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35「確実な証拠を挙げてきていただきたい」

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「お取り込み中のようですが、失礼します」
 扉は開いていたが、一応礼儀だからと叩いて来訪を知らせ、やって来たカスペルが中を覗き込んだ。
「エイダール、数少ない友人を能動的に減らすのはどうかと思うぞ」
 イーレンの胸ぐらを掴んだままのエイダールに苦言を呈する。近くにいた騎士が割って入って押さえているので、とりあえずイーレンの命は無事である。
「宰相府から参りました、カスペル・サルバトーリです」
 カスペルも、ユランが巻き込まれたことは知っているので、それ以上は言わずに仕事に戻る。
「許可を出す気のない宰相府の人間が何の用だ」
「出す気がない訳ではありませんが、状況証拠だけでは弱すぎます」
 煽るような物言いにも、カスペルは動じない。
「ですので、確実な証拠を挙げてきていただきたいと思っています」
「だからそのために捜査に入らせろと……!」
 卵が先か、鶏が先かというような問答になってくる。
「昨日、こちらからの要請で神殿に影を入れたところ、枢機卿の所在が確認できないことが分かりました」
 いわゆる影働きが、宰相府には存在する。
「枢機卿がなんだって?」
 今、枢機卿とこの事件に何の関係が? と副騎士団長が問う。
「結界の張り直しに向けて、神殿の地下で禊に入っておられる筈なのですが、その禊の場にいらっしゃらないそうです。枢機卿のお世話をしている側仕えの神官の行方も知れません」
「側仕えの一人は、行方不明者の中に入っていたと思うが?」
 初期に行方不明が発覚した中の一人である。
「側仕えはもう一人いて、枢機卿の日々の食事などを運んでいた筈なのですが、いないのです」
「どういうことだ、そっちも攫われたのか」
「どちらかと言えば、攫った側なのではないかと。……という訳で、枢機卿の兄君であるルニウム公爵閣下にお願いして、面会申請を出していただきました」
 カスペルは、一枚の紙を机の上に置いた。要約すると『弟と連絡が取れない、何もないとは思うが、一度顔を見て安心したい』といった内容だ。
「禊の期間でも、親族との面会は許可されていますので、神殿側は拒否できません。さすがに公爵閣下にお出ましいただくのは無理でしたが、御子息が同道してくださいます」
 既に来ていただいています、とカスペルが示した窓から見える馬車には、確かにルニウム公爵家の紋章が入っている。
「会いに行ってもいないんだろう? そこからどうする?」
「いないとなれば当然、お会いするために捜しますよね? 神殿中を」
 カスペルの言葉に、室内がざわめいた。つまりは強制捜査が出来るということだ。
「付き人の人数制限を確認したところ『常識的な人数であれば何人でも』という回答でしたので、一個大隊でもなんでも引き連れて行っていただいて、問題がないということです」
 常識には人によって幅があるものなので、とカスペルはいい笑顔だ。
「そうだな、ふさわしい人数を用意しよう」
 副騎士団長も、にやりと笑った。実際には非常識でも、名分があるならそれで押し通せばいい。
「こっちも参加させてもらうぞ」
 アルムグレーンが軽く手を上げる。
「神殿の見張りに駆り出した奴らは、まだ全員近くをうろついてるからな」
 ユランが拠点に連れ込まれたのが確定らしいということで、解散命令は出したのだが、正門が閉まるまではと全員が自主的に居残っている。


「首謀者は、グーンという上級神官だと思われます。例の音声を信頼できる神殿関係者に聞かせたところ、その男の声と口調がよく似ていると」
「そいつを押さえればいいんだな」
 副騎士団長が確認する。
「はい。服装なども情報と合致しますし、例の侯爵令嬢の指導を行っているのもその男です。無関係ということはあり得ません。他にも少なくとも三人は神官絡みの関係者がいますので、可能ならばそちらも確保していただきたい」
「その三人の素性は?」
「判明していません。グーン上級神官は上昇志向が強く、人脈作りにも熱心で候補を絞りきれず……利害関係で結ばれているとも思えませんので、まずは弱みを握られていそうな者を重点的に選んで、洗い出しを始めていますが」
 さすがに一日では調べが間に合わない。
「逃すと侯爵邸にいる仲間に異常が伝えられるかもしれません。神殿での捕り物が知られれば、逃走や証拠隠滅を図られる恐れがあります」
 逃走するだけならまだしも、囚われているであろう行方不明者たちが口封じに処分されかねない。
「侯爵邸の周りは張らせてるから、駆け込みそうなやつは敷地に入る前に取り押さえられる」
「はい、侯爵邸のほうはお願いします。神殿のほうは、一般参拝者のいなくなる閉門後の十八時以降なら通信規制が入れられます。神官だと紙鳥を飛ばせる可能性があるので、そちらの対処も」
 紙鳥というのは、伝達魔法の一種である。正式には『伝達式符』というが、到着を知らせる光が小鳥のように見えることと、特殊な紙に伝達内容を記して送ることから、紙鳥とも呼ばれる。魔法を使った郵便のようなものだ。
「ということは、派手に動けるのは十八時以降だな」
「そうなります」
 閉門前に神殿内に入っておきたいので、時間の余裕はあと一時間ほどだ。


「カスペル、俺は神殿なんてどうでもいいんだが」
 刺々しさを隠そうともしないエイダールに、カスペルは嘆息した。
「ユランくんが心配なのは分かるが、彼がいる侯爵邸に踏み込みたければ、神殿で証拠を挙げてこい。拠点には枢機卿も囚われている可能性が高い。その救出という名目が掲げられればかなり無理がきくから……というか、ユランくんは危なくないだろう? お前、彼には何重にも防御魔法掛けてるじゃないか」
 陛下だってあそこまで厳重には掛かってない、と呆れたように言う。
「国王陛下より厳重な防御魔法ってなんだよ……」
 過保護なのは知っていたが、そこまでかと突っ込みつつ、アルムグレーンは少し安心する。部下は無事に戻ってきそうだ。
「あれは命が危ないくらいの状況にならなきゃ発動しないんだよ!」
 職業柄、怪我が日常茶飯事のユランの場合、発動条件は厳しめに設定してある。
「発動していないなら、命に関わるような事態に陥っていないということだ」
「陥ってからじゃ遅い!」
 エイダールは、ユランが防御魔法が発動するほどの酷い目に遭うのも、発動しない程度に切り刻まれるのもお断りだった。
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