神殿側が国に口出しされたくないという理由が根幹にあると分かっていても、腕に覚えがある魔術師であればあるほど、矜持が傷つく。
「そうそう、それ。それで呼ばれたのが近衛でも騎士団でもない研究者だったから、面目丸潰れだよな」
エイダールが呼ばれたのは、魔力の多さもあるが権力から縁遠いこともあった。
「せ、先生なら大丈夫、ですよね?」
泣きそうな顔になったユランが捨てられそうになった子犬のようで、盾持ちが思わず頭を撫でる。
「幾ら結界張りが急務でも、そこまで無理はさせないさ」
死人は出さないだろう、多分。
「はい……なるべく早く魔獣を片付けて帰ります!」
そしてエイダールの顔を見て安心しようとユランは決意した。
「うん、洩れも歪みもないね」
結界石に触れて、張り直した結界の確認をしていた教皇が、上出来だと頷く。
「お疲れさまだったね、二人とも」
「恐れ入ります」
青ざめた顔で床に座り込んでいた枢機卿が、何とか礼を返す。
「ほらほら無理すんなよ、回復を待てよ」
エイダールも疲れた顔をしているものの、しっかりと立って、枢機卿に回復魔法をかける。
「優しくも出来るんですね」
穏やかに沁みてくる魔力に、枢機卿はほっと息をつく。
「結界の展開中は優しくとか言ってられないだろう。あんたに倒れられたら本気で詰むぞ、この国」
展開中は無理矢理回復魔法を叩き込んだので、痛いとか苦しいとかもっと優しくとか、文句ばかり言われた。
「立てそうなら上に行くぞ。自分のベッドで休んだ方がいいだろう。今日の仕事は終わりだ」
明日からは、結界の微調整と残り二割の魔力注入が始まるが、今日は何もかも忘れて眠っていいと思う。
「そうですね」
枢機卿はふらつきながらも立ち上がった。
正午になろうかという時刻に、朝から一時、隊を離れていたユランの同僚が戻ってくる。
「おう、どうだった? 奥さんの実家は」
「村には一度魔獣の襲撃があったそうですが、凌いだようです、みな無事でした。勝手をお許しいただき、ありがとうございました」
同僚はオルディウスに、深々と頭を下げる。元冒険者で、子供が生まれたのを機に引退して警備隊に入った彼は、今回、妻の実家が東の街道沿いということで志願して参加している。それを聞いたオルディウスが、半日の一時離脱を許可していた。
「良かったな、奥方もそれを聞けば安心だろう……で、班長、そろそろ矢が切れそうなんだが」
弓使いのケニスが、残りの矢が少ない矢筒を示す。
「うーん、資材を積んでる馬車が遅れてるんだよな……後ろで見てるだけとか言ってたのに結構働くよなあんた」
「働いて文句言われるとか心外だぞ、おい」
ケニスが明らかにむっとしている。前衛が洩らした魔獣に対して体が動いてしまうのは、弓使いの性である。
「僕、短弓持ってきてますけど、使います? 矢は要らないので」
ユランが背負っていた荷物を漁り、短弓を取り出す。
「「矢が要らない?」」
ケニスとオルディウスの声が重なった。
「ここを引いたら勝手に矢が生成されるんですよ」
「ちょっと待て、それ魔弓じゃないのか」
本当に矢が生成されたのを見て、オルディウスがユランの手からひったくるように短弓を取り上げる。
「ぱっと見、どこにでもあるような短弓なのに」
引っ繰り返すと裏に魔力石が埋め込まれているが、それ以外はごく一般的な短弓である。
「長剣を三本まとめ買いしたら、武器屋の親父さんがおまけでくれたやつです」
長剣も在庫処分のお買い得品だった。
「おまけで魔弓とかおかしいだろ」
「『弓は矢がなくなると使えないからな』って言って、先生が弄ってましたけど」
どこにでもありそうな短弓だったそれは、翌日には、矢の自動生成機能付きの魔弓に生まれ変わっていた。
「そうか、ユランくんの先生がおかしいのか……ははは、あのエイダール・ギルシェだもんな」
エイダールは、魔力量の多さでも有名だが、国内屈指の魔導回路の技術者としても有名である。
「じゃあとりあえずこれで凌いでくれ」
オルディウスは、ケニスに短弓を渡す。
「五百本くらい生成すると魔力石が空になるので、これ予備に持っててください」
ユランが再び荷物を漁って、青い魔力石を取り出す。
「五百本って、効率良すぎだろう……矢の生成だけに使うのか? 属性攻撃がついたりは? 使用者の魔力には左右されないのか?」
魔弓と言われるものの大半は、矢に属性魔法を付与して攻撃力を上げるもので、半端なく使用者の魔力を持って行くことが多い。
「それで魔獣の足元撃ったら凍り付くから、そんな感じの属性魔法が入ってると思います。使用者の魔力はよく分からないけど、殆ど魔力のない僕が普通に使えます」
もともとユラン用なので、使用者に魔力的な負担は掛からない作りである。
「……話だけじゃ分からないから、ちょっと試し撃ちしてくる」
いろいろ常識から外れていて少し頭が痛くなったケニスは、短弓を手に席を立った。
「予定通りならそろそろだな、結界の張り直し」
オルディウスが空を見上げる。今日は結界の張り直しが行われる。既に作業は始まっている筈で、予定通りなら正午には新しい結界のお目見えである。
「ほとんど進まない行軍も今日で終わりになるといいな」
盾持ちも空を見上げて、眩しそうに手をかざしながら呟く。洩れだす魔獣が多過ぎて、第四部隊であるオルディウスたちは街道沿いに王都に向かって移動しつつの戦闘だが、イーレンがいる第一部隊は、未だに辺境で攻防戦を繰り広げている。
「先生元気かなあ」
ユランは神殿に手伝いに行っているエイダールを思う。差し入れを持って会いに行ったのは、もう五日も前だ。エイダール成分が足りなくて、エイダールが充填した魔力石を握り締めて眠っているなんてことは秘密である。
「元気かどうかは分からないが、生きてはいるだろ」
「え……」
オルディウスに不穏なことを言われて、ユランの顔が引きつる。
「神殿の手伝いってあれだろ? 魔術師団の連中が協力を申し出たのに断られたって案件。しかも『普通の魔術師ではぶっ倒れるから』っていうきつい断り文句だったって」
魔術師団の友人に愚痴られた覚えのある盾持ちが肩を竦める。神殿側が国に口出しされたくないという理由が根幹にあると分かっていても、腕に覚えがある魔術師であればあるほど、矜持が傷つく。
「そうそう、それ。それで呼ばれたのが近衛でも騎士団でもない研究者だったから、面目丸潰れだよな」
エイダールが呼ばれたのは、魔力の多さもあるが権力から縁遠いこともあった。
「せ、先生なら大丈夫、ですよね?」
泣きそうな顔になったユランが捨てられそうになった子犬のようで、盾持ちが思わず頭を撫でる。
「幾ら結界張りが急務でも、そこまで無理はさせないさ」
死人は出さないだろう、多分。
「はい……なるべく早く魔獣を片付けて帰ります!」
そしてエイダールの顔を見て安心しようとユランは決意した。
「うん、洩れも歪みもないね」
結界石に触れて、張り直した結界の確認をしていた教皇が、上出来だと頷く。
「お疲れさまだったね、二人とも」
「恐れ入ります」
青ざめた顔で床に座り込んでいた枢機卿が、何とか礼を返す。
「ほらほら無理すんなよ、回復を待てよ」
エイダールも疲れた顔をしているものの、しっかりと立って、枢機卿に回復魔法をかける。
「優しくも出来るんですね」
穏やかに沁みてくる魔力に、枢機卿はほっと息をつく。
「結界の展開中は優しくとか言ってられないだろう。あんたに倒れられたら本気で詰むぞ、この国」
展開中は無理矢理回復魔法を叩き込んだので、痛いとか苦しいとかもっと優しくとか、文句ばかり言われた。
「立てそうなら上に行くぞ。自分のベッドで休んだ方がいいだろう。今日の仕事は終わりだ」
明日からは、結界の微調整と残り二割の魔力注入が始まるが、今日は何もかも忘れて眠っていいと思う。
「そうですね」
枢機卿はふらつきながらも立ち上がった。
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