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6「うちに泊まることは許さん」

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「ん、警備隊に騎士団の魔術師が来た?」
 予想通り書類が再提出になって残業が決定したカイを見ない振りで、ユランはその日の夜もエイダールの家に帰宅した。子供のように今日あった出来事を話す。
「はい、慌ただしく来て慌ただしく帰って行きました。騎士団の人って何かというと難癖付けて来る印象だったので緊張しましたけど、大丈夫でした」
 貴族らしい物言いだったが、見下しているという感じはなく、礼儀は正しかった。
「今の騎士団長になってからは、身分を笠に着てってのは改善されて来てるんだよ。前は警備隊の指揮系統にまで口を出すような連中が大勢いたからな。それで? その魔術師は何をしに来てたんだ」
「何の用だったのかは僕らには知らされなかったんですけど、例の事件で進展があったっぽいって隊長が言ってました」
 仮に詳しい説明があっても、守秘義務もあるのだが。
「その件なら、一つ前の事件の被害者の意識が戻ったそうだ、ほら、唯一未遂で済んだやつ」
 先日の回復術師の行方不明事件の前に、誘拐されかかったが未遂で済んだ事件があった。未遂と言っても誘拐されなかっただけで、被害者は頭を何かで殴られて意識不明だったのが、昨日、目を覚ましたらしい。


「良かったですね。じゃあその人から何か重要な手掛かりが得られたのかな」
「まあそういうことだな……その件で応援を頼まれた。明日から数日、騎士団へ出向する。泊まり込みになるから暫くここには戻らん」
 さらっと留守を告げられて、ユランはしょんぼりとした。
「先生、何日も居ないんですか? そんなの困る」
 顔を見たり話したりたまに触れたりして、エイダール成分を補給しないと心の栄養が足りなくなってしまう。
「別に俺がいなくてもこの家使っていいぞ? 合鍵だって渡してあるだろ」
 出入り自由で、あるものは何でも使っていいという甘やかしっぷりなのに、何が困るのか、理解できないエイダール。
「そういう問題じゃありません……あ、でも先生がいないってことは、先生のベッドに潜り込んでもいいってことですよね」
「は?」
 ユランには部屋もベッドも与えてあるのに、その行動の意味が分からない。
「自分のベッドで寝ろよ、お前の体格に合わせてでかいの入れてやったんだから」
「僕、先生の首筋に顔を埋めて匂い嗅ぎながら一緒に寝るの好きだったのに」
「……………………」
 思わず無言になり、匂い嗅ぎながらとかお前は犬か! と心の中で叫ぶエイダールを置き去りに、ユランの語りは続く。


「合鍵貰った時は嬉しいばっかりだったけど、ベッドを入れて貰った時はちょっと残念でした」
 入り浸りすぎて失敗したと思った瞬間だ。程々にしておけば、多少不自由しようとも、ユラン専用のベッドを入れられたりしなかっただろうに。
「いやいや、お前だって俺と一緒じゃ狭かったろ? 今は広々眠れていいだろ?」
 かなりの頻度で転がり込んできて、一つしかないベッドで無理矢理一緒に寝ようとするので、体を使う仕事なのに疲れが取れないだろうと、空き部屋を整理してベッドを入れたエイダールの気遣いは余計なお世話だったのだろうか。


「先生の匂いがする方がいいです、先生がいなくても、例えば夜勤明けに先生のベッドに潜り込むと先生の匂いが残ってて、先生に包まれてるみたいで幸せだったのに」
 うっかり妄想が捗って、エイダールのベッドで自家発電してしまったこともあるが、絶対怒られるので、そこは伏せておく。あの時は証拠隠滅が大変だった。
「という訳で、先生のいない間は先生のベッドに癒されることにしますね!」
「いやお前、明日から暫く自分で借りてる部屋に戻れ、うちに泊まることは許さん」
 変態を留守宅に放置などできない。
「えええええっ、何で!? 何がいけなかったんですか」
「自分の胸に手を当ててよく考えろおおおお」
 どう考えてもユランが悪かった。
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