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57「来月からは家賃が必要です」

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「という訳で来月から、先生とは大家と店子という関係になります」
 翌日、ヴェイセルとカイは、ユランから来月から正式に賃貸借契約を結ぶことになったという報告を受けた。
「大家と店子? 要するにあの家に先生と一緒に住むんだよな? それ、現状と何か違いはあるのか?」
 違いがある気がしないのに、わざわざ契約を結ぶ必要性についてヴェイセルは疑問を覚える。
「来月からは家賃が必要です」
「今までも家賃は必要だったろ、払う先は違ってても」
 転がり込んでいる今までの生活と何か違うのかと聞きたい。
「生活自体は変わらないと思います。今まで通りに過ごせばいいって言われたし。あ、自由に使っていい部屋は一つ増えました」
 今使っている部屋とその隣の部屋を、続き部屋風に使うか、という話になった。
「家賃払ってれば、何らかの権利が発生する気がする、いきなり追い出されたりしないようなやつ」
 法律とかよく知らないけど、とカイが言う。
「それにしても意外だなあ、あの先生はユランには甘々だから、ただで置いてくれそうなのに」
「居候だと肩身が狭くなるから、気を遣ってくれたのかもしれないな。賃貸借契約を結べば今までと同じ家賃で堂々と住めるんだから。激甘な条件で」
 相場より安い賃料で、設備は使い放題である。
「甘いのかなあ、食費は折半にするかって言われましたけど」
「今までは折半じゃなかったのか?」
 あんなに入り浸ってたのに、食費を入れてなかったのかとヴェイセルは問い質す。
「お金は受け取ってもらえなくて。『肉を買ってこい』とか『チーズを買ってこい』とか品目を指定されて、物納してました」
 全体の食費から言えば、微々たるものである。
「折半じゃだめな気がする……僕のほうがたくさん食べるのに」
 ユランは大食いではないが、肉体労働で体も大きいので、頭脳労働が主なエイダールに比べればよく食べる。


「そういうのは一ヶ月くらい様子見て調整していけばいいだろ。それより、大丈夫なのか、先生と一緒に暮らしても」
 食費の負担割合よりも考えなきゃいけないことがあるだろうとヴェイセルが問う。
「何か問題でも?」
「先生の傍にいたらなんかやらかしそうで怖いって言ってたじゃないか。直後に比べれば大分落ち着いてるみたいだけど。もう吹っ切れたのか?」
 根本的な問題は解決していないのではないだろうか。
「それはまだ未練たらたらですけど、襲っても大丈夫というか……襲っても僕が返り討ちに遭うだけだって分かったので」
「待て、まさか襲ってないよな?」
 焦るヴェイセルに、ユランはえへへ、と笑う。
「ちょっと抱きついたら、あっという間に魔法で引き剥がされました」
 自分がエイダールを傷つけてしまうかもしれないだなんて、おこがましい考えだったと思い知らされた。
「だから、安心して傍にいられます」
「襲われかけたんなら、先生は安心できないだろ……いや、同居を勧めて来るんだから気にしてないのか?」
 ヴェイセルは混乱する。
「襲おうとしてるって言っても全然本気にしてくれなかったし、『寝言は寝て言え』でお終いでしたよ」
 あれはなかなかの敗北感だった。
「あの人、そういうところびっくりするくらい鈍いよな……」
 頭の良さと鋭さは比例しないことがよく分かる例である。






「え、荷物出せないんですか」
 数日後、ユランは、郊外の部屋の荷造りを終えた。
「そうなのよ、今の時期は荷物が多いのもあるんだけど、南の街道が魔獣が出たとかで通れないでしょう? あっちで詰まってる分、王都の運送馬車の絶対数が減ってるんですって」
 明け渡しの立ち合いに来ていた老婦人に、配送の手配を頼もうとしたら、断られてしまう。正確には、すぐには無理だと言われる。
「困ったな、さすがにこれを担いでいく訳にもいかないし」
 さほど大きくはないが、家具の分類になるものを担いで乗合馬車に乗る訳にはいかないだろう。
「運送馬車の空きが出るまで数日待てるなら、そのまま置いていっていいわ。空きが出たら配送の手配をするから。今日のところは今すぐ必要なものだけ持って帰るのはどうかしら」
 数日ならば月末までには何とかなるだろうと、ユランは老婦人の言葉に甘えることにする。
「じゃあお願いできますか。今すぐに必要なものはないので全部」
 引っ越しの荷物を一つも運んでいないのに、既に何不自由ない暮らしを送っているユランである。
「ええ、わかったわ、あ、配送先の住所を書いていってね」
「はい」
 エイダールの家の住所を書きながら、ユランはくすぐったい気分になる。
「どうしたの、嬉しそうね」
 口元が緩んでいたのか、老婦人に尋ねられる。
「えっと、これからこの住所に一緒に住むんだと思うと、なんだか嬉しくて」
 今現在、一緒に住んでいるも同然なのだが、気分の問題である。
「あらあらあら、ごちそうさま。お幸せにね」
 老婦人は、住所を書いた紙と配送費を預かると、やわらかく微笑んだ。
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