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29「神殿から出てくるのを待つしかないか」
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「お待たせしました、現場を目撃した方ですか?」
騎士団本部と中央区警備隊詰所に設置してあった再現転移陣の起動が確認されたのが約二時間前。騎士団本部にいたイーレンが、転移先から送られてきた音声を確認していたところ、中央区の警備隊詰所から、『人が消えたのを見たという目撃者が駆け込んできた』という知らせが届いた。
「……あれ、あなたは」
誘拐現場で一通りの捜査を終え、目撃者が待機しているという中央区の警備隊詰所にやって来たイーレンは、見覚えのある顔に声を上げる。
「西区警備隊所属の、ジペルス・エノワです」
ジペルスは立ち上がって一礼する。
「騎士団所属、イーレン・ストレイムスです。情報提供と現場の保存をありがとうございました」
お陰で多くの痕跡を得ることができた。
「いえ、当然のことをしただけですので」
「早速ですが、消えたのは、囮役の『充填屋のエルディ』と、ユラン・グスタフという青年で間違いありませんね?」
イーレンは、ジペルスの向かいの椅子に座り、懐から手帳を取り出した。
「その二人で間違いありません」
「転移したときのことを詳しくお願いします、囮役が巻き込んだのでしょうか?」
巻き込み事故を起こすのは、本当に想定外である。
「地面が光ったのを見て、異常事態だと思ったらしいユランが、突っ込んでいってしまい……エルディさんは『来るな』と制止したのですが」
自分も止めきれなかったと、ジスペルは状況を説明した。
「あの、二人は、今どういう状況でしょうか?」
不安そうな瞳のジペルスを見て、イーレンは少しだけ情報を洩らした。
「二人とも、転移先での発言が確認されています」
生きていることを告げる。
「転移先と、行方不明者の居場所は別らしく、囮役も明日移されるようです」
「ユランは?」
二人、ではなく、囮役、と言われて、ジペルスの手が震える。
「分かりませんが、出来る限りの対応はします」
運河沿いの警戒を重点的に行う予定だ。広範囲に及ぶので、取りこぼしなくとはいかないだろうが。
「今、彼らは何処に?」
「申し訳ありません、具体的な場所に関してはお話出来ません。少なくともこの二時間は転移先から移動していません。囮役からは一時間に一度、現在位置が発信されるようになっていますが、直近の位置情報は、転移先と同じでした。送られてきた会話の内容からも今夜の移動はないと予想されます」
再現転移陣発動時に一緒に転移した紋様符からの位置情報発信は一回きりだが、エルディには位置情報発信の魔法陣が、体に直接描かれている。そのため、花街に二時間滞在した、というようなこともがっつり記録に残っている。
「そうですか、教えていただき、ありがとうございます」
「今のことも含めて、口外無用でお願いします」
「はい、分かりました。ユランの御家族のような方に知らせるのもだめですか?」
ジペルスはエイダールに報告しておいた方がいい気がしたのだが。
「いえ、今回の件は事が済んでも緘口令が敷かれる可能性がありますので……」
御家族のような方というのは恋人か何かだろうかと思いつつ、イーレンは首を横に振る。家族でも今の段階で知らせることはできない。
「事が済んでも、ですか? ですが、その方は騎士団に協力なさっている方ですから、そちらから耳に入るかもしれませんね」
「関係者なんですか? どなたですか?」
「先日あなたと一緒にいらした、エイダール・ギルシェ殿です」
その名を聞いたイーレンは考え込み、はっと顔を上げる。
「ユラン・グスタフって、エイダールにまとわりついてたあのちびっこ……えっと、幼馴染みの?」
胸ぐらを掴みそうな勢いで確認してくるイーレンに、ジペルスはこくこくと頷く。
「そのユランだと思いますが、ちびっこではないですよ」
ユランは、どちらかと言えば大柄な方である。
「昔は小さかったんですよ……うっわ、どうすんだよ、応援要請かけちゃってるぞ。あの会話聞いたら大暴れするぞあいつ」
どれだけ動揺しているのか、普段は丁寧なイーレンの口調が乱れている。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないです、緊急事態なのでこれで失礼します!」
イーレンは、ばっと立ち上がると、駆け出して行った。
「本当に神殿なのか? 間違いないのか?」
騎士団では、幹部を集めての会議が行われていた。
「その後に送られてきた囮役からの位置情報も同じ場所からです」
送られてきた位置情報が、解析の結果『神殿』だと判明して、騒ぎになっていた。
神殿は特別な場所であり、教皇は、国王と同等の権力を持つともいわれる。余程の理由がなければ、騎士団が神殿内に踏み込むことは出来ない。
「教皇猊下に真偽を質す信書を」
「この事件の黒幕が神殿かもしれないのに?」
そうであったなら、手紙など握り潰されて終わりだ。
「そもそも猊下は高齢で今は殆ど表に出て来られないではないか、尋ねるなら枢機卿では?」
「枢機卿は来月初めの『聖女の結界』の張り直しに向けて禊中の筈だ、面会は叶わないだろう」
国境に張り巡らされている防御結界は、一年に一度、張り直しが行われる。最初に張ったのが聖女だったと言い伝えられている為に『聖女の結界』と呼ばれているが、現在張り直しを行っているのは、神殿の神官たちであり、中心的役割を果たしているのが枢機卿だ。
「神殿から出てくるのを待つしかないか」
「神殿の周りに人員を配置して、不審な出入りがないかを見張らせています」
「どんな移動方法かも分からないのに? また転移陣を使われたら」
「あの転移陣は距離が出ませんし、今までのことから考えると、連続使用できるほどの魔力持ちが犯人たちの中にいるとも思えません。一時間ごとの位置情報で、充分追いつけると思います」
「そう願いたいものだな」
騎士団本部と中央区警備隊詰所に設置してあった再現転移陣の起動が確認されたのが約二時間前。騎士団本部にいたイーレンが、転移先から送られてきた音声を確認していたところ、中央区の警備隊詰所から、『人が消えたのを見たという目撃者が駆け込んできた』という知らせが届いた。
「……あれ、あなたは」
誘拐現場で一通りの捜査を終え、目撃者が待機しているという中央区の警備隊詰所にやって来たイーレンは、見覚えのある顔に声を上げる。
「西区警備隊所属の、ジペルス・エノワです」
ジペルスは立ち上がって一礼する。
「騎士団所属、イーレン・ストレイムスです。情報提供と現場の保存をありがとうございました」
お陰で多くの痕跡を得ることができた。
「いえ、当然のことをしただけですので」
「早速ですが、消えたのは、囮役の『充填屋のエルディ』と、ユラン・グスタフという青年で間違いありませんね?」
イーレンは、ジペルスの向かいの椅子に座り、懐から手帳を取り出した。
「その二人で間違いありません」
「転移したときのことを詳しくお願いします、囮役が巻き込んだのでしょうか?」
巻き込み事故を起こすのは、本当に想定外である。
「地面が光ったのを見て、異常事態だと思ったらしいユランが、突っ込んでいってしまい……エルディさんは『来るな』と制止したのですが」
自分も止めきれなかったと、ジスペルは状況を説明した。
「あの、二人は、今どういう状況でしょうか?」
不安そうな瞳のジペルスを見て、イーレンは少しだけ情報を洩らした。
「二人とも、転移先での発言が確認されています」
生きていることを告げる。
「転移先と、行方不明者の居場所は別らしく、囮役も明日移されるようです」
「ユランは?」
二人、ではなく、囮役、と言われて、ジペルスの手が震える。
「分かりませんが、出来る限りの対応はします」
運河沿いの警戒を重点的に行う予定だ。広範囲に及ぶので、取りこぼしなくとはいかないだろうが。
「今、彼らは何処に?」
「申し訳ありません、具体的な場所に関してはお話出来ません。少なくともこの二時間は転移先から移動していません。囮役からは一時間に一度、現在位置が発信されるようになっていますが、直近の位置情報は、転移先と同じでした。送られてきた会話の内容からも今夜の移動はないと予想されます」
再現転移陣発動時に一緒に転移した紋様符からの位置情報発信は一回きりだが、エルディには位置情報発信の魔法陣が、体に直接描かれている。そのため、花街に二時間滞在した、というようなこともがっつり記録に残っている。
「そうですか、教えていただき、ありがとうございます」
「今のことも含めて、口外無用でお願いします」
「はい、分かりました。ユランの御家族のような方に知らせるのもだめですか?」
ジペルスはエイダールに報告しておいた方がいい気がしたのだが。
「いえ、今回の件は事が済んでも緘口令が敷かれる可能性がありますので……」
御家族のような方というのは恋人か何かだろうかと思いつつ、イーレンは首を横に振る。家族でも今の段階で知らせることはできない。
「事が済んでも、ですか? ですが、その方は騎士団に協力なさっている方ですから、そちらから耳に入るかもしれませんね」
「関係者なんですか? どなたですか?」
「先日あなたと一緒にいらした、エイダール・ギルシェ殿です」
その名を聞いたイーレンは考え込み、はっと顔を上げる。
「ユラン・グスタフって、エイダールにまとわりついてたあのちびっこ……えっと、幼馴染みの?」
胸ぐらを掴みそうな勢いで確認してくるイーレンに、ジペルスはこくこくと頷く。
「そのユランだと思いますが、ちびっこではないですよ」
ユランは、どちらかと言えば大柄な方である。
「昔は小さかったんですよ……うっわ、どうすんだよ、応援要請かけちゃってるぞ。あの会話聞いたら大暴れするぞあいつ」
どれだけ動揺しているのか、普段は丁寧なイーレンの口調が乱れている。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないです、緊急事態なのでこれで失礼します!」
イーレンは、ばっと立ち上がると、駆け出して行った。
「本当に神殿なのか? 間違いないのか?」
騎士団では、幹部を集めての会議が行われていた。
「その後に送られてきた囮役からの位置情報も同じ場所からです」
送られてきた位置情報が、解析の結果『神殿』だと判明して、騒ぎになっていた。
神殿は特別な場所であり、教皇は、国王と同等の権力を持つともいわれる。余程の理由がなければ、騎士団が神殿内に踏み込むことは出来ない。
「教皇猊下に真偽を質す信書を」
「この事件の黒幕が神殿かもしれないのに?」
そうであったなら、手紙など握り潰されて終わりだ。
「そもそも猊下は高齢で今は殆ど表に出て来られないではないか、尋ねるなら枢機卿では?」
「枢機卿は来月初めの『聖女の結界』の張り直しに向けて禊中の筈だ、面会は叶わないだろう」
国境に張り巡らされている防御結界は、一年に一度、張り直しが行われる。最初に張ったのが聖女だったと言い伝えられている為に『聖女の結界』と呼ばれているが、現在張り直しを行っているのは、神殿の神官たちであり、中心的役割を果たしているのが枢機卿だ。
「神殿から出てくるのを待つしかないか」
「神殿の周りに人員を配置して、不審な出入りがないかを見張らせています」
「どんな移動方法かも分からないのに? また転移陣を使われたら」
「あの転移陣は距離が出ませんし、今までのことから考えると、連続使用できるほどの魔力持ちが犯人たちの中にいるとも思えません。一時間ごとの位置情報で、充分追いつけると思います」
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